第2話 ひぎぃ! 裂けちゃう裂けちゃう!(スライム)
「う――うん?」
目を覚ましたオークは痛む背中に意識を向けるが、思っていたほど痛みがなく、首を傾げる。
「おはよう。よく眠れたかしら?」
ふいに聞こえる声――オークは声のする方に身体を向けるのだが、そこには誰かが見舞いに持って来てくれただろうリンゴをかじるベッドに腰を掛けたアンの姿があった。
「アン殿」立ち上がろうとするのだが、アンに食べかけのリンゴを投げられ、それを受け止め、首を傾げる。「リンゴより肉の方が――」
「そんな贅沢を言うなら、そこらのドラゴンでも捌いてあげるわよ?」
「竜の肉は固くて食えたもんではないです。それに、私たちにとっての肉は動物か、人です」
「そう――」
アンが腰に納められている剣を抜くと、それを彼女自身の腕に向けて放とうとした。
「――ッ!」しかし、オークは剣を振るうアンの腕を取り、止めさせる。「御冗談を」
「痛いわ」
「失礼――」アンの腕から手を離し、オークはリンゴをかじる。「貴方の肉はどうあっても喰えませんよ」
「失礼ね。きっと美味しいわよ?」
「だからこそ――私には贅沢すぎる」
「よく躾けられてるわ」アンが煙草を取り出し、それに火を点けようとするのだが、オークは手を伸ばし、マッチをベッド横の机から取り出すと、それで火を点ける。アンが礼の言葉を放ち、ゆっくりと煙を吐くとこちらに火種を向けてくる。「貴方、働き過ぎ。こんなところ警護しても誰も来ないわよ」
「貴方を取り戻しに勇者が来るかもしれない」
「あら、それはあたし、喜んで良い状況よね?」
「これだけ集めておいて、喜ぶのですか?」
「まさか――」アンが少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。「今さらあたしを取り戻そうとする物好きなんていないわよ」
「……稀にですが、人間に生まれたかった。そう思いますよ」
「人間になんて生まれていたら、あたしは貴方に見向きもしなかったと思うわよ?」
確かに――オークは笑って見せた。しかし、人間にオークが笑っているかはわからないだろう。本来、笑顔などと言う顔はオークには存在せず、笑うという感覚もなかった。しかし、この城に来てからというものの、楽しい。という感情が芽生えてきたのである。同じ種族であるオークにこんなことを言ったら殺されるかもしれないが、闘いや嬲ること以外で、こんなにも心躍ったことはなく、少し変になってしまったのだとまた笑う。
「大分笑顔がマシになってきたわね?」
「……わかるのですか?」
「何年の付き合いよ。いえ、もう15年経ったかしら?」どこか懐かしそうにアンが言う。「あんたがあたしの最初の玩具――あたしももう30なのよね」
「人間の年という概念はよくわかりません」
「あと20年もすればわかるわよ。あたしも老いていくの」
「それでも――」
「う~ん?」
「それでも、私はきっとここにいますよ。なんといっても、オークは何でも食べますから」
「ああ、老若男女穴があれば犯すものね」
「ええ、それだけ、見た目や年などのこだわりはないのですよ。ただ、強き者と共に在るだけです」
アンが心底可笑しそうに笑う。オークはその表情から目が離せなかった。きっと、すでに毒されているのだろう。人間、否。強き者、半分正解――アンディルースのなにもかもに夢中になっているのだろう。と。
「さて……あたしはそろそろ戻るわね。最近、新人がサボってばかりだから」
「ええ――」
初めて会った時から、きっとこうなる覚悟はしていたのだろう。誰よりも強く、誰よりも悲しい人間――オークは彼女に救われて良かった。 と、残ったリンゴを口に運ぶ。
すると、部屋の外から何者かの気配。オークは視線を向ける。
「オークの旦那ぁ! 傷は浅いぜぇ! 俺のことを庇ってくれたんだってな! あの凶暴お嬢には困った――」スライムがぴょんぴょんと部屋に入ってきた。しかし、言葉を放ってからアンの存在に気が付く。「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「誰に困ったのかしら?」
「あ、え~……これはぁです。あの~、え~、な、な~でもな~です――」
「極刑」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」逃げようとしたのだが、スライムの身体でアンから逃げるのは不可能であり、頭だと思われる箇所を掴まれる。「あぁ! ひ、引っ張らな~でぇ!」
「どれだけ伸ばせるか試してみたかったのよねぇ」
「あぐぅ! さ、裂けちゃ~、裂けちゃ~よぉ!」
「いっそのこと半分にして数を増やしてあげましょうか?」
「いやぁぁぁ!」
スライムの断末魔と共にアンが部屋から出て行った。
「……本日も、異常なし」
オークは未だに聞こえるスライムの悲鳴を聞きながら息を漏らした。
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