第123話 海の恋人たち

 私と主人がお互い船に乗ってましたときは、究極の遠距離恋愛みたいなものでしたよね。

 会うのは年に二、三回。

 しかもそれは情緒もへったくれもない獣のような邂逅を繰り返しておりましたし。


 陸の方がよくおっしゃってるような、デートのネタが尽きる、てなんだそれ。

 行き先が困るほどなんて、いや、一般的なデートコースすら消化してないわ、私たち!


 本当によく続いたなあ、と思いますが。別に二人とも一途だったわけではないだろうとは思います。出会いがなかっただけで。

 もし、どちらかに他にいい出会いがあったとしたら私たちはあっさり終わっていたと思います。なかったから、ズルズル続いたのでしょうね。あ、主人が何か申しております。…………(すみません、訂正します。私たち二人とも間違いなく一途でした)

『船乗りは基本硬派。だって女が居ねえもん』by 主人


 もし、主人と出会っていなかったら私は今頃必死に婚活していたと思いますし、主人は必死に呑み屋のおねえさんを口説いていただろうと申しております。


 船に乗っていた頃の私たちは、全くといっていいほど会う機会はありませんでしたが、連絡は取り合っておりました。

 時代はケイタイというものがありましたから。ほぼ毎日、お互いの休憩時間が合ったときに、ケイタイで話しておりました。


 当然ながら電波は悪いです。

 まともに会話できたことの方が珍しいのではないでしょうか。

 だいたいが、声が途切れ途切れだったり、聞こえなくなったり、つながったと思ったら切れる、の繰り返しでした。

 お互い甲板に出たり、一番電波のいいところを探したりして涙ぐましい努力を続けておりました。


 余談ですが、あの頃、海上で一番つながるのはぶっちぎりでa◯でした。そして一番悪かったのはボー◯フォン。(私のケイタイ)


 毎日、何を話すことがあるかというと、これが全くないのですが。海にいると、単調な生活ですし、情報も入ってこないし、話題となることがない。

 テレビはあるにはありますが、民放は映りが悪いので、衛星放送ばっかり見ていました。

 芸能情報からはいつも置いてけぼり。


 だから会話の内容といえば。


「……会いたいな」

「会いたいね」

「……したいな」

「したいねえ」


 こればっか。その繰り返し。ちなみに前者が私です。(まだハタチそこそこの時です。大目にみてください)

 だって、本当に話題がないんです!

(本当によく続いたな)


 でも、相手の声を聞いているだけで落ち着くといいますか。(おそらく、相手の声からα波のようなものが出ているのだろうと話しましたが)仕事のストレスとか、ずっと職場にいる緊張感等がほぐれて、癒されたものでした。


 ケイタイが無かった時代は、どうだったのでしょうねえ。

 港に手紙がつくとか、港で手紙を出すとか。

 そんなもんでしょうね。

 港に船がついている休憩時間中は、ずっと港にある公衆電話で家族と話していた、という上司の話も聞きました。


 そう思うと、ケイタイって素晴らしいと思います。


 ……ケイタイが無かったら、確実に私たちは終わってたな。

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