第20話 第五章「僕は走る」4
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ネネルの運転する車は、医者が書き渡してくれた地図の通り、秋夜の月光を裂きながら進んでいる。遠いとはいえ、迷いの森の複雑な道ではない。ただ道なりにいけばいい。
窓から消えていく夜の不確かな景色は、トラックの三倍と言われたことを示すように、覚えることも必要ないと、後ろへと消し飛んでいく。インスの教え通り、アクセルを踏めば踏むほどに車は加速していき、緩やかなトラックに慣れた感覚ならば、どこまでも早く走れそうだった。
「でも、実際はこのメーターが限界だし、それまで出るなんてわかんない……」
夜道を照らすヘッドライトまで、蛍のようなトラックの光りとはまるで違っていた。そして、夜空を支配しているのが、満月であることも、幸いしている。
「すごいよインス……本当にこれなら間に合う……間に合うよ、スノ!!」
既に、地図の行程を半分ほど消化していた。このまま続けて先を進みたかったが、そろそろ燃料計が空になると教えている。
「ダメだ、補給しないと……」
路肩に車を止めると、エンジンを切り、そそくさと燃料を補給する。その作業自体はトラックと変わらず、慣れたものと手早く終えて、運転席に戻った。燃料タンクは四本積んである。半分の行程で一本というなら、あまり余裕のない計算になる。
夜の時間は行程を進むごとに深くなり、これから先は眠気との闘いになりそうだった。
「でも、行くんだ……」
今はその志があれば、眠気には容易に勝てそうだと、エンジンに火を入れ、また道を進み始める。
「スノ……僕が絶対……」
眠気が襲ってくる代わりになのか、ただ真っ直ぐに、道なりである地図が悪いのか……頭にはスノの事が浮かんで離れなくなっていた。
行き過ぎる風景の端々に、スノの様々な表情が浮かんでは消える。それを走馬燈のようだろうと不安がって消そうとするが、消しても消しても、浮かび上がる速度のほうが増して、視界を感じる脳の部分以外、全てがスノで埋まってしまう。
「僕は……どうしてスノのこと助けたいんだろ……」
数々浮かんだスノの表情は、心のたぎりである、根本への疑問に帰結してしまった。アクセルを踏み込む足が、ほんの少し戻ってしまう。
「僕はスノのことが好きなのかな……」
いつも愛くるしい笑顔であるし、優しく礼儀正しい態度には、幾度となく癒され、笑みを返した。だが、そういう意味では、いつもげんこつをくれ、たまにひどく女の子じみていて、それでも仕事となると、厳しく指導してくれるアメレにも、好きだという感情は胸にある。
「じゃあ何なんだよ……僕がこうして走ってる理由は……」
新しい答えを見つけようとしたとき、インスの顔とその言葉が浮かんだ。
「同情……僕は島の生活が哀れで、ケモノ耳があることが、かわいそうだって思ってるから……だから僕は走ってるの……?」
一瞬、浮かび上がった疑問に視界が遮られ、危うく路肩に乗り上げてしまうところだった。
ネネルは慌ててハンドルを戻し、ブレーキを踏む。迷いや考えから、アクセルを緩めていたことが功を奏した。
「僕は……そんなんじゃない……変わらないって、アメレさんと約束したじゃないかよ……約束したんだ」
考えを食いちぎるように、助手席のバスケットを開いて、中に入っていたサンドイッチにかぶりつく。ナナの作るカンパーニュサンドの味を一瞬脳裏に浮かべたが、食べているこれは、カンパーニュのサンドイッチでさえなく、サンドイッチ用の薄く焼かれたパンのものだった。ひとつが薄く小さいため、易々と平らげることが可能で、すぐにバスケットは空になった。喉を鳴らし、水筒も空けると、再びハンドルを握り、アクセルを踏み込んだ。
風景は再び流れはじめたが、考えはそれと同じく飛び去ってくれなかった。道すがら、引きずる影に潜んで、ずっとついてくる。意識という影は時に絵本の獣になって、時に昔話の怪異になって襲い来る。だが、いくらそれら異形に脅されて考えても、答えとして適当なものは浮かんで来なかった。
「……考えたくないだけなのかな……僕は」
つぶやいた先に、大きな建物が見えてきた。地図の行程を確認したが、どうやらあれが行き着く場所のようだった。
「本当に、こんな夜中でも開いてるんだ……」
近くなる巨大な箱のような建造物の壁は、月明かりに冷めた色をのせている。無機質なその壁に並ぶ無数の窓からは、夜半を過ぎたというのに煌々と光りが闇へと注ぎ、満月の照度と相まって昼のような雰囲気を周囲に放っている。
ネネルはふと学者家業は昼夜が関係ないと、インスに聞いたことを思い出す。商売や農業のように、太陽と暮らしをともにしている人ばかりではないのだと、ほんの少しの世界を覗いた。
その玄関と思える場所に、車を強引に止めると、そのままドアへと向かった。ドアは全面がガラスになっていて、中がうっすらと伺い知れる。
目に映るのは、どうやら店舗でいえばカウンターのような場所で、訪ねて来た者をほうぼうへさばく機能を持っているようだった。だが、今そこに人影はない。ガラスに触れるほど近付くと、焦点を合い、中が見えてきた。
そこは、島の診療所と同じようで、所々の小窓から光が溢れているのに、どこか冷たくて、人の息吹が感じられない場所だった。
「く、ええと、これどうやったら開くんだ……」
ドアを開けようとしたのに、肝心な取っ手が見あたらない。
「うわっ、え、勝手に……」
だが、まごつきながら、しばしその前で立っていると、迎えてくれたのか、ドアは左右に分かれて開いていった。気がつかないが、どこかに守衛がいるのかもしれない。だがそんな細事を気にかけている余裕はなく、一刻も早くポケットの紹介状を見せ、薬を持ち帰らなければならない。
「誰に……どこで見せれば……」
建物の中には入れたが、外から見えた通り、人の気配がしない。冷たい廊下はどこまでも続いているように先が見渡せず、重く冷たい鉄の扉が整然と連なっているだけだ。外観からよりも、建物の内部は、ずっと巨大に感じ、飲み込まれそうだ。
「考えてる場合じゃない……」
ネネルは畏怖を切り据えて、目の前のドアにすがるように、拳を打ち付けて訴えかける。
「すみません、すみませんっ! 誰かいませんか、すみませんっ!」
鉄の扉を叩く音楽になれなかったひとりぼっちの乾いた音だけが、廊下に拡散していく。呼びかける声に、ドアからの返事は何もなかった。
「ダメなの……何で……誰も……灯りがついてるんだから、誰かいるんでしょ、ねぇ! こたえてよっ!」
声は訴えるものから、悲痛なものに変わっていた。ただただあげて、そして扉を叩く。
「君、そこの先生は今日、非番だと知らないのか……」
連面するドアが訴えに耐えかねたように開き、長い白衣を纏った、一見青年の人物が姿をのぞけた。長身で線は細く、整えられず延びた髪の間にあるのは、これまた細面で、そこには鋭利な眼が据えられている。
しかし、ネネルを一瞥する顔からは、言葉のように怒りを灯しているわけではなく、何も興味がないという冷たさと気だるさのほうが感じられた。
「すみません、ぼ、僕はその……あの、これを……」
ポケットに手を突っ込んで、震える手で抜き取った紹介状をその男に見せる。男は突きつけられた紹介状にさっと目を通し、ふむと短く漏らしたかと思うと、出てきた部屋へ舞い戻りドアを閉めて消えてしまった。
ネネルはその態度に呆気した。
「な、何だよ……見てみないふりなのかよ!」
怒りが廊下にこだまする。だが、一人で叶わないというのなら、他に同じ事をするだけだ。ひとつひとつの結果に鬱屈している時間はない。
「まったく……君は、少しくらい静かにしていられないのか……まぁいい、ついてきなさい。私が案内することになった」
叫んでいたらまたドアが開き、今度は完全に姿を見せた男が、先を歩き始めた。どういう経緯でそうなったのか、わけもわからないが、慌てて続く。どこに連れて行かれるのだという不安と、これはいい結果であり、薬がもらえるのだという希望が入り交じり、無機質な長い廊下が、その先にどんな景色を作っているかということも気にかける余裕がなかった。
「ここだ、入りなさい」
数多くならぶ、同じような扉のひとつ、その前で男は足を止め、先んじてドアを開けて、中へと入っていった。それに続きドアをくぐり、室内へと入る。
「この子が紹介状を持ってきたっていう?」
「はい、あの島から来たようです」
「なるほど、あそこからじゃ、電話や無線で連絡しようにも、な……まぁいいだろう」
中には先導した男と同じように、長い白衣を着た男が二人待っていた。そして、勝手に会話を始めている。
「あの、僕……」
「ああ、話は聞いている。紹介状を見せてみなさい」
言われ、これはやはり希望だったのだと思い、ポケットの中の紹介状を、三人の中で、一番歳を経ているように見える、白髪交じりの男へと差し出した。
「なるほど、嘘ではないようだ……しかし、薬は政府から配布の量が決められているものだからな」
「確かに、それを越えて配布となると、こちらにも責が……」
また別の男が会話に加わる。丸く大きな銀縁の眼鏡をかけたこの男は、揉み手をしながら、自分の利だけを話しているようだった。
「そうだな……私たちにプラスになることはないだろう。急ぎの観察結果もあることだし」
言葉を止めた歳召した男は、頭上から下ろすように視線を這わせて、止める。
「ケモミミ病の患者がひとりいなくなるなど、我々には些細なことだ……それを責負ってまで薬を渡す必要性はない。それに合併症が出てしまったら、どのみち助かる可能性はほぼない。時間の無駄だったな」
「聞いての通りだ。さっさと帰れ……見ればお前もケモミミ病だろう。哀れな同胞を助けたい気持ちはわかるが、君がここにいること自体が、禁を破っていることに気づかないわけじゃないだろう」
「ケモミミの者は大人しく島にいればいい。そこで生き、そして死になさい。いや……それを許されているだけマシというものだ。この世にはそれさえも許されない者もいる」
なんなのだこれは……と、男たちの会話が進むにつれ、立っていると思っていた磨かれた石のような床が、波のうねりに、ぐにゃりと歪み、足下を飲み込む。そのまま見ている世界が斜めに傾きを持ったままになってしまう錯覚を与えられた。ひとえに気分が悪い。吐き気という文字を頭の中で組み立てて想像するだけで、つられて口元を覆いたくなってしまう。
「なに、言ってるの……」
「何だと? お前に渡す薬などないから、さっさと帰れと言っとるんだ!」
「まったく、嫌味もわからんとは……手の焼ける子どもだな」
「これだから……」
「あんたたち……医者なんだよね……」
それを疑問として口にせざるを得なかった。白衣を着ていて、薬を扱う場所にいて……本来ならば、それだけでもこたえには十分なのだろう。しかし、聞き直すしかなかった。
「いかにも私たちは医者だ。今も新薬の研究をしている。まぁ医者というよりは、私たちは研究者であり、博士というほうが正しいかもしれんがね」
「医者でも研究者でも、この際、どれでもいいよ……新薬……それは、誰かを救うための薬なんだよね……」
「薬なぞ、それ以外の使用方法があるのかね?」
「じゃあ何でだよ……あんたたちがケモミミ病って呼んでる人を救うのだって、薬の役目なんでしょ! それを何で渡せないとか言うんだよ……何でなのかこたえてみてよっ!」
口から出たのは、おそらく真理だ。薬の存在意義だと言ってもいいかもしれない。ならば、こたえてくれるはずだ。
「確かに、君の言ってることは、正しいね。じゃあないと薬がこの世に生まれた意味はないし、私たちが夜を通して行っていることも、意味のないことだということになる」
ここへと先導してくれた医者が、黙していた口を開き、ほんの少しの肯定を示してくれた。
「……そうであっても、私たちが作っている薬は、ケモミミ病の患者のためにあるわけではない。それを知れと言っているのだよ。この世には救うべき人たちが他にいるのだ。しかも、ケモミミ病患者の、数倍、いや数万、数百倍だ」
「言っただろう。ケモミミ病の患者がひとりこの世界から逝くことなど、我々には関係ないのだよ」
高圧的な態度だったものが、さらにその顔を強めた。着ている白衣に悪魔でも宿って、その口を人間の意志とは別に動かしているのかと思いたく……思い込みたくなる。
今のネネルには、正論など、何も関係ない。
「……病気、病気って……それを救うのが医者の存在意義じゃないのかよ……耳があることが……これがあることが、そんなに悪いことなのかよっ!」
頭にくくりつけたままだった付け耳を勢いよく解いてみせる。
「そ、それは……」
「ああ、付け耳だよ。だけどそれがどうしたの……これがあることやないことなんて、そんなに大事なことじゃないでしょ……僕は、僕の大切な人、僕を大切にしてくれた人を助けたいだけなんだ……そこにケモノの耳があるかどうかなんてことは、これっぽっちも関係ないよっ!」
ネネルは言葉尻とともに、膝を折った。
「ある薬をわけてくれっていうのが、そんなにダメなことなの……」
宣言に、今まで一辺倒だった医者たちの態度がやや崩れる。付け耳であったことが、そんなに驚くべき事だったのだろうか。もしもそれに驚いているというのなら、どこまでその違いというものが、重要だというのだと、また一声あげたくなる。
「はははっ、これは楽しいことになりましたね!」
先導してくれた医者は、なぜか場違いな笑い声を上げた。
「先生方、これは面白いじゃないですか。ケモミミ病だと思っていた少年が、実は違っていた。そして、彼は我々の数々たる暴言ととらえられても遜色ない言葉をその耳で聞いている。さて、彼がもしどこかでこのことを漏らせばどうなるでしょうね。我らの運命は、まさに彼に握られているのですよ! 一人遠い距離を超えて島からやってきた勇者の少年に我々悪人は倒されてしまうんでしょかねぇ!」
「く……君、薬が欲しいんだったね……」
一番歳召した医者は顔を歪めると、歯がみしながら傍についていたもうひとりに、薬を用意するようにと指示を出した。
「君は実に面白いね……」
妙な後押しをしてくれた医者は、近づいてきて、肩に手を置いた。
「さぁ、立ちなさい」差し伸べられた手をとって、ネネルは立ち上がる。
「だが、覚えておくといい。彼らが語ったことが、今この世界の考え方だ。実際、ケモミミ患者の数は、もはや優先性を欠くに足る数だ。事実、開発されている新薬の事前摂取において、新たな罹患者は根絶されても居る。君が今いった意見に一切の味方はいないし、異端とされるかもしれない。そして、それは君自身の痛みになることもある。それでもいいのかい?」
「僕は……約束したんです。変わらない、このままでいるって……だっからきっと、僕は何があっても変わらないです」
「ふふ、くくっ……」
医者は短く笑みを漏らす。
「満月の夜には、面白いことがあるもんだね……僕は勇者のこれからの活躍に期待するよ……いや、少し応援してみたくなったな」
そう残すと、医者は肩から手を外し、ドアの前で待機した。そのドアから、先ほど指示で出て行った医者が入ってくる。
「これが薬だ……それを持ってさっさと帰りなさい……それと、ここであったことは、くれぐれも他言無用で」
それを強要できる立場なのだろうかと、一瞬、心が燃えそうになったが、もうそんなことはどうでもいい。今、この手にはスノを助けるための薬があるのだ。それ以外のことなど、今は何一つ重要ではない。
「じゃあ行きます……僕も商人の端くれなので、これは薬との交換条件ということで、今日ここで、聞いたことは全部飲み込んでおきます」
そう言ってみせると、ドアの横で待つ医者以外の二人は、渋々と頷いて返してきた。
勢い外した付け耳を頭に締め直し、薬の入った箱を脇に抱え直すと、冷たい床を叩きながら歩き始める。
「少年という名の勇者に幸あれ……」
ドアから出る前、変わった性格だろう医者に一言かけられる。
「僕は勇者じゃないけど、十分に幸せです……だから、ここにいる人たちは、島に幸あるように願ってください……それでいつか、合併症も完全に治る薬を作ってください」
その返しを、また医者は面白いと高らかに笑い送り出してくれた。送り出された先の廊下は、室内よりも涼しさが際だち、床も堅いのか歩く度に高い音を奏でた。
車に戻り、燃料を補給して、運転席に乗りこむと、手に入れた薬の箱を、助手席にしっかりと固定した。
「さぁ行こう……スノが待ってるんだ」
アクセルを踏み込み、車は緩やかな発進から、建物の敷地を出る前に、排気音で唸りをあげる。鬱憤を晴らすために、敷地中に車のタイヤ痕をつけたい気分だった。だが、そんな機能はこの車にはついていない。そして、何しろ無駄なことだ。
「インス、でも感謝してるよ……」
進み始めた帰り道の行程は、行きと違って希望にみち満ちている。だが、それは心持ちだけの問題であり、蓄積された疲労は限界に近いものがある。
そして、そのコップ一杯になり、こぼれる寸前の水と同じ疲れは、最も望まない、睡魔として現れる。
「大丈夫……僕は、負けない……」
何度同じことをつぶやいて、頭をふって眠気をごまかそうとしたか、わからない。水筒の中身は既についえて、気を紛らわすものも存在しない。
「くそう……インスにラジオの使い方くらい聞いとくんだった……」
だが、この車にラジオは見あたらない。おそらく、この吹き上がるエンジンの音と振動を楽しむものなのだろう。仕方なく窓を少しだけ開き、深夜の冷たい空気を取り込む。轟々というエンジンと排気音が音を増して返ってき、それに巻き込まれたように、頬を切る冷たく強い風が車内を満たす。
そんな眠気に対する方法も、行程を進めば、気休めにしかならなくなる。そうなると、アクセルの操作は乱雑になり、気づかぬうちに曲がった道に沿えるのかというスピードが出ていて、はっと意識が戻るという繰り返しに陥る。道は、無駄にただまっすぐだ。
「ダメだ……スノに届けるまでは……」
スノと、名前を出すと、意識がスノのことで隙間なく埋まっていく。そして、考えはじめてしまう。
「僕は、医者たちにあんなこと言った……けど、それって本当だったのかな……スノが大事だってことは間違いない……けど、僕は」
ネネルはこたえをもたない。
もう、言葉は眠気と戦う最後の呪文のようになっていた。それが途切れた時が、お前の終わりだと、大きく夜空に口を開けて笑う月に宣告されているようだ。
「理由……僕は大事にしてもらったから、大事に思ってるだけなのかな……自分に関係なく、誰でもない誰かなら、同じように思ったのかな……同じように、ここにいるのかな……」
一度陥った、眠りのような思考は、どんどんと体をむしばみ、茨のつたで身動きを奪おうとしてくる。
「僕が、島にも行かず……何にも知らないままだったら……」
呼吸する感覚で、まぶたが自然と閉じて、風景が途切れる時間が、わずかながら長くなっていく。
そして、初めて島へ行くとき、助手席でうたた寝をしたことを思い出す。
「僕は……何も知らなかったのかな……インスは……小さな頃、一緒に島を見たこと覚えてた……あの時、僕は……見たんだろ……インスには見えなかったけど……耳がある……女の子……」
夢と現実が入り交じり、意識の上では途切れ続ける風景が、見慣れたものへと、いつの間にか変わっていて、はっと目を見開いた。エンジンと排気音に混じり、懐かしい波音が耳へと忍んでくる。
「うん……そうだよ……」
故郷へと十年ぶりに帰るように、意識が駆り立てられる。車は町並みを抜け、橋の前になる。先はただ直線が島まで続くだけだ。
「人を……大切な人を救おうってするのに、理由をつけようなんて思うこと自体が間違ってるんだ……」
結論付いた心は、アクセルを気持ちよく踏み込ませ、車は橋へと進む。空は白み、昇り始めようとする太陽が、海の端を赤く色づける。清々しい朝の風景と、まだ夜が残る橋の道の狭間は、明暗あるこの世界そのもののようだった。
島のことを世界がどう思っているか、未だ夜に支配された闇が物語っているようで、唇を少し強く噛んだ。
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