玩具と幼き美少年の『トイ・ウェル』

…ホラーは比較的好きでワクワクする方だ。それは、"ツクリモノ"ってわかってるから。

でも、この世界のここは"ホンモノ"。

何が出てくるか予測もできない。

建物は年代物の中世ヨーロッパにあるようなお城みたい。

そろりそろりと移動しないと、ちょっと不安だ。

造りはしっかりしてるけどね。

外も薄暗ければ、中も薄暗い。


「…何が出てきても不思議じゃないよなー。」


一人ごちる。


『…何が出るって?』


「うぉ?!」


何々?!誰?!

思いっきり振り向く。


……あ、あれ?綺麗な男の子?

中学生くらいかな?…妙に大人っぽい。

んん?こっち寄りだけど、何か雰囲気がおばさんに似てる…。


『…人の顔を見てそれはないんじゃないの?』


口調は普通だ。


「…もしかして、"マリウス"くん?」


すごく渋い顔された。

いやまぁ、そーだよねー。


『…何故、僕の名前を知っているの?』


「いやぁ、………フェリーシアさんに聞きました。」


誤魔化しは利かない気がする。


『…ねえ様?何で……。ねえ様は国を捨てて……。』


混乱してるみたいだ。


「違うと思うよー?フェリーシアさんは、機会を伺ってたんじゃないかなぁ?

君のこと、すごく気にしてたみたいだし。」


うぁ!睨まれた。美少年の睨みは迫力あるなぁ。


『…あんたに何がわかるの?"壊れた"この世界を直せるなんて、簡単に言わないよね?』


"壊れた"?壊れてるの?


「"壊れた"って表現はわからないけど、生きてる人はいるじゃん?」


『…生きてる?人数が激減したのに…。

他の国だって影響はあるよ。

全ての井戸異世界が、領土が狭まってる。

国単位でしか、維持出来ていないんだ。』


あー…、狭いのはそれか。


「魔王ってすごかったんだねー。」


『…ねえ様から、それなりには聞いているんだね。

だけど、………あんたは誰なの?ねえ様が話すなんて………。』


「あ、自己紹介が遅れたね。

ボクは、井戸異世界以外の異世界から来た、井戸をこよなく愛する17歳、東雲華凛だよ!」


……え?何かじと目で見られてない?


『…だから、風変わりな格好なんだ。

でも、…………同じくらいだと思ってたよ。

僕、人間で換算すれば、13くらいだし。』


………あああああ、またしても!

ボク、そんな子どもじゃないもん!


「いや、歴とした17歳なんだよ!」


『…ふぅん、まぁいいや。カリンだっけ?

僕と遊んでよ…?』


『……ずっと"独り"だったんだ、ねえ様は帰ってこないし。

寂しくて淋しくて……。"壊れ"ちゃいそうなんだよ……。』


………いや、彼はもう精神を病んでる。

100年近く独りだったんだから、そうなってもおかしくない。

その期間を打破して、ボクは彼を救えるのかな?


マリウスくんは、ボクにしがみつく。

震えながら……。

泣いても叫んでも、誰も来ないのは苦しいよね。

ボクは、身長の変わらないマリウスくんの頭を優しく撫でた。


『…僕は、全てが大嫌いだ。何もかも消え去っちゃえばいいんだ。』


「そしたら、ボクもマリウスくんも消えることになるねぇ。」


「……………。」


あ、黙っちゃった。


『…カリンは、僕が怖くないの?』


「質問の意図がわからないよ。」


『…カリン、見てごらんよ。』


ぽっと蝋燭に次々と火が灯る。


「へぁ?!」


ナニコレ……。

薄暗くてわからなかったよ。

そこら中に、………死体だか人形だかの残骸があった。

いや、"トイ・ウェル"だから、玩具なのかな?

にしても、気味が悪いわ!


『……僕のこの国は、魔王の被害が甚大だったんだ。

皆、死んじゃった…。だから、"皆を人形"にしたんだ…。

"ずっといられるように"……。でも、"動かないから"ね。

戦争は避けられないから、"皆"を操って戦ってるんだ…。

僕の魔法はすごいから、誰も敵わないんだよ……。』


ボクは寒気がした。

死んだ国民を"動く屍"にして戦わせる意味はあるんだろうか。


『…カリン、今ここで生きてるのは僕と君だけ。

静かだね………。カリンは僕に会いに来た……。ずっといてくれるよね………?』


いや、無理な話だ。

でも、いつものように《だが、断る!》とか迂闊に言えない空気だよねぇ。


まぁ、この有り様じゃ、おばさんも戻れないわけだ。

でも、今の状況で言っても理解してくれないだろうな。


だからって、病んでる人に同情や共感はしちゃいけない。

突き放してるわけでも、冷たいわけでもないんだよ。

どちらも、増長させてしまう行為だからなんだ。

でも説教したり、否定するのはもっとダメ。

ぶっちゃけ、"死にたい"って言ってる人ほど、心の中では無意識に助けを求めてる。

助けることと、同情は別物だからね?

それがわからないなら、関わること自体しちゃいけない。

心ってそれだけ難しい問題。

けど、彼は"知水魔人"。


多分、"知水魔人"ってすごく頭がいい種族なんだと思う。

だから、考えすぎちゃうんじゃないかな。

まぁ、鬱って頭の良し悪しではないんだけどね。

理解できない人にはわからない分野だとは思う。

鬱にも個性があるから、一概には説明は難しい。


分かりやすい現代鬱は"コミュ障"かな。

"コミュニケーション障害"の略ね。

引きこもりとか、人見知りが多いんだけどさ。

誰しも1つくらいは、障害があるもんなんだ。


よく、"鬱は心が弱い人の精神病"とか言う人がいる。

それは、ただの人種差別と変わらない。

それこそ、"コミュ障"と言えるんじゃないの。

人を知りもしないで否定するのは、自己防衛の一種なんだからさ。


同じ症状でも、対処法は全く違う。

自分はこうだからこうすればいいとか、ただの傲慢にすぎない。

1つの手段として、考え方の1つとして提案するくらいが丁度いい。


人間誰しも、鬱になる要素は持ち合わせているもんなんだ。

超ポジティブな人も、一回、全否定されてみたらわかるさ。

今まで積み上げてきたことを、無意味だと頭ごなしに否定され続けたらパニックになるもんだから。


気づいてないだけで、皆内に秘めてるわけなんだよ。

それをどう受け止めて前に進むかに掛かってくる。

後退なんてもうできないんだから。

振り返ったって、通り過ぎた過去があるだけ。

戻れやしない、やり直せやしないんだよ。


一回病んだら、一生付き合うつもりでいればいい。

どう自分らしく共存するかじゃないの。

どう足掻いたって、自分には勝てないんだから。

ずっとイーブンなんだからね。


「…マリウスくんは、ずっとこのままがいいの?

この状況のまま、何も変わらないでいたいの?」


『…当たり前だよ。もう、何も手放したくないんだ…。カリン、君も…。』


更にしっかり抱きついてくる。

でも、ボクは変わらない終わらない日常には興味がない。

変えていなかくては、腐るだけだ。


「悪いけど、ボクには刺激ある日々のが好きなんだ。

変えようとして変わらないなら仕方ない。

でも、変わるかわからないのに変えようとしないのは、ただの怠け者だよ。

キッカケがなかったんだったら、ボクがキッカケになる。」


炎上する覚悟じゃなきゃ、言葉は通じない。

否定するんじゃない、背中を押すことが大事なんだ。

出来そうだなって思えることから少しずつ。

可能性があるなら、突き詰めてから悩めばいい。


『……カリン、君は何をしに来たの?僕を笑いに来たの?!』


…どんな言い方をしたって、落ち込んでる人は過剰反応してしまう。

ボクは聞いた経験談を自分なりに理解して、解釈しただけだ。

100%なんて、完璧じゃないからできない。

そもそも、100%な人間何か存在しないんだけど。


「…ボクの目的?それはただ1つだよ。

"泣いてる子を笑顔にする"ためにきたんだよ。

フェリーシアさんに連れては来られたさ。

でも、今こうして話しているのはボク自身なんだから。

ボクは、ボクのやりたいことしかしない。

だから、君が笑ってくれるまではここから動かない。」


マリウスくんは、じっとボクを見てる。

こんなんじゃ、理解するもしないもない話だ。

だけど、人には些細な一言で傷ついたり、救われたりする。

言葉1つで、奈落にも落ちるし、元気にもなれる。

揺れ幅も、落差もそれぞれだから、勝手に数式に当てはめてはいけない。


ましてや、比較なんてもってのほかだよ。

"あんたより、この人のが辛いんだよ"みたいなことを言われた人の絶望感は底知れない。

嫌われたくないから、踏ん張って、自分はまだマシだって自己暗示して無意識に悪化していく。


鬱は最低、三種類いる。

鬱だと思い込んでる人、鬱だと気がつかない人或いは鬱だと認識したくない人、独りではもう這い上がれない人。

段階でも重度でもじゃない、考え方の違いだけ。


マリウスくんは、きっと囚われてしまっている。

国の人が皆死んじゃって、きっとおばさんは魔王から逃れるために逃亡したんだろうけど、いなくなっちゃって。

100年近く独りで孤独を感じてたんだよね。

ボクで換算したら、産まれてから死ぬまで、それ以上の時間を独りでいるって、途方もないことだ。


『…泣いてなんかいない。涙なんてとっくに枯れた。

ねえ様は来たのにまたどっかに消えちゃったんだ……。

カリンもいつか、ねえ様のようにどっかに行っちゃうんだ……。』


ぶるぶる震えてる。

何か嫌な予感がした。


『…だったら、今のうちに"人形"にしてあげなきゃね。ずっと一緒にいて、カリン……。』


あちゃー!テンプレヤンデレだ!

ヤンデレには二種類いるけど、このタイプが何故か多い。

美少年のヤンデレは迫力満点だ!

ボクは、"人形"になんてなりたくない!

自分で動けなきゃ帰れないし!

助けて!まいらばー井戸ぉ!(混乱


「あ…。」


後ろに仰け反った拍子に、ぐらりと傾く。


「のぅわぁぁぁぁ!!」


…しかし、デジャヴ。

ガンッと頭を打って逆さまに。


「…い、いてぇ。」


……いや、痛がってる暇は。

だけどしかし、痛すぎて動けない。

ヤバい、こんなとこでBADENDとか嫌だ!


『カ、カリン!大丈夫?!』


意外や意外。薄目を開けると、マリウスくんが心配そうに見つめてる。

え?冗談なの?!ブラックジョーク?!

それとも、あまりの予測不可能な自体に、それどころじゃなくなった?

何はともあれ、ドジが実を結んだか。


『…それ、元室内井戸だったやつだから、浅くてよかった。

深かったら、危なかったよ…。』


さっきまで人を"人形"にしようとしていた人の発言には思えないねー。

しっかし、また井戸に頭突っ込むことになろうとは。

井戸様々だね。…井戸に助けられたことにはかわりない?

やっぱり、井戸はまいらばーだったのね!


『…カリン、下着丸見えなんだけど。』


「のぅわぁぁぁぁっとぉ!」


ぐぃんっと頭だけで、反動で起き上がる。

勢いに任せて井戸の縁を掴み、さっきとは逆に、前のめりにスライディングした。

…その勢いはマリウスくんを通り過ぎ、何か固いものにより阻まれた。


ガンッ!


「…ぐっあ!」


パンツ丸見えの恥ずかしさからの顔面スライディング。

そして、止まった先の固いもの。

…顔を何とかあげれば、"人形"たち。


「うぁがぁ◯×△□◇*#☆◎▽■▼※◆▼★………!!」


ボクは、初めて宇宙語を発した。

なにいってるかわかんない。

声にならない叫びだった。

あるってわかってても、怖いもんは怖いもんだよ!


『…カリン、無茶し過ぎだと思うな。』


ふわりと体が浮き上がる。

そのままマリウスくんの腕にすっぽり。


「え……?」


『いくら頑丈でも、カリンは女の子なんだ。自覚くらいしなくちゃ。』


誰のせいだと思ってんだ、このやろー!


『…そうだ。僕のお姫様になれば、僕がみててあげられる。だから…。』


「だが断る!」


…静まり返る。

このやり取りは既に四人目だ。


『…今の僕じゃ、カリンを幸せには出来ないよね。頑張るよ。』


そーいう意味じゃないだけど、みんな変なポジティブ具合は変わらないなぁ。


「いや今すべきことは、無益な争いをやめることにあると思うんだ、マリウスくん。

マサチカも説得したし無茶するのはもういないはずさ。」

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