#9 ファッションチェック!
気合いを入れ直した
それなりの広さと品揃えに加え、お手頃な値段で女子高生のお財布事情にも優しい。ここでキャッキャウフフと着せかえ合いなどさせて親近感を持たせるのが第一段階。
おかしなTシャツを着ていたりはするものの基本的にはおしゃれに敏感な
素材としてはこれ以上ないくらいの逸材なのである。低めの身長で着たい服が似合わないのが悔しい、と普段から嘆いているだけあって、代償行為に燃えている。
「まずはボーイッシュなアウターでどやっ!」
「どうかな?」
「あー、似合うかも」
やや丈の長いモッズコートに白地のTシャツを合わせ、ちょっと背伸びしたアンバランスな魅力を演出。可愛い。感想を聞かれ、郁美も素直に褒める。
「続いて森ガール風! 花の蜜だけ吸って暮らしてますって感じで!」
「えへへ、どう?」
「なんやねん花の蜜て……。えっと、やっぱ似合う」
やたらヒラヒラの重なった服を二重、三重にかさねてシルエット自体が花びらのように見えるファッションはアースカラーで目に優しい。ゆるっとした雰囲気が千尋にマッチしている。可愛い。
「いつもとちがう大人っぽさを見せてカレをドキッとさせちゃえ!」
「えへ。ど、どうかなあ?」
「カレて誰やカレて。……あ、似合うと思います」
白のブラウスは胸元を開けてちょっぴり色気を醸し出し、大きなバングルのベルトにタイトスカートで下半身はすらっと伸びたシルエット。見ようによっては怪しい女教師みたいに見える姿はしかし、千尋のメリハリのある体には効果的だ。というか、なんかちょっとやらしい。
コーディネートに燃える姫子に、千尋のほうも嬉しそうに次々と衣装を変え、さながらファッションショーである。服を変えるたびにいちいち「郁美ちゃん、どうかな? 似合う?」と満面の笑みで聞いてくるのは多少わずらわしくはあったが、おおむね郁美の
しかし、ひとしきり好きな服を着せてひと息ついた姫子がふと郁美のほうに視線をよこしたあたりで、なにやら雲行きがおかしくなった。
「なんかクミ、地味なカッコしとるね」
ほっといてほしい。
「せっかくスタイルいいのに、もったいないよねえ」
千尋が言うと嫌味にしか聞こえない。
言いたい放題の二人を黙って笑顔でやりすごしていたのもつかの間、いつの間にか黙りこんだ二人が妙に自分を注視しているのに気づき、郁美の背筋を強烈な
「これ、履いてみよか」
思ったとおりだった。
つやっつやの笑顔でキュッと短いホットパンツを差し出す姫子に、肩出しがセクシーなニットを抱えて控える千尋。息ぴったり、コンビネーション抜群でなによりだが、非常に面倒なことに標的は郁美だった。
というかその服はだいぶ恥ずかしい感じがして気が進まないのだが、二人を仲良くさせることが目的なのに自分が下手をして空気を壊すわけにもいかない。郁美は二人の勢いに押されるまま、慣れないファッションに着替え試着室のカーテンを開ける。
「キャーッ! 似合うー!」
「ほうほう、脚きれいやねーやっぱり」
甲高い声で歓声をあげる千尋、ニヤニヤ笑って下から上まで舐めるように見る姫子。
すらっと伸びた健康的な脚がまる出しの姿はさすがに恥ずかしく、うまく反応できない。というか十月にこれは寒い。
「なあ、もうええやろ……。すーすーするわこれ」
「す、すーすーしてしまっていいんじゃないでしょうか!」
「ほんなら、次これいってみよか」
妖しげに目を光らせる千尋はあえて無視するとして、郁美の抗議の声に対し、姫子は別の服を突き出す。どうやら郁美が着替えている間に用意していたらしい。既にパターンに入ってしまっている。この周到さをテスト前にも発揮してほしい。
二人の迫力の前に屈服した郁美はしかたなく服を受け取り、試着室の中に戻って着替える。
「キャーッ!! 可愛いー!!」
「あー、こういうのもええわー。めちゃかいらしい」
しぶしぶ着替えたのは三段フリルのキュートでガーリーなワンピース。ふわふわとして背後にお花畑を幻視するような服装は、これまた恥ずかしい。
むしろ千尋にこそ似合うような服を着せられた郁美は、自分の耳のあたりが熱くなっているのを感じた。露出度でいえば断然下がるのに、なぜかさっきより恥ずかしいかもしれない。
「はああ……可愛いよお。なんかちょっとおとぎ話って感じ。リリカル……」
「はは、ちっひーなんか目ぇ怖いで。人前に出したらあかん感じになってんで」
「あたし狼だよお……」
興奮して意味不明なことを口走る千尋に、さすがの姫子も笑いながらちょっと引いている。恍惚とした表情で目をとろけさせ、なにやら桃色のオーラが立ちのぼるありさま。たしかにいますぐ家に帰らせ冷たいシャワーでも浴びせてやりたい姿だ。
「でもそやなー、ちっひーと二人並んだらあれやな、メンデルとグレーテルって感じやな! うちいまけっこううまいこと言ったやろ。ほめてええよ?」
「ヘンデルやし。エンドウ豆の人やんそれ」
「まめ……?」
「素やったん……。しかもヘンデル男の子やで」
次々にボケる姫子の間違いをいちいち訂正してやる。自信満々、得意げに間違えるアホの子っぷりは千尋とはまたちがった意味でめんどくさい。
一方、千尋はまだ桃色吐息でおとぎの国に旅立ったままだ。
「なあ、もうええやろ。脱ぐで」
「えっ、クミ大胆!」
「アホ」
アホ二人は無視して試着室のカーテンを閉め、ガーリーな服を脱いでいく。たしかに可愛くてちょっと心がときめかないわけでもないが、恥ずかしい。あんな反応をされたらなおさらだ。
でも、似合うとか脚がきれいとか、そういうことを言われて、郁美としては悪い気がしないでもない。というか正直ほんの少しだけ、いい気になっていた。押し隠そうとしている自尊心がむくむくと首をもたげるというか、呼んでもいないのに出てくるというか。
いや、やはりだめだ。このメンバーで自分が調子に乗ったら収拾がつかなくなる。
それに、あの
「他のんも持ってくるから待っててな」
「あっ、うん」
世にも恐ろしい想像にひたっていたところに試着室の外から声をかけられ、郁美は反射的に返事をしてしまう。後悔しても遅い、これでまた別の服を着せられることになってしまった。
しかし迷惑な客やな、せめて何かしら買っていかな……と気を回す郁美をよそに、二人は店内をぱたぱたと歩き回り、また新たな服を持ってくる。姫子が手に持つバンドTを見ると、今度はちょっとやんちゃなパンク風ファッションのようだ。
でも、着せかえ人形にされるのは恥ずかしいけれど、こういうのだって悪くはない。
千尋にべたべたとされるのはしんどいけど、こうやって三人で遊んでいるぶんには平和なものだし、これまで家事を最優先にしていた郁美にとっては新鮮な感覚だった。
いままでだって友人と遊ぶことがないわけではなかったけれど、これからはこういう時間が増えていくのだろう。
悪だくみはしているものの、純粋にこの時間を楽しんでいる自分がいることにも、少し安心した。もやもやと割り切れない感情があるのは事実だけれど、こうして楽しいと思えるということは、やっぱり千尋のことを嫌いではないのだ、きっと。
あんな誰が見てもいい子のことを、少なくともどうしようもなく好きになれないというわけではない。
適切な距離を見つけることができれば、健やかな家庭の健やかな関係の二人としてやっていける。
郁美は確かな希望が見えた気がしていた。
底抜けの笑顔を見るたびに、どこか胸の奥でちくりと痛みが走るのには、気づかないふりをして。
「ギャーッ!! すてきー!!」
「うーん、ええわー。あ、ちょおこっちに不遜な目線ください。セックス・ドラッグ・ロケンロールて感じで」
もはや歓声を超えて奇声の域に達した声を発する千尋と、手でカメラを持つようなポーズで妙な指示を飛ばす姫子。
二人は郁美の企みと罪悪感になどまるで気づかない様子で、楽しそうに笑うのだった。
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