第6話空想からはじまる
「ちょっとお客さん」
その声はごく親切なものだった。それでもぼくはビクッとして、振り返らずにはおれなかった。それからなんですか、と応えた。
「何かお探しですか?」
その守衛は宝物でも見つかったのごとく、微笑していて、ぼくの肢体を上から下までとっくりとハイケン、しているようだった。
「ええ、そうなんです。授賞式の会場を探してまして、なかなか見つからないので」
守衛は授賞式、といってからそんなものどこにもない、といいたげな表情を作った。
「今日、ここのホテルであるんです。ロビーの掲示板にも書いてましたよ。6時から2時間ほどですけどね。できたらその会場を教えて欲しいんですけど」
ぼくがそういうか言い終わらない内に、守衛は授賞式にどういう用事があるのかぼくに問うた。ぼくは答えようもないので、どんな作家が来るのか興味があって、とだけ答えておいた。守衛は、それなら会場には入れないよ、とだけ言い残してスタスタとぼくの前から去って行った。
ようするに用もないのにホテル内でうろつかないでほしい、と言いたいようだった。ぼくはああそうですか、といって帰るわけにもいかないので、エレベーターに乗って、上階にある喫茶店に身を隠すことにした。
もうその頃には大体の見当はついていた。星の間というのが、授賞式の会場なのだ。時間が早いばっかりにわからなかったのだ。まだ会場は設営中だった。ぼくの名が入った、ごく細長い看板が、二人のボーイの手によって、星の間に運ばれるのをぼくは目撃した。黒塗りの文字はそこに大きく映えていて、主催者や後援者の文字が小さく朱筆されていた。 この看板を見た時、ぼくはなぜだかそこに書かれた人物と自分が同一だとは思えなかった。それにその看板はただの板切れじゃなく、板のような人間に見えた。
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