第十六幕『実食』

『これはこれは豪勢な』


 何処からともなく声が響き、用意されたテーブルにふわりと隠者が姿を現した。


「おお、おおぉ……!我が懐かしの郷土料理たちよ」


 相変わらず草木の塊にしか見えない隠者の手がフォークを掴み、次々に料理を口にしていく。


「おぉ、この控えめな塩加減のハムと瓜の合う事!」

「なんと、この場でザワークラフトのシチーが口に出来るとは!エールの欲しくなる味じゃのう!」

「このロールキャベツの中身はトナカイの肉か?これまた美味である!」


 調理部隊の五人、ジョン、バラキア船長、そして僕と、物珍しさに覗きに来た両海賊団の面々が数人ずつ。

 全員がその光景に息を飲んでいた。

 藪の塊だったそれが、食事を口にする度に見る見る人の形に戻っていくのだ。小人族特有の小さな体だが、知性的な顔の初老の男。蓄えた髭が威厳や風格さえ漂わせる。

 口にしているはずの食事はその姿を寸分も変えず、ただ水分だけが蒸発するように無くなって枯れていくのだ。


「……まさか、この隠者、既に」


 小さくバラキア船長が苦々しく呟いたのが聞こえる。


「あぁ……この常夏の土地でこんなに冷たいものが口に出来ようとは……何という甘露」


 デザートのアイスまで完食して、すっかり人の姿に戻った隠者が、ジョンに向き直ってにこりと柔和な笑みを浮かべた。


「海洋学者ギルベルトの最期の晩餐、確かに相伴に預かった。見事であったぞ、料理人」

「お粗末さんやったな」


 腕組みをしたまま、尊大なジョンの返事を聞くと、隠者ギルベルトはすうっとその姿を消した。


「……っ!ラースは?ラースにかかった魔法はどうなった!」


 思わず僕は叫んでいた。魔法の解除はどうなった?日の沈みつつある浜を、僕はエリザベート号の停泊する東の海岸まで猛然と走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る