逃れる星


 なんか頼りない顔してんだよな、たまに。そういう時、横にいて話を聞いてやれたらなって思うんだけど。


「–––タカハシ!」


 呼び掛けた声も虚しく、彼女はどしゃ降りの中、傘もささずに俺の横を駆け抜けて行った。同じクラスのタカハシ。大粒の雨は世界を叩きつけるように降っている。俺はタカハシを追いかけようか迷って、とりあえずタカハシの姿を煙る雨の向こうに探した。


 が、流れ星並みの速さで消えていったタカハシを、結局俺は捕まえる事が出来なかったのだった。



「おい、ちょっと待てって!」

「……は? 何? セクハラやめれ」


 翌日、俺は登校してきたタカハシを見つけるや否や肩を掴んだ。タカハシは心から面倒くさそうな表情で、俺の手をぽいっと振り払った。どうやら昨日の雨のせいで風邪を引いた、とかではなさそうだ。俺は確認してみた。


「……タカハシ、お前さてはバカだな?」

「いやいや吉野ほどではー、って何なのよ朝っぱらから鬱陶しい」

「はぁ? お前昨日どしゃ降りの中傘もささずに突っ走って帰ってたじゃねぇか! アレで風邪引かないとか、どんだけバカなんだっていう」


 どすっ、と音がしたかと思うと、俺の鳩尾にタカハシの肘鉄が喰らわされていた。痛い、というか、息が出来ない。


「お陰様で、あんだけ雨に打たれても熱のひとつも出なかったわよ! で? あんたに何か迷惑かけた? 文句あんの?」

「す、すいませ、何もないです」

「わかればよろしい。……あ、おはよ」


 鬼の形相だったタカハシが、誰かに気付いたらしくふっと眉尻を下げて息をひそめた。

 俺がひょいと視線を移すと、そこにいたのはサギサワカオルだった。サギサワは同じクラスで高2のはずだが、豆粒みたいに身長がちっこくて童顔だから、実は小学校からこの高校に飛び級してきたんじゃないかと俺は密かに疑っている。


「あの、高橋さん、昨日」


 困ったように(怯えたように、か?)言い出すサギサワに、タカハシは泣きそう歪んだ笑顔で答えた。何だよそのやるせない顔。


「んー? 昨日って?」

「傘。高橋さんあの後走って帰っちゃったから、あたし差し出がましい事しちゃったかなって……気になって」

「ああ、大丈夫大丈夫! 途中でコイツに会ってね、駅まで送ってもらったから」


 引き剥がしたはずの俺の腕をぐいっと掴んで、タカハシはサギサワの前に俺を突き出した。


「は? え?」


 意味不明なんですけど。だってお前昨日は俺を無視してブッ飛ばしてったじゃん、と動揺する俺の耳元で、いいから吉野は黙ってて、とタカハシに囁かれ、俺はふにゃりと脱力した。もう、耳は弱いんだってば。タカハシのえっち。

 そんな俺を余所にタカハシと二言三言交わすと、天使か花かと言わんばかりに可愛らしく笑ってサギサワは去っていった。

 俺はゆっくりタカハシを押し離すと、じっとその横顔を見つめた。さっきから何だよ、複雑な顔しやがって。たまにそういう顔するんだよなタカハシは。俺は知っている。サギサワを見る時、タカハシは決まってそんな表情をするんだ。


「なあタカハシ」

「何よ」

「お前なんで泣きそうなんだよ」

「別に」

「子供かよ」

「関係ないでしょ吉野には」

「んあー、まあ、関係ないっちゃ関係ないけど」


 ぺち、とタカハシのおでこをはたくと、何すんのよと眉をしかめるタカハシに向かって俺は言った。


「関係者になりたいんだよ、俺はお前の。なんかいっつも頼りない顔してっから心配になるっていうか。…つか多分俺さぁ、お前の事好きなんだと思うよ」

「–––はあああ!?」


 盛大に叫び声を上げると、タカハシは何を思ったか脱兎のごとき勢いで教室を飛び出した。


「おいタカハシ」

「うるさいバカ追いかけてくんなセクハラ吉野!」

「ひでぇ、汚名返上名誉挽回、取っ捕まえて実際セクハラしてやる!」


 俺は流星か弾丸みたいに突っ走るタカハシを追っかけながら、今日こそは絶対捕まえてやると闘志をたぎらせていたのだった。




 -END-

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