第2話 本分はこちら?

 ここは〈エンダーク〉と呼ばれる町。

 建築物の大半が赤みの強い焼き煉瓦と純白の漆喰で揃えられた私の感性じゃ“美しい”としか表現のしようのないくらい綺麗な街。


 ラファル大陸の北西に広がる〈エラン帝国〉の国境南端に位置する街で、帝国から南に点在する小国群との交易中継点として、そこそこ潤っている貿易都市として有名だ。


 もうひとつ有名な部分として、この街は帝国や周辺国を股にかけて活動する非政府系集団〈冒険者ギルド〉の西部支部が置かれている。というものがある。


 この冒険者ギルドは、元々国境という常時キナ臭い場所で仕事を請け負っていた傭兵集団から変化したものだ。

 ここ40年程は戦争らしい戦争も起きない平和な時が続いたらしいのだが、それは逆に傭兵にとって仕事が無いという事となる。で野盗の集団に転職しかけたところを、後のギルド創設者となる傭兵隊のリーダーが力尽くで纏めあげ、現在に至る雛型的な形態としたそうだ。


 でも最初の頃は、いい言葉で言えば『自警団』。実も蓋も無い言い方ならば『地元ヤクザ』。そんな感じだったらしい。

 当然町の衛視とはぶつかり合う空気満載だった。


 だが幸い、程無く戦争の代わりの、別の争いが生まれた。

 戦争が無くなって環境が落ち着いた事で人口も増える。そして生きて食べて暮すために周囲の開拓が始まれば、自然環境に暮す凶暴な野獣や魔物が住処を追われて“敵”として現れる。


 傭兵から冒険者へとなった荒くれ者は、それ等と戦い、報酬を得て生きれるようになったのである。

 そして同じような経緯を経て似たような集団となった連中は大陸各地に居た。

 やがて相互互助的な付き合いが確立し、ひとつの組織となり、現在では小国程度になら武力対抗できるくらいの巨大組織と化したのだそうだ。


 で、私こと〈シノブ〉は西支部を構成するギルド支部のひとつ。〈虹の薔薇亭〉を定宿にして暮している。


 自分のオタクな記憶だと、冒険者ギルドってのは単に仕事を斡旋する窓口くらいの役割で、冒険者自身は衣食住の全てを自分でヤリクリする住所不定の派遣組合登録会員な感じだった。

 だがこの世界の冒険者ギルドは全然違う。特に福利厚生な面とか。


 先ず宿と名乗ってはいるが、基本、環境は社宅か寮に近いのだ。

 此処を拠点に定期的にギルドの仕事を受け、無いに等しい難易度のクエストを一定数を完遂させれば、ギルドに所属出来るノルマはこなせる。

 完了できないのは単なる怠け者。または子供にも劣る脆弱者だろう。


 しかも虹の薔薇亭は独身女子寮的な存在なので、気分的にも安らげる仕様だ。

 ぶっちゃけ、この街に定住する町人よりも待遇は絶対良い。


 なんせ、前回のゴブリン退治という最低ランクの討伐依頼でさえ、贅沢しなければ半年は寝て暮せる報酬だったのだ。


 この辺りは冒険者には天国のような世界なのよホント。


「っても、前回の報酬、ちょっと景気良すぎな気もしたなあ?」


 特に天国具合を実感出来る場所、食堂で注文舌御飯を待ちながら、ふと思い出した些細な疑問を口にした。

 魔核のボーナス。それまでの経験に比べても、案外額が多かったのよね。


「あれ? シノブ、もしかして知らへん?」


「何を?」


「村娘救出の特別報酬だったんよ、アレ」


「え、もしかしてあの娘さん達、集落の大事な人とか?」


「やっぱ知らんかったか。あの子達は“これから”集落の宝になるんよ」


 私は知らなかったよ。


 ゴブリンを始めとする魔物の類は、人族にとって面倒な存在であると同時に、とっても益となる存在でもある。


 連中は魔物の証として、両目の中間に第3の目である魔眼を持っている。種族の違いはあっても魔物ならば必ず有する共通の特徴だ。

 この第3の目は別名〈魔核〉ともいい、人族の暮しに役立つ魔力使用の特別な道具のエネルギー源として使われる。


 これがまあ、お高いのよ。


 現に集落からの報酬以外にゴブリン22匹から得た魔核の別途収入は馬鹿にならない金額だった。


 ここまでは、田舎者の私も知ってる事。

 で、これからは田舎者故に知らなかった事だ。


 ゴブリン討伐依頼の時、何故集落が娘達の救出に拘ったかの理由も魔核にあったのね。

 あの娘達は孕んでいた。魔物が人族を生きたまま捕える理由は、自分達との混血を作るためなのだから当然だ。で、産まれる子も当然ゴブリンである。


 で、その混血ゴブリンが有する魔核は、無事成長すればかなりの高品質な魔核を提供してくれる予定なのだとか。


「私達が得た魔核の総額の10倍以上は確実でしょうね」


 という事らしい。


 魔物の多くはオスかメスに偏った繁殖をする。魔物自体による自立した繁殖は、この偏りのおかげでそう多くはならないのだそうだ。

 ついでにそう凶暴にもならない。


 だが魔物は自分達と似た系統の異種族と混血を作る事が可能で、この混血が俗に人族の害となる凶暴性を持った魔物となるのだそうだ。

 この特徴は異種族の血が強くなるほど大きくなり、ほぼ魔物の血統が消えかけた時の個体が、最も強く、しかも凶暴性を発揮するのだという。

 で、内包する魔核も高品質化するんだって。


 つまりあの集落は、あの地域の開拓はしているものの、近くに魔物の棲みつく場所、つまりあの廃坑洞窟を利用して生計を立ててたわけだ。

 集落の者を多少犠牲にする事で、定期的な高額収入を得る生活サイクルを持っていたわけだ。


 言わば、自分達自身を利用した魔核養殖産業ってとこかな。


 あの村娘達が偶然ゴブリンに浚われたのか、それとも意図的に生贄役になったのかは知らないけど、まあゴブリンを産むまでは大事にされるんだろうねえ。


「別にあの集落に限った事でもないんやで」


 サッシャが珍しくも無い感じでいうけど、何だかなあ。

 人族も案外強かだね。


 世の中のダークな部分に憂いていたら御飯が来た。


「ほいっ、ベリージャムの“パンケーキ”5段乗せだよ!」


「おっほーーーい♡」


「「うわぁー……」」


 まあそんな鬱気分も、美味しい物がやってくれば簡単に切り換わる。

 私だってこの世界で暮すのに慣れた今、結構強かになっているんだから。


 私はこの宿の名物“パンケーキ”を昼食代わりに食べると決めている。何故かと言うと、アイデア提供者として普通は2段で提供されるのを5段にサービスしてくれる特権があるからだ。


 元々はクレープかガレットか“もんじゃ”擬きだった緩い粉生地を極秘の粉の配合により1枚の厚みが3cmとなるまで膨らませれるレシピを提供。


 『フカフカ厚熱パンケーキを出せるのは虹の薔薇亭だけ!』


 そんなキャッチフレーズの名物を誕生させ、泊まる冒険者以外の客でも溢れる大繁盛の毎日を生み出した特権よ。

 むしろ私は規定の料金を払う事すら必要無いと思うのだが、そこはキッチリしろと仲間に言われたので支払いはしている。


 というか。

 この世界で初めて見た最初の人里として、レンガ作りの街並みやら周辺の広大な麦畑やら、私がエンダークに抱いた第一印象は欧州の街並みだった。


 明らかに小麦を主食とする文化を感じた。


 欧州料理の括りでもドイツ料理ならウィンナー程度、フランス料理なんかエスカルゴ?と聞き返す程度しか知らない。

 けど、イタ飯料理系なら既に多くは日本食的な立場を持ってるから少しは分かる。


 期待したのよ。


 パスタとかさっ!


 ところがまあ、何!? あんな膨大な麦の使い道が人畜共通の保存食的なバゲットと麦粥と酒にしか使ってないってんだから。

 ていうか、マジに食事は栄養補給な感覚だったのに驚きだったよ。

 まともな調味料が塩とハーブだけだったからね!


 ……パンケーキ用の重層用意すんだけで、どんだけ苦労したか……。


 て事で、ハーブや野菜から味の基本の『さしすせそ』を調達し~の。

 麺食を通用するように近場の人間を洗脳し~のと。

 ぶっちゃけ私の生活は冒険者稼業を副業に、主活動はこの虹の薔薇亭で食文化改革に暗躍中と言えるのだ。


「そう言えばシノブ。イグラの農場買い取りの契約、完了したって領主から報告もらってるよ」


「おおう! 女将さんそれ早く行ってよ!」


 ゴブリン退治のクエストを受ける前に、私はちょい特殊な立場と冒険者で稼いだ金額の大半を使って小さな農場のオーナー権利を買おうとしていた。


 私の立場だとイロイロ問題があって許可は下りないのが普通なんだけど、そこは領主を味覚的に買収して問題の殆どを片付けた。

 でもまあ、買えるようにはなっても売り物が無ければ買えないので、その出物待ちをしてる状況だったのである。


 イグラの農場はその名のとおりイグラという契約農夫の物だったのだが、当人は既に高齢で満足に農作業も出来ない状態だった。

 まだ幼い孫娘4人がイグラの代理として働いて維持していた。だけど、それでもギリギリの状況だったらしい。


 と、前にちょこっと聞いてたのよね。


 エンダーク領の土地は全て領主の所有物である。農夫は領主から農地を借りる事でしか所有が許されない。

 ただし、代替わりしての継続は許可される。


 でも本来イグラから継承者資格のある息子夫婦は2年前くらいに魔物の襲撃で既に他界。

 現状、孫は全員成人していないので代替わりも許可されず、もし孫の成人前にイグラが死んだら、領主預かりの没収物件となる予定だったのだそうだ。


 で孫達にとっては残念だが、先々週、イグラは老衰で亡くなった。

 イグラ当人にとっては大往生といえる、立派な生涯だった。


 で、その物件が私に回ってきたというわけ。


「でさ、手続き関係でちょっと面倒なのが残ってて“シノブ自身に押しつけるから館に来い”だってさ」


「……うわぁ……。領主様が面倒なんて言うんならマジ面倒そう」


 ちょっと小用でと行きそうにもないので、一応仲間にお伺いだ。

 これでも勇者パーティーでは一番の新人。下っ端。

 本当はサッシャとシャルロットを“御姉さま”とでも呼ぶのが普通……と前に言ったら本気で殴られたけど。


ご主人ユウキ様は教会で“お努め”やん。後3日はお籠りやから行っといで」


「うんアリガト。じゃあパンケーキの残り食べてもいいよ」


 会話の最中でも咀嚼はできる。2~3分もあれば3枚は余裕。なので残り2枚を提供。

 まあサッシャの場合、種族的ハイエルフ制限で穀類はほぼ食べれないから、ジャムだけ舐めたらシャルロットに丸投げだけどね。


 さて、領主の館へ行くとなると冒険者の恰好は不味い。この街の最高権力者の前に、表向き街とは関係無い暴力集団ギルドの構成員が立つなんて宣戦布告に等しいからだ。


 だからまあ、領主からすれば確実に“安全な物”として行くのが当然となる。

 実際はもっと危険なんだけどねえ……。


 て事で、とっとと着替えるために部屋へと戻る。


 そういえば、最近あの恰好してなかったなあ。……首とか変に凝らないといいなあ……。




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