第5話 どピンクな本業
時たま周囲に破裂的な衝撃波が走る領主の館を後にして、宿へと帰ってきた私。
時刻は夕方前だし今日は平日だしで、食堂兼用のロビーには誰もいなかった。まあ、奥の厨房で晩御飯の仕込みの音が聞こえるくらい。なので「帰ったよー」と一声かけて自室へと戻ろうとしたのだが、その声を拾った宿の女将さんから言伝があると呼び止められた。
「シノブちゃん、サッシャちゃんから伝言だよ。帰ったら『メレド大浴場』においで、だってさ」
「大浴場? えー、じゃあユウキもう帰ってきたの?」
「じゃないのかい。何ともまあ歴代勇者でも群を抜く英雄っぷりってやつだね。ケラケラケラ」
まあ、笑い事じゃ無いけど赤の他人には笑い事かも?
勇者ユウキ。地球での名前は
まさか同じ異世界に転生していたなんて、だったよ。しかも転生したのは私の方が遥かに後なのに、こちらで生まれたのはユウキよりも十年以上も前になる。
もしバカ正直にユウキが本名を名乗ってなかったら絶対気づかない奇蹟ってやつだよ。
ま、生憎ユウキは私の事は覚えてないようだけど。
というか、見た目からして変わったもんなあ。どっちかと言うとポチャってたもんなあ、私。それがこの世界じゃどんなに暴食しても痩せたまんまのハーフエルフだ。目立つ要素が中途半端に長い耳だけならまだしも、よく見れば髪や肌は一般的な赤みよりも緑色といった色彩が強い。どうも普通の人族には“白い”としか見えないようだけどね。
でもそこらが印象をガラっと変えてて、昔の私に関連づけて観る意識すら持てないのだと思う。
そんな鈍感ユウキだけど、まあ贔屓目でみたら他にも理由はあるかなあ。なんせ、とにかくユウキの周りには女が多いし。
ユウキには〈種馬王子〉なんて二つ名があるように、人里のある所じゃあ毎日のように女を抱く宿命がある。
いやもう呪いのレベルかも?
なんか転生の時の契約で、勇者としてあるための条件にそんなフザケた決まりが与えられたんだとか。まあ聞いて気分がいいわけじゃないんで良く聞いてないけど。
なので、本当ならばエラン帝国の王子枠で下手な相手に子孫繁栄するわけにも行かない血筋のくせに、毎日毎日獣の如く腰を振って、手当たり次第に種を蒔いてるわけよ。
そんな状態だから、パーティーメンバーが私含めて女なのも仕事の間の禁欲状況を少しでも緩和するためだったりする。
そして拠点としてるエンダークの町では、私達の代わりに教会がユウキの下関係の世話を焼いてんだよね。
教会といっても、私達が祈りを捧げる一般的な教会じやあ無い。ユウキの資質に対処するため、王家が出資して新設された、まあ、ユウキ専用の娼館みたいな場所だったりする。
ただし相手する女はどれも貴族系の女。正真正銘のお姫様達。将来、ユウキの正妻や側室になる予定の娘達をシスターとして集めた修道院。
というか後宮の出張所かな。まあ、外聞悪いんで修道院に偽装してるんだけど、既に色々とバレバレだったりする。
もともと最初からユウキのお相手で集まった女達なので、ある意味そっち系の欲求はユウキと同列で強い方々だそうだ。なので仕事で間を空けるユウキが帰還すると、盛った……、もとい飢えた野獣の如くユウキを欲して何日もの間かユウキは教会に籠もるのが普通だった。
それが大体四日間くらい。昨日は町へ帰った足で教会に行ったユウキだから、まだお勤めのノルマで何日もあると思ってたんだよ。まさか一晩で帰ってくるとはねえ。
「んー、まだ腰がダルいから勘弁してほしいなあ」
「ま、叶わない願いってやつだよ」
「だよねー。じゃ女将さん、出来れば今晩は濃いめのスープかシチューでヨロシク」
「はいよ。別料金だけどね」
「はーぁい」
呼び出し場所が公衆浴場であるメレド大浴場ってことは、つまりは裸で語らう意味なわけで、同時に冒険者ギルド虹の薔薇亭に出禁なユウキを相手にする定番の場所でもあったりする。
女将さんに特別メニューを注文したのは、どうにも今夜は胃が働かなくなりそうなくらいハードになる予感がしたから。
だって私の用事はいつ帰るとも言わなかった物だったのに、それに対してサッシャが伝言残すくらいなんだからね。あの二人で手に負えないなんて、潜伏行動でユウキが二日間禁欲した時くらいの危険度だよ。
むしろ、食欲が残っていたら御の字かなあ。
部屋に戻って奴隷の衣装から冒険者の衣装へと着替えながら考える。ボロ布マントを取れば残る装備は首輪のみなので脱ぐのは簡単。そして精霊魔法の〈スピリットフェイス〉を発動。途端、私の身体は実体を失って透明化。首輪がゴトンと床に落ちて私の奴隷的制限は解除された。
これは本来あっちゃならない状態。だって首輪には魔法の使用を封じる効果だってあるんだからね。
でも領主に飼われる状況で、諜報やら暗殺やらのお仕事には不便極まりないわけでもある。なのでこの首輪、枷としての機能はフェイクの真っ赤な偽物だったりするのね。ワザトらしく光ってる封魔の紋とかも見た目だけ。正に職権乱用のキワモノ装備だったりなのよ。
「着脱に一々魔法使わないとなのが面倒だけどなー」
首にピッタリ合わせて溶接仕様な作りだから、輪の形から変える事が出来ない。なので外すのはこうして簡単だけど、着ける時は輪に首の位置を合わせてから再実体化するしかないのよね。
あー面倒。
一応大量殺人の前科持ちだからなー。街中の目立つとこじゃ着けてないとなのが特に面倒。
だから普段は偽装の魔法を使って、首輪をしているような幻を被っている。今回、領主のとこに行くのに“正装”したのは偽装関係の魔法を探知される防御魔法が当然のように巡らされてるから。
更に付け加えると、相手が領主とその側近だけならともかく、下手に下っ端までに知られたら不味いという理由があるから。
まあ、色々と大人の事情があるわけよ。
ともかく、見た目を奴隷仕様の冒険者風にして部屋を出る。まあ、基本革防具装備の軽戦士か盗賊って感じね。
「て言うか、まあお風呂場でまた脱ぐわけだけど」
待ち合わせ場所は大浴場。中じゃ当然裸ですから。
メレド大浴場はエンダークでも大きめの公衆浴場で、確か二十近い湯殿を持つ巨大施設だ。地球でいうスーパー銭湯か、ローマ式浴場と言っていい。お風呂場を中心としての総合娯楽施設でもり、食事や簡単なスポーツ設備なんかもあったりする。
まあ地元民の憩いの場だ。
湯殿は基本的に混浴。入浴にはトーガ風の湯着をバスタオルで身体を巻く感じに着て入るが、気にしなければ真っ裸大開放でも構わない。更に言うなら互いに気安くなるための裸の付き合い専用設備も整ってたりもする。
勿論、異性同士という意味でだよ。
勇者ユウキは、そんな個室ではあるけれど遮音性は皆無の一室でド派手に女二人を鳴かせてた。喧しい音色の主は当然シャルロットとサッシャである。
「……どうせ一晩中頑張ってたんだろうに、何でこうも元気なんだろうね?」
パンパンパンパン、どこの肉打ち合わせて拍手してんだかの効果音もよく響く。
このボディパーカッション付きでゴスペラってる有り様に周囲の皆さんはドン引き……一歩手前な感じでいたりする。
まあ、完全に引かれないのは、こんな状況も日常の一部くらいに認知されちゃってるからなんだけどね。
「「おおおおおおーーーーっ♪ おうっふう」」
獣の雄叫びに激似な、それでいて綺麗なユニゾンが轟いて後にシンっと静まる。まったく、ここは純真無垢な少年少女も来る憩いの大浴場なんだから、せめて夜中にやれや。な感じなんだけどなあ。
「相変わらず勇者様はお元気ですねえ」
「はあ、まあ何時も何時も騒がしくしてスイマセン」
「いえいえ、他のお客様には『元気を貰える』と喜ばれるので、いっそ舞台でも作ろうかと店主が……」
「そこは全力で止めてくださいね!」
何が楽しくて公開露出なんかするか! さすがにユウキだってせんわい! じゃなきゃこんな個室に籠もる必要すらないんだからさ!
この現状は当人にも教えないと危険だ。というか仲間扱いの私まで巻き込まれるのは絶対避ける。
ユウキの個室まで案内してくれた番台のお兄さんに礼をして、目隠しと扉代わりのカーテンを潜って中へ。今朝は元気いっぱいだったシャルロットとサッシャが返事も出来ない屍同然に転がっていた。観るだけで不愉快になる人外サイズのおっぱいが激しく上下してるから息はあるようだけど。
けっ、そのままホントに屍になればいいのに!
「お、シノブ。ちょうど良かったあ♪ シャルが八連戦でダウンしちゃったんで物足りなかったんだあ♪ さあ、こっちにお尻向「〈ウォーターケージ・10アトン〉」っグボっゴブブブオ!」
精霊魔法〈ウォーターケージ〉は、一辺が最大1m四方の水の立方体を作る魔法だ。元々は日常生活の助けとして開発された水を出す属性魔法、〈ウォーター〉を精霊魔法でアレンジした私オリジナルの魔法で、使った時の見た目の変化も大事と基本の球体から四角へと変更している。
機能面での変更は、出した水は受け皿で受けないと地面に流れてしまうって部分を空間に固定出来るようにしたところ。属性魔法でこれをやろうとすると維持する時間だけMPを継続して消費するんだけど、精霊魔法なら必要無いんで効率がいい。放っておいても一時間は保つかな。消そうと思えばすぐ消えるとこも便利だったりする。
で、主な使い道はほぼこれ一本。
ユウキの頭に被せて作り、窒息させての無力化ってやつね。
「ごぶべぐばぁっ!」
肺の中まで充填できたか、断末魔の気泡を出してバッタリ倒れるユウキ。普通、人間ならこれで死ねるんだけどなあ。さすが勇者というか、魔法を解除すれば四~五分で復活するから油断ならない。
ちなみにこの魔法。元が生活の知恵だからね。効果は凶悪だけど簡単に対策も取れたりする。要は飲み水なので、飲み干されたら消えちゃうのよ。まあ、こっちもユウキが息継ぎするタイミングを狙ってかけるから、そう簡単には対処させないんだけどね。
「で、シャルロット。なんでユウキが猛ってんのよ?」
「うう、シノブ容赦無いよ。まずヒールくれヒール」
あー、回復役のサッシャが潰れてるから自前の耐久性と自己再生で頑張ったんだね。
取りあえず、回復セットの精霊魔法版をひととおり二人にかけて情報の共有と。
ということで知った状況は、なんとまあ、本来ならユウキの相手役のご令嬢様たち、軒並み代替わりとなっていたらしい。
この代替わりというのは、ユウキの正妻、もしくは側室となる資質が無いご令嬢を文字通り交換する。という意味だったりする。
ユウキが勇者として生きる上では、常時夜のケダモノ状態という特異体質がある。分刻みの種まきなのでそれが全て命中するとなると、正直いまの時点でも後継者なんか軽く三桁に行くだろう。状況によっては王家の分裂滅亡必至の体質だよ。いくら勇者でもそれは致命的、だからか、女の側にもユウキの相手をして身ごもれる資格というものが存在するのだ。その資格の無い女とは、どんだけ頑張っても妊娠には至らないのね。で、命中率がどれほどなのかは知らないけど、約一年のあいだに妊娠できなかったお嬢様は、お役御免ということで実家へ帰されるわけよ。で、別のお貴族様の娘が交代要員として補充されるのだ。
今回、その交代時期にぶつかったよう。ホントならフルで五~六十人いるだろうな状態が、ほんの一桁まで減ってたので昨夜のうちにノルマ達成してしまったのだ。
「なるほど。さすがに十分の一の人数じゃユウキの相手は荷が重いよねえ。というか今回もハズレばっかだったんだ」
「うー……。しかも次の補充要員はとうとう犯罪レベルらしいよー」
あー……。
いくらお家存続に熱心で一夫多妻な貴族社会とはいえ、たった一人の当主から生まれる子供。しかも娘限定でとなるとその数は限られる。
既に四回は世代交代されてるそうで、そろそろ貴族達の娘もタネ切れとなってきたらしい。
ダメ元で送り出されたご令嬢の中には年齢一桁もチラホラ。普通の貴族同士なら婚姻契約だけという意味でセーフなんだけど、ユウキの相手となると実践が伴わなければならないわけで。
そこはユウキも、さすがに手は出してないのだそうだ。で、前回からその手の対象となるご令嬢が出始めてて、現状の居残りの中の中にも含まれてたりする。要は未使用なので返還される理由がないってだけね。ということは、昨日の相手は十分の一どころか二十分の一の人数という可能性もあったのね。そりゃユウキが治まらないのも納得だ。
「だもんだからさ、シノブが出かけてからすぐに、男子禁制出禁のギルドまで飛び込んできたのさー。さすがに追い出せなくて、今まで頑張ってたわけ。力及ばずだったけど」
んー、今まではユウキ相手のお嬢様達を、貴族の権力への強欲道具くらいに考えてたけど、こんな弊害を未然に防いでくれてたと実感した途端に親近感の対象に変わった。
特に、ここに来た以上私もすぐシャルロット達と変わんない状況になるし、それを条件に今の境遇なんだから逃げれない。達観はしてるけど、迫る恐怖は消えないもんだよ。
ああ、
「これを機に少しは禁欲の習慣でも覚えればいいのに……。ほら欲求不満状態だと強さ三割り増しだったし」
「代わりに勇者じゃなくて『狂戦士』化するからなー」
「本家狂戦士に言われる勇者って」
「ていうかサッシャがいまだに起きない。マジに死んだ?」
「いや単に死んだ振り」
「やや、バラさんといてよ」
「いやよ。だってそれでユウキから逃れような態度バリバリだし」
「今度は三対一だー。……多少は……長続きするか?」
「シャルロットにして倒せると言わないとか、どんだけよユウキ」
「フッフッフッ、フン! ゴメンよ愛しの仲間達。今日のオレは止まれない。多分後二日くらい余裕で止まれない」
そう、もうユウキは復活してる。もうしっかり私の肩とか掴んで逃げれない上に慣れた手つきで準備運動までしてくれてる。
できた対応なんてサッシャをリリーフじゃなくてスタメンに据えたくらいだ。
というかぶっつけ二日は勘弁してください。
「じゃあ、頑張って愛し合っおーっかーっ!」
「「「ぎゃーーー!!! っあ♡」」」
結局、農場とかの問題は三日放置となっちゃったよ。
勇畜 シノブさん がーりっくさーでぃんおいりぃ @hatomugipam
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