第十幕『目的地』

「進路は東、アジトに帰るぞ!次の港で土産でもたんまり買ってやれ!」


 そう言った船長の言葉に、ヴィカーリオの船員たちは少しだけ浮き足立った。


「アジトがあるんだな」


 船長室で海図を広げたラースに、相棒のメーヴォが何処か不思議そうに話しかける。海洋国家ゴーンブールと南の諸島国家コスタペンニーネの間の拡大海図を眺めながら、点在する島々と潮流が示されたそれを指でなぞる。そこに一際線の入り乱れる海域がある。ついでに書かれている航行注意海域、の赤い文字が躍る。此処だ、とラースはアジトの姿を地図の上に幻視した。


「お前が来てから調子が良かったからな。全然帰ってなかったんだ」


 成果が上がらない時は懐が寒すぎてよくアジトに帰っていたが、メーヴォが加入した後のヴィカーリオ海賊団の航路はいつでも順調だった。


「帰らなくてもいい状況が続いてたからさ」

「なら、突然どう言う風の吹き回しだ?」

「……お前にアジトを見せておきたくなったって所かな」

「そうか。それは光栄だ」


 勇敢なるカモメの運んできた風は自分たちを押し上げてくれた。ラースは何時の頃からかメーヴォに信頼を寄せていた。技術者として、気の合う仲間として、相棒として背を預けられる存在に巡り合えた。机の上に鎮座する愛しい頭蓋の髪を撫で、彼女の導きと勝手に決め込んでいた出会いの必然性を噛み締めた。


 捕虜たちのおかげで吸血鬼コールの黄金銃は無事完成し、更に虎鯨の調理法も、毒の解毒剤も順調に実験が進んでいるらしい。黄金銃の実験は比較的余裕を持って終わり、余った捕虜は虎鯨実験班へと回され、残り五人になっていた。今日も捕虜たちは美味い鯨料理を命がけで食べている。


「アジトに着くまでにはあの捕虜たちも死ぬだろ」

「次の港までもつかな」

「賭けるか?」

「どうせお前も僕も、もたない方に賭けるから意味がない」


 その通りだ、と笑ったラースの声を掻き消すように、捕虜の悲鳴が船内に響き渡った。

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