第124話 女の戦場

 息子が横浜の保育園にいた頃。

 年に一回、お弁当デーというのがありました。クラスの懇親会で、園長先生が私たち保護者にお話ししてくださいました。


「あのね、気合の入ったお弁当を作って下さらなくても結構ですから。折角つくっても、子供たち(三歳児)食べきれず残っちゃいますから。ウインナーと、ミートボールと、オニギリ。そんなもので結構ですから」


 帰り際にママさんたちとお話ししました。


「先生もああおっしゃっていたし、簡単なものでいいですよね」

「そうですよね。どうせ、つくっても残しちゃうし」

「シウマイと卵焼きとブロッコリーとおにぎりとか。そんなもんでいいですよね」

「うんうん、私もそんな感じ、アハハ」


 笑顔で話して別れました。


 そして迎えたお弁当の日、当日。


 私が作ったお弁当は。

 息子が大好きなシウマイと、卵焼きと、胡瓜を射込んだ竹輪と、ひじきの煮物と、ブロッコリーと、ミニトマトと、昆布の入ったおにぎりと、イチゴ。

 まあ、こんなものでいいんでしょう。と。


(息子の好きなものを入れました。息子はミートボールやウインナーが何故か嫌いだったのです。そして、切り干し大根やひじきの煮物、胡瓜の酢の物が大好きな子でした)


 その夜、息子のお弁当箱を見ると、きれいに平らげていました。よしよし、と私は満足してお弁当デーは終わりました。


 後日、真実が発覚しました。


 数ヶ月後のお迎えの際、写真集が保育園に置いてありました。園内で撮影した写真に番号が振ってあり、自分の子供が映った写真を申し込む、というやつです。

 写真集を見たわたしは、あまりの衝撃に立ち尽くしました。――



 ……皆さん、笑顔であっさりと裏切りやがったな……!!



 なんじゃこりゃああああああ!


 豪華弁当のオンパレード。

 弁当箱からはみ出さんばかりの……いやいやこれ、三歳児が食べる量じゃないし。


 具材を巻いてある卵焼き、種類の違うオニギリ、唐揚げ、八幡巻……等々のメニュー。

 そして、なんといっても、目をみはる素晴らしいアーティスティックな弁当(キャラ弁)の数々。


 そんなお弁当を広げて丸くなって食べている子供たちの中で。

 ウチの子の弁当はなんてショボいんだ!

 地味すぎる! 悲しすぎる!


 気のせいか、食べている息子の表情もふてくされているように見えてきます。


 ごめんなさい、息子。

 皆さんの言葉を信じたおかあさんがアホやった。


 ……ここぞとばかりにママさんたちが、気合を入れてまさか全力で臨んでくるなんて。


 浅はかでした。

 私、前の仕事で調理に携わっていたのに。

 それなのに。ごめんよう、息子。――




 後悔、先にたたず。ですが。


 いいですか、わかりましたか。


 お弁当デーなんていうのは。


 駆け引きあり、裏切りありの。


 女の自己顕示欲にまみれた醜い戦いの場でもあるのです……。



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