第3章 炎鳥の試練と絆の契約 前編

──いったいどれほどの時間ここにいただろう──

──いったいどれほどこの闇はくらいのだろう──

──あとどれほど待てばいいのだろう──


――5日後・コロセウム――

「さぁ!!着いたよ。ここが闘技都市・コロセウムだ!!」

 闘技都市コロセウムはその名の通り毎週様々な闘技大会が行われている。町の外観はレイドルフとほぼ同じ。背の低い外壁が円形に町を取り囲んでいる。レイドルフよりも町は大きく、町の東西南北と中央に闘技場があり、4方の闘技場では週替わりで競技大会が行われ中央の闘技場では毎週闘技大会が行われる。ランスロットの手紙ではこの中央闘技場で開催される闘技大会において黒炎を操る怪しき者あり、とのことだった。それがロゼイアをひいては冥屋を狙っている黒ローブの男たちと何か関係があるという確証はないがそれでも可能性があるのなら探るほかない。そうではないにしても黒炎を操る怪しき者とやらを放置してはおけなかった。その情報は5日前のもの。今がちょうど週末であるため情報自体はおよそ2週間前のものとなる。そもそも2週間が経過した今もまだその者がコロセウムにいるという確証もない。

 荷馬車で中央闘技場広場まで向かった一向はそこで荷馬車から降りる。

「ありがとう。世話になった」

「いいってことよ!!またなんかあったら頼むぜ!!」

 豪快に笑いながら荷馬車で消えていく。それを見送った一行は闘技場内へと入っていく。

 場内に入ってすぐ正面に受付カウンターがある。そこには女性が2人立っていた。

「ようこそ中央闘技場へ。大会のエントリーですか?」

「いや、情報がほしい。大会の出場者に黒い炎を操る者がいなかったか?」

「申し訳ありません。出場者の名前は把握していますが、戦闘スタイルまでは我々把握しておりません。審判をお呼びしますので少々お待ちください」

 女性はそういうと受付カウンターの奥へ消えていく。とすぐに男と共にでて来る。

「話は聞いたよ。黒炎を操る出場者を探しているんだって??悪いが大会期間中は出場者の情報は開示できない決まりになっているんだよ」

 審査員の男はそういうと、カウンターの奥へ消えていく。

 一行は受付カウンターを離れて近くにあった机と椅子に腰かける。

「これでとりあえず、黒炎を操る奴が出場することは分かったな」

 ガラハッドがそういうとロゼイアは驚く。

「さっきの男は大会期間中は出場者の情報は開示できない、と言った。つまり、そいつは大会に出場するってことだ。まぁ、あくまでも可能性の話だが」

「ってこは、今回の大会を観戦すればその人を見つけられるってことだね」

 ロゼイアがそういうとガラハッドは少しだけ子供のように笑い首を横に振る。

「いや、俺も出場する。もしその黒炎の使い手が悪魔の力を使っているとすると早急に止めなきゃならないからな」

 それを聞いたケイはやれやれという顔をすると

「そう言って、ただ大会に出場したいだけでしょう?」

「ばれたか」

 ガラハッドはそういうとまた子供のように笑う。そして、

「ロゼイアも出場したらどうだ?参加者は多い方がいいし、トーナメント形式になっているから二人の方がエントリーしやすいだろうからな」

「そういうことならいいけど、僕よりケイの方が良いんじゃないの?僕よりもずっと強いし」

「まぁ、確かにそうだがケイには観戦してもらおうと思う。ケイなら大会全体を把握できるだろうから不審な動きにも気が付きやすいだろう。それに大会出場中は他の試合を見られない決まりらしいからな」

 ロゼイアは暫し逡巡した後、1つため息をつく。

「分かった。そういうことなら、僕も出場するよ」

「すまないな、じゃ、早速エントリーしてくるか。ロゼイア、エントリーシート持ってきてもらってもいいか?」

「うん、いいけど」

ロゼイアはそれだけ言うとエントリーシートを貰いにもう一度受付カウンターへ向かう。

「うまいこと言いくるめましたね」

「ん?あぁ。ここらでロゼイアの実力をちゃんと把握しとかないとな。気になることもあるし」

 そういうガラハッドはロゼイアを真剣に見つめていた。そんなガラハッドをケイは不安げに見つめていた。



「大会にエントリー??お前らが?見たところひょろっちいがほんとに戦えんのか?」

 審判の男にエントリーシートを持っていくとそう言って苦い顔をされた。男はその後2人の頭からつま先までをじっくりと見るも、駄目だと言わんばかりに首を横に振る。

「出場者の中には俺達とさほど変わらない年齢の奴もいるだろう?」

 ガラハッドのその問いに男は大きく頷く。

「おおともよ。だがお前らと違ってそれなりに場数は踏んでる奴らだ。その辺の悪魔程度なら簡単に倒せちまうほどのな」

 男はもう1度2人を見ると今度は心配するように

「やめるなら今のうちだぜ?生憎だがうちは怪我しても一切の責任は負わねぇ。何年かに1回は死者も出るほどだしな」

「俺たちをなめるなよ?俺たちはなんと、あの……」

 なおも言い返そうとするガラハッドに遂に折れたのか、若しくは呆れたのか、あるいはその両方かはわからないが軽くたしなめられる。

「はいはい、エントリーオッケーだ。試合は明日からだ。せいぜい怪我しない頑張んな、ひょろっこ共」

 そうして、大会は始まった。



――翌日・大会1日目――

 大会の日程は全3日。選手の疲労も配慮して、各選手1日1試合となっている。

 大会はトーナメント方式で行われ、順当に勝ち進めばガラハッドとロゼイアが戦うのは決勝である。

出場者は2人を含め8人。その中でも、イルジクト、リーン、セリアの3人は今大会でトップ3入りするであろうことが前評判で分かった。というのも、2日前の御前試合でいい戦いをしたという。しかし黒炎を操るかどうかということも分からないのはおろか、誰も黒炎を操る者など知らないという。

 その3人とは、ロゼイアが1回戦でイルジクトと対戦し、2日目の1回戦で、ガラハッドはリーンと、2回戦でロゼイアがセリアと戦うことになる。

 その3人が黒炎を操る者だろうと踏んだが、その他の3人の出場者が黒炎使いである可能性もあるため、ガラハッドも気を緩めることはできない。

 大会が始まると出場者には対戦相手の名前、性別、武器に関する情報が書かれた紙が配られた。

 ロゼイアの相手、イルジクトは、男性で武器の項目には鞭と短剣をつかう。

 ガラハッドの相手、クレインは男性で武器は槍。

 どちらにも黒炎に関する情報は記載されていなかった。

 各選手が準備をし、対戦相手の情報に目を通したころ、ロゼイアとイルジクトの名前が呼ばれた。



――バトルトーナメント・1日目・1回戦・ロゼイア対イルジクト――

 名前を呼ばれ会場に出ると円形に模られた客席には溢れんばかりの観客がいる。

 その光景に圧巻されつつもケイの姿を探す。が、それを見つける前に両者の名前が試合会場に響いた。

 そして、審判の試合開始、という声に合わせて観客の熱狂はさらに勢いを増した。

「どうかした?」

対戦相手――イルジクトが突然声をかけてきて驚くロゼイア。

 イルジクトの年の頃はガラハッドかロゼイアと同じ15歳くらい。腰の右側には鞭が、左側には短剣が2本あるのが見えた。髪は金髪で三つ編み。瞳は黒。どこか、レイドルフで出会ったあの少年を思い出す。確か、前回の大会では5位だったが御前試合ではそこそこいい勝負をしていたと、観客の男から話は聞いている。

「ううん、何でもない。初めてだったから、歓声にちょっと驚いただけ。もう大丈夫、いつでも始めていいよ」

 そう言うロゼイアの表情が驚きから真剣なものに変わっていく様を見たイルジクトは自身にも気合を入れ、

「そうか、なら、いくぞ!!」

 そういうとロゼイア目がけて走り寄る。そこそこ距離が詰まったところでイルジクトは両手に短剣を持ちロゼイアを襲う。正面からの突きを籠手で弾きつつかわしていく。

「へぇ、やるじゃん」

 そう呟いたイルジクトの一瞬の隙をロゼイアは見逃さなかった。その隙をついてイルジクトの腕をつかんで右手の短剣を奪い取る。そのまま奪った短剣で応戦する。

「そっちこそ前大会5位の割には強いね」

 何度か短剣で斬りあったところでイルジクトは距離を開ける。短剣を右手に持ち替え、何も持っていない左手で鞭を持つ。

「じゃあ見せてあげるよ。本気の俺を。大会で使うのは初めてなんだよね、鞭」

 確かに、どの観客に聞いてもイルジクトは短剣使いと口をそろえていい、それと同時に筋はいいが今一つ、と。鞭を使うなど誰からも聞かなかった。

 イルジクトが鞭を持ったことで観客がどよめく。やはり本人が言っていたように鞭を使うのは初めてなのだろう。と、いうことは元々鞭を使わずしてトップ3の実力と言われていたイルジクトの強さは未知数だ。

 しかし、相手がどれほど強くともロゼイアは負けられない。それだけは変わらない。

 ロゼイアはもう1度自身に気合を入れなおす。それを見て取ったイルジクトはロゼイアと目を合わせて頷きあう。それを合図にロゼイアは駆け出すが、ロゼイアの進行をイルジクトの鞭が遮る。それをかわし、さらに詰め寄ろうとするロゼイアだったがそれをイルジクトの鞭が何度も遮る。ロゼイアが立ち止まると、それを狙って鞭攻撃を仕掛けてくる。

「早いっ!!」

 間一髪のところで避けると先ほどまでロゼイアが立っていた場所の地面が抉られていた。どうやら鞭全体に風の精霊術を纏わせ速度を上げて自在に動かせるようにし、そのうえで火の精霊術も重ね掛けして威力を上げているようだ。

 ロゼイアは1度鞭の攻撃圏外へ逃げる。どう対処するか。近づこうにも鞭による攻撃で近寄れず、かといってケイのような遠距離攻撃が出来るものを所持していない。どう近づけばいいか。

1つだけ案があるが、上手くいく確率は非常に低い。ほぼ勝機はないに等しいがそれしか思い浮かばない。だとすれば、それが結果的にどう転ぼうとも最善を願い動きそれを形にするだけである。ひたむきに。今までもロゼイアはそうしてきた。

 ふぅっと息を吐いて精神を集中させる。チャンスは1度。そのほんの一瞬に賭ける。

 もう1度深呼吸をしてから息を大きく吸い込み走り出す。ただまっすぐに。もちろんそれは狙われるがそれをかわす。2度目にかわした瞬間、右手に風の精霊術を纏わせ奪った短剣を全力でイルジクトに投げる。短剣は真っすぐイルジクトへと高速で飛んでいく。しかし、それは先読みされていたのか易々と避けられる。

――ここだ!!

 イルジクトが一瞬鞭から意識を外したその瞬間、ロゼイアは足に風の精霊術を纏わせて一気に鞭に飛びつく。イルジクトは自分の方へ駆けてくる、と予想していたのか反応が遅れる。咄嗟に鞭を引こうとするが張ったまま動かない。鞭の先端を見るとロゼイアが鞭の先端をグルグルと手に巻き付けていた。ロゼイアはそのまま鞭を力いっぱい引っ張り、イルジクトに猛スピードで駆け寄り、イルジクトは鞭を放り投げロゼイアと同じように足に風の精霊術を纏わせ駆け寄る。短剣で応戦しようとするも籠手で受け流し、持ったままの鞭をイルジクトの腕へ巻き付け、体にも巻き付ける。ロゼイアも大雑把に巻き付けた為にイルジクトの動きを完全に封じるには至らなかったがそれでも抵抗が出来ない程には拘束している。そこでイルジクトから短剣を奪い取り喉元に突きつける。

「降参して」

 ロゼイアがそう短く言うとイルジクトは満足した様に微笑み頷いた後、両手を上げた。

「そこまで!!イルジクト降参により、勝者、ロゼイア!!」

 審判の男が会場に響き渡る声でそう告げるといつの間にか静寂に包まれていた会場に割れんばかりの歓声が響き渡った。

 それと同時に拘束を解いて短剣をイルジクトに返した瞬間、イルジクトは短剣を突き付ける。しかし、またふっと笑うと

「戦っていてこんなに楽しかったのは久しぶりだ。ありがとな、ロゼイア」

短剣をしまって右手を差し出す。ロゼイアもそれに応え2人は握手を交わした。


 試合終了後、控室に戻るとイルジクトが駆け寄ってくる。

「まさか本気で戦って負けるとは思わなかったよ。見かけによらず強いんだな」

 ロゼイアの頭からつま先までじっくり眺めながらそう言うイルジクトにロゼイアは苦笑しながら、

「偶然だよ、一か八かの賭けだった」

「それでも、勝てたことには変わりないだろう?」

 試合が心の底から楽しかったと軽快に笑うイルジクトにロゼイアもつられて笑う。

「ありがとう。ところで、イルジクトは黒い炎を操る人について何か知らない?」

「黒い炎?いや、知らないな。そいつがどうかしたのか?」

「ううん、大丈夫、ちょっと人を探してるだけ。前の大会には出ていたらしいんだけど」

「前大会に??俺も出場していたがそんな奴がいたなんて聞いてないな。強いのか??」

「分からないんだ。僕たちも持ってる情報が少なくて。情報取集も兼ねて今回の大会に出場したんだ」

「そういうことか…」

 それだけ呟くと、イルジクトは顎に手を当てて考え込む。本当に心当たりがないようでロゼイアがもう開放してやろうと思ったその時だった。

「そう言えば、あのガラハッドって剣士、仲間なんだろう?強いのか?」

 いきなりそんなことを問いかけられ、ロゼイアは困惑する。今のこの会話の流れにガラハッドが関係あったろうか。そう疑問に思うもロゼイアは答える。

「ガラハッド?うん、僕よりも強いけど」

「そうか、だとしたら今日の試合は安心だな。だが明日からは気を抜けないな」

「明日?まだ今日の試合も終わってないのに?」

「あぁ。おそらく、今日勝ち抜くのはセシル、リーン、ガラハッド、そしてロゼイアの4人だ。セシルは御前試合で顔を合わせたくらいだから実力のほどは分からないが、今大会の中では飛びぬけてリーンが強い。それに最近更に力をつけている。正直、本気で戦ったとしても俺では敵わないだろうな」

 本気のイルジクトでも勝てない。その言葉に驚く。勝ったとはいえイルジクトの強さは本物だ。ロゼイアが戦ってきた中では1番強かった。そのイルジクトをもってしても勝てないというほどの実力者。そして最近になって力をつけたというならそれは黒炎――悪魔の力である可能性もある。

――もしかして、そのリーンって人が黒炎を??



 その後、イルジクトの予想通り2回戦はセシルが圧勝し2日目へ。3回戦はリーンが勝利しセシルと同じく2日目へと勝ち進んだ。

 そしていよいよ1日目4回戦、ガラハッド対クレイン戦。

 序盤、初めて戦う槍使いに翻弄され、苦戦するガラハッドだったが、しかし、槍使い――クレインの癖を読み取り、槍を剣で弾き間合いを詰めて一気に切り伏せてその試合は終わった。

「安心しろ。傷は浅いから治癒魔法を施せば傷も残らないさ」


 こうして、大会2日目に進出したのはロゼイア、セシル、リーン、ガラハッドの4人に決まった。2日目1回戦はリーン対ガラハッド、2回戦はロゼイア対セシルとなっている。


――コロセウム・夜――

 何とか1日目を終え、宿屋に戻った3人。2人はケイから大会で不審な動きがなかったか聞く。が、ケイは大会について不審な点は見受けられなかったという。そこでロゼイアは昼間イルジクトから聞いた話をする。

「そうか。明日の俺の相手がその可能性があるのか」

「だからと言ってあのセシルという少年がそうではないと決まったわけではありませんからね。彼も相当の強さでしたので」

「そういえば今日の試合、圧勝だったらしいね」

 2人はケイから今日のセリアとリーンの戦闘について聞く。

 セリアはククリ使いの少年で素早い動きからの攻撃を得意とするそうだ。

 リーンは大剣使いの少女であり、こちらも大剣とは思えないほどの素早い動きをするという。

「だが、気になるのはセリアの方だな。話の流れから察するに、恐らくイルジクトとリーンは顔見知りだろうな。だとしたらイルジクトが知らない訳がない」

「もしそうだとすると、黒炎使いはセリア、ということになりますね…」

「気になることと言えば。黒炎使いのこと、誰も知らなかったね。大会出場者のイルジクトでさえ」

「あぁ、俺もそれが気になっていた。ランスロットの耳に届くほどの噂。だが観客たちは誰もそれを知らない。一体どうなってるんだ?」

「こうなってくると、大会出場者は誰も信用できませんね。そのイルジクトさんも嘘をついていた可能性がありますし」

 ケイがそういうもロゼイアはどうしてもイルジクトが嘘をついていたように思えなかった。

「どちらにせよ。明日の試合で分かることだろう」

「今日の試合を見る限りでは2人が黒炎を使おうとする兆候はありませんでしたがそれでいてかなりの腕前でした。わかっているとは思いますが2人とも十分にご注意を」

「さぁ、もう遅い。早く寝て明日に備えよう」

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