第3話 領主様に会おう

 エンダークの町を治める領主〈エーゼル伯爵〉は、元々はエラン帝国の中でもトップ近くに位置する軍人さんの家系だと聞いている。

 元々この辺りは万年群雄割拠しそうな程の小国が犇めひしめいている地域だ。そこを長年の間、エンダーク一族のみの戦力で保持し続けていたのだから、武力と知力に秀でていなければ生きていれなかったなど、容易に想像できるわけよ。


 何時の頃に辺境伯という貴族位を貰ったのかは知らない。ただ何でも、エンダーク領主は何代にも渡って貴族位に入るのを拒んでいた歴史が有るそうだ。実は未だに断り続けてて、本当は帝王に傅くのみの“近衛騎士”に留まっていたりする、なんて噂も語られてるからね。


 実際、このエンダークの町は帝都の“飛び地”的な扱いとなっているのだそうだ。

 そして現領主は領地の統括はしているけれど、町自体の管理に限ってはエラン帝王の代官役として、この土地に常駐する役人的な立場なのだ、……という話。


 それを始めて聞いたのは、私が冒険者になって町の歴史を講釈された時。その時は『何だそりゃ』と驚いた。

 でも帝国が発行してる地図を見せられて、非公式の補足も聞いたら納得した。


 要はこの街は、本当の意味で帝都の飛び地。

 いや、もう1つの帝都として存在するのが目的なのである。

 ……でもまあ、今は関係無い話だからどうでもいいか。


 あ、いやちょっとは関係ある。


 つまりここの領主ってのはね、普通に権力を振りかざす貴族的な支配者とは別物として考えないとダメなのよ。

 そのひとつが“居場所”。


 先ず町の住人が知るだけで領主の拠点が3箇所有る。

 『城』と『砦』と『館』。何時、何処に居るかはまあ、住人には全然判らない。それは領主の安全性を高める為の、何代にも渡って続く風習。


 戦時中なら兎も角。もう半世紀近く戦争も無いというのに、領主の行動は全く変わらないのだそうよ……。


 ま、でも今回は館に来いと指示もあるので楽でいい。


 前に1回、勝手の解らない新米の衛視伝いで連絡を貰ったはいいけど、何処に行けばいいか判らないなんて目に合った事がある。


 城は街の中心。館は西の城壁の端。そして砦は南の、しかも街を出て半日歩く先にある。ハッキリ言ってそれぞれの距離はとっても遠い。

 新米に問いただしても結果は変わらないわけで、近場の城から虱潰しに廻ろうのつもりで最初からビンゴだった時はマジに安堵した。


 領主には『運が良かったな』と呆れられたけど、本当だよ。


 実は、領主から直に知らされてる秘密とか極秘とか究極のとか加えると、軽く二桁あるからね。拠点の数。


 で、というわけで『館』だ。


 この拠点は表向き領主の生家となっている。

 六棟の建物が結合する形の集合邸宅で、正妻と5人の側室がそれぞれの一棟毎に分かれて暮している。六世帯住宅とでも呼べばいいのかな?

 でも私に言わせれば、此処は“館”とか“六世帯住宅”なんて大人しい呼び方が出来る物じゃない。ぶっちゃけ見事な要塞だよ。


 館の作りは〈ペリスタイル〉や〈四合院〉と称される、中央には広い中庭を備え、庭の四方を防壁のように頑丈な居住建築物で囲う建築様式だ。

 一般の建物と同様に町の統一デザインを採用していて、赤と白のコントラストが美しい4階建ての大邸宅。でもその華美な外見とは裏腹に、万が一の時には簡単の長期籠城できる機能をもってんのよね。


 今は中庭も自然公園的な長閑なデザインだけど、植樹されてるのは大半が果樹だし生えてる草には薬効高い薬草類が多い。芝生の地面は田畑転用が楽そうな区割りだし地下水利用の噴水から溢れる水は飲料にも充分使える。


 外から観ると気づき難いけど、外路に面する一階の窓は全て廊下に繋がるようになっている。しかもそこから一階の各部屋には直接移動できない。廊下は大人数が移動するには狭い状態で、一度、控の間という行き止まりの閉鎖空間に出るしかないのだ。


 要は廊下自体が侵入者用の罠なのだ。有事の際、そこに至った者がどうなるかなんて、解りきった結末である。

 事実上、この館は正門と裏門以外からは、どの室内へも行けない構造なのよ。


 目立つ3箇所の拠点のうちじゃあ、なまじ武威を示してない分、本当に凶悪な拠点とも言える場所だ。

 ま、そんだけ領主にとって重要な人達が住んでるって事でもあるんだけどね。


「冒険者シノブ……、〈幻猫シノブ〉か!?」


「身分証がソレしかありませんので。でも今日は単なる“勇者の従僕”です」


 館の裏門を守る門番に冒険者カードを見せて自分の来訪を告げる。

 領主に呼ばれてはいるが、私の身分じゃ表からは絶対入れない。というか入れと言われても絶対断る。


「従僕の証は?」


 ああ、そっか。この恰好に拘ったくせに忘れてた。世間様ではこの“証”の方が冒険者の身分保証よりも重要度が高かったのよね。


「証なら此処に」


 今の私の恰好は、頭の天辺かに地面に裾を引き摺るまでの、全身をすっぽりと覆うフード付きのロングマント。

 素材は明るめの緋色に染めた棕櫚しゅろに似た感じの荒い木繊維。まあ見た目は太めに紡いだ麻の生地に思えるだろう。

 もしくは農産物を詰め込む“頭陀袋”。つまり粗末な感じって事。


 この門番には“幻猫”の二つ名を知られてるんだから顔も知られてるんだろうけど、フードは目深に被ったまま首元のみ見えるように少し開ける。

 そして私の細い首に嵌まる鈍い金属の光沢を持つ無骨で分厚い金属の首輪を晒してあげる。

 首輪の表面にグルリと彫り込まれた呪縛の紋様は魔法の効果が活性化してますよと言うようにボンヤリと光っているし、首輪正面には私の所有者である勇者の『勇』の字が日本語で、でもこの国の人達には単なるシンボルくらいの意味で刻まれている。


 これが勇者への忠誠を示す従僕の証にして、エンダークの町に害を成す行為を制限する機能付きの、奴隷の証だ。


「確認した。裏口を入れば案内の衛視がいる。そいつに付いて行け」


「はい、わかりました」


 私の公の立場は2つある。『王都公認の勇者パーティーの一員』と『エンダーク領の犯罪奴隷』というものだ。


 立場を得た経緯は奴隷になってからパーティー参加な感じなんだけど、まあ今はあんまり関係無いから触りだけ。


 犯罪奴隷というのは文字どおり、犯罪の罰として奴隷になった者を言う。

 でも犯罪といっても上は大虐殺から下はちょっとしたスリとかまでを含む広い言葉だ。なので、奴隷に落とされるくらいの犯罪となると最低ランクで殺人から、となる。


 私の場合、エンダークに来た当初の、まだ刑法のよくわからない時のイザコザで8人ばかり殺っちゃった罰で奴隷にされてしまったのだ。


 殺った連中の殆どはエンダークで地下活動してた別の国の工作員だったんだけどね。

 でも衛視が2人、極秘で連中に潜入捜査しててね。そいつ等も巻き添えで殺したのが不味かったらしい。場所も結構人目につく処だったしなあ。まあ速攻で死罪にされなかっただけ幸運なんだと諦めた。


 ま、それは置いといて。


 この首輪は、そんな物騒な犯罪者に反抗させない魔法が組み込まれた代物なのだ。罪を購うまでは首輪に繋がれ、犯した損害を補填するまで馬車馬の如く働け。という印なわけよ。


 最も、殺人の罪科は基本終身刑だからね。私は一生このまんまというわけだけど。


 で、無手で無傷で何人も殺せるのは『ある意味有用だ』の領主の鶴の一声で、私は彼の道具な暮しを暫く過ごした。

 そしてその間の付き合いで、領主とはそれなりの内心を知りあう仲になったりしたのだ。


 さらに暫くの後に、私は勇者であるユウキの持ち物となって冒険者になった。

 領主の道具生活も終了して、仕事の殆どは魔物退治に変わった。

 でもまあ、それでもたまに領主のお願いくらいは聞く関係は、今も続いてるのね。当然、逆の立場でのお願いも有る。今回なんて実に良い例だよ。


 戦争は無くなったけど、辺境な土地だから争い事は多い。頻繁に殉職する衛視の入れ替わりも多い方だろう。

 だから、この門番が冒険者としての私しか知らないのもしょうがない。

 それでも案内役の衛視の方は私の事を少しは知っていたようだ。『シノ嬢ちゃん、久しいな』と小さく挨拶してれたのがクスグッたかった。


 反面、私はこの衛視を欠片も覚えてなかったのが気不味かったけどさ。


 それにしても……、今日は物騒な仕事とは関係無い用事なんだけどさ、なんで行き先が地下の“指令室”なんだろう?

 てっきり表向きの領主の私室で農地の権利書貰って、後は面倒事の説明くらいで済むつもりだったのに。


 面倒事……、もしかして農地にトンデルナイ魔物が居ました。とかなのかなあ?

 それか伝説の魔王の地下王国への入り口がある土地だったとか?

 そんなのだったら、まず私は買わないで終わりの話だけどね。


 私が“指令室”と呼ぶ部屋は、多分中庭の地下深くに作られたシェルターのような部屋だ。通信機みたいな魔導具が沢山あってね、この部屋から一歩も出ないまま領主はいろんな指示を出してる事が多いので勝手に命名したのよ。


「エーゼル様、シノをお連れしました」


『御苦労。早う入れ』


 毎回移動ルートが変わる地下の廊下の途中、一見石組みの壁でしかない場所での衛視の報告に領主の返事が返って来る。同時に天井の一部が割れて、階段式のスロープとなって降りて来た。


 毎度思うけど、過剰な防衛設備だよねー。


 そのまま衛視先導でスロープを上がり、やっとこさ領主と面会になった。


「おおおう! シノー! 久しいのう」


 指令室の中は、まあ、印象はこの世界の時代どおりな感じだろう。

 私には華美な装飾だらけに見える壁紙や柱、調度品の類。だけど、こっちでは至って普通、むしろ大人しいデザインだそうだし。


 10畳程の広さの室内は、何となくな欧風貴族のイメージっぽい様式で統一されてて、細々とした装飾が良い目暗ましなのか、地下の圧迫感は欠片も感じられない。私的には見た目はレトロでシックなのよ。だけど内包してる機能は、私の世界の最先端を超えてたりもする。


 室内を照らす明りも光量の大きい魔導具製だから部屋のスミまで明るいし、蜜蝋灯と違うから煤や煙りで空気が汚れてもいない。私は知らない機能だけど、ちゃんと空調をする設備もついてるらしい。しかも毒ガス対策までしてあるというから驚く。


 そして壁に掛けられた大小様々な額に収められた絵画……っぽい魔導具が私的には一番凄い。

 これ、要するに監視カメラみたいな魔導具なのだ。

 街中の様子はもちろん、領内の重要な辺りの風景を絵として写してるのね。素直に映像と言えないのは、画素的なものが非常に粗いせい。でも異質や危険といった曖昧な情報を自動で検知して絵を送ってくるそうなので、監視用としては申し分無い魔導具といえる。


 普段は領主の腹心が詰めている部屋であり、昔の私が仕事の説明を受ける部屋。

 そんな、ちょっと懐かしい部屋なのだが……。


 いきなり領主の熱過ぎる抱擁を受けるってのは……初めてのような気がする。


 エーゼル様の“今日の領主姿”は大柄過ぎるタイプだ。

 身長は180cm程。で、多分体重は150kg超えてる。手足はかなり筋肉質な部分を残しているけど、それを感じさせない丸みに溢れてる。

 ほっぺやお腹は凄いね。パンパンに膨れちゃってまあ、二足歩行の河馬としか言いようのない姿だよ。


 変な言い方に聞こえるかもだけど、今代領主であるエーゼル様は外見を複数持っている。本当の姿がドレなのかは私も知らない。

 それが変装なのか、または魔法による変身なのか、もしくは純粋に影武者なのかも含めて全く、判らない。


 ブクブクの豚人間な姿は過去に何度か見ているので、エーゼル様のお気に入りなのかもしれない。


 そんな見事な肉マットレス人間に抱き上げられ……じゃなくて、もうこれ“ベアハッグ”だよね。エーゼル様の身体の中に埋まりそうなんですけど。マジ息できないし。うわーうわー!


「エーゼル様、御止めください。シノが死にます。」


「む?」


 二つ名持ちの冒険者と呼ばれてましたが、不肖、シノブ。不意打ちにより肥満デブのに埋もれて“ちぬ”ようです。


 いや本当は窒息で爪先がピクピクと痙攣する私を、衛視さんが必死に蘇生処置してくれて助かったけどね。




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