第63話 ぎっくり腰6

五日目。

 奇跡が起きました。


 朝一番に寝返りをうとうとしたら。

 ……あんまり痛くない?


 ドキドキしながらゆっくり体を動かしてみまして。

 そんなに……痛くないかも……?!


 来た?

 やっと回復期、キター!!

 本当に。痛みが治まるときが来た。


 じいん、と嬉しさを噛み締めながら朝食を頬張りました。

 よかった! 本当に良かった!


 そして、朝食後に早速便意が来ました。

 いける……今回はいける気がするで……!

 ナースコールを押しました。


『トイレに行きたいんです』


 ――はあ? そんなん無理やで! 昨日、あんなにめちゃくちゃ痛がってたのに!


 ナースステーションから担当の看護師さんが叫ぶ声がここまで聞こえました。


 いえいえ、今日はできそうな気がします! できる気がするんです!


 部屋に駆けつけてきてくださった看護師さんに、私はそろそろと起き上がりました。

 自分でスムーズに起き上がった私に、看護師さんはびっくり。


「痛み?! マシになりました!? いけますか!?」

「はい!」

「待ってて! 車椅子、とってきます!」


 即行で車椅子を準備してくださった看護師さん。

 そろそろと、ベッドから車椅子へ移動。

 いけた! 車椅子に乗れた!

 看護師さんが部屋の隅にあるトイレまで連れて行ってくれました。

 看護師さんの手を借りて立ち上がり、下着を下してもらい、便座にゆっくりと座る私。


「いけましたね! 良かった! 終わったらまた、呼んでね!」


 看護師さんが去って数分後。

 私は、五日ぶりの排泄を果たしたのでした。


 ああ、幸せ。やっぱり、トイレでウ〇コしなきゃ。

 今まで思ってもみなかったけど。

 トイレで排泄できるってなんて素晴らしいことなんやろう……!


 感動したのもつかの間。


 ……貧血を起こしました。


 ナースコールで呼ぶと、すぐに飛んできてくれた看護師さん。


「〇〇さん、倒れないでね! お願いだから! 〇〇さん、大柄だから倒れちゃったらあたし、無理だからね!」


 大声で励まされながら、蒼白でなんとか車いすに乗り移り……ベッドに戻りました。


 ウチ、血の気多いから貧血なんてめったに起こさんのに。

 人間って、数日間ずっと横にしかなってなかったら、すぐに貧血起こすんやな。

 それからも座るだけで貧血を起こしちゃったりして。自分の身体の変わりようにおどろく私。


 そして、それから一時間おきに。

 三回、トイレにいきました。全部、大。(笑)


『栓がとれたみたいになったんでしょうねえ! 良かったわねえ!」


 看護師さんの言葉に。わたしも、すっきりして大満足で頷きました。

 はい! 本当に良かったです! やっと、スッキリ!


 それからは本当に回復が早かったんですよ。

 夕方には車いすではなく、歩行器で移動するようになって。

 夜には下の売店までスティックパンを買いに行くまでになりました。(悪阻私は食べ悪阻が戻ってきたのです。そう、ギックリを起こしてから嘘のようになりを潜めていた悪阻。痛みが弱まると戻ってきました。でも良かったです。痛みと悪阻がセットで襲ってきたらもっと最悪な状況だったに違いありません)


 二日後に退院が決まりました。

 六日ぶりに看護師さんに洗髪してもらったり。(身体は清拭してもらっていたのですが。髪は脂じみて気持ち悪かったです。スッキリしましたが、また貧血を起こしました)

 部屋を移動したり。

 動けるようになると、もう早く帰宅したい。


 母がジャイ子に姉がスマホで撮った写真(私がインド人のように寝ながら手で食べている風景)を見せたそうなのですが。

 ママ、ママ、と大声で叫んで泣きだし、見せるようにと何回もお願いするとか。

 そういうメールを母からもらっていましたので。

 早く帰りたい。

 ジャイ子、お母さんのこともうしっかり認識するんやな! さみしいと思ってくれるんやな!


 退院の日。

 父が迎えに来てくれまして、懐かしの我が家に帰りました。

 インフルエンザをひいて回復期に向かっていた長男が(保育所は出席停止)家で待っててくれました。

 若干恥ずかしそうに私に抱きつく長男に私も抱きしめ返し。

 ああ、良かったなあ。

 それから、妖怪ウォッチのDVDを一緒に観ました。

(それがちょうど、妖怪『|万尾獅子(まんおじし)』の回だったんですよ。皆さん、ご存じですか? 初めてそれを観てしまった私は……こ、このライオン、セリフかっこよすぎ……! と笑って腰に響き、痛みがぶりかえさないかとヒヤヒヤしました)


 ※万尾獅子……夏休み終了直前の子供に憑りつき、「まだだ……まだ……その時じゃない……!」と、全く手をつけていない宿題の開始を遅らせる妖怪です。スラムダンクの仙道さん(名言……『まだ慌てるような時間じゃない』)を彷彿とさせます。また、「いや、今でしょ!」と某先生との対決を期待してしまう妖怪ですね!


 そうして夕方、父に迎えにいってもらったジャイ子が保育所から帰宅。

『まあま』、とにやりと笑って駆けてくるジャイ子の姿が可愛くて、愛しさがこみあげます。

 ああ、可愛いなあ、ジャイ子。


 ――そうして、わたしのギックリ腰生活は終焉を迎えたのでした。







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