第4話 寵愛がイタい

「いやあスマンスマン。マジ久しぶりで暴発した!」


 ……えーと。

 ……つまり、こういう事らしい。


 領主には正妻と側室合わせて8人の息子がいる。上5人はもう成人済みで、この領や王都で騎士、または従士として活躍している。

 下3人も上の兄弟と同じように毎日鍛錬を頑張っているそうだ。


 領主にとって子供と接する事とは剣を打ち合わせて切磋琢磨し猛り合う事。それが極普通の日常だったらしい。


 ところが、そこに私が交じる事となって、領主の心象に大きな変化が起きた。

 何か手に入れた私を、やたら可愛がり始めたのね。


 私自身、当時は息子さん達に負けないくらい野蛮だったと思うんだけど、どうも男と女じゃ何処かが違うらしい。

 

 今にしてみれば、本来の御仕事とは関係無いような時まで色々な場所に連れ回されたりした記憶がある。

 あの頃はまあ、領主の護衛なんかなーって思ってたけど、要は単に近くに置いとこうって意味だったんだねえ……。


 ……あ、いや待て。


 私、領主にくっついて結構人に言えないような場所とか行ってたぞ。

 あれ今思うと、絶対極秘扱いの秘密施設とかじゃないの?

 『絶対押しちゃイケナイゾ☆』なんて軽い感じで言われた“ドクロマークのボタン”。マジで押したらどうなってたんだろう……。


 で、私は知らずの内に領主を籠絡してた事になるんだけど、その領主からあっさりサヨナラした。

 まあ、勇者相手じゃ領主も強くでらんなかったしね。


 それから1ヶ月おきくらいには領主と会ってたから気づかなかったけど、最近、ゴブリン退治前後は半年近くエンダークから離れてたから、それで領主に禁断症状が出たのだそうだ。


「ううっ、一応恩人と思ってたエーゼル様をロリコンに汚染してたとは……」


「人聞きの悪い事を言うでない。単に娘ラブに開眼しただけじゃ!」


 この世界、特にこの街じゃ、肉体労働で男に劣るから、女の子は兎に角評価が低い。一番高い評価基準が、『強い男を産めるかどうか』だからね。

 故に領主も、私と出会うまでは娘が生まれなくてラッキーみたいな気分だったらしい。

 今は私がそれを180度ひっくり返したんだけど。


 まあ、触れると危険みたいな頑固ジジイが、孫ができたとたん好々爺にクラスチェンジするのと同じだろう。

 経験は無いけど良く聞くテンプレだし。


「うん。まあ。これからはちょくちょく会いにきますから。とにかく本題にしましょうよ」


「おお、そうだったな。といっても農場の契約自体は完了した。もう現時点で農場の権利はシノの物……、では無く、勇者ユウキの所有物となっている」


「うんうん。了解です」


 私は奴隷だからね、身に着ける物、武器とか防具とかは個人所有できるけど固定資産の類は持つ事を許されない。

 だから領主が色々強権を発揮して私の持ち主であるユウキに貸す形に収めてくれたのね。


 でもぶっちゃけ、農地も農場もユウキ自身は何にも知りません。


「賃貸税は現金と物納、兼用の扱いとするが、違いは知っておるの?」


「うん。現金なら年固定で金貨3枚と前年の作物の総納品価格の1割。物納なら秋か春の収穫時の4割を時価で。だよね」


「物納の場合は両方の収穫時で分割もできる。まあ天候次第の面もあるからの。最大5年は減納処置もある。しかしそれ以上となると、2年過ぎたら権利没収じゃ。まあその心配も無かろうがの」


「そんくらいならまだ余裕あるかな。じゃ5年分、先払いしとくね」


 金貨15枚分、ギルドカードから差っ引いてもらう。


「さて、では本題の面倒事じゃ。もう知っとるだろうが、農地には今住んでおる子等がおる。現状、あの農地では大麦と小麦が半々。後は乳牛10頭、雑鶏が32を擁しとる。が、面積で言えば見込みの4割にもなっとらん。しかもそれを維持しきれずに年々減少しとる」


「つまり、私が雇う形での継続がキツイのね」


「じゃな。4姉妹で上から12歳、9歳、6歳の双子となるが、まあ労働力に使えるのも上2人だけじゃしのう」


 実は産まれたのは年子で、もっと子供は居たそうだ。でもまあ、この世界じゃ子供はよく死ぬ。

 特に男の子は小さい頃は生物的に弱い性質がある。この姉妹の処も無くなったのは息子さんばかりだったようだ。


「なんか特殊な風土病でもあんのかしら?」


「何じゃ、“ふうどびょう”とは?」


 気にしたものの、私は領主に答えれるような知識は持っていない。取り敢えず大まかで漠然とした説明しかできなかったけど、一応は納得してくれたようだ。

 そして、そう特殊な病気がある話は無いと言われた。

 一安心一安心。


「ところで領主様。質問なんだけど?」


 私が農地を得てやりたい事。それは別に自給自足の手段じゃない。土地を使ってでしかできない実験である。私は直接現金収入を得られる立場だからね、納税面は問題ないし。

 なので、農地の使用する方向を話して、それが姉妹で回せるかの考察をしてもらう。


「ふむ……。“害敵”対策に不安があるが、それならば子供でも対応できるかの」


「そっちの対策は考えてるのがあるの。問題は……、その子達が専門技能を覚えられるかどうか、かなあ」


 私の計画だと、広い農地を走り回る毎日にはならないだろうが、それなりの力仕事と匠レベルの専門技能を習得する事が前提となる。

 おそらく数字を数えるのも苦労する無学な子供に、それが覚えれる素養があるかは、はっきり行って未知数だ。


 もしダメだったら、可哀想だけど農場は任せられない。良くて私が送り込む人間の下働きか、それもダメなら出て行ってもらうしかないだろう。

 まあそれも今は可能性、ってだけの話だけど。


「じゃ、それでお終いかな?」


「いやもう一つ。いや二つか。もっと厄介な事がある」


 え、なにそれ。というか、急に沈んだ領主の声が気になるよ。


「実はの、シノの農場の話が“クロヴィス”に知れた……」


「うげっ!?」


「すでに彼奴、農地に隣接する形で新しい警邏所を建てておる」


「うあうぅあうあうっ」


「そしてクロヴィスが知ったという事は、当然フロラとミーファにも知れておる」


「ひぃああああっ」


「館から農場に至る最短街路の舗装も始まっておってな、馬車で乗り込む気まんまんじゃわい」


 〈クロヴィス〉というのは、領主の5男の名だ。

 現在エンダークの内郭警ら長。町の中を巡回警備する衛視の責任者をしている。成人直後から衛視一筋、今年で19歳ながら4年もの間大きな事件を未然に防ぎ続けている実力者だ。


 典型的な金髪碧眼美少年……いや美青年であり、街の女のアイドルでもある。


 本当の正義感は持ってるけど、同時に領主の息子であるからそこそこ黒い部分もある。しかしそれを一切他人に勘ぐらせない社交性を持っているので、ある意味将来有望な領主の跡取り候補だろう。


 だけど何故かコイツ。私に変に執着してんのよね。

 まだアイツが14歳の頃。私が領主付きの奴隷になって1ヶ月くらいしての初対面で、いきなり『この子を僕にください!』と宣ってくれた。

 当時の私は暴力専門の生きた凶器だ。奴隷としての魔法的縛りも、充てがわれる仕事の都合で曖昧な条件付けだったし、当然、アイツ自身の安全のためにその願いは領主に断られた。


 それでもまあ、事ある毎に同じ事を言い続けて、埒が明かないと分かると私自身にまで説得し始める始末。

 所有者の息子じゃ私には到底強くでれる相手じゃないからね、結局領主に縋る形で逃げるしかなかった。

 ……今にしてみれば、あの頃からか? 妙に領主の扱いが過剰に甲斐甲斐しくなったのって。


 勇者パーティー生活になってクロヴィスとの接点も激減したんだけど、それでも街中で会う確立は異様ともいう程高い。

 まあ、アイツのお陰で隠密系の技能がめっちゃ上がったのは助かったけど、未だに近くには居てほしくない奴、筆頭だ。


 で、フロラ様とミーファ様は、共に領主の奥様だ。

 フロラ様が正妻でミーファ様は第五側室。そしてミーファ様はクロヴィスの実母でもある。


 御二人の印象は、まあ、真逆だね。フロラ様は領主以上に私を異様に可愛がる。今思えば今日の領主と全く同じ態度だ。

 娘代わりかペット扱いかは判らないけど、オッサンとオバサマでは受ける印象も違うからね、貴重なお菓子とか貰えたし、今でも大好きな人よ。

 ただ、マジで一日着せ替え人形は勘弁だけど。


 で、ミーシャ様は私を毛嫌いしている。

 理由はまあ、クロヴィスだよね。アイツが私に執着してるのが気に入らないから、とにかく私を遠ざけたいのよ。

 幸い、毒殺やら暗殺とかの実力行使はされないんだけど、下手に出遭うと逃げらんない状態で嫌みと御説教の口撃コンボをくらってしまう。


 実のところ、精霊使い系の技能アップはミーファ様のお陰とも言える。

 あの人自身、かなり高位の精霊使いなのよねえ。その彼女から逃れるには、私自身も技能を鍛えるしかなかったという……究極の反面教師というか反面師匠というか……。


 私が技能の向上をしてるのに気づいてからなんて、『さっさと寄生生活しないで済むよう、自活能力を得てワタクシの前から消えなさい!』なんてほざかれて無理やり精霊使いのスパルタ指導までされたしさ……。


 奴隷なんだから逃げるの無理だっていうのに聞いてくんないしさあ!


「……じゃ……、じゃあ、今後、農場にクロヴィスが来て、それを追ってミーファ様が怒鳴り込んで来るコンボとか?」


「クロヴィスに掴まってる間にフロラが乱入するコンボもあるじゃろうな、アレも最近、シノ成分が枯渇して餓えとるからのう。まあ定住場所が知られればこうなる事も分かっておったし……アキラメロ」


 “シノ成分”って何よ?

 私はいったい、何を周囲にばらまいてるっていうのよ?


 因みに、私が定住してる冒険者の宿〈虹の薔薇亭〉も当然知られている。

 だけどあの場所は街の中でも治外法権といっていい。

 如何に領主の関係者とはいえ、独善を行使できる場所ではないのね。

 ああ、なんて身近な安全地帯。


 ……あっ。


「じゃ農地をギルド管轄にっ──」


「領地をホイホイ別勢力に貸与はできん」


「……デスヨネー」


 ん。というかマサカ?


「領主様、じゃ、この話を此処でしたのってモシカシテ?」


「じゃの。今頃、上の方ではクロヴィスが走りまわっとるじゃろう。しかも最近、末のミケロにシノの美談を語りまくって洗脳しとる。ミケロは別の意味でクロヴィス以上の難敵じゃ。帰りはくれぐれも、見つからんようにの」


「う……うわぁ……」


 末の御子息ミケロ様。今年で10歳だっけ?

 実母は違うけどクロヴィスと良く似た美少年だ。確か幼少時から『伝説の勇者』の物語が大好きで、領主にも寝物語をよく強請っていた。

 で、どうやら私が勇者の一員になった事を美化補正500%くらいかけて話したらしいクロヴィスバカのお陰で、何時も私を待ちわびてる御様子なのだそうだ。


 下手に出遭えばどうなるやら……。


 結局、指令室の監視機能をフルに使ってもらい、ギリギリ2人に見つかる事なく館から逃亡できた。


 ていうか、陽動してもらってやっとな状況だったんだけど。


 派手に警報とか鳴ってたけど、一体どんな陽動してくれたんだか……。




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