勇畜 シノブさん

がーりっくさーでぃんおいりぃ

第1話 冒険者のお仕事風景

 人族の集落から徒歩で2時間程離れた山裾の洞窟。

 入り口の周囲には木の枝を組み合わせた簡単な柵が作られ、乾いた肉片がこびり付く大小様々な種類の頭蓋骨が飾られている。

 骨にこびり付いた肉片が発する腐臭は、洞窟近くの森林から肉食や雑食の動物を誘い出す。しかし腐臭に交じる強烈な汚臭を嗅ぎ取った途端、動物達は踵を返して木々の奥へと逃げて行った。


 汚臭の元がこの洞窟の住人達、ゴブリンと呼ばれる小鬼族のものであり、肉であれば腐っていても余さず食らう悪食の連中にとっては、動物達が餌にされる方だと知っているからである。


 ゴブリンとは、人族の子供のような体躯を腰の曲がった老人のように歪ませた、緑の肌の猿のような魔物である。

 その原猿のような姿勢や仕草は木にしがみつくには便利そうだが、大地を歩くには適していない。だが連中は木々に上る習性は持たず、寧ろ地面を這うように動く事に固執していた。

 しかもウサギのように素早く跳ね走り、手に持つ棍棒の一撃は熊の腕の振り下ろし並みという、小柄な印象からは想像しづらい怪力も有している。


 魔物の中では最下級扱いされてはいるが、一般的な人族や、昨日今日デビューした駆け出しの冒険者には充分脅威と言える存在である。


 それが、この洞窟の中には22匹居る。


 近くの集落の長老の話によると、この洞窟は大昔の金鉱の試掘らしい。

 山肌に露出した鉱脈を当てにして、自然に開いたらしい洞窟の奥を数年間掘り下げたものの、思ったより成果は出なかった。また掘り出した物を精製する設備も置けない地形と判断されて、少し掘り進められた後は放棄された。そんな廃坑だ。


 野生の生き物にはそこそこ棲みやすい環境から熊などが居着く事が多く、集落では定期的にチェックして熊ならば自分達で狩って糧に。魔物ならば冒険者に依頼して退治させるといった扱いになる場所。

 そういう風に扱って来たのだそうだ。


 私的に考えると、熊にしても魔物にしても、たかだか数十人規模で生活する集落では充分過ぎる脅威を生む場所だ。可能ならとっとと崩して埋めてしまえばいい。将来的にはその方が絶対いい。

 が、現実的には不可能なんだろうとも思う。人力で埋めるには少々過酷な規模と判断するしかないから。


 人族基準で掘られた横穴は案外大きく広い。試掘された場所は土も岩も殆ど片付けられていて、穴を埋め戻すには到底足りない。

 山肌を崩す事はできるだろうが、それも人力となると下手をすれば一緒に生き埋め騒ぎとなる。

 結局は自然の風化を待って崩れるに任せるしかない。という結論になるのであろう。


 棲み着くゴブリン等の生活風景を視ながら、私はそう判断するしかなかった。


 洞窟と坑道の入り交じる全体像は、大まかに言って四叉路だ。

 洞窟入り口から7m程進んで直径3mサイズの小広場。

 そこから更に前方方向1本。左右へ40度づつ角度をずらして放射状に伸びる坑道が1本ずつ。合計3本の別れ道なっていた。そして、どの坑道も10mも進めば行き止まり。

 そんな空間をゴブリンが集団生活の場所としている。


 小広場自体は居間か食堂。中心部で6匹のゴブリンが仕留めた動物の毛皮を剥いだり、肉を生で噛み千切ったりしている。

 壁際のアチコチには食べ残しの骨が積まれているが、常に子供のゴブリンらしいのがガリガリと齧ってもいる。やがては跡形も無く平らげるのだろう。


 奥の各坑道は雑魚寝の寝室らしい。常に2~3匹のゴブリンが鼾をかいている。行き止まりは“戦利品”置き場のようだ。私達の“第2目標”はこの行き止まり3箇所となる。


 入り口から小広場までの坑道中間部には、ゴブリンにしては図体の大きい戦士っぽいのが8匹、見張りとして居る。洞窟を埋めるような数なのでバレずに進むのは無理だろう。

 となると、私達の襲撃による騒ぎで混乱。暴動化、錯乱、“第1目標”のロスト。そんな結果となるのは確実だろう。


 私の魔法じゃ最低限の守護しか使えないけど、無いよりはマシだろうね。


 左端の坑道奥。ゴブリンにとっては鮮度が大事な戦利品の置き場と思われる行き止まり。衣類の大半は無惨に引き裂かれ、逃げられないように手足を折られ、既に何度も、次代のゴブリンを産むようにと陵辱された年端も行かない人族の村娘2人。コレの救出が私達の“第1目標”となる。


 拐かされてから私達に依頼が届き、今この場に至るまで約12日。交尾から僅か1ヶ月で繁殖するという記録どおり、村娘達の腹はゴブリンの子種を宿して結構な膨らみとなっていた。


 これは……助けた所で意味あるのかしら?


 私の昔の記憶には『野良犬に咬まれたと思って諦める』などの格言がある。そしてその格言が死語であり、戯れ言扱いされる社会風潮の時代の記憶でもあった。

 この世界ではその格言が未だ王道だという事は知っているが、正直、同じ陵辱シチュでも同族の子を産むのと魔物の仔を産むのでは『レベルが違うんじゃね?』などと思ってしまう。


 経験者談じゃ“過ぎた事過ぎた事”と軽く笑ってるけども、“アレ”じゃ参考にはならないしなあ……。


 だがまあ、依頼は依頼。

 生きて息している以上、気が狂っていようと白痴と化していようとも、集落まで連れ帰るしかない。実は死んでました。等と嘘の報告をするのは私達のリーダーが許さないし。

 例え死んだ方がマシと娘達が思ってたとしても、それを叶える権限などは私には無いのだ。


 木々の小枝を積み重ねた、汚汁塗れの寝床に纏め置かれる娘達。

 さすがに産む状態となった娘に手を出すゴブリンはいないのだろう。回りに近寄る素振りも無い。

 これなら好都合と、私は娘達の周囲の土精霊ノームへとお願いする事にした。


 ゆっくりゆっくり、音や振動を立てないように、岩壁剥き出しの坑道から岩と同質の杭がせり出して石の網籠とも言える檻を作り出す。

 この世界では〈精霊魔法〉と区別される魔法であり、大地に関する物体を変形変質させる〈アース・フェイス〉と呼ばれる魔法だ。


 そして檻といってもこの場合、娘達をゴブリンから隔てる為の防御柵になる物だ。


 この坑道の性質から完成した石の網はそれなりに硬い。けど魔法による急激な変化は、本来の硬さの5割も維持できない脆弱なものだ。

 ゴブリンの攻撃をどのくらい受け留めておけるかは、正直分からない。だから後は時間との勝負かな。


 それから檻の厚みを20cmまで育て、一応の安全マージンを得たと判断する。そして私はこの見えず触れずの索敵用の身体を肉体に戻すべく、仲間の元へと飛び帰ることにした。


「んっ♡くひぃあ!」


「シノブ、中の様子はどうだった?」


 ゴブリンの洞窟からは風下で見えない位置となる木々の陰。

 私達はそこで待機し、討伐前の下準備をしている。


 その下準備こそ、私がやってた内部索敵だ。


「洞窟の中は集落で聞いたとおりの構造。中のゴブリンは全部で22匹。戦士が10。魔戦士が4。残り8は幼体、多分、生後半年くらい」


 ゴブリンは生まれて一年程度で成体になる。

 成体になる時、多くは戦士になる。その中で、更に少ない確率で魔戦士へと変化する。戦士とは肉体が大きくなって戦闘力を増す一般的なゴブリンの事で、魔戦士は戦士程大きくならない反面、魔法を使えるようになるゴブリンをさす呼び名だ。

 幼体はまあ、戦士の劣化版だ。私達なら素手で殴るだけでも簡単に殺せる。


「狩りに出てる個体がいるかは分からないね。魔戦士の一匹だけハデハデしいから、おそらくコイツがボス。後、娘達は2人とも生きてる」


「そっかあ……」


 仲間からちょっと落胆の反応。まあ、当然だろう。これで力任せの強襲ができないものと思ったのだ。


「でもとりあえず平気。娘達は“檻”で囲ってきたから。場所は進む方向で左端の通路奥。そこさえ確保すれば、後は脳筋無双デキルヨ」


 仲間の1人、ブレイドダンサーの〈拳刀シャルロット〉が露骨に安堵した。まあ、脳筋筆頭だからしょうがない。

 シャルロットは私達のパーティーではメインの物理戦闘を担当する人族の女だ。


 人族と言っても北方の氷精大陸出身なので、あまり一般的な人族とも言えない。

 あの大陸の人族は、偏見込みで言えば毛皮無しのゴリラだ。外見は普通の“人間”っぽい……というか銀髪碧眼白磁の肌という美男美女揃いだけどね。

 背丈は男も女も2m近くあって全身の筋肉も厚いマッチョ系。でも女は寒い気候に適応したからか、適度な脂肪を着けてるからドバン!キュキュン!ドプリン!の色気過剰ボディという始末。


 シャルロットもその特徴を遺憾なく発揮し、しかも色情狂なので寝ている時以外は常時防御力皆無のビキニアーマーという奇特な女でもある。

 ついでに言うと、寝てる時は何も着てない。


 仰向けなのにドンと天を突く凶悪な代物から、私は陰で『暴災級おっぱい』と名付けている。


「おおう!さすがシノブ!ところで左ってナイフとフォークのどっち?」


 後、脳筋と呼ぶのも生易しい。敢えて言うなら脳脂肪だ。


「ウチが行く場所以外をぶち殺せばえーのや。だからウチより前には出ないだけ覚えよし」


 関西弁擬きに聞こえる言葉で喋る仲間その2。ハイドルイドの〈蔦蜘蛛サッシャ〉がシャルロットを操縦する。純粋な脳筋は下手に手順を理解させるよりも完全な手駒として扱った方が良い。そう公言しちゃう人非人だ。


 別にサッシャを罵倒しての発言じゃない。本当に人族ではないのだから。


 彼女は私の記憶によればエルフと称される妖精族だ。それも正に『木の股から産まれる』を地で行く、純粋なハイエルフという代物である。

 些か人の感性を無視した発言なども日常茶飯事の種族なのだ。


 私的には極悪非道の冷血主義者といった人物なのだが、これで案外、人族の受けは好いらしい。

 透き通るような光沢の長い金髪。同じく透き通るような琥珀色の肌。まるで光ってるような純金の瞳と、これまたこの世界でもトップクラスの美貌系種族で、細身でありながらも骨張ってない柔らかな体型は同性から観ても美しい。

 その当たりが、人族の美観にはストライクなのだろう。


 しかもサッシャは異性が見れば目が離せなくなるのは確実なボボン!な豊乳保持者でもある。更にその姿体を下着無しのトーガ風な薄布で覆うだけな痴女っぷり。

 これが種族の戒律とか天然ならまだ許せるが、明らかな計算による恰好なのだから手に負えない。


 私が陰で『知謀系おっぱい』と呼ぶのも当然と、万人が同意してくれると思う所存ですのよ。コンチクショウ!


「何やら妙な脳内発言がダダ漏れてる気配やけど、万年全裸待機娘も大概や思うんよ? 時間無い言う割にその貧相なもん晒す事止めへんのもなあ」


「人の思考読まない! というか、私は早く服着たい! だからこの“バカ”何とかしてよ!」


「え? いやほら。シノブとの無防備ラッキースケベなんか、こんな時でもなきゃ無いじゃん。どうせゴブリンなんか暴力担当のシャルとサッシャだけでカタ付けれんだし、オレはシノブのこのまま青空の下で……っグベェっ!」


 潜入調査用の魔法、〈スピリットフェイス〉でゴブリンの廃坑を斥候し、戻ってから長々と思考してたのは理由がある。それは現実逃避だ。


 この魔法は自分の身体を霊体にして、他人からは透明、しかも浮遊や飛行、壁の透き通りも可能な状態で探索を行えるというもの。

 欠点は全ての装備が除装される。短くはないが時間制限がある。そして魔法を解いた状態では丸裸となる。等がある。


 私はこの魔法を使い、依頼に沿った強襲が可能かどうか、単身、潜入し調べてたのだ。


 で、無事戻ってみれば。


 私達のパーティーリーダー。勇者にして唯一の男。〈種馬王子ユウキ〉に抱き竦められたというわけだ。


 年齢の割に小柄な私は、人族男の平均的な体格であるユウキ程度でも力任せで無力化される。しかも下手に動けば反射的に変な声が出るのも確実な、実に微妙な部分を直接抑えられてしまっている。


 わざわざ隠密状態で居る場所で、そんな声を上げるなんて論外。

 というか、肉体顕現する場所にはワザワザ誰にも接しない場所を選んだというのに、どう一瞬で移動しやがったのだこの勇者バカは!?


 バカの奇抜な行動は今回に限ったものでは無いが、まさかこれから戦闘だという時にヤラレルとは予想外だった。非常に遺憾である。


 だがやはりバカはバカ。

 余りに不用意な発言で自爆した。


 延髄にシャルロットの回し蹴り。股間にサッシャの爪先での蹴り上げを食らい、私は悶絶して脱力した腕から抜け出て飛び降り、倒れるバカの巻き添えを避ける。

 そのまま素早く装備を身に着け、バカは放っておいて作戦実行。

 私の作った防御の檻は見事に役目を果たしきり、10分後、ゴブリン共は残らず首と胴を泣き別れてさせて始末したのであった。


 ゴブリン共からはぎ取れる衣類がろくに無く、救出した村娘は無惨な姿のまま連れ帰る事となったが特に問題な無い。

 なんせ唯一の男である勇者バカは作戦が終わっても白眼むいて悶絶中だ。

 まあ適当な野生動物に齧られれば目を覚ますだろうと、その場に放置して私達は集落へ帰った。


 冒険者ギルドを通して集落から依頼された内容は『近くに棲みついたゴブリンの討伐。もし集落から行方不明になった者が生存していた場合は救出する事で追加報酬有り』を完璧にこなした私達が、帰り支度を終えて集落から出ようとした頃。漸く復帰したユウキと合流。

 そのまま休ませる事無くユウキの首根っこ引っ付かんで拠点、〈エンダークの町〉へと帰還の途につく。


 さすがにマジ泣きするユウキだが、これも別段、初めての事でもないから気にしない。

 どうせ今夜の野営では私達が泣く……、いや鳴く事になるのだ。

 可能な限りバカの体力は削っておくに限る。


 ただそんな思惑の斜め上往くのも、勇者と言われる所以なのかもしれない。


 私を含め女3人掛かりにも関わらず、勇者ユウキは3日も追加の野営に頑張ってくれちゃったりしたんだから、さ。




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