女騎士さん、言動雰囲気その他諸々がヤクザのそれと同じです!

筆々

第1章 顔は止めて! ボディーにして(オーク))

「この醜い魔物が!」

 男が叫んだ。そして、それを切っ掛けに檻を囲む人間たちが罵声を投げる。

 それをどこか呆けた表情で眺める男――ではなくオス。彼はオークである。

 檻に閉じ込められ、自分とは関わりのないどこかの魔王が起こした災厄に対する怒りの捌け口となるためにこうして運ばれているのである。

「家を返せ! 家族を返せ! 娘を、妻を――返せ!」

 自分が何かしたわけではないが、あの男はどうやら自分を憎んでいるらしい。当然だろう。それが、魔物として生まれてしまった自分の咎である。人間に、オークの見分けがつくわけもなく、オークは自分のチャームポイントである腕のハート型の傷を撫でた。

 これから自分は散々見世物にされ、殺されるのだろう。いかにオークといえども、この数の人間相手に戦う気は起きず、ゆっくりと目を閉じ、死せる運命に余韻を残しながら次に生まれ変わったときは平和な世界を生きたい。そう願わずにはいられなかった。

 オークはそんなことを『思った』ことを思い出し、ゆっくりと目を開けた。

「…………」鳥の囀りが聞こえ、否応なしに先ほどの光景が夢であったのを理解する。「夢……か。随分と懐かしい夢を見たな」

 頭を掻き、寝ぼけ眼を擦りながら穿いていた――と、いうより、巻いていたというのが正しい布きれ一枚を外し、タンスに仕舞われている先ほどの布きれと見た目に一切変化がない布きれを新たに巻く。

 元々、着替える必要はないのだが、『ここの』ルールであり、もし『鼻を曲げられてしまっては』どのような仕打ちが待っているのか、想像するだけでオークは身体を震わせた。

「ふむ……」

 オークは部屋に掛けられている時計に目を向けるのだが、そろそろ『朝礼』の時間であり、部屋の外からもゾロゾロと動く音と気配があることに気が付き、オークも一度伸びをし、部屋から出る。

 すると、ちょうど部屋から出た時、足にひんやりとした感触がし、急いで足を退ける。

「うぉ! あぶね!」水色のゼリー状の魔物が非難の言葉を放つ。「おいおいおい! オークの旦那よぉ、何度目だよ。俺たちゃちいせぇ魔物なんだ。あんたらデカイのはもうちっと足元に気を遣うべきじゃねぇのかい?」

「これはこれは、すまないな」

 ゼリー状の魔物――スライムである。一般的に彼らは雑魚でしかなく、上級の魔物であるオークにこのような言葉を飛ばしてくることはないのだが、このスライムは相手が誰であれ――一人を除いて、このように強気な言葉を放つのである。

「おはよう。昨日は冷えたな」

「おぅ、おはようさん! おや、オークの旦那は寒がりだったか? 暖かそうな毛皮背負ってんのにな」

「ははは。私は出身が南の方でね。寒さとは無縁だったのだよ」

「そんなら、冬はもうちっと着込まなくちゃだな。なんだったら俺が『ライガー』の奴に頼んで、毛皮を分けてもらうように言ってやろうか?」

「いやいや、そこまでしてもらわなくても大丈夫さ。それに、そんなことをしてはライガーが寒くなってしまうだろう?」

 ライガーとは、ライオン型の魔物とトラ型の魔物をどこかの魔王が異種交配させた魔物であり、もふもふしているのが特徴で、メスの魔物に人気がある魔物である。

 それを羨ましいと思ったことはないが、確かに暖かそうである。と、オークは思った。

「そもそも、私に服は似合わないだろう?」

「俺に対する嫌味か?」

 水色の頬を膨らませ、水風船のようになったスライムをオークは腕に抱き、そのまま朝礼会場――謁見の間と呼べと言われている空間に向かって歩き出す。

 謁見の間にたどり着くと、大小様々な魔物が膝をつき、つけない者は頭を下げている光景があった。

 オークもスライムを床に下ろすと、他の魔物同様、膝をつき、その先にある段差を上って置かれている椅子に座る『人間の女性』に意識を向けた。

「揃ったか?」

 玲瓏な美しい声――人間と文化の違うオークですらそう思うのである、人間にはこの声がどう聞こえているのだろうか?

 その女性は身体を鎧で包み、腰には鞘に納められた剣が光っていた。所謂、騎士である。

「よぉ~し! 朝礼を始める!」女性が椅子に座り、煙草と呼ばれる人間たちの趣向品に火をつけた。そして、煙を吐き出すと煙草の先で、木で出来た魔物――ウッドマンを指す。「おい、畑には何か異常はないか?」

「は、はい! ありません!」

 ウッドマンがおどおどと答えるのだが、毎回こうなので、いい加減に慣れてほしい。と、オークは思う。

「あっそ――ご苦労様」女性が煙草の灰を床に落とし、次は赤い大きなトカゲを指す。「空は?」

「異常なしでござる」

「そう。ご苦労様」大きく煙を吸い、煙草が女性の手のギリギリまで燃えた。そして、灰しか残っていないが、それで今度はこちらを指す。「この辺りで何かあった――と」

「いいえ、この辺りには人間どころか、魔物すらいませんでし――」

「ちょい待ち」

「は? はぁ」突然報告を止められ、オークは首を傾げる。女性を見てみると煙草の火が手に当たりそうになっており、オークは傍にあった拳大の石を手に持ち、それを女性に持っていこうとする。「こちらを――」

「おい、スラ」オークの言葉を流し、女性がスライムを指差した。

「ほぇ?」スライムが素っ頓狂な声を上げる。「な、なぁでしょうか?」

「ちょっとこっち来い」

「は、はいッス」スライムがぴょんぴょんと飛び跳ねながら、女性の足元まで移動する。「なぁですか?」

「膝。あたしの膝に乗れ」

 身体を傾けるスライムが、ぴょんっ! と、大きく跳ねると、膝に乗っかり、不安げな表情で女性を見上げた。

「あ、あのぉ~」

「お前今日から灰皿な」

「うみゃぅ!」驚き、その場から飛び逃れようとしたスライムだが、脳天に煙草の火を押し付けられ、どこか気の抜けた叫び声を上げる「みゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うっし、今日の朝礼終了!」スライムを抱きしめ、新しい煙草に火をつけた。

 どこか満足げな顔の女性。そして、恐怖に顔を青くするこの場に集まった魔物たち。

 そもそも、何故この女性にこの場にいる誰も逆らわないのかというと、聞いたところによれば、仕えていた魔王を一撃で倒しただの、魔王を瀕死にした挙句、金品宝を全てその魔王に持ってこさせ、その上で口にも出来ないほど惨たらしく殺されただの、その惨状を見ている者が多いからである。

 とはいえ、オークはそれほどまでひどい場面を見たことがなく、他と比べ、恐怖を感じていないからか、このような場面で他の魔物に視線を投げられるのも慣れっこである。

「……アン殿」

「あ~?」

 女性――アンディルースにオークは声をかけ、その胸に抱かれたスライムを指差す。スライムが今にも零れそうな大粒の涙を携えており、プルプルと身体が波打っていた。

「そ、その、スライム殿にはこれから警備の任に就いてもらうつもりだったのですが――」

「あたしが灰皿って言ったのよ?」

「で、ですが、灰皿でしたら、私が作りますから」

「……ふ~ん」アンが足から頭までを気怠そうに目を細めて眺め、スライムの脳天を何度も指で突く。「ねぇ。あたしは今煙草を吸っているのよ? この灰をどうしたら良いのかしら? そこらに捨てろって? せっかく掃除してくれてる奴がいるのに、それを汚すことなんてあたしには出来ないわぁ」

 先ほどから何度も床に灰を落としており、ここを掃除するのはオークの役目であるのだが。とは言えず、オークは黙って続きを聞く。

「何か言いたそうね? まぁ、それは良いわ」アンが周囲を見渡し、舌打ちを一つ。「気に食わないわね。何より、こいつの何倍も図体のデカい奴が、あんたに頼めば丸く収まるって思っていることが解せないわ」

「い、いえ、それは――」

「少しは見せつけるべきかしら」そう言って、アンがスライムを力強く上に投げた。

「――ッ!」オークは投げられたスライムの元へ瞬時に飛び、スライムが傷つかないように威力を殺して受け止めた。

 しかし、安堵の息を漏らしたのも束の間、寝そべっているせいか、アンが顔に向かって足で踏みつけようとしてきたのである。

 オークは寸でのところでそれを避け、気を失っているスライムを腕で隠しながらアンに言う。

「か、顔は止めてください! ぐちゃぐちゃになってしまう。せめてボディーに――」

「貴様はどこぞの女優か!」アンが顔に向かって拳を放つのだが、当たるギリギリで拳が止まり、ゆっくりと動いて腹部の上で止まる。「良いだろう。お望み通り、身体にしてやるよ」

 オークは要望を聞き入れてもらいホッとするのだが、何かを忘れている。

「い~ち、に~、さ~ん、し~、ご~、ろ~く――」

 なんだっただろうか? オークが記憶の海に潜り、アンのことを思い出す。そして、それと同時に頭に鳴る警鐘――。

「な~な、は~ち、きゅ~う――」

 徐々にはっきりと理解する、アンが数える数字。

 オークは息を吐き、諦めたように肩を竦める。

「じゅ~う――なに安心しているのかしら? あたしの魔法、忘れたわけじゃないわよね?」

 アンの拳が真っ黒く光っているのが見える。あのような禍々しさ、龍王や破壊神と呼ばれていた魔王のどれよりも濃く、あれで『手加減』しているのだ。恐ろしといったらない。と、オークは目を閉じる。

「いっくわよ!」制止させていた場所からアンが一気に拳を腹部に放つ。「『制止させた時間×注ぎ込んだ魔力=物理威力(イグニッションテュール)』」

 腹部が抉れるような感触を感じながら、オークはスライムを離れた場所にいる魔物に向かって投げた。

 そして、床が砕けるのを背中で感じながら、この床も目覚めたら直さなければ。と、思ったのを最後に、意識を手放した。

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