第1章  内なる力の覚醒 前編

 店を出た一行が向かうのは店の東側に在る商業の町である。

 店は町から少し離れた空き地に建っており店から町までは森をまっすぐ歩いておよそ30分という道のりだ。森の中もこの店から町までや町から近くの村までそして近隣の町までの林道はしっかりと整備され馬車や荷車で行き来できるようになっているので林道から外れさえしなければ迷うこともない道である。


 そんな道のりを歩き終え、一行はようやく町に到着する。

 レイドルフ森林の中にある商業の町レイドレフは背の低い外壁が円形に町を囲んでいる。

 外壁の中は五つの区画に別れており中央を噴水広場、しくは中央区と呼び外壁同様円形に広がり、中央区を取り囲むように扇型にほぼ同じ大きさの区画が4つ並んでいる。各区画の間には大きな道がありそれぞれを別けている。区画の名前はそれぞれの方角により呼ばれ中央区の北側にあるものが北区、西にあるものが西区である。ガラハッド達はその西区の門から入って来たのだ。

 門から入れば中央区の噴水広場まで真っ直ぐ道が延びている。

 そして中央区には教会がありそこの管理を任されているのが冥屋の一員でもあるパーシヴァルである。ガラハッド達が向かうのはこの教会で、暫くはここで生活をしようという魂胆である。


 真っ直ぐと中央区に向かう一行であったが西区の中程まで進んだところでガラハッドが異変に気がつく。

「……やけに静かだな」

 そう。町にしては静かすぎるのだ。現在はそれほど遅い時間ではない。恐らくまだ午後九時かそこらである。

 ガラハッドらは主にこの街で依頼をけるため依頼の達成が遅くなり同じような時間に町を訪れた事もしばしばあるのだが町がこれほど静かだというのも珍しい。

 否、ガラハッドの記憶には無いことだ。

 辺りを見回しながらそこまで考えたときだった。ふっと町の街灯が外から内え順番に消えていき町を闇が包む。

 町の街灯は鉄製の棒が地面から伸びその先端にガラス玉のような物が接着されその中には光石と呼ばれる特殊な石が入れられている。

 光石とは日中に日の光をたっぷり浴びることで光を吸収し夜になったり辺りが暗くなると自ら発光する石の事である。

 時期による日照時間の違いにより夜の発光時間も変わってくるのだが少なくとも午後十時頃まではどの時期でも輝いている。

 今は五の月であり昼間の天気は晴れであった。現在を午後九時頃と仮定すると後一時間半程輝くはずである。

ならば考えうる理由はただひとつ。何者かの手によって街灯の光が奪われたのだ。

 その時、獣のような低音の吠え声が静寂を引き裂く。

「これってまさか…」

 ロゼイアはそれだけ呟くと噴水広場にむかって走り出す。それを見たガラハッドとケイは目だけを合わせ同時にロゼイアの後を追って走り出す。

 三人の記憶違いでなければ先程の吠え声はおよそ三十分程前に何度も聞いた咆哮に似ていた。

 しかし何故。

 普通どの町にも町の中心街に国が設立した教会があり月に一度教会に住む司祭や術者によって町の外壁から保護魔法がドーム状にかけられるため悪魔が侵入できないようになっている。

 考えられる理由はいくつかある。保護魔法を上回る程の上級悪魔の襲来。高位の術者による保護魔法の打ち消し。単純な保護魔法のかけ忘れ。何者かによって悪魔が町に召喚された場合。

 だが今回のそれはどれにも該当しないだろう。ロゼイアをケイと並んで追走するガラハッドがそこまで考えたとき町の中央区、噴水広場に到着した。ロゼイアは息を整えつつ左、右と広場から続く大路を見る。広場からは東西南北の門まで他の道よりも幅の広い路が通っており荷馬車が4台並んでも余裕があるほどである。

「ロゼイアどう──」

 どうした。ガラハッドがそういうより早くロゼイアが両手を広げるとパンッと両掌で柏手かしわでを打つと目を閉じてふぅっと息を吐く。その瞬間ガラハッドとケイは何かを感じる。それは風となりふわりとガラハッドの頬を撫で町に広がっていく。

──精霊術か?

 とロゼイアは息を止めていたのか大きく息を吸い掌を合わせた状態をとくと振り返りケイ、ガラハッドと顔を合わせると右手を上げ右の大路つまり北の門へと続く道を指差す。

「こっちと、あっちとむこうから悪魔の気配を感じる」

 ロゼイアは西大路以外の大路を北、東、南と順番に指差しながら告げる。ガラハッドは色々と聞きたい事もあったが今はそれどころではない。この町に悪魔の気配がするというのだ。だとすれば町民は何処か──恐らく教会へ避難していると推測できる。教会ならばそこには術士とパーシヴァルが居る。町民の事は教会に任せ、自分達がすべきは悪魔退治だ。一応教会に行きその旨を伝えようかと迷ったがその必要はないと判断した。

「ロゼイアさんが悪魔の気配を最も少なく感じたのはどの方角ですか?」

 ケイの言葉で思考を中断させられるガラハッド。

「えっと。こっち、かな?」

 とロゼイアは北大路の方向を指す。

「でしたらそちらをお願いします。我々は残りの2つを片付けます。悪魔殲滅後もう一度この場に集まる。それで良いですね?」

 ケイが一息にそれを言い終わるとガラハッドとロゼイアは黙って頷く。

ケイの案は実に合理的である。まだ悪魔との戦闘がつたないロゼイアを最も悪魔の少ないところに向かわせ、自分とガラハッドの2人が迅速に殲滅せんめつしロゼイアを手伝いに行く。例えロゼイアが悪魔すべてを殲滅出来ずとも少ない量ならば悪魔に圧されることも無いだろう。それにロゼイアの拳闘術には目を見張るものがある。恐らく拳闘術や武術などの近接戦闘ならケイ以上のものがある。とは言ってもケイは銃士であるため近接戦闘は苦手としている。それでも万が一に備えそれなりには鍛えている。だがやはりガラハッドや冥屋の他のメンバーと比べれば劣っていることも自覚している。

そしてケイが見る限りではロゼイアの拳闘術はガラハッドに負けず劣らずと言ったところである。

「ケイ、俺は東へ行くから南を頼む」

 ガラハッドがケイに声をかけ東大路の方へと走り去っていく姿を見てケイも南大路の方へと駆け出そうとする。ふと見るとそこにはもうロゼイアの姿もなかった。

──2人ともご無事で。

 ケイは心のなかでそう言って南大路へ駆け出した。


──東大路・ガラハッド──

 東大路の中程まで来たところでガラハッドは立ち止まる。ロゼイアが仮に悪魔の気配を感知できたとしても町全体を感知できはしないだろう。小さな町ならばまだしもこのレイドルフは国内でも有数な商業都市だ。その為町の面積もそこそこに広い。ということは感知できて中程まで、と高を括って走ってきたはいいものの悪魔の姿がいっこうに見えなかった。

 となれば自分も感知するしかないのだが生憎ガラハッドはそういう能力に長けていない。が、それでも多少は分かる。ふうっ、と息を吐き出して目を閉じ感覚を研ぎ澄ませる。

 ロゼイアのそれと似ている、と言うよりもほぼ同一のものだ。ただし、ロゼイアが何かの術を使っていたとするとガラハッドのこれは本当に感覚を研ぎ澄ませるだけのものである。両目を閉じ呼吸を止めることで視覚、嗅覚を遮断し聴覚などの感覚をより強くする。幸いな事に町は静寂に包まれている。これなら音を聞き分けるのは簡単──

「!!くる……っ!」

 ガラハッドが意識を集中させたその直後に襲ってきた。咄嗟に体を右にかわすおガラハッドの左側を何かが駆け抜ける。それに続いてガラハッドに体当たりしてくるもう一体を鞘に納めたままの剣で受け止める。

 数秒間はそのまま動かなかったがガラハッドがそれを押し返し横面よこつらに蹴りをする。そうすることで悪魔は逃げて距離をとる。

次の瞬間に右から襲ってきた悪魔の爪を剣を抜き様に受け止める。まるで剣と剣がぶつかりあったような金属音が静寂しじまの街に響く。爪を受け流し悪魔の胴体を斬ろうとするも間一髪逃げられる。

 ぐるるるるる

 と唸る悪魔が月明かりに照らされその姿を見せる。四本足で立ち、足からは四つの鋭利な爪が生え、唸る口からは強靭な牙が見える。尻尾は長く垂れる程伸びている。その姿は犬のそれに似ている。この事からこの悪魔を「ハウンド」と呼ぶ。ハウンドとは獣猟犬の事である。ラビットとは異なり大きさは中型の犬とさほど変わらぬ程。が、ラビットにない俊敏さと獰猛どうもうさを持ち合わせている。ハウンドもラビット同様下級悪魔の部類であるがベースとなっているのが草食動物のラビットと違い肉食動物の犬がベースであるためその分幾らか狂暴である。

 ガラハッドは鞘を背負うと剣を右手に持ち中段に構え体も半身に構える。ハウンドはガラハッドの前方に2体、後方に1体いる。ロゼイアの向かった北大路の悪魔の量が一番少ないとすればここの悪魔の数が3体と言うことは無いだろう。ラビットよりもハウンドの方が気配が強いため勘違いしたという可能性もある。どちらにしろ挟み撃ちにされた状態で更に他の悪魔が来れば部が悪い。ロゼイアが勘違いしたとすれば北大路の悪魔が多い可能性もある。だとすればガラハッドが今もっともすべきことは迅速に3体のハウンドを倒し他の悪魔を探しいないようであれば一度噴水広場に戻り北大路を目指すこと。

 ガラハッドは精神を集中させる。体内で魔力を生成し練り上げる。それを大気中に存在する火の微精霊に与える事で微精霊の力を借りることが出来る。そしてその力を剣に纏わせると剣を赤い光が包む。更に魔力を風の精霊に与え両手足を精霊の力がライトグリーンの光となり包みこむ。

 これも精霊術の一種である。火と風の精霊術はガラハッドが最も使用する精霊術である。火の精霊術は威力を上げる「破壊力」があり風の精霊術は速度を上げる「増速」の力がある。

 ぐるるるるる!!!

 腹の底に響くような低い唸り声がガラハッドの耳に届くのと同時に前方のハウンドが一体跳びいかかってくる。それを右に避けてかわすとハウンドの横腹を斬り裂く。

 だが浅くそれで倒すには至らない。が着地に失敗し態勢をを崩す。と前方と後方から同時にハウンドが跳びかかってくるのをギリギリまで待ち大きく左に跳躍して避ける。2体のハウンドは互いに頭からぶつかりその場に倒れる。

 ガラハッドは跳躍したときに先程斬ったハウンドの近くに着地する。剣を逆手に持つと剣先を下に向けハウンドを突き刺す。ハウンドは断末魔の叫びと共に霧散していく。

 残った2体のハウンドは並んでガラハッドを睨むと威嚇の唸り声をあげる。ガラハッドはそれを見ると剣を持ち直し中段に構える。ハウンドは吠えると同時に2体同時に正面から並んで跳び掛かってくる。

 ガラハッドはその場にしゃがみこみ足に風精霊の力をため前方に跳ぶ。地面と平行に跳びハウンドの真下を通過するとき体を捻り剣を振るう。剣が2体のハウンドの腹を斬り裂く。その後地面に手をつき宙返りするとハウンドを正面に見据えるように着地する。それと同時に、2体のハウンドが霧散する。

 ガラハッドが与えた一撃はどちらもハウンドを倒すには至らない程の攻撃であった。事実一番最初に倒したハウンドはこれだけでは消滅しなかったのだ。

 ならば何故。ガラハッドがそう思っていると霧は渦をまき球形となる。更にどこからか霧が集まり渦へと飲み込まれていく。渦が大きくなったかと思えば今度は一気に小さくなる。が、次の瞬間爆発するように渦は膨れ上がり中から悪魔が現れる。姿形はハウンドと似ているがハウンドよりも大きな体躯はガラハッドを優に越える大きさだ。頭が3頭に別れその姿はケルベロスと酷似している。

 が、これはケルベロスではない。ただの下級悪魔であるハウンドが集まって生まれたもの。ガラハッドもこのようにして悪魔が別の悪魔へと変容する様は初めて見た。ましてや下級悪魔が集まり中級悪魔へと変容するとは思いもよらない。これは下級悪魔のハウンドが集まって出来た中級悪魔『サーベラス・パピー』である。サーベラスとはケルベロスの別称。パピーとは仔犬の事。つまりこのサーベラス・パピーはケルベロスの仔犬という名前なのだ。勿論パピーがこれ以上大きくなりケルベロスとなることは無いが見た目はケルベロスの子供といった様子である。

「くそっ!この急がないといけないときに……っ!!」

 ガラハッドはもう一度剣に火精霊の力を纏わせる。更に足にも風精霊の力を纏わせ、駆け出したその時。ガラハッドの前に黒いローブで顔を覆い隠した男とも女とも分からぬ者が降り立つ。その右手には大剣が握られている。そして男は下段から左上へ大剣を振り、斬り上げる。ガラハッドはそれを上段から右下への斬り下げで受ける。丁度両者の目の前で鍔迫り合いの形となる。が、直後ガラハッドは押し返される。剣を弾き後方へと大きく跳躍して距離をとる。

「何者だ!?」

「さぁな」

 ガラハッドの問いに短く答える黒ローブの声は男性のそれである。どこかで聞いたこともある気がする。声の低さからして子どものものでは無い。黒ローブの男は大剣をジャキッと音をたてる。

ガラハッドは先程の鍔迫り合いをして分かったことがある。それは今のガラハッドではこの男には勝てないということである。それだけでは無い。この男の後ろにはサーベラス・パピーがいる。ガラハッドでも下級悪魔ほど容易たやすく中級悪魔を滅することは出来ない。更にこの状況、どういう訳かサーベラス・パピーを目の前の男は従えているようだ。パピーと契約しているか、或いは悪魔を従わせる能力を有しているかのどちらかである。2対1では流石に勝てる状況ではない。まさに絶対絶命である。

「来ないのならば、こちらからくぞ」

 そう言って駆け出すローブの男。片手には大剣を持ち精霊術を使わずともこのスピード。素性は知れないが余程の鍛錬を積んでいることが見て取れた。ガラハッドとの距離が中程まで詰められたところでガラハッドも剣を構えようとする。が、それより早く2人の間にまた1人乱入者が現れる。

 その男は右手にもった細剣で黒ローブの男の大剣を受け止める。そして細剣で大剣を弾き返すと瞬時に細剣を引き絞り目にも止まらぬ速さで突きを出す。受け止め、弾き、突く。これだけの動作を一瞬でやってのけるもその手には、細剣にはライトグリーンの軌跡が残っていない。ということは風の精霊術無しであれほどのスピードを出したのである。

 対する黒ローブの男は突き出されるその一瞬で弾き返された反動を利用し体を右に傾けてそれを避けていた。その後は後方へと退しりぞき距離を開ける。細剣の男はガラハッドと同じ銀髪を刈り上げており、瞳の色は金。しなやかな体ながら無駄なく筋肉のついた腕。それはガラハッドもよく知る人物だった。

「ランスロット……?」

 ランスロットとはガラハッド達も所属する悪魔退治屋『冥屋』の騎士の1人である。長細剣と呼ばれる身の丈程もある細剣を使う。が、今持っているのは普通の細剣である。剣術の才に長け、『刀剣のほこり』と言われる能力をもち、『国1番の剣士』と言われるほどの実力を持つ。

 ランスロットは首と上体を僅かに捻らせガラハッドを肩越しに見ると、ふっ、と笑う。その後厳しい顔で視線を前方のサーベラス・パピーと黒ローブの男に戻す。

「ここは任せろ」

 ランスロットはそれだけ言うと細剣を中段に構える。ガラハッドが訳も分からずそのまま棒立ちしていることを気配で察知したランスロットが再び声をかける。

「どうした。急いでいるだろう?」

「ぁあ!そうだ!ロゼイアが!!……ここは任せても?」

「そう言った」

 ガラハッドはランスロットの口からそれだけ聞くと踵を返して噴水広場へと駆け出した。それを確認したランスロットは再度中段に細剣を構え直し黒ローブの男の方へと走り出した。黒ローブの男もランスロットへ向かって走り出す。ランスロットが大剣の間合いに入ると黒ローブの男は大剣で横薙ぎに斬りつける。それをしゃがんで避けるとランスロットの髪の毛を数本大剣が切り落としていくがそれを気にせずランスロットがやや斜めに突きを出すがそれも避けられる。黒ローブの男が上段の構えから降り下ろしてくる大剣をランスロットが細剣で受け止めると静寂に包まれた町に金属音が響いた。



──南大路・ケイ──

「ハウンド、ですか……」

 ケイが南大路を真っ直ぐ走り出してからすぐだった。ケイが気配を感じ立ち止まると小路からハウンドが五体現れる。気配に気がついて立ち止まらなければ丁度真横まで走ったところで両脇から襲われていただろう。ハウンドは群れで行動する習性を持つ悪魔である。基本的に1つの群れでハウンドが5体~10体いる。ロゼイアは3方向から悪魔の気配を感じた。ならばこの町にハウンドの群れが3つは来ているということか。それとも──

 そこまで考えたときケイはあることに気がつく。

 ハウンドの群れが3つも来ているのにこの町の教会に居るはずの冥屋の一員でもあるパーシヴァルがじっとしているだろうか。

 パーシヴァルは魔法や精霊術に長け、強力な術も扱える。その実力は冥屋随一であり、彼女の右に出るものはいない。

 更に教会にはパーシヴァルの弟子でもあるネロという女性や国から派遣されている街に保護魔法をかける正規の術者がいる。術者の実力までは分かりかねるがパーシヴァルとネロの実力ならばこの程度の量のハウンドを倒すなど簡単なことのはずである。しかし3方向から感じた悪魔の気配は未だ健在のはずだ。パーシヴァル達が悪魔の気配を感知出来ないというのもじっとしているというのも考えづらい。

──いったい何が……

「考えていても仕方ないですね」

 どうやらここにいるのはハウンド五体だけのようだ。とにかくこのハウンド達を殲滅し教会に行かなければならない。これだけの異変が起きていて二人がじっとしているとなると二人の身、ひいては教会にも何かがあったということだろう。とにもかくにも急がなければ。

 ケイはそこで思考を戦闘に切り替え前方のハウンドを注視する。どのハウンドも威嚇するように唸るばかりで動こうとはしない。こちらの動きを伺っているようだ。どうしたものかとケイが腰のホルスターのハンドガンに手を添えた直後横並びのハウンドが一体を残して走り出す。

 四体のハウンドの内一体がケイの目の前で止まり残りの三体はケイの両脇、そして真後ろへ一体陣取る。ケイが左、右、後ろ、前と順番に視線を向けた直後前方のハウンドのせいで死角となった位置から最後のハウンドが飛びかかってくる。それを左に九十度回転し半身でかわし左手に握ったハンドガンで狙うと次は後方の位置にいるハウンドが飛びかかってくる。それをしゃがんで避ける。ハウンドがケイの上空を通過した直後左右のハウンドが襲いかかってくるのを真上に跳躍して避ける。とケイは縦回転をする。頭が地面、足が天を向く。そのまま腕を伸ばし二丁のハンドガンを構えると三発ずつハウンド二体に放つ。銃弾を食らったハウンドは断末魔の叫びとともに霧散する。もう一度体を捻って回転し着地するとそれを狙ったように襲いかかってくるハウンドに左手のハンドガンで二発撃つと先程と同じように半身でかわす。両手を広げ右手のハンドガンで次に襲って来ようとしたハウンドに一発撃ちそれと同時に左手のハンドガンで着地後に襲ってきたハウンドを撃つと静かに霧散した。その後残った二体のハウンドに向き直り右手と左手を、手首と肘の中間辺りで交差させて交互に撃つ。ちょうど三発ずつ撃つと二体同時に霧散していく。

「ふぅ。さて、と。教会に向かいますか」

 ケイはそれだけ言うときびすを返して駆け出す。殆ど進んでいないためかすぐに噴水広場に到着する。辺りを見回しながら一応悪魔が居ないのか気配を巡らせる。が何も感じられなかった。それを一通り終えた頃東大路から駆けてくるガラハッドを見つける。ガラハッドもケイを見つけるとケイの方へ駆け寄ってくる。

「そちらは!?」

 ケイの問いにガラハッドはしどろもどろしながらも東大路での出来事を告げる。そのあらましを聞いたケイは顎に手を当てて少し考えた後

「やはり、これは人為的なものですか……。悪魔を三分させこちらをはなれさせる。そして各個撃破、というわけですね」

「あぁ、そのよう……ってまて。どうして黒い男は俺達が三人であることを知ってるんだ?」

 ガラハッドの言葉にケイは確かにと驚く。ケイ達は元々ガラハッドとケイの二人だけであった。それを約三十分前にロゼイアが成り行きで冥屋に加入したのだ。ならばガラハッドと対峙したその黒い男は事の成り行きを知っていた事となる。

「何処かで見ていた…?」

「そうだ!黒いローブ!狙いは、ロゼイア!!!」

 二人ともこの異常事態に忘れていた。何故だかロゼイアが狙われていることを。前回は悪魔を引き寄せる術式で。だが今回は三手に分かれていた。だとすれば何者かによって悪魔が操られていたということになる。悪魔を操る方法など悪魔との契約の他聞いたことはないがそもそも下級悪魔たるラビットやハウンドとは契約出来ない。中級悪魔ですら人語を理解できる個体でなければ契約は出来ないのである。その時、爆発音が町の静寂を割る。

「今度はなんだ!?」

「……教会の裏手からの様ですね。彼処あちらには私が向かいます。ロゼイアの方はガラハッドさん、頼めますか?」

「あぁ!勿論!」

 二人は互いに見つめ頷きあうとそれぞれの場所へと走っていく。


──中央区・教会・パーシヴァル──

教会内を男女が歩いていく。男の方は40代程の風体である。女の方は背の中程まで伸び緩くウェーブしたブロンドの髪の20代半ばの年頃の女性。黒を基調とした修道服を着用し腰には20センチ程の魔法用木製杖を提げている。女の名をパーシヴァルといった。パーシヴァルは冥屋の一員でありながらその魔法や精霊術の実力の高さが評価されこの町の守護術者として選出されたのである。一方の男は教会の専属司祭である。冥屋の仕事で度々町を出るパーシヴァルの代わりにと選ばれた。パーシヴァルの代わりにと言ってもやはり国から町1つの守護術者として選ばれるだけありその実力は高い。

 ふと、パーシヴァルが立ち止まり、振り返る。隣の女性が立ち止まったことにすぐには気がつかなかった男がパーシヴァルよりも10歩程度進んだ先でようやく気が付き立ち止まり振り返るとパーシヴァルに語りかける。

「パーシヴァル様?どうかなさいましたか?」

「……いいえ。何でもありません。そうだフォルカ様、直ぐにネロを私の執務室に呼んでいただけますか?」

 パーシヴァルは怪訝そうにしかめていた顔を2度横に振るといつもの優しい面持ちとなり、司祭──フォルカに告げる。

「はい、分かりました」

 司祭はそれだけ言うと走り去る。パーシヴァルも執務室の方へと歩いていく。


 パーシヴァルが執務室に到着し椅子に腰かけた数分後、扉が3度ノックされる。パーシヴァルは横目でちらりと見ると直ぐに書状に視線を戻し扉の外の者に入るよう声かける。扉の外にいた女性は失礼しますと短く応え扉を押し入室する。腰まで伸びる黒髪にそれと同色の瞳。パーシヴァルと同様黒を基調とした修道服を身にまとい腰に魔法用木製杖を提げた女性──ネロは入室後パーシヴァルに一礼する。

「早速だけど貴女にはこれからガラハッド達の所へ向かってもらうわ」

 パーシヴァルの突然の言葉に少々混乱したネロは困惑しながらも

「え?またどうして??」

「……なにか、良くないことが起こりそうなの」

 パーシヴァルの答えにネロの困惑した顔が真剣な物へと変じる。パーシヴァルの勘、若しくは予感と言えるそれは非常によく的中する。更にここでガラハッドら冥屋の名が出ればそれは十中八九悪魔関係の事である。

「分かりました。直ぐに向かいます。ですが、私が向かうよりも風書を使った方が速いのではないですか?」

 風書とは風の精霊術の一種であり専属契約した風の精霊に書状を届けて貰う術である。風と同じ速さで運んでくれる為重宝される。ほか、精霊術の中でも比較的簡単に行えるため機密性の高い書状以外はこの方法で届けられることもしばしばある。

 それを聞いたパーシヴァルは首を横に振る。

「貴女に向かって欲しいの。何か他にすることがあったのなら私が代わりにやっておくけれど?」

「いいえ。お気遣いには及びません。私も丁度暇をしていたので。直ぐに」

「ありがとう」

 それだけ会話をするとネロは再び礼をして部屋から出ていく。それを微笑みながら見送ったパーシヴァルはふと窓から夜空を仰ぐ。


 それからどれ程時間が経っただろうか。執務室で書類を書いていたパーシヴァルは何かを感じて手を止め立ち上がる。その勢いで椅子は倒れてしまうがそんなことはもうパーシヴァルの意識の外である。パーシヴァルは急いで窓に駆け寄り窓を開けようとするがいくら力を込めても開かない。そうしていると執務室の扉がドンドンと大きく叩かれる。咄嗟に腰の杖に手をかけるパーシヴァルだったが扉の外から聞きなれた司祭の声がする。

「パーシヴァル様!私です!フォルカです!」

 それでもパーシヴァルは警戒を解かずに慎重に扉を開けるがその向こうにいた見なれた40代の男をみて胸を撫で下ろす。

「よかった。フォルカ様ご無事だったのですね」

「パーシヴァル様もご無事そうで何よりです。あぁ!そうだ!異変を感じて町に出ようとしたら扉が開かないのです!」

「そちらもですか!?こちらも今窓が開かないことに気がついて……」

 パーシヴァルはそこで驚愕する。それは教会に何か術がかけられている事もあるがそれ以上に目の前の男が自分より早く異変に気がついていたことである。いつもなら自分の方が先に異変を察知している。が今回は司祭の方が先に異変を察知している。いつもと違う、という観点でみれば司祭を疑うのが普通ではあるがパーシヴァルは司祭との付き合いが長い。司祭がこのような事をするような人間には到底思えない。加えれば司祭の術をパーシヴァルが破れないはずがないのである。

「フォルカ様は教会内の者を集めて安全な所へ。私はこれを破ってみます」

 パーシヴァルは司祭に告げると執務室を出ていく。後ろから司祭のお気をつけてという言葉が聞こえた。


 少し歩き教会の外壁にそっと触れると目を閉じて意識を壁に集中させる。外には出られないが中は行き来できる。ということは術は教会の外壁を覆うようにかけられている。その力の流れを感じる。そしてその力の流れが最も小さい場所。つまり術の効果が最も弱い場所を攻撃して術を破るのが作戦である。

「あっちか。教会の、裏手…!」

 パーシヴァルが駆け出してから数分で教会の裏に到着する。そこでまた壁に手を触れ集中し最も弱い場所を探す。

「ここか!」

 パーシヴァルの目線よりもやや高い位置。地面からおよそ2メートル程か。パーシヴァルは腰の杖を抜きそこに先端を向ける。そして何やら詠唱すると杖の先端に空気の球ができる。その球の中で空気はぐるぐると回転している。

 風系統魔法「ウィンディボール」である。風の球はふわっと杖先から離れて先程見つけた最も弱い場所へと進み壁に当たる直前で停止する。それを確認したパーシヴァルは続いて次の詠唱をする。今度は杖先に猛火の球が出来上がる。火系統魔法「フレイムボール」である。

 火の球が杖の先から放たれ風の球へと進む。パーシヴァルは火の球を放った直後に身を潜める。そして火の球が風の球に触れた瞬間。凄まじい爆音が教会を、いや町を包む。火の球は風の力で一気に燃え上がりそれが爆発となって壁に衝撃を与えたのだ。それによって教会の外壁は煙をあげながら崩れ落ちる。と同時に教会の外壁にかけられた魔法も消える。もうもうと立ち込める煙の中パーシヴァルは立ち上がり教会の外へ出る。左、右と見回すと。右斜め前方に後ろ手に組んだ右手に30センチほどの木製の杖を持ったやや細身の黒いローブに身を包んだ人物が立っている。

「ほう。やはりこの程度の術は破りますか」

 声音から察するに50代半ばの男性か。その男が右手を動かそうとした瞬間にパーシヴァルは杖先を男に向けて睨む。

「動かないで。動けば遠慮なく貴方に魔法を放ちます」

 パーシヴァルが声を発した一瞬は動きを止めるも尚もその動きを止めない男に対しパーシヴァルは宣言通り魔法を使用する。瞬時にパーシヴァルの杖先に猛火の球が出来る。と同時に男に向かって飛ぶ。対する男の杖先には風が集まる。その瞬間に杖を一息に振り上げる。集まった風が上空へ流れ壁と成る。火の球は風の壁に当たると風にのって上空へと流れる。しかしそれを見越していたパーシヴァルの次の魔法、風系統魔法「ウィンドカッター」が火の壁となった物を引き裂き男に向かって飛ぶ。その風の刃をまたも男は杖先に集めた風で振り払う。パーシヴァルが次の魔法を使用する前に男の杖先には砂が集まる。その周りに風が集まり砂と風が混ぜ合わされる。男がそれを地面へとぶつけると周囲を土煙が包む。

「このッ……!!」

 パーシヴァルは風系統魔法「ウィンディ」で土煙を吹き飛ばす。視界が回復するもそこに男の姿はなかった。いや、1人いる。先程まで男がいた右斜め前方とは逆の左斜め前方にパーシヴァルの見慣れた男が立っていた。

「大丈夫ですか?パーシヴァルさん」

 男──ケイの言葉に短く頷くとパーシヴァルは再度周囲を確認し杖をしまう。と、ここでパーシヴァルはある疑問が浮かぶ。どうしてここにケイがいるのか。もしやこれもあの男の魔法か。パーシヴァルが先程しまった杖にそっと手をかけてから問う。

「どうして貴方がここにいるの?」

「それには事情がありまして…」

 ケイはこれまでの経緯を説明し終えるとふうっ。とため息をはいた。この短期間で色々起こりすぎてケイもまだ状況の整理が完璧ではないのだ。パーシヴァルも暫く険しい顔をしていたかと思えば深く息を吐いた。

「狙いはそのロゼイアって少年だけでは無さそうね。少年が狙いだとしたら町全体に魔法かけるような大がかりなことや術で悪魔を誘き寄せるなんて回りくどい仕方はしないはずよ。あのレベルの術者や今ランスロット様が戦ってる大剣使いなら尚更ね。だとしたら何か裏があるはず…」

 パーシヴァルはそのまま暫し考えていたが、ここでじっと考えていても仕方ないと判断したのか。

「とにかく、その少年の所へ向かいましょう。もしさっきの術者が二人の所へ行ったとしたら危険だわ」

 それだけ言うとロゼイアのいる方へと走っていく。

──あの術者、もしかして……いいえ。きっと違うわよね。


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