#10 ふたたび、自己嫌悪


 たっぷりファッションショーを堪能して古着屋を出たあと、雑貨屋や本屋などをまわり、三人はファミレスに来ていた。ハシャぎすぎた身体をソファに預けて、ひと息つく。


「うーん。ティラミス食べたいけどこっちのマロンのジェラートも魅力的……。うう、決めらんない」


 メニューを広げて千尋ちひろがうなる。定番デザートと季節のデザートの間で、まるで人生の一大事を決めるかのような表情をして悩んでいる。


「うちはスウィートポテトにしよっと」

「あ、それもよさそう。えっと、わたしはジェラートにしよかな」


 姫子ひめこはあっさりと決め、郁美いくみもそれに続く。それを見た千尋はうらめしそうに「なんでそんな簡単に決められちゃうのお~?」と口をとがらせてにらむ。


「ほな、ちっひーはティラミス頼んでクミとはんぶんこしたら?」

「えっ! それいいかも! ねえ郁美ちゃん、いい?」

「あ、ええけど」


 ナイスアイディア、とばかりに身を乗り出して、千尋のアヒル口が笑顔に変わる。

 その勢いで承諾してしまってから気づいたが、そのまま食べさせ合いなどになったら面倒だ。

 しかし、ぺかーっとした笑顔を見ると、いまさら撤回もできない。


「うふふ、はんぶんこ、はんぶんこ……。食べさせ合い……あーんして……」

「あかん、ちっひーまたトリップしてもうた」


 早まったかもしれない。


 それぞれデザートにドリンクバーをつけて注文を終えると、妖しい夢から覚めた千尋がテーブルに突っ伏すように手をべたっと伸ばして言った。


「えへへ。今日は楽しいよー。こっち来て半年くらいになるけど、まだまだ全然遊ぶとことか知らなかったし。嬉しいなー」

「ふふ、よかったなあ。そう言ってもらえるとあたしも嬉しい。な、クミ」

「うん。わたしも、楽しい」


 千尋が心の底から嬉しそうな顔をしているので、それにつられて郁美と姫子も笑顔になる。


 休日のファミレスは人が多く、満席に近い。デート中らしいカップル、高校生らしい男女のグループ、それに家族連れ。年齢や性別に差こそあれ、休みを満喫して笑顔を浮かべているのは同じだった。

 自分たちもあんなふうに楽しそうな、仲の良い三人組に見えるのだろうか。そう思うと、ちょっとくすぐったい。


 楽しさにまかせて遊ぶうちに、郁美は当初の目的を忘れかけていた。

 ときどきそれに気づいてハッとしたりはするのだが、笑顔の二人を見ると、まあいいか、という気持ちになってしまう。


 自分が何か手を回そうとしなくても、二人はちゃんと仲良くなっていく。それは必ずしも望んだとおりの形ではないかもしれないけれど、もともと一朝一夕にかなうことではなかったのだ。


 いまはこれでいい。いまはまだ。


 郁美がお手洗いに立って帰ってくる途中、二人がドリンクバーの前で立って話をしているのが目に入った。

 まさか人のいぬ間に禁忌の合成ドリンクを作ってたりせんやろな、と思って近づこうとする途中で、気になる言葉が聞こえてきて足が止まる。


「ホント、ありがと。今日はおかげで、郁美ちゃんとの距離がちょっと縮まった気がする」


 聞き逃せない台詞だった。


 反射的に、二人に見つからないよう陰に隠れてしまう。


「えー、なんも。ぜんぜん。うちは一緒にいただけやし。あの子、ちょおかたくなっていうか、照れ屋っていうか、バリヤーッ! て感じで警戒しとるとこあるけど。今日はけっこう、心? 開いてる感じやったね」


 なんやねんそれは。


「うん……。今日はね、いっぱい笑ってくれて、嬉しかったな。恥ずかしがったり、いろんな郁美ちゃんの顔、見られたって思う。あれは可愛かった……!」


 とろけるような笑顔の千尋に妙なことを言われて顔が熱くなるが、しかしもっと注目すべきことのあるやりとりだった。


 何を連帯していたというのだ、この二人は。


「姫ちゃんに相談して良かったな。あたし、ホントにもっともっと仲良くなりたいのに、郁美ちゃんのことなんにも知らないから。いちばん知ってるの、姫ちゃんだもんね」

「そんなんはわからんけど。でも、うちにとってクミは大事な友達やし、ちっひーも友達やろ。それに、ちっひーがクミにとって大事な人やってのも、わかるから。うちにできることがあるんやったら、なんでもするよ」

「えへへ、ありがと」


 わたしは、アホや。


 郁美は心底そう思った。自分だけが二人をあざむいてコントロールした気になっていたが、実際は違っていた。


 千尋だってばかみたいにへらへらと笑っているだけじゃない。ちゃんといろんなことを考えて生きているのだ。

 あの子は郁美を好きだという気持ちを堂々と表明して、しかもその理想に近づくための正当な努力をしていた。それのどこを責めることができるだろう。


 自分の力になってくれる、と言っていたはずの姫子を裏切り者と責めることだってできない。

 姫子は客観的に見れば正しく郁美のためになることをしてくれていた。唐突に家族となった二人の仲をとりもつなんて友達の鑑と言っていい。

 柳姫子は本当にいいやつだった。こそこそと卑怯な自分にはもったいないくらい。


 どうしようもないのは自分一人で、どうしようもない自分の目論見もくろみは成功したつもりがただ空回りするばかり。そんなどうしようもない自分を千尋は好いてくれて、姫子は大事な友達と言ってくれる。


 どうしようもない自分の、どうしようもない本心なんて何も知らずに。


 いっそ千尋がいやな子だったらよかったとか、姫子が自分をちゃんと裏切ってくれていればよかったとか、このに及んでちらつくのはやっぱりどうしようもないことばかりで、それがまた自分のどうしようもなさを加速させるのだった。


 しばらく気持ちを落ち着けたあと、郁美は何もなかったように鉄壁の笑顔で席に戻った。鋭い姫子は何かを察したのか、もの言いたげな顔を見せていたけれど、結局それを口にすることはなかった。


 その気づかいに感謝すべきなんやろな、と郁美は疲弊した笑顔の裏で思う。

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