第3話 光る瞳を信じて
「なるほど……
そういうことなのか」
街へ向かう道中、秋人がこの世界に来た経緯を改めて説明すると、アリアは以外にもすんなり納得した。
正直、赤髪の少女によってこの世界を救う使命を得たと言って信じてくれるとは思っていなかったのだが、こうもあっさり信じられてしまうと拍子抜けだ。
そして、名前の件も修正した。
この世界だと、風宮秋人と名乗ると名前が風宮になってしまう。
異世界からやってくると色々と不便である。
「まぁたしかに、召喚のために必要な魔法陣も近くにありませんでしたし、転生者なら前世界の記憶と容姿が一致するはずがありません」
ニックが言うとアリアはそれに頷く。
しかし、納得はしているもののどこか腑に落ちないといった様子だ。
アリアはやがて口を開き、疑問を口にする。
「アキトの言うことが正しければ、アキトはこの世界の救世主ということになる。
失礼な話なんだが、どうにもそのようには見えないのだ」
確かに秋人は体格から見てもそのような風貌ではない。
むしろアリアが引き連れている戦士達のほうがよっぽどそれらしい。
なにせ秋人は一般人の中の一般人だ。運動は体育の授業でしかしていないし、特別に頭がいいわけでもない。
容姿も至って普通で、モテるわけでもモテないわけでもない。
この世界に来たことで何かしらの才能や能力が覚醒したというのも感じられないので、秋人自身も自らが救世主だと信じられずにいた。
「そう、ですよね。
自分でもそう思うんですけど、言われてしまった以上どうしようもなくて……」
だろうな、とニックがため息混じりに答える。
世界を救えなければ秋人は元の世界に戻ることができない。
しかし、この世界にはドラゴンをも倒すことができる戦士がいるのだ。
秋人がどうこうしなくても、世界は勝手に救われるという可能性もある。
「世界を救うというのなら、近いうちに魔王が何か仕掛けてくるやもしれません。
アリア様、街に戻られましたらこの事を報告したほうが良いのでは?」
「まだ情報が正しいと決まったわけではない。
それに話を聞くと魔王ではなく、別の存在である可能性の方が高い。
魔王が別世界を滅ぼせるだけの力を持っているなら、とっくにウォレスタは落ちている」
会話の中で聞こえた言葉に、秋人は聞き覚えがあった。
魔王――秋人の世界ではその名の通り『魔を統べる者』としてゲームやアニメの中に君臨している。
その多くは絶大な力を有しており、中には世界を滅ぼすほどの力を持つものいるほどだ。
もし秋人の知る魔王と同じ存在であるなら、十分世界の脅威になり得る。
秋人が魔王について尋ねようとすると、ちょうど街への入口である門扉が見えてきた。
「アリア様、門扉が見えてまいりました。
そろそろ準備を」
アリアは軽く了解の旨を伝えると、また前を向いて歩き始めた。
そこから先に会話はなくただ歩いて行くだけ。
彼方に見えていたはずの門扉と壁は目の前にあり、秋人はその向こうへと足を踏み入れる。
そこから先は、さらに未知の世界だった。
門扉の先には、大きな街が広がっていた。
ここがアリア達の暮らしている街、王都ウォレスタ。
商人ならば一度は訪れると言われるほど商業が発達していて、他の国に展開している有名店の本店が多数存在している。
ウォレスタはその街柄、主に民間区と商業区そして鋼業区に分かれており、それを成すのがこの街の特徴とも言える巨大な通りだ。
区を分けるため逆T字型に整備されていて、南に民間区。北西に鋼業区。そして北東に商業区が置かれており、鋼業区と商業区に挟まれる中央通りは大きな市場として機能している。
街の中央には広場があり、そこから案内されるように通りが伸びているのだ。
通りの末端にはそれぞれ街の外へ出るために東西の門が設置。
南北の門が存在しないのは民間区が南に置かれているのと、北にはウォレスタの城が聳えているからだ。秋人がこの世界に来た時に目にした壁の向こうの建物はこの城の城壁塔であった。
ウォレスタ城は王都のどこからでもその一部が見えるほど巨大で、国の強さの象徴として今もなお一部が改築されている。
実際に秋人が通りを歩いていると、確かにどこからでもその姿が確認できた。
「すごいですね、ウォレスタの街!
めっちゃ大きいし、人も……種族も多いし。
まさに王都って感じがします」
詰め所までの道のりでさえ大勢の人がいた。
その中には猫耳姿の人間や、悪魔のような羽を生やした者もいる。
半魔族と呼ばれる種族で、その名の通り魔族と人間のハーフだ。
魔族と人間は昔から戦争しているそうだ。
一時期、共和を目指したこともあったのだが何者かが魔族の王を暗殺したため再び戦火が灯る。
今は戦い自体は少ないが、互いに気を張っている状態だ。
ゆえに、半魔族という不安要素を迎え入れる街は少ない。
ウォレスタ王都はその数少ない街の一つであり、なおかつ商業の権利も与えている。
そのため多くの半魔族が集まってくるのだ。
「フフ、だろう。
ウォレスタは商業で言えばこの世界で最も優れている。
戦闘術においても他国に負けはしない、なにせアリア様がいるのだから」
ニックの熱弁に面を食らう秋人だったが、ドラゴンを倒した時のアリアを想像するとそれもそうだと思えてくる。
ドラゴンを倒せるような人間がこの世に何百人何千人といたらたまったものではない。
本当に秋人がどうにかしなくても世界が救われる。
「よしてくれニック。
私はまだまだ未熟だ。
それに、私より赤髪の剣狼のほうがよっぽど強いさ。
私が彼女に勝てるのはドラゴン討伐の腕だけで、剣技じゃ敵わない」
赤髪の剣狼とは誰のことだろう。
『剣狼』という言葉から屈強であり、なおかつ繊細で素早い攻撃が可能な戦士と想像する。
おそらくこの国の中でもトップクラスの実力者だ。
ドラゴンを倒したアリアに敵わないとまで言われる剣技を持っているようだが……
「しかしアリア様、奴はめったに姿を現さないじゃないですか。
この国の騎士だというのにろくに鎧も着ずに軽装で行動!
その上にいざ戦いとなれば『面倒くさい』の一言で出陣拒否!
あんな奴よりアリア様のほうが強いに決まってます!」
どうやら狼は気まぐれらしい。
狼というより猫ではないだろうか。
しかし戦士……いや、騎士でありながら戦いに参加しないとはどういうことなのだろう。
本当に面倒くさいという理由だけなのかと秋人の中で思考がぐるぐると回り出す。
答えが詰め所に着くまでに出て欲しいと思いながら、秋人は歩を進める。
アリアを褒め称えるニックの声はその間もとどまることを知らなかった、
結局、脳みその回転が終わる前に詰め所に着いてしまった。
この道のりの間にわかったことはただ一つ、『アリアは凄い』。
ニックのせいで何の気持ちの整理もつかないままこの先の話をすることになった。
簡素な四人がけの机に、アリアとニックが正面になるように秋人は座る。
アリアは背負っていた大剣を壁に立てかけた後に座ると、すぐに結論から話し始めた。
「さてアキト。キミが異世界の人間だというのは、信じよう。
服装や知識量でわかる。
しかし、世界を救う人物であるというのは、やはり信じられない」
ドラゴンを前に逃走した人間が世界を救えるとは秋人自身思っていない。
ドラゴンより強い魔王さえ越える存在が相手と考えればなおさらだ。
戦う以外の方法で世界を救うことはできるかもしれないが、その確率も高いわけではない。
「今後の生活はどうする?
この国で何の技術も持たない青年が一人で生きていくのは難しい
あまりにも酷な仕打ちだと私は思う」
異世界召喚なら、召喚者がいるため今後の生活がどうにかなっただろう。
そうではない秋人は自分自身の力で生きていかなければならない。
世界を救う前に餓死なんてこともありえるのだ。
秋人には何の能力もない。戦闘能力はおろか知識もだ。
道具屋で働くにしろ知識が足りない。
力仕事ならできるかと思ったが、今は事足りているそうだ。
一体どうすれば一人で生きることができようか。
今は縋ることでしか生きていけないのか。
アリアやニックに頼み込んで解決策を出してもらおうと考えたとき、アリアが口を開いた。
「……私がどうにかしよう。
上に掛け合えば騎士団へ……」
「ま、待ってくださいアリア様!
こいつは素人です、騎士団に入団できるのは実力者のみと国王が直々に仰っていたではありませんか!」
アリアの言葉を遮ったのはニックだ。
騎士団は実力者のみが入団を許されている。
秋人は戦闘において素人で、アリアもそれはわかっているはずだ。
「わかっている。
しかし入団できないのは、『実力がない者』。
実力さえあれば何の問題もないだろう?」
「た、確かにそうですが、こいつが戦闘の素人なのはアリア様も知っているでしょう!
一体何を考えているのですか!?」
ニックの声が次第に強くなっていく。
アリアが挑発的な事を言ったのもあるが、焦りのようなものを秋人は感じていた。
まるで秋人が騎士団にいては困るというようにだ。
一番焦っているのは秋人本人だったりするのだが。
素人がいたら困るのは確かだが、そもそも素人は騎士団へ入団できないのだ。
何が問題なのか秋人にはわからない。
アリアが考えていることもわからない。
「……ニック、アキトと模擬戦を行え。
それでもしもアキトが勝てば、実力者とみなし騎士団へ入団。
負ければこの話は無し、ここを出て行く。
これでどうだ? もちろんハンデはなしだ」
一瞬、秋人の思考が完全に停止した。
信じられない言葉を聞いたからなのか、むしろ聞かなかったことにしたいからなのかわからないが、確かに止まった。
それはニックも同じようで、言葉が出ないという様子。
秋人がニックと戦えば、多分、普通に負ける。
もしかすれば、死ぬ。
「今の状態では勝ち目がないから、一ヶ月間、私がアキトに稽古をつけよう。
それで勝てるかわからないが、どうだアキト、ニック?」
両者に目配せするアリア。
なるほど、とは一瞬だけ思ったがそれでも素直にYESとは言えない。
秋人が返事を返せずにいると、ニックが頷いた。
アリアはそれでいいという様子で微笑む。
「正直、いくらアリア様が稽古をつけるとはいえ一ヶ月間の間だけ。
負ける気がしませんよ」
「それに、アリア様の剣は私が傍で八年間も見ているのですから」とニックは秋人を睨む。
思わず肩を震わせたが、怖気づかず冷静に考えてみる。
戦うといっても、それは一ヶ月後。
アリアはここで誘いに乗れば、一ヶ月は衣食住を保証すると言っているのだ。
その間に生活の目処がつきそうなら、そちらにシフトすればいいし、そうでないならニックを倒して騎士団への切符を手に入れればいい。
そう言っている。そうに違いない。
騎士は命を賭ける仕事だが、正直今は生きる道筋を選んでいる暇がないのだ。
ならば返事は決まっている。
「……やります。やります!
俺、ニックさんと模擬戦、やります!」
そうか、と秋人の返事に頷いたアリアは、壁に立てかけてあった大剣を持ち秋人を外に出るように促した。
頭にはてなマークを浮かべつつ外に出ると、アリアは今日一番の笑顔でこう言った。
「よーし、では早速はじめよう
私の稽古は厳しいからな、覚悟はいいか?」
何をと言わずとも決まっている。
それが稽古であると。
それが修行であると。
アリアは純粋に秋人を鍛えて、模擬戦で勝利を飾って欲しいと考えている。
これから一ヶ月、至って普通の人間に、至って普通ではない特訓の日々が待ち受けているのだ。
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