第4話 私と高校生活
Side 優子
一度家に帰り、私服に着替え外に出る。
コレと言って趣味の無い私は基本的に外をふらつくことが多い。
勉強してもいいのだが‥今の段階でも十二分なほどに学力を持っているのに、これ以上磨き上げるととんでもないことになりそうで、気が進まないのだ。
(まぁ、学者とかになりたいならもっと勉強してもいいかもだけど‥‥いや、でもなぁ)
前世は極々普通の一般人だった。注目される側ではなく、あくまでもする側であったこともあり、あまり目立ちたくはなかった。というか、目立ちたくない。
前世は前世、今世は今世と言い切れない辺り、私は何時までも縋っているんだなぁと自嘲した。
「なんだかなぁ…ん?」
思考を巡りながら散歩していると、見知った顔が走ってきた。
「明久くんと‥美波ちゃん?」
箒を持った美波ちゃんが、明久君を追いかけていた‥よく見れば美波ちゃんが濡れている。
「あ、優子!吉井を捕まえて!!」
「え、あ、うん」
「そんなぁ!?」
ギュッと踏みしめ急停止した明久君だが、後方には美波ちゃん、前方に私と挟まれてしまっていた。
「お願い!見逃して優子さん!」
「えっと、取りあえず何があったのか説明して‥?」
「いや、ちょっと鉄人から奪われた物を取り返そうとして…島田さんにバケツを」
「何でそうなったのよ‥」
「よーしーいー」
「ヒィィィィ!!!」
素早く私の背後に隠れる明久君‥いや、私はキミを捕まえるように頼まれた人なんだけどなぁ。
「覚悟は出来てるのよねぇ」
「待って、話を聞いて島田さん!」
「…はぁ。美波ちゃん、ちょっと待って」
「止めないで!」
「いや、流石にバット持って興奮してたら止めるから‥」
少し待つように言って、明久君が逃げないように手首を掴む。
「で、明久君。一から説明してね?」
「え、いやだから説明した通り‥」
「い・ち・か・ら、説明してね」
「…頑張ります」
と、いうことで暴走しそうな美波ちゃんを抑えながら事情聴取。
何でも、近々明久君のお姉さんが一時帰国してくるそうで、その際生活態度を見られるらしい。だが、今の食生活だと全面的にアウト。
かといって次の仕送りの前に帰国の為、仕送りを待つわけにもいかない‥。
そのためゲームを売ろう‥と思ったのだが鉄人に奪われたままだッ!?
「で、西村先生から取り返そうと思ったけど、鍵がポケットの中だからバケツの水を被せて着替える際に鍵を盗ろうとした、と」
「はい」
ちなみに此処まで話を聞きだし、どうにかわかりやすいように解釈するまで、なんと1時間もかかってしまっている。
「‥はぁ‥それで美波ちゃんに間違えてかけちゃったの?」
「丁度教室から出てきたときに、鉄人と一緒に‥」
「もろともだったのね‥」
思わず額に手を当ててため息をついてしまう‥問題児だなぁ。
「鍵は雄二たちが先に回収してくれてたから‥後は僕のも回収してくれてるゲーム機とかを売るだけなんです! どうか見逃してください!」
「そうじゃないでしょ」
「あいた」
ぴんっと鼻先を軽く弾き、ポンッと頭に手を置いて目線を合わせる。‥偶に秀吉にもする行動だから、ついスムーズにしてしまった‥何してるんだ私。
でも子供を叱る時は目線を合わせることって本であったからなぁ‥実際秀吉には効果抜群だったし。
「美波ちゃんは巻き込まれちゃっただけなら、謝ることが先でしょ?それに、女の子をびしょ濡れにしておいて逃げるのは頂けないなぁ」
「うっそれは‥」
「はい、じゃぁやることは?」
「‥島田さん、ごめんなさい」
素直に謝る明久君に、美波ちゃんもたじたじながら謝罪を受け取ろうとして…。
「着替えは今持ってないから、取りあえず僕の服を――」
「「って、脱ぐなーー!」」
「アベシっ!?」
服を脱ぎだそうとしたから私が手を抑え、美波ちゃんが平手を食らわせていた‥美波ちゃん、平手は痛いと思うな‥。
「ともかく、美波ちゃんは私の家が近いから、私の着替え貸してあげるね」
「ありがと、優子」
「明久君は‥そうだ、美波ちゃんの掃除当番を一日変わってあげたらどうかな?どうかな、美波ちゃん?」
「…‥まぁ、仕方ないわね」
「明久君は?」
「‥はい、それでお願いします」
「うん、よろしい」
後日、鍵を強奪したり今までの行動や言動、テストの回答などから明久君は晴れて観察処分者という不名誉な称号を得ることになったのだった。
ちなみにお姉さんの件はどうにかなったらしく、ホッとした様子で塩と水の昼食の生活に戻っていた‥水と塩って‥見逃さない方がよかったかなぁ。
Side 美波
着替えながら、さっきの様子を思い出す。
ウチの怒りを鎮めて、吉井から謝罪させた優子‥。
(‥やっぱり、憧れるなぁ)
昔、と言っても数か月前の話だが。
ドイツからの帰国子女で、日本語がチンプンカンプンだったウチに親切にしてくれたのが、優子だった。
自己紹介の際に、島田美波を、島田美〝彼〟と間違えて黒板に書いたときが始まりだった。
黒板の近く、最前列にいた優子はウチに小さな声で教えてくれたのだ。
「最後の字、間違えてない?」
「え‥? あ」
急いで書き直し、お礼を言ったのが初めての会話だった。
その後も、質問攻めにあったウチを助けてくれたのも優子だった。
「ほらほら、日本語まだ勉強中な子にそんな寄ってたかって話しかけないの!」
クラスをまとめるのが上手いというか、お姉さんオーラが強いというか‥ともかく、優子はクラスのリーダー的存在だった。
日本語が不慣れなウチに日本語を教えてくれたり、「わたし」という一人称が難しいなら、「アタシ」とか、「ウチ」とか別の一人称はどうだろうか?、と勧めてくれたのも彼女だ。
慣れてきたら「私」にしたらいい、と言ってくれたことに安心したのを覚えている。
(ウチも見習って、何時かはちゃんとお礼しないと)
自分に気合を入れなおし、今回の件の借りも返すためにも頑張ろうと奮起するのだった。
Side明久
「はぁ‥どうにか助かったぁ」
バット片手に持った島田さんに追いかけられたときはマズイと思ったが、優子さんのお蔭で九死に一生を得た。
ゲームも無事に売れ、どうにかこれで姉さんの目も誤魔化せそうだ‥帰国日数は僅からしいし、どうにかなりそうでよかった。
「ん~久しぶりのカロリー摂取」
何週間ぶりのちゃんとした食事を味わいつつ、ふと優子さんの顔を思い出した。
自分に目線を合わせる、姉とは違う、〝お姉さん〟な叱り方だった。
秀吉も可愛いが、やはり姉という要素が絡まったおかげだろうか。一瞬ドキッとしたのを覚えている。
(…こんなに幸せでいいのだろうか)
柔らかく温かい掌の感触と、整った可愛く綺麗な彼女の顔が頭に残っていた。
助けられ、問題は解決し、さらにいい思いまでした明久は、なんだか申し訳ない気持ちになっていた。
***
無論、後にFFF団と呼ばれる集団、異端審問会が許すわけもなく、後日ムッツリーニこと土屋康太が撮った写真と音声に嫉妬心を燃やした彼らに処罰を受けることになるなど、今の明久は知る由もなかった。
こうして明久は幸福を味わった次の日、それ以上の不幸‥というよりも自業自得によって観察処分者になり、鉄人の補習を受け、審問会から処罰を受けるというトリプルコンボを味わうことになるのだった。めでたしめでたし
「めでたくないよ!?!?」
side end
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