第14話 第四章「みんなの誕生日」1

第四章 「みんなの誕生日」

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 行き帰りの行程を合わせ、それらを無事終えた時、やっと商談は完遂する。

 ネネルは昨日に島から持ち帰った花の入ったケースをしっかりと抱いて、早朝からルブ家への道を鼻歌交じりで足早に進んでいた。

早朝に取引時間を指定した理由は特にない。あるとすればインスへの嫌がらせか復讐のような感情かもしれない。

「インスのヤツめ……アメレさん、ケースこれっぽっちもまけたりしてくれなかったから、めちゃ高かったんだぞ……」

 ケース代金は料金の別でせしめてやると、歌には似つかわしくない言葉を心で口ずさむ。昨夜のうちに、インスには電話でこの時間に受け渡しをすると伝えてある。そうなれば、大邸宅の門前で、手を煩わされることもない。

「お、いた……インス!」

「ネネル、来たか」

 早朝ということもあるのか、インスの声は寝起きのように落ち込んでいて、がさついてなめらかさがない。だが、特に心情的な下降を示しているわけではないようだった。

「それが花か……にしても、そのケースは何だ?」

 その証拠に、こんなことを言ってのけるのだ。

「何だじゃないよ……知ってたんだろインス。僕は花を持って帰るだけで、こんな費用がかかるって思ってなかったよ」

「はは……さすがのネネルも、そこには気づいたか……悪ぃな。でもまぁいい勉強になっただろ?」

 笑いながら、さもお前のためだと語るインスだが、既にその興味は花に移っていた。ケース越しにしげしげと、色々と角度を変えて見つめている。

「その花、ケースに入ってても、そんなにもたないってことも知ってるの?」

「ん、ああ……知ってるよ。だから、時を忘れて見入ってるわけだ」

「まぁそれはお代をきっちり払ってからにしてもらおうか。ほれほれ」

 手を出して、報酬を催促してやるが、インスはそれにさえ興味なさげで、それでもと続けていたら、やっとポケットに手を突っ込んで、財布を取り出した。

「んじゃ、これだけな。仕方ねぇからケース代は別に払っとくから」

「うん、まいどありー」

 と、渡された代金を確認したが、ケース代をさっ引くと、それは子どもの時、ナナからお使いのお駄賃だともらっていたものに近い。

「ちょっと待てインス……いくら何でもこれはないだろ?」

「そうかぁ~そんなもんだろ。大体、花は自生してるはずで、仕入れはタダだろ?」

「花はタダでも、そこまでには肉体労働の三重苦みたいなものあったんだよ!」

「まぁまぁ、それはネネル自身の苦労であって、依頼主のオレには関係ねーからな。それにだ、ネネル……」

「何だよ……」

「オレには貸しを作っといて、ソンはねぇぞ? 何せ将来はルブ商会の長だからな!」

 確かに、長い目で見れば、インスの言うとおりだろう。だが、今はアメレとスノの誕生日プレゼントを買うために目先の小銭が必要なのだ。

「あ、そうだ……まぁインスに聞いても無駄かもしんないけど、女の子が喜びそうなプレゼントって何かないか?」

「適任者に向かって、ずいぶんな上から目線だな……知ってても教えたくなくなるな」

「よく言うよ……見た目はインスより僕のが少しはマシだろ」

 インスは顔かたち整っているほうだが、体型が若者らしくなく、ころころとしている。

「言ってろよ。オレはネネルが知らないとこで、モテモテなんだからよ。なので、女の子へのプレゼントだっていっぱいしてるってわけだ」

「まぁ僕が知らないとこならいいや。知らないし。それより何かないのか?」

「話の腰を……まぁいいや。これで貸し借りなしってのは言わないでおいてやろう、オレは花を愛でるおかげで、心が広くなってるんだ」

 インスは花のケースを登っていく太陽に掲げて、光の反射と花の美しさに酔っているようだった。だが、そんな満足感はひとりになってから満喫して欲しかった。

「プレゼントってのは、相手が喜ぶ顔を想像すれば、パッと頭に浮かんでくるもんだぜ。じゃあな、ネネル」

「ちょっと待てよ、それだけか! じゃあなじゃない、もうちょっとちゃんと教えろよ、インスっ!」

 足早に邸宅の方へと去っていくインスは、呼びかけに応じる気はないらしく、さっさと姿を消してしまった。

「くっそ、それだけで……仕方ない……僕も帰ろ……」

 予想外の小銭をズボンのポケットで鳴らしながら、期待ふくらませ歩いた道を肩落として帰る。利益は惨めな結果だったが、商談自体はうまくいったということを誇りにするしかなかった。誰を恨むこともできない。インスにしても、暴利を貪ったわけではないのだ。花の命は短く、ケースの代金はそれに見合わぬものだったし、小銭と言えど報酬も払ってくれた。刹那を尊ぶことが美だと思うまでには到底なれないだろうが、そういうインスがあってこその商談でもあった。

「今後も、お得意さまにしとかなきゃな……」

 それはまた、友情とは別物として構築すべきものなのかもしれない。

「はぁ……まぁそれは将来にかけてやればいいや……今はふたりのプレゼント考えないと……」

 結局、インスの意見は手助けにはなっても、決定打にはならなかった。そして、想像しろと無理な助言を渡されただけだ。

「けどなぁ……想像か……」

 道端に揺れる花に視線を投げながら、まずアメレの姿を思い浮かべてみると、わっと頭を覆いたくなった。もちろんげんこつを回避するために、体が覚えた行動というよりも反射だった。そんなアメレに似合うのは、げんこつの威力を半減させる、柔らかく厚い革の当て布がついた手袋だろうか。続いてスノの姿を浮かべる。柔らかくふわふわと水鳥が羽ばたく髪型に、風をまとう軽いレースが配してある、白いエプロンと角のない性格を包む丸い服装。考えても防御態勢にならずに済むだけで、スノの想像をするのは楽だった。そればかりか、和やかな雰囲気を思い出し、思わず顔がにやけてしまう癒しにもなる。そんなスノが喜んでくれそうなものといえば、やはりケーキ作りに使えるような実用的なものだろうか。

 スノへそれを贈るとしたら、喜んでもらえそうだが、アメレに手袋なんかを贈くれば、その手袋がすり切れて破れるまで、げんこつをくれ続けることだろう。想像はしてみたものの、これと言ったこたえは出ることなく、足は実家の玄関先で止まっていた。

「ただいま……」

 家に帰ると服を着替えて、トラックの洗車を終えたら、そのあとは自室のベッドに転がって天井を見て過ごし、気が付いたら夕飯の時間だったという、無意味な一日を送ってしまっていた。

「ネネル、ご飯よ~早くきなさい~」

 ドアを通して、別の部屋からナナの声が響いてくる。眠りと覚醒を繰り返したような、ぼやけた頭を持ち上げて、ベッドから立ち上がると、少し足下がふらついてしまった。

「こういうの、知恵熱っていうのかな……」

 傾けた頭を手に乗せて食卓につくと、すでにテイチもナナも席についていた。

「何だ、寝起きみたいな顔して……どっか調子悪ぃのか?」

「いや、そうじゃないけど、少し疲れてるのかもね」

 やっとはっきりし始めた意識に、夕飯のメニューが映る。温かいものは湯気をあげ、冷たいものは冷たく、彩りも豊かで、三人家族には十分すぎる料理の品数だろう。

 眺めていたら、ナナがラジオのスイッチを入れ、席についた。幼少の頃から当たり前になっていて特別に気にしたことがなかったが、食事に音楽を添えるのは、ナナの趣味なのだろう。テイチも特に文句を言っている姿を見たことがない。そして食事中のラジオは、どこか時間をゆったり流れるものにしてくれている気がする。それはナナがそういう魔法を知っているから、そうしてきたのか、全て偶然が生んだものなのか、わからない。

「どうしたのネネル。難しい顔して……何か嫌いなものでも入ってた?」

「好き嫌いなんかしてる歳じゃねぇだろ、全部食えよ」

「そんなんじゃないよ……それに母さんの料理は全部おいしいし、もちろん残す気なんてないから」

 長らく止まっていた手を動かし、料理を口に運んでいく。頬張り、噛むリズムを音楽に同期させると、自然と心が上向きになり、食が進む。

「うん、おいしいね……ラジオ聞くのって母さんの趣味なの?」

「趣味ってほどじゃないけど、楽しいじゃない。色んな歌やお喋り聞けたりして。ちょっと落ち込んじゃったなぁって思うときも、偶然ラジオから流れてきた音楽で踊っちゃうなんてことだってあるしね」

 ナナの笑顔を見ていると、その都度、これが悲しみで歪むこともあるのかとは、想像しにくいことだった。そして、ラジオには魔法というより、薬のような効果があるのかと知る。

「俺もそんなにラジオとか聞かなかったが、ナナが聞いてるうちに、トラックでも欠かさず聞くようになっちまったなぁ……」

 テイチがタバコをやめた理由は知らないが、他に気を紛らわすことが出来たとすれば、それはラジオなのかもしれない。

「ラジオっていいなぁ……」

 本心からこぼれた言葉だった。そして思い当たる。

「そっか……」

 雑貨のパードでひとり店番をしていたとき、音楽でもあればなと思ったことがあった。それにラジオがあることで、こんな食卓になるならば、アメレとスノにもそれを味わってもらいたくなった。

「……よし、決めた……ラジオだ」

 決意と共に、目の前に残る料理の皿を次々にあけていき、ごちそうさまとナナに告げて、席を立った。

 アメレとスノの家に、ラジオのある生活が来ると想像すると、インスの言うとおり、二人の笑い和んだ顔が、自然と浮かんできた。



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