第十二幕『協定』

「東に進路を取るのは良いんだけど、海軍の巡視がきつくなりそうでね。まあ自業自得って言ったらそれまでなんですけどねぇ」

「で、アタシらの出番と言いたい訳かい?」


 食えない男だねぇ、と妖艶な笑みを浮かべる女は、パタンとその本を閉じた。


「嫌いじゃないよ、そう言う分かり易い話は。これだけの本だ。アタシらも相応の礼をしてやらなくちゃ借りが出来ちまう」


 アジトに帰る前にと最後の補給をした港で、既に連絡を取り合っていた白魚海賊団の船長オリガとテーブルを囲んだ。先日とある屋敷の探索をして持ち帰った大量の書物の中にあった、乙女文学の原本を手にオリガの指先が艶かしくしなる。


「しかし、海軍の巡視艇の妨害だけじゃ、ちょいと安くついちまうね」


 え?と聞き返したラースに、オリガはくっくと喉を鳴らせて笑った。


「それだけこの本がお宝ってこった。男共にはこの価値が分からないって、悲しいねぇ」


 あまりの事にラースが横のメーヴォへと助け舟を求めるように顔を向けると「言っただろう?」と彼は苦笑した。


「僕は言っておいたぞ。競売にかければ相当な額になるって」

「競売かけたら足が着くから嫌だっての!いいんだよ、本当に価値の分かるお嬢さんらに読んで貰えれば本だって本望だろ?」

「あっははは、だからアンタらは面白いんだ!」


 ほらよ、とオリガが一本の反物を投げて寄越した。おっとと、とお手玉したラースが不思議そうに顔を上げる。


「アンタらンところに新しく吸血鬼が入ったんだって?そいつはウチの娘たちも世話になってる遮光魔布。紫外線をほぼ完全に遮断出来る代物さ。それで一張羅でも作ってやんな」

「助かるぜ姐さん」


 手に取ったエールグラスで乾杯をした両船長の横で、差し出された書物に目を輝かせた女海賊たちが、一斉に死弾海賊団の男たちに色目を使って絡んで行った。お前たち羽目を外し過ぎるなよ!と叫んだのは船長ではなく両海賊船の副船長たちだった。

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