第3章 炎鳥の試練と絆の契約 後編

 ――バトルトーナメント・2日目第1試合・ガラハッド対リーン――

 果たして2回戦目の相手は女だった。女というにはまだ幼く、15歳前後の少女のように見える。その少女は赤く長い髪を後頭部で結わえたポニーテール。瞳の色も燃えるような赤色。胸当てと籠手を着けており、背には小柄な少女の体躯には似合わない程の大剣を背負っている。

 しかし、相手が少女だからといって油断はできない。なにせ1回戦を勝ち進んできた実力者であり、今大会の優勝候補としても名のあがった人物だ。

「それでは第1試合ガラハッド対リーン、試合始め!!」

 審判の掛け声とほぼ同時、若しくはそれよりも一瞬早くリーンは全速力でガラハッドとの距離を詰める。ガラハッドにあと数歩で触れるという距離で背中の大剣を抜いて横薙ぎに斬りかかる。それを間一髪剣で受けるとその力を利用して横に跳んで距離をとる。

 ――思ったより速い――

 リーンはフッと笑うとまたガラハッドに全速力で突っ込んでくる。今度は上段から斬り下そうとするリーン。ガラハッドもそれに応戦しようとするも一瞬何かを感じ取り後方に跳んでもう一度距離をとる。その瞬間、リーンの大剣が地面を盛大に砕く。

「へぇ、よく気付いたね」

「まぁな。精霊術くらい気付くさ」

 そう。ガラハッドが感じとったのは精霊術の光。昼間でその光はかすかにしか見えないが光の色は赤――火属性の精霊術だ。

 火属性の精霊術は攻撃の破壊力を底上げするもの。更に、リーンの手足には緑――風の精霊術の光が見える

「つまり、お前の戦術はこうだ。まず風の精霊術で自身のスピードを底上げして更に大剣の重さを軽くする。しかしそれでは肝心の攻撃力が落ちるから剣身に火の精霊術を施すことで攻撃力を底上げしていた」

「たった2げきだけでそこまで分かっちゃうんだ」

「まぁ、お前とは鍛え方が違うからな」

 すまし顔でいうリーンに対し、ガラハッドも同じようにすまし顔で返す。それに対して今度は挑発するようにリーンは言う。

「そこまで分かってるんなら降参、してくれない?あなたに勝ち目がないのは自明の理でしょ」

「冗談はやめてくれ。言っただろう、鍛え方が違うと。降参するのはお前の方だ」

「言ってくれるじゃない。だったら手加減なしでいくわよ!!」

 そういうと、またも全速力で走ってくるリーン。大きく上段に振りかぶり渾身の力で大剣を振るうもそれを見越していたガラハッドに易々と避けられる。続けざまに何度か同じように地面を叩き割るリーン。その全てを見事に避けきり反撃にうって出るガラハッド。

「動きがなかなか単調になってきたぞ!」

「それは、どうかな!!」

 次の瞬間リーンの左手が今度ははっきりと視認できるほどの光に包まれる。リーンが腕を引き絞り、ばッと前にかざすと風が巻き起こり今までリーンが散々叩き割ったおかげで崩れていた地面の砂が舞い上がる。

 ――精霊術か

 身に纏うのよりもさらに高度な、魔法の代替にもなるレベルの精霊術で砂を舞い上がらせてガラハッドの視界を奪う。

 精霊術の中には種類があり、普段ガラハッドやロゼイア達が身に纏い使っている精霊術と、今しがたリーンが用いた魔法の代替ともなる精霊術の2種類がある。

 一般的にはその汎用性から使用されているのは後者の方であるが、戦闘に使えるほどにまでなるにはそれなりの才能か絶え間ない程の努力と修練を要する。

 故にガラハッドやロゼイアの様な近接戦を主とする者達は前者の方を活用することが多い。

 視界を奪われていても気配を察知することは可能なため、できる限りでそちらにも集中する。

 恐らく大剣で攻撃を仕掛けてくるだろうが、その範囲からは気配を感じない。

 とはいってもあれだけの術と大剣捌きだ。気配を隠す、消すことくらいは容易に出来るだろう。

 果たしてそれは、風の刃だった。

 真っすぐ正面から、正々堂々と風の精霊術による2つの風刃がガラハッドに向かって飛来してくる。

 それをあえて避けることもなく剣で受け止める。

 ――否、避けるほどの時間はなかったのだ。受け流すほかなかった。

 1つは受け流せたが2つ目は受け流すには至らず剣で防いだものの後ろに吹き飛ばされてしまう。

 吹き飛ばされつつも空中で体勢を変えて剣を地面に突き刺して何とか競技枠外から出ることを食い止めた。

 そう、この試合から競技範囲が狭くなっている。もともとそういう決まりらしく決勝ではさらに狭くなるようで、現在がおよそ全体の70%ほど。決勝では50%ほどになるらしい。

 その説明の後地面が抉られ競技範囲が決められた。風の精霊術で抉られた円形を確かめつつ円に沿うように反時計回りにひた走る。

 先程の風の刃で大体の位置は掴めているので警戒しつつ距離を詰める。風の刃のお陰で舞い上がった砂は吹き飛んでいる。それでも視界を遮るくらいには残っている為あまり詰めすぎると攻撃に対応出来なくなることを考慮して距離を置く。風の精霊術を足に纏い一息に距離を詰めるために駆け出す。剣を下段に構えて剣にも風の精霊術を纏わせる。そのまま思いっきり振ることでまるで扇いだかの如く風が生じ、砂煙を掃う。砂煙を掃った向こうにリーンを発見したガラハッドはそちらへひた走る。風の刃が飛んでくる心配もあったが視界が開けているなら見てからでも反応出来るだろう。走りながら剣を中段に構える。リーンに接近して剣を横薙ぎに振る。それを大剣を地面に突き刺して防ぐと柄を持ちそれを軸に跳び蹴りする。しゃがんでそれを避けようとするも遅く、胸を蹴られてしまう。少しよろめいて数歩後ろに下がるも反撃に出ようとしたその時――

「そこまで!!勝者、リーン!!!」

「なっ」

 驚くガラハッドだったが、正面にいたリーンに足元を見るよう促されて自分の足元を見て肩を落とす。競技枠外へ出たことによる失格だった。

「なるほど。最初に地面を何度も砕いて競技範囲を不鮮明にしてさらに視界を遮り、風の刃で地面に線を引いて競技範囲を分かりにくくする。手の込んだ策だ」

「ご名答。貴方の言った通り、真っ向勝負は不毛だったから策を練らせてもらったわ。うまくいってなにより」

 剣を鞘に納め呼吸を整えるとリーンの方へと歩いていき手を差し出す。リーンも大剣を引き抜き背に担ぎなおすとガラハッドに手を差し出す。

「楽しい試合だった」

「えぇ、私もよ」

 2人は固く握手を交わすと競技場を後にする。会場には割れんばかりの拍手と歓声が響いていた。


 競技場を後にしたガラハッドは次の試合に備えるロゼイアを見つけるとそちらに歩いていく。それに気が付いたロゼイアは立ち上がり、ガラハッドと握手する。

「試合、残念だったね」

「あぁ。仕方ないさ、相手が上手うわてだった。それだけのことだ」

「落ち込まないんだね」

「弱音を吐いている暇はないからな」

「そっか、ガラハッドは強いんだね」

「弱いさ、まだまだ強くならないと。それよりお前の方は大丈夫なのか?」

「えっ、僕?」

 驚くロゼイアにガラハッドはため息交じりに告げる。

「次の相手、相当強いんだろう?黒炎の使い手という可能性もあるからな、用心しろよ」

「あっ、そうか、そうだった。2人の試合が凄いから忘れちゃってたよ」

「大丈夫か?まぁ、競技場はあんなだし整地するのに時間がかかるだろうから今はゆっくり休んで集中力を高めておくといい。危険だと感じたらケイと一緒に止めに入る」

「うん、ありがとう」

 それだけ言葉を交わすとガラハッドはどこかへ去っていく。それを心配そうに見ていたが一息ついて自分のことに集中する。


 ――バトルトーナメント・2日目第2試合・ロゼイア対セリア――

 自分の名前を呼ばれて競技場に出るロゼイア。1試合目の影響か出場だけでも物凄い歓声が上がる。そして対戦相手であるセリアの名前が呼ばれ少年が競技場に姿を現す。

「えっ!?」

「あいつは!!」

 その姿を見て驚くロゼイアとガラハッド。その少年は金にも似たクリーム色の長い髪を首の後ろでくくっている。瞳はロゼイアと同じ黒。腰には左右にククリが1本ずつ提げられている。その少年をロゼイアとガラハッドは知っている。数日前ガラハッド達と初めて出逢ったあの夜。レイドルフに現れたククリ使いの少年である。そして彼はロゼイアの命を狙っている黒ローブの仲間の1人だと思われる。その仲間ならば黒炎を操ったとして何ら違和感はない。

 セリアはゆっくりと競技範囲の円内に歩いていくと立ち止まる。

「久しぶり。こんなところで何してるの?」

 ロゼイアが話しかけるもセリアは一切の反応を示さない。ロゼイア自身も最初から反応があると思っていなかったのか意に介さない。

「それでは第2試合ロゼイア対セリア、試合始め!!」

 審判の掛け声とともにセリアは足に風の精霊術を纏わせて猛スピードで距離を詰める。腰のククリを抜かず、右手の拳を握りしめ殴りかかる。予想外の攻撃に少し戸惑い反応が遅れ避けるに至らず腕をクロスさせて受け止める。数歩後ろによろけるとすかさずセリアが追撃してくるもそれは全て避ける。

「僕相手に拳闘術とはなめられたもんだね」

 セリアの動きを見て反撃にうって出る。殴りかかってきた右手をギリギリでかわし、右手首を掴み引き寄せ体勢を崩す。と同時に顔面に1撃くらわせる。よろけたセリアに更に2度3度と追撃で身体を殴ると最後に軽く飛び上がって回し蹴りを胸にくらわせる。その猛攻を防ぐことなく受けたセリアは大きくのけぞり倒れこむ。がすぐに飛び起きて殴りかかってくる。しかしロゼイアはそれを避ける。続けて殴りかかってくるも全て避けて反撃する。

 ――右、右、左、右、左、中央。動きが単調だ。それに。

 掛け声がない。普通攻撃をする際力を入れるためにも声を出す。しかしそれがない。それどころかこれだけ動いているのに息を切らしてすらいない。

 ――何かが、おかしい。

 どこか目も虚ろに見える。もしかするとこれから黒炎を使う予兆かもしれない。だとすれば出来ることは、速攻のみ。

 ロゼイアが柏手かしわでを打つと手足に緑の光が灯る。

 姿勢を低くして精神を研ぎ澄ませると意識を集中させて呼吸を整える。そして、風を纏い一気にセリアの懐に入り込み右手のアッパーで殴り上げる。一瞬遅れて風が舞いセリアの身体をすくい取り浮かす。それを跳躍して追い、腹に踵落としをして地面に叩き付ける。遅れてロゼイアも着地する。

 しばらく仰向けで倒れていたが審判がロゼイアの勝利を告げようとしたとき、突然セリアは目を見開きまるで地面に弾かれたかの如く起きあがる。ふらふらと立っていたが腕を交差させてククリに手をかけ、ロゼイアの方へと駆けより抜刀しつつ斬りかかる。危機感を感じ距離を取っていたためそれは寸前のところでかわす。そこから距離を取ろうとあとずさりした瞬間、セリアは右手のククリをロゼイアに投げる。それを躱しククリの刀身を掌底で競技範囲外にはじき出したがその直後黒い炎がロゼイアを襲う。咄嗟に腕で防ぐも直撃してしまう。

「くっ、やっぱり黒炎使いは君だったんだね」

 直撃した右腕を押さえ痛みに耐えながらロゼイアは言うが、セリアからの返事はない。相変わらず目は虚ろで何かに憑りつかれているようだった。

 セリアが左手のククリをその場に落とすと両手が黒炎に包まれる。

 黒炎への対抗策を考える暇もなくセリアが突進してくる。セリアの黒炎を纏った拳を寸前で倒れて避けると転がってから飛び起きる。恐らく次は避けきれないだろう。ロゼイアがそう思うが早いかセリアが再び突進してくる。1発目は何とか躱すもすぐに2発目が来る、とその瞬間――

 周囲の時が止まった。ロゼイアはこの光景を知っている。レイドルフで中級悪魔のハウンドウルフに襲われたとき――初めて修羅しゅらが発現した時と酷似している。

『ここで終わられてはつまらん。汝に我が力を貸してやろう』

「だれ!?」

 聞いたことがあるような、無いようなその声に驚くロゼイアだったがその声の主はすぐに水柱を上げてその中から正体を現す。蛇とよく似た竜のような生物。

 長い胴体は硬い鱗で覆われた綺麗な蒼色。神々しさすら感じさせる。

『我が名リヴァイアサン。契約の元、此方こなたの力を其方そなたの力とせん。唱えよ我が名を。さすれば我が力は汝が力とならん』

 正体を聞いてロゼイアは安堵した。数日前成り行きで契約しただけだったがそれから体に変調や異常はなくどこか見守ってくれているような温かい感覚は感じていたが、その正体はどうやらリヴァイアサンだったようだ。

 頷いて目を閉じ、もう一度精神を集中させ、口を開く。

「来て、リヴァイアサン!!」

 そう告げた瞬間、ロゼイアから魔力がほとばしり周囲を水が覆う。その衝撃でセリアは吹き飛ばされる。初めて感じる魔力の流れに驚くロゼイアだったがそれがすぐに体に馴染んでいき確信する。

「凄い魔力…でもこれなら勝てる!!」

 開いていた拳を握り構える。と、すぐにセリアが両腕に黒炎を纏わせて突っ込んでくる。ある程度距離が縮まったところでセリアは両腕の黒炎を地面に噴射してその推進力で高く舞い上がる。落下と共に強力な一撃をくらわせようとするが、

「水よ、集え!」

 ロゼイアはセリアの方に手を伸ばし両腕で空中に円を描く。掌の水が空に留まり円が出来上がるとそこに水の膜が出来る。その膜に一直線に殴りかかるセリアだったが、膜は破れることなくそこに停滞し続ける。やがてセリアの勢いがなくなると水の膜はセリアの両腕に絡みつきそれと同時に両腕の黒炎も消え失せる。

 両腕に力を籠めて絡みついた水の膜を掃うセリアだったが時すでに遅く、気が付いた時にはロゼイアが懐に入り込んでいた。

「いくよ、リヴァイアサン!」

『応!』

 ロゼイアは右手に水の魔力を集中させて渾身の力でセリアを殴り飛ばす。

「『水竜拳すいりゅうけん!!』」

 ロゼイアの拳と共に水の魔力が迸り、それと同時に右腕に纏わせた水も爆散する。それが直撃したセリアは競技場の壁まで吹き飛び壁に激突するとぐったりとうなだれた。

「はぁ、はぁ、今度こそ、終わったよね…?」

 呼吸を整えつつそう呟く。意識があったとして場外にさえ出してしまえばこちらの勝ちだ。まぁ、そのような理屈が通じるようには見えなかったが。ロゼイアはそういえば、とふと思い出し負傷した右腕を見るが、傷はほとんど治っている。不思議に思っていると、

『水がつかさどるは鎮静と活性。我が力をもってすれば些細な怪我などひとところに治るだろう』

 そう脳内にリヴァイアサンの声が響く。なるほど、と思っていたのも束の間。

「そこまで、勝者――」

『――まだ終わってはおらんぞ』

 審判の声を遮るようにリヴァイアサンがそう言った直後セリアの身体から黒炎が噴き出す。禍々まがまがしいような、神々しいようなそんな気を迸らせながら噴き出した黒炎は上空で一塊になると徐々にその様相を変えていく。

 その姿は美しい赤炎せきえんの翼と羽毛を持つ巨大なわし。鷲の周囲には黒いもやのようなものが舞っている。

『あれこそが奴の中にとらわれていた黒炎の正体。名を――ガルダ』

「ガルダ…?あれが…?」

『本来ならガルダとは神秘の力を持ち神聖な炎を操る神の使いである神鳥だ。だが少し、いやかなり様子がおかしい』

 そう話しているとガルダは両翼に炎を纏わせる。そしてはばたくと同時に翼から火の玉が降り注ぐ。火の玉のほとんどは競技場に落ちるが幾つかは観客席の方へと降り、会場は悲鳴に包まれる。

 火の玉が複数落ちた競技場は土煙が立ち込めていたが、遠くからガラハッドの声が聞こえる。

「大丈夫か、ロゼイア!」

「うん、僕なら大丈夫!それより会場にいる人の避難をお願い!」

「あぁ、分かっている!お前も早く逃げろ!」

「僕にはまだしないといけないことがあるから先に行って」

「おい!なにを!っくそ、仕方ない、任せたぞ……っ!!」

 ガラハッドはそう呟き避難にあたる。


 「どうなってる!?」

 ガルダ顕現けんげん直後立ち上がったケイはすぐに避難誘導を始めつつガルダの様子をうかがう。と、ガルダの両翼から火の玉が飛んでくる。咄嗟に散弾銃を抜き水の精霊術を弾に籠めて跳躍し、火の玉を撃つ。全弾直撃した火の玉は空中で爆散する。と同時に悲鳴も上がる。観客席の反対側や近くにも火の玉は落下したようだ。

「さすがにすべては対処しきれませんね」

 ガラハッドやロゼイアは大丈夫かと心配していたが喧騒の中かすかに2人の話し声が聞こえる。何を話しているか分からないがどうやら無事のようで安堵する。

 会場全体を確認し最優先事項を考えていると異変に気が付く。自分が爆散させた火の玉のせいで確認できていなかったが他の場所に落ちたらしい火の玉の被害はなさそうだった。それを疑問に思っていると観客席の中に立ち止まってガルダを見上げる黒ローブ姿の人物を見つける。

「あいつは!」

 すぐに追おうと思うも逃げ惑う観客に阻まれる。

「今は避難を最優先すべきか。2人ともどうかご無事で」


 ロゼイアは競技場をひた走っていた。

『どうするつもりだ?』

「セリアを見つけて止めてもらう。出来そうにないなら僕らで止める」

 そう言って走る。先ほど審判の男とも合流して避難するよう促した。後はセリアと合流してこの事態を収束してもらう。恐らく気を失っているだろうから何とかして起こす。もし意識が戻りそうにないなら安全な場所まで避難させる。土煙が収まったころセリアを近くに発見する。

「セリア!!」

 駆け寄るも意識は戻りそうにない。仕方なく安全そうな場所に移動させるため担ぐ。と、すぐ近くに入場口がありそこにリーンを発見する。

「リーンさん!この人お願いします」

「えっ、いいけれど、あなたはどうするの?」

「あの鳥を何とかしてみます」

「出来るの?」

「出来ます」

 それだけ会話してセリアを預けてきびすを返し競技場の中央へと走って戻る。

『止められるのか?』

「分かんない。でもやるだけのことはしなくちゃ」

『大見得を切って、できなかったらどうする』

「実際出来るかどうかじゃない、やらなきゃいけない。それに、俺は1人じゃない。ガラハッドとケイがいる。もちろんリヴァイアサンもね」

『ふんっ』

 走りつつロゼイア達がそんな話をしているとガルダがまた両翼から火の玉を降らせる。ロゼイアはセリア戦の時と同様両腕を空に掲げてそこに円を描く。とそこに今度は水の盾が出来上がる。その縦の中心付近に両手を持っていきてのひらを掲げ腕を開く。それに合わせて水の盾も広がっていき火の玉を防ぐ。

「ガルダは神鳥なんだよね?」

『あぁ、本来ならな。こんな禍々しい気を発することなどありえない』

「だとしたら…」

 何かどこかに異変があるはず。その気を発している原因が。ロゼイアは目を閉じて意識をガルダの方に集中させる。リヴァイアサンのいう禍々しい気を感じとりその奥にガルダとおぼしき気を感じる。更に意識を集中させて探る。探っていると意識化に段々、鳥の形が見え始める。次第にもやのようなものも見え始めその1番濃いところを探す。その場所を見つけると目を開けてその場所を目視で確認しリヴァイアサンに告げる。

「あの足の黒い輪、見える?」

 あぁ、と短くリヴァイアサンが答える。と、そこでふと疑問に思う。どうして見えるのか。それを聞いてみると、こうしてリンクしている間はロゼイアが見ているものは同じように見えているらしい。それを聞いて納得すると話の続きを始める。

「あそこから嫌な気配を感じる」

『……あぁ、そうだな。恐らくあれが原因だろう』

 少し考えた後、リヴァイアサンはそう答える。そして、あの黒い輪を破壊すればガルダの暴走を止められるかもしれないと。

 しばらく逡巡しゅんじゅんした後、ロゼイアは決心する。

「あれを破壊して止めよう。傷つけないで止める方法は今はそれしかない」

「ロゼイアさん!!無事ですか!?」

 ロゼイアが傷つけずガルダを止める決心をした直後遠くからケイの声が聞こえ、観客席にいるケイを発見する。

「ケイも、大丈夫?避難の方は?」

「俺は何とか。観客の避難はあらかた片付いたので警備の方に任せてきました。ガラハッドとは先ほど合流して、今は黒ローブを追ってます。そこは危険ですから早く避難を!」

「ケイ聞いて!あの鳥――ガルダは足に着いたあの黒い輪で操られているみたいなんだ、あれを壊せば止められると思う。ガルダは僕が引き付けるからケイは銃であれを壊せる?」

「えぇ、できますけど――」

「――じゃあお願い!!」

「…っ!!たく、どいつもこいつも…っ」

 ケイの口調が変わる。普段は丁寧な口調を崩さない彼だが戦闘時など有事の際にはそれが崩れてしまうのだ。合流時に黒ローブの話をしたら一目散に追いかけていったのだ。

 ケイは周囲を確認して1番高いところを見つけてそちらに走っていく。

 ケイが走っていったことを確認するとガルダに向き直る。さて、どうやって引き付けようか。ケイのような遠距離武器は持っていない。というより拳闘術以外は不得手なのである。遠くから敵を拘束するためのもの。そういわれれば前日の試合相手であったイルジクトが使用していた鞭が思い当たる。が、ロゼイアは鞭など持っていない。

「鞭かそれに類するものがあれば…」

『鞭、か、ふむ…』

 ロゼイアの呟きにリヴァイアサンは答える。とその直後、リヴァイアサンの魔力がロゼイアの右手に収束していくとそこには剣の柄のようなものが握られていた。

 まるでリヴァイアサンの鱗のような美しい海のような蒼い色をしており、所々にひれのような装飾もみられる。

「これは…?」

『汝の思いと我が力が合わさり出来たものだ。汝らの言う修羅と似たようなものだと思ってくれ』

 修羅とはあの夜レイドルフでハウンドウルフに襲われたときにあらわれたあの大鎌の力同じものだ。自分の内なる力。これもその一つなのだろう。種類の一つというべきか。

水竜鞭すいりゅうべん。それがその鞭の名だ』

 水竜鞭。これの何処が鞭なのだろう。見たところ柄しかない。リヴァイアサン曰く使ってみれば分かるそう。半信半疑で振ってみるとその先端から水が噴き出し鞭の本体ともいえる水で出来た細く美しいボディ部分が出来上がる。これは修羅の一種であるためロゼイアの意思に合わせて伸縮自在らしい。試しにガルダに向けて振ってみるとボディはどんどん伸びていきガルダの脚に絡みつく。と次の瞬間今度はボディが縮まっていきロゼイアの身体は宙を舞う。

「これ、楽しいかも!」


一方、ガラハッドは観客席を走っていた。人混みを縫うようにして抜けていく、ガラハッドが追うのは黒ローブだった。ケイから黒ローブの話を聞き、追いかけた直後見つけたのである。自分目掛けて走ってくるガラハッドを視認した黒ローブは直ぐに逃走を始めたのだ。もう少しで追いつけると思ったガラハッドだったが観客席の出入口で団子状態になって前に進めない観客達に足止めをされてしまう。

「くそっ!このままじゃ……」

見失ってしまう。そうはさせない。ガラハッドは観客達から少し離れて精神を集中させる。

「今できる、最良の選択を」

ガラハッドの足が薄緑色の光を一瞬帯びると風が柔らかく足に集まる。その瞬間にガラハッドは走り出し、出入口の壁に向かって跳躍。そのまま壁を蹴って観客達の頭上を颯爽と飛び越え、空中で1度宙返りをしてから黒ローブの眼前に降り立つ。降り立った直後、もう一度風の精霊術を足に纏わせ背中の剣に手を掛けて走り出す。黒ローブに近づいたところで剣を抜いて右腕を伸ばして切っ先を向けて跳躍し、突進する。惜しくも躱されるも黒ローブ近くで着地したあと身体を捻って切り上げるがそれも躱される。その後2度跳ねるようにして後退した黒ローブは腰から剣を抜く。

細くしなやかな細剣。黒ローブは抜剣すると同時に突進する。ガラハッドの数歩手前で視界から消えるかのようにその場にしゃがみそこからガラハッドに連続の刺突攻撃をする。視界から消えた事で反応が数瞬遅れたガラハッドは致命傷になり得る攻撃を弾いて逸らすが傷を追う。そのままの勢いで上段から斬りつけるがそれは躱される。

──強い

「ふん。こんなものかお前では相手にもならないな」

黒ローブはそうガラハッドに呟く。声色から目の前の黒ローブが男だと分かったがレイドルフで会った大剣使いとはまた違う。

──いったい何人いる?

ガラハッドがそう考えるが早いか再度黒ローブの男は突進してくる。ガラハッドはそれに対し剣を構え迎撃体勢を整えようとするが。黒ローブの男の方はガラハッドの想像を超えるスピードで近づいてくる


 ガルダよりも上空にまで飛び上がる。ガルダは両翼に炎を溜め込むと一度翼を交差させ再び開く。溜まった炎は球状に広がる。どうしようと慌てるロゼイアだったが右手が勝手に動き鞭を振ってボディを回転させ水の盾を作り防御する。その後もう1度ガルダの足に鞭を絡めて振り子のように舞う。そうやって時間を稼いでいると、

「ロゼイア!!準備ができた!そいつの動きを少しの間止められるか!」

「やってみる!!出来る?リヴァイアサン?」

『当然だ』

 よし、とロゼイアは大きく体を振って再度ガルダより上に飛び上がる。そして鞭のグリップを両手でつかんで振り上げる。鞭からは幾重いくえのボディが出てくる。それをガルダに向けて振り下す瞬間、幾重にもあらわれたボディの隙間が細い水で繋がっていき網状になる。

『「水竜網すいりゅうもう!!」』

 網はガルダを絡め拘束した。


 ――今だ!!

 ケイはしゃがんで何処からともなく狙撃銃を顕現させる。

 これがケイの持つ修羅の能力なのである。銃砲類を取り出し扱うことができる能力。数や種類に限りはあれどケイの戦闘スタイルと合致した修羅だ。火の玉を破壊した時の散弾銃もこの修羅によるものである。

 その場に伏せて狙撃銃を構えて狙いを定め、銃弾の代わりとして魔力を籠め放つと魔力の弾丸は正確にガルダの足の黒い輪を破壊した。


 ケイが黒い輪を破壊すると同時にガルダは一瞬意識が抜けたのか落下し始めたがすぐに意識を取り戻してはばたきロゼイアを背に乗せてゆっくりと着地する。着地した後はロゼイアが地面に降りやすいように姿勢を低くする。ロゼイアが降りたことを確認すると姿勢を戻し真っすぐロゼイアを見る。

『この度は誠にありがとうございました。あのままあれが足についていたらどうなっていたことか。考えるだけでもおぞましい。人の子でありながら其方そなたは強いのだな』

 美しい女性のような声音こわねでそう言うガルダ。

「いえ、僕1人の力では。沢山助けられましたから」

『本来なら何か礼をするのが道理というもの。しかし先のいましめによってこの身はけがれてしまった故、天啓てんけいを仰ぐことも出来ぬ始末』

「お礼なんてそんな。当然のことをしただけですから。それより穢れの方は?」

『この程度の穢れならば何もせずともじきに消え失せるだろう』

「そうですか、それならよかっ――」

『――ふむ、そうか。此方の穢れがはらえるまでは力になろう。この呪詛じゅそを施したものに借りもあることだ』

「え?なに?ちょっと待って」

『我が名、ガルダ。ロゼイアの名においてここに契約を結ぶ。彼の者を主とし、比翼ひよくの鳥となり、連理れんりの枝となり、この命尽きるまで主の矛となり盾となることを誓う』

 ガルダは一方的にそう告げると光の粒となってふわり、と、ロゼイアの中に入っていく。次の瞬間――

 ロゼイアの腕がきらびやかな炎に包まれる。

『此方の力は浄化の炎。必ずや其方の力のなるだろう』


 ――翌日・宿屋――

 ガラハッド達は昨日のことのあらましを聞いていた。リヴァイアサンとのこと、ガルダとのことを聞いて驚くガラハッド。また新たに契約をしたことで身体に異常はないかと心配するケイ。それに大丈夫だよ、と笑って返し、ガラハッドの話に移る。

 ガラハッドも黒ローブを追っていたが途中で見失ったようだった。その為何の成果もない、と申し訳なさそうに謝る。と、同時にいい話もあるとつづけた。何かと思っているとガラハッドがどこかを指さす。それを追っていくと2人の男性がいた。

 1人はケイと同年代くらいのケイよりも濃いブラウンの髪。腰に2振りの剣を提げた青年。どことなく雰囲気がガラハッドに似ている。

 もう1人はランスロットと同年代――40代ぐらい男だった。美しい金色の髪に青空のような透き通った碧眼へきがん

 その2人を見た瞬間ケイは思わず立ち上がった。相当驚いたようで開いた口がふさがらない。

「あなた方は…」

「久しいな、ケイ」

 金髪の男性がそう言うとケイは慌ててお辞儀をする。

「よせ、元気そうでなによりだ。君がロゼイア君だね?」

 金髪の男性はゆっくりと歩いてきつつケイに座るよう促すと、ロゼイアの方を向き会釈えしゃくする。その1歩後ろに立っている青年もそれにならい会釈する。

「初めまして、僕は冥屋の店主をさせてもらっているアーサーだ。こっちは」

「ガウェインだ」

 金髪の男性――アーサーの自己紹介に続き、青年――ガウェインも挨拶をする。

 冥屋の店主と聞いて驚きのあまりしばらく固まっていたが、はっとして立ち上がって慌ただしく挨拶をする。

「は、初めまして!あの、ほんとに、すみません!!」

 急に謝るロゼイアにしばらくなんの事かと考えていたアーサーだったがすぐに店のことだと気が付く。

「……あぁ、店のことか。気にすることないよ。それより君が無事でよかった。……ほんとうに」

「え……?」

 無事でよかった。そう聞いて恐る恐る顔を上げたロゼイアが見たのは今にも泣きだしそうなアーサーの顔だった。

「すまない、昔の仲間に似ていてね」

「その人はもう……?」

「あぁ、もう、いない。どこにいるのかもわからない」

 アーサーはそういうと目を閉じ顔を軽く横に振ると笑顔でロゼイアにいう。

「それよりもお手柄だったそうだね。ガルダを鎮めて自らの力にしてしまうとは。期待の新人といったところかな」

「なっ、なんで知ってるんですか?」

「途中から見ていたからね。昨日からこの町にはいたんだよ。すぐにでも会いたかったけれど気を使わせてしまうだろうとガラハッドには黙ってもらっていたんだ」

 そうなんだ、とロゼイアは納得する。それを見たアーサーは意地悪そうに笑って、

「まあ、そうでなくとも町は君の話で持ち切りだよ。町を救った英雄だとね」

「えー!?!?!?」

「あっはは。良い反応する」

「アーサー様、そろそろ」

 ガウェインがそう呟くと、アーサーは、あぁ、そうだったね。と前置きしてからここに来た経緯から話し始める。

 数日前ランスロットからとある風書ふうしょ――風書とは魔力を対価に風の精霊に書簡や手紙を届けてもらう事やそれによって届いたもののことを指す――を受け取ったという。その内容によれば黒いローブで姿を隠している謎の集団、或いは組織がとある少年の命を狙っており、ひいてはそれが大事故や事件につながる可能性もある。とレイドルフでの出来事やベクツール村でのことも記載されていたようでガラハッド達がコロセウムに向かったことを知り追いかけたところ昨日の事件と出くわしたそうでその時ガラハッドとも会ったらしい。その後ガラハッドから話を聞いたガウェインがその黒ローブを追い戦闘になったがあと少しのところで黒ローブの仲間が数人現れ逃げられたという。そして、去り際に八頭領やずりょうにて待つ、とだけ言って消えたそうだ。

「これから我々は八頭領に向かおうと思う。罠である可能性もあるが、今は少しでも情報がほしい」

 そうアーサーが告げるとガラハッドは立ち上がる。

「だったら、俺たちも一緒に行く」

「罠がある可能性のある危険な場所をお前たちを連れていくことはできない」

「でも……」

 同行をガウェインに強く拒まれるも食い下がるガラハッド。それに加勢しようと口を開きかけたロゼイアよりも少し早くアーサーが口を開く。

「では、我々が先に八頭領に赴く。君たちはしっかり休んでから増援として駆けつけてくれ。それなら双方文句はないだろう?」

 ガウェインはアーサーの意思を読み取ったのかすぐに頷く。対するガラハッドは暫し逡巡した後頷いた。

「それでは我々はもう行くよ。明日か明後日にでも八頭領で合流しよう」

 そういうと2人は立ち上がる。と、アーサーは何かを思い出し、そうだ、と呟き続けてこう言った。

「あのセリアという少年だが連れてきてもらえるかな?町長の方にはもう話はつけてある」

 どうして、そう問う前にアーサーはその理由を告げる。

「おそらく彼は捨て駒だ。レイドルフや今回のことをかんがみてもね。相当な無茶をさせられているようじゃないか。その捨て駒が捕まったとなれば命を狙われるだろうね。それは避けなければならない、わかるね?」

 アーサーはそれだけ言うと向きを変え、宿屋から出ていく。出ていく瞬間もう1度振り返り君たちも十分気を付けて、とだけ言い残し去っていった。


 ――翌日・早朝――

 1日休養をとったことで全快した一行は八頭領に向かうためアーサーが手配してくれた馬車に乗り込んだ。セリアももちろん拘束し武器を取り上げた状態で同行させる。事前にアーサーが話してくれていたとのことだったので町長はセリアの身柄を快く引き渡してくれた。コロセウムの町民からしても危険な存在であることに間違いはないのだろう。

 夜も明けきらない早朝だというのに多くの人が宿屋に集まっておりその中にはイルジクトやリーンの姿もあった。

「じゃあな、またどこかで」

「鞭のアイディア助かったよ、ありがとう」

「またあなたと戦えることを楽しみにしているわ」

「ああ、必ず。次はもっと強くなってるぞ」

 イルジクトとロゼイア。リーンとガラハッドが一言ずつ言葉を交わすと馬車が走り出しコロセウムを後にした。

 


  



 


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冥王記 夜人 @Gandalfr310

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