第5話 振り分け試験

Side 優子


 二年生に上がる前に、振り分け試験というのが行われる。

この試験の点数によって、上はAから、下はFまでの6段階にクラス分けが行われるのだ。

一年生は関係なく、普通の教室だけど、二年生からはハッキリと差が分かるような教室になっているらしい‥私もチラッとしか見たことが無いため、詳しくはない。

 ともかく、その試験で良い点数を取るのを目標にして、私は美波ちゃんや瑞希と一緒に勉強をする日々を送っていた。


 と言っても、三人一緒に勉強しているわけではない。

美波ちゃんと瑞希の二人は面識がないからだ‥まぁこればっかりは仕方ない。

 そういうわけで、私は美波ちゃんと瑞希の家を行ったり来たりする日々を送っている。

美波ちゃんには分かりやすいようにドイツ語を比較しながら日本語や古典を少しずつ教え、瑞希とは一緒に勉強しながら分からないことがあったら教え合うようにしている‥まぁ私は補正のお蔭で分からないことはほぼないのだけど。


 でも、その分瑞希には私がダウンロードした無制限のテストを受けてもらっている。

理由は単に瑞希が今どの程度出来るのかを確認したい…のが表の理由。

本当は瑞希の点数を基点に私の順位を弄っているからだ。

今の所ではあるが、大体総合点で100~300ほどマイナスすれば5位辺りになれることが判明している。


 (ゴメン瑞希、今回も参考にさせてもらうね…)


 内心謝罪しつつ、無制限テストをする瑞希を見守る。

問題は観ないようにしつつ、瑞希を見ていたら様子がおかしいことに気付いた。


「‥瑞希、ちょっと顔赤くない?」

「‥ぇ?」

「少しジッとして」


 額に手を当て、熱を測る。


「‥あるわね。多分、37度くらいだけど」

「だ、大丈夫ですこれくらい‥」

「ダメよ」


 瑞希は身体が弱い。今37度あるという事は、夜には症状が酷くなるのは眼に見えている。

テストを中断させ、ベッドに横にさせる。


「今は6時15分‥瑞希、今日両親は?」

「今日は‥帰るのが遅くなるってメールが‥‥」

「…仕方ないわね」


 今の瑞希を放っておくわけにはいかない。

手早く弟にメールを送信する。


―【ちょっと友達が熱出しちゃって、親御さんが帰ってくるまで一緒についてあげることにしたから、今日は帰るの遅くなる。ゴメンね】


「これでよしっと」

「何を‥?」

「ん、今日は親御さんが帰ってくるまで一緒にいてあげる」

「そんな、ダメですッ! 優子ちゃんだって、コホッ」

「ほーら、興奮すると風邪が酷くなるでしょ。私は大丈夫だから、今は自分のことを気にしなさい」


 上体を起こした瑞希の肩を抑えて寝かせる。

‥そうだ、美春ちゃんに秀吉の晩ご飯を頼もう。今日は私が当番だったから、きっとまだ何も用意してないはずだ。


 pipi


 秀吉と美春ちゃんからメールの返信が来た。


―【了解じゃ。何か手伝えることはないかの?】

―【分かりました! 全力をもって秀吉君に晩御飯をご馳走します!こちらのことはお任せください!】


 二人にありがとうとメールを送り直し、瑞希のためにおかゆを作ってあげることにする。

瑞希の家でも料理の練習をすることがあるため、台所の場所は把握している。


「さってと、ササッとおいしいおかゆを用意してあげますか!」


 腕捲りをして、私は調理を始めた。

その日瑞希の両親が帰ってきたのは深夜0時直前だった。


***

**


 …次の日、瑞希はやっぱり熱が酷くなっていたらしく、今日は休むように言われたとメールが来た。

無理しないで今日はゆっくり休みなさい、と返信する。


 (そっか、やっぱりね…さて)


 手に持つのは体温計。

そこに書かれているのは『38.9』という数字。


 (…どうしよ)


 熱でボーっとする頭を回転させ、学校に行くかどうかを決める

まず行くメリットとして、振り分け試験を受けられるという事。Fクラスは本当に酷いらしく、廃屋だとか言われている。‥そのFクラスを避けられるなら、受けるべきだ。

次にデメリットだが、Fクラス入り確実な上に…きっと瑞希が気にする。

 あの子のことだから、自分の風邪が移って迷惑をかけた、などと自分を責めるだろう。


 (‥行くか)


 無理して試験を受けるなーなんて言っておきながら自分は受けるなんて、きっとバレたら皆に怒られるだろう。

でも、まあアレだ。


 (ばれなきゃいいのよ、ばれなきゃ)


 パンっと頬を叩いて自分を叱咤する。

これでも秀吉の演劇に付き合って一緒に練習しているのだ。

〝いつもの自分〟を演じる程度問題はない。


「じゃ、いきますか」


 問題はないが、演劇の腕は秀吉の方が上で、私の演技など造作もなく見抜くだろうことはハッキリしている。

だから、秀吉よりも先に学校に登校する。今の時間なら秀吉は朝のトレーニングとランニングをしている時間だ。

 手早く着替えを済ませて荷物を確認し、私は家を出た。



 Side 明久


 今日は振り分け試験‥このテストが僕の一年を決めるッ。


 (‥ふ、これなら10問に1問は解ける! 20点は硬いな)


 分からないところは今日のために調整してきた「三本」に任せながら、解いていく。

そこでふと、斜め前の席の人の様子が気になった。


 (あれは‥優子さん‥なんか、変だな)


 何処がとは言わないが、何となく。本当に何となく何時もの彼女と違う気がした。

自分の記憶の中の木下優子といえば、誰にでも優しく接し、いけないことはダメだと言い、堂々と行動する人だ。

 ちょっと勝気というか、強気なところもあると思っている。

それはテストに臨む姿勢にも表れていて、しっかり凛とした様子で挑んでいる…様に見えるんだけど。


(何が気になるんだろ??)


 先生にばれないようにじっと見つめていると、頬が赤いような気がした。


「もしかして…」



Side 優子


 午前のテストが終わり、昼休みになった。

昼ご飯を食べた後、午後のテストが始まる。


 (…ふぅ)


 表情には出さないように、心の中で一息つく。

体感では今朝より熱が上がっている気がする‥いや、きっと上がっているだろう。


(でもあと少しの辛抱よ‥)


 昼食はコンビニで買ってきたが、食欲は当たり前のようにわかない。

だが元気なら食べないと周りに不審がられてしまう。


 (…仕方ない、人気のいないところに行って、やり過ごすか)


 席を立った時、私に話しかけてきた人が居た。


「木下さん」

「! ‥久保君、どうしたの?」


 久保利光くんだ。

彼とは何だかんだ中学から同じ委員だったりして、それなりに交流があったが‥。


「いや、ちょっと様子が気になってね。何か不調なら、保健室に行くことを勧めるよ」

「別に大丈夫よ。心配ありがと」

「‥どこへ行くんだい?」

「美波ちゃんたちの様子を見にね‥ついでにお手洗いにもいくから、ついてこないでね?」


 からかうように言うと、当たり前だ、とそっぽを向かれた

さぁ、今のうちに人気のない場所‥屋上にでも行こう。あそこは見晴らしがいいが、風通しが良くて今の時期はちょっと肌寒いのだ。


 (寒さはもう我慢するしかないわね‥まぁ今更ちょっと症状が悪化するくらい大した差はないか)


 そう結論付け、屋上へと向かった。

久保君がもしついてこないように、ちょっと遠回りしつつ、早足で。


 ***


 辿りついた屋上は思った通り少し肌寒かったが、陽気が温かく…いや、やっぱり寒かった。


「‥ぅ」


 ついに頭痛と眩暈がし始め、つい壁に寄りかかり、手を自分の額に当ててしまう。

身体は重く、息は荒い‥思ったより重症だった。


 (暫くここで休憩しよ…)


 人が居ない分、ちょっと気が抜けていた。だから、丁度屋上に入ってきた人物にも気が付かなかった。


「やっぱり、風邪引いてるの優子さん?」

「!!」


 勢いよく振り向くと、明久君がそこに居た。

今更かもしれないが、私は一瞬で切り替えた。


「何のこと?」

「誤魔化してもダメだよ。今、ふらついてたし、頭も痛いの?」

「ちょっとテストで分からないところがあったから、ガックリ来ただけよ」

「でも」

「明久君、それ昼食?」


 彼の言葉を途中で区切り、その手に塩と水を持っているのを見て話題をすり替える。


「え、あうん」

「そう。丁度良かったわ、はいこれ」

「え?」


 彼の手にコンビニで買ってきた弁当を握らせ、口早く捲したてた。


「買ってきたんだけど、朝多く食べてきちゃってお腹減ってないの。だからあげるわ」

「あ、ありがと‥?」

「じゃ、そういうことで」

「‥ってあ! ちょっとま―」


 明久君を無視して、屋上を後にする。

‥もう職員室近くの女子トイレに行こう。あそこら辺なら生徒は来ないはずだ。



Side 明久


 屋上を後にした彼女を追いかけようとしたが、駆け足で去ったらしく、人ごみに紛れ込まれてしまった。


「…手、熱かったな」


 コンビニ弁当を握らされた時に触れた手は、熱かった。


「‥」


 雄二やムッツリーニに協力要請を…だが、もうすぐ昼休みが終わる。

試験が始まったら、話しかけることも難しくなる‥彼女は秀吉同様、演技が上手いらしい。

さっきあんなに辛そうにしていたが、テストの最中や追うときに見た此処に来るまでの様子を見る限り、何時もの自分を装うのだろう。

 きっとテストの合間の短い時間は勉強をしているふりをして、話しかけたら「邪魔をしてきます」、とでも先生に言われてしまったらそこまでだ。


「‥あ、チャイム」


 どうしようか考えている間に、時間切れを知らせる学校のチャイムが鳴り響いた。



 後日、鉄人‥西村先生からクラス通達を受け取った際に、僕は優子さんのことを訊いた。

彼女は、Aクラスに合格していた。



 sideend

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