呪われし運命

『面白い!面白いぞ!』


笑い声が城内の照明を点滅させ、中庭の草木が不気味に光を受けていた。


な、何?


ビックリしながらも、ワクワクした。


「うぉぉぉぉぉぉ?!マジモンのファンタジー展開かー?!」


…あ、口に出しちゃった。

やべぇよ、皆目が点だよ…。


『中々頭の良い娘じゃのぅ。』


静まった瞬間、突如ボクの首に腕を絡めるように現れたのは…。


「!?ラミアー?!マジで?!マジモン?!」


水のような透き通る真っ青な肌、人魚みたいな下半身。

美しすぎるフェイスに、水流みたいな流れる髪。


『おお?嬉しそうじゃの。妾も嬉しいぞ?

そなたの世界で、妾のような種族は"らみあ"と言うのかえ?

妾は、知水魔人の一族ぞ。』


「かっけー!!」


「フェ、フェリーシア…。」


夢中なボクらに割って入ってきたのは、おじさん。


何だよ!感動の瞬間を邪魔しやがってー!


『…なんじゃ、フェルモル。妾を信奉するあまり、周りが見えなくなったそなたに、もう用はないわ。』


打って変わって、体の色と同じような冷や水を浴びせる。

そのまま、泳ぐようにフェルナンドくんの元へ。


『…時は来た。フェルナンド、今日から妾はそなたの妻となろうぞ。』


しなだれ掛かるようにフェルナンドくんに絡まる。


「…申し訳ありません、母上。私の心はもう、カリンに向いております。」


へぁ?母上?


「フェルナンド!伝統をなんだと思っている!

こやつはもう腑抜けだ!帰ってきてくれ!フェリーシア!」


……どんな修羅場だよ。

何かチャッカリ巻き込まれてない?


『黙れ、フェルモル…。そうか、その娘がカリン…。』


あ~あ、おじさん凹んじゃったー。


「…残念ながら、一度断られています。

しかし、私は……諦めるつもりはありません。」


『…大人になったのぅ。もう妾は"運命"と闘いに行かねばならぬ、のかもしれんということか…。』


厨二が萌えそうな姿で、更なる追い討ちプレイまでかますとは、流石です!


『…カリンよ、妾を救ってたもれ。』


え"?ボク?!ガッツリ巻き込まれた?!


『フェルナンドが気に入るのもわかるぞ。…妾もそなたが気に入った。

そなたなら、何とかなるやも知れぬ。』


さっきから何の話だー?!


『悪いが、カリンは連れていくぞ。』


…そしてボクは訳が解らないまま、フェリーシアさんに取り込まれた。




中庭から、空高く舞い上がる。

この"井戸異世界"に来てから、結構時間が経っているはずなのに、ずっと明るい。

気にはなっていたんだ。

水族館の魚側の目線になるという、有り得ない体験中なのに、ボクはやけに冷静だ。


「…おばさん、この世界に時間感覚はないの?」


『ほう…、気がついたか。来てからどれくらいおるのじゃ?』


頭の中におばさんの声が響く。

おばさんの中なんだから、当然か。


「最初に出た場所は、"ウェルグランド"なんだよ。時計がないから、確実な時間はわからない。

でも、確実に一時間以上はいたはずなんだ。」


『…"ウェルグランド"。フェルナンドの友、マクシミリアンがおるところじゃな。』


やっぱり友だちだったんだね。


『何か似てるとは思った!』


『フフフフ…。そうさな。国に縛られなければ、兄弟のように似た友となっていただろうのぅ。』


…自己判断甚だしいのはソックリなんだよ、言わないけど。


『…最初と言うたな?次は何処に行ったのじゃ?』


「"ウェルゴールド"に誘拐されたんだよ。」


『誘拐じゃと?何があったのじゃ?』


あくまで優しく。でも、ボクを気遣ってくれてるのがわかるよ。


「マクシミリアンくんと友だちになったからさ、戦場見学してたら、カイヅカってゆーおっさんたちが現れてね?

…《禁忌の償還魔法》で、マクシミリアンくんを庇ったバイザーのおにーさんを大怪我させたんだ。

幼馴染みのゆーまんが最後までボクを離さないでくれてたみたいだけど、気絶しちゃったみたいで…。

ボクを戦利品にするとか言ってたから、それで誘拐されたみたい。」


おばさんは何も言わずに、静かに聞いていてくれた。


『…辛かったのぅ。カイヅカは昔からやんちゃが絶えなかったのは覚えておるが。

後で仕置きをしておいてあげるからの。

にしても、《禁忌の償還魔法》か…。

因果なものじゃ。それを生み出したのは、我が祖国"トイ・ウェル"なのだから。』


戦争してるのに、知り合いばっかり?

やりにくいだろうなぁ。

あれ?故郷は別の国なんだ、おばさんって。


『じゃが、どうやって"ウェルガーデン"にきたのじゃ?』


「"ウェルゴールド"の大砲でばびゅーん!」


……あれ?分かりやすいと思うんだけど。


『…カリンよ。あちらで起きたことを説明願えぬか?』


「あ、過程説明だね!了解!確かに困るよねー!」


「んとね。マサチカが監禁しないでくれたから、自由に動けたんだ。

セクハラされそーになって、暴れたけど。

アイツ、どっかとドンパチするみたいで出掛けたから、町中探索して古い武器庫見つけたの。」


『…あのウツケ、変わらんな。しかし、武器庫を見つけたからといって、扱えるようには見えんが?』


「うん、ボクじゃ無理。丁度、町の人の話が聞こえたんだ。

"マサチカが女の子を無理矢理"囲ってるって。

近くにいた、連れてかれた女の子の一人に想いを寄せてる少年を捕まえて、助ける運びになったわけさ。」


あれ?おばさん笑ってる?


『…カリンは面白いのぅ。自分が囚われの身であるのにも関わらず、人の心配をする。

本当ならば、自分がどうしたら助かるかを考えるのではないか?』


何でかな?自分だけ助かるなんて嫌なんだよ。


「そうだね。だけど、それじゃ"ボク"らしくない。

泣いてる子を笑顔にしてから去らなきゃ、後味悪いじゃない。

それに、ただ逃げ出すくらい簡単だよ。

"ただ助けを待ってるお姫様"はボクには似合わないのさ。

マサチカの頭にたらい落とすのも忘れずにね。」


ニヤリとしたボク。

おばさんはまた高らかに笑いだした。

おばさんの中の振動すごいんだけどー!


『何と!マサチカに何をしたのじゃ?あのウツケに。』


あらー、興味津々だねー。


「少年の錬金魔法を借りて、ワガママなマサチカのおうちの屋根を大砲でぶっ飛ばしてやったんだよ。

その間に少年と少年のお友だちには、女の子たちを助け出させたの。」


うぁーい!まだ、振動すごいぞー!

ツボに入ったかなー?


『いいぞ!カリン!マサチカにはいい薬になったろうな!』


「…それで、《禁忌の償還魔法》をやめる代わりに妻になれってしつこいから、説得したきゃ捕まえてみろって、大砲で高らかに逃げたんだよ。」


『…しかし何故に、大砲に。』


ピタリと振動が止まる。

待っていたよ、この時を!


「ふ、ボクがこよなく愛するのは"井戸"!そして、土管や穴たち!見つけたら入りたくなる!

……なもんで、大砲の"穴"のフィット感で思い付いたんだ。」


沈黙が何を意味をするかなんて、もうわかるぞ!


『…井戸なぞ、そこら中にあるだろうに。』


「そもそもボクの世界では、入らないからね。地下水を汲み上げる道具なんだよ。

ボクにこの世界は天国なの!」


出会った人に宣伝を忘れない。

アイラブ井戸!


『何故そこまで井戸が好きなのかは気になるが。

…カリン、そなたは争い事が好きではないんじゃな。妾も好かんがな。』


何で井戸が好きなのか、か。

これは実のところ、言いにくいんだよね。


「…ボクはただ、ボクのやりたいようにしてるだけだよ。

困ってる人を見てみないふりして立ち去るのは、もやもやするもん。

喧嘩してるより、笑ってた方がいい。

バカにするなら、バカにされた方がいい。

嫌うなら、嫌われる方がいい。

逃げるくらいなら、立ち向かう。」


ボクはボクらしく生きていたい。

後ろ指刺されたって、構やしない。

他人と違うことを恐れていたら、前に進めない。

進める先は前しかないんだし、後ろには戻れない。

振り返って後悔を続けるくらいなら、前を向いてこれからの自分に掛けろ。

…何を言われても、相手を否定しちゃいけない。

それは、その人と同じことをしているに過ぎないんだから。


『クスクス。勇ましいではないか。娘の考え方ではないがのぅ。

まぁ、大体分かった。では、"時間"について話そうかの。

しかし、そろそろ見えてくるぞ。』


ん?何がかな?………え?井戸?

ボクはおばさんに取り込まれたまま、眼前の井戸に吸い込まれるように入っていった。


うわっ!真っ暗だ!……いや、紫?夜の世界だ。

星なんて数えるほどしかないから、すごく暗く感じる。


「…おばさん、何でいきなりこーなったの?」


『うむ。ここはもう"トイ・ウェル"じゃからな。

信じられぬかもしれんが、この国は"時が止まって"おる。

その影響で全ての"井戸異世界"の"時が止まって"おるのじゃ。』


"時が止まって"るから変わらないんだ。


「でも、何でこの国だけ暗いの?」


『…ちょいと昔語りになってしまうのだがの。

妾は今から、200年ほど前に生を受けた。』


知水魔人って長生きだなぁ。


『その妾が今の半分ほどの時じゃ。

…この"井戸異世界"に"魔王"が現れたのは。』


まさかの"魔王"っすか。


『あの頃、"井戸異世界"は皆、友好的じゃった…。

協力して魔王討伐に励んでおったのじゃ。

しかし、………魔王はあまりに強大な力を有しておった。

どれ程の"井戸異世界"が犠牲になったかしらぬ。

……何とか魔王を封印したのが、当時の"ウェルグランド"、"ウェルゴールド"、"ウェルガーデン"、"トイ・ウェル"、"ウェルタウン"の国王じゃ。』


五大国家??


「魔王の影響で、時間軸が壊れちゃったのかな?」


『そうじゃ。呪いとしか思えぬ。

その時から皆の中に不信感が出来、今に至るまで続く争いが始まったのじゃ。

代替わりごとに過激になって来ておる。

…じゃが、そなたの出現により、悪雲が嘘のように消えてきた。

後少し、後少しでまた、皆の心が戻る。』


嬉しそうなのに、あんまり晴れやかじゃない。


「よくわかんないけど、無益な争いをしなくなったら、皆仲良く出来るんだよね?」


何か不安なのかな?

…まさかなぁ、そんなまさかね?。


『…魔王復活が近いかもしれぬ。

100年近く、負のオーラが蔓延していたのじゃから、懸念すべきことじゃった。』


……さて、問題です。

《魔王復活》、戦うのは誰?

マクシミリアンくん、マサチカ、フェルナンドくん、トイ・ウェルの王子か王女、ウェルタウンの王子か王女。

"魔王"がいるなら、"勇者"がいるはずだ。

この流れだと彼らの導き手が"勇者"………。


…………"ボク"?


この感じだと確実にボクが"勇者"にされる。

確かに、"勇者"は憧れた!ロマンだ!

……しかし、よく考えるんだ。

ボクは運動が苦手だし、武器は扱えない。

頭を使うのは好きだけど、会話が通じるだけじゃ意味がない。

要するに、ボクは使えないんじゃね?って話。

彼らはいるだけでいいとかほざきそうだけどね。

……考えるのはやめよう。


『…それでも、この無益な争いは止めねばならぬ。

カリンどうか、どうか、"弟・マリウス"を救ってたもれ。

一番濃い闇に囚われておる。呼び掛けてやってほしいのじゃ。

マサチカをただのウツケに戻せたそなたになら、きっと出来る。妾は信じておるぞ。』


そして、闇に不気味に浮かぶ一際高い建物のバルコニーに下ろされる。

おばさんから出た途端、重い空気を感じた。

呼吸が苦しくなるわけじゃない。

何だか、負のオーラが蔓延している密集地みたいな不快感。

こんな場所にずっといたら、鬱になるな。


『妾はこの先には行けぬ。あの扉から室内に行けるでな。

マリウスはこの中におる。

探しだし、心を開かせてやっておくれ。』


そういうとボクを置いて高く舞い上がり、消えていった。


…どうしよう。まるで、"ホーン◯ットマン◯ョン"だな。幽霊とかいそう。

まぁ、入るしかないよねー。

ボクは勇気を振り絞って中へと侵入する。

ギィ…と物々しく扉が音を建てた。

一人で入るお化け屋敷みたいだよ。

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