第2話淡い夢想
期限はあと1ヶ月。実のところ3ヶ月程の有余をもらったのだが、2ヶ月は大小説の構想に費やしてしまった。ぼくはドストエフスキーばりの小説を書くつもりでいたのである。ぼくはどういうわけか、そのストーリーを思い浮かべる前に、表彰式のことばかり考えていた。有名な作家に取り囲まれた表彰式のことである。ぼくはその大小説で一躍スターダムに乗り出すことになるのである。ジャーナリストはいち早くぼくにインタビューしようと争いあい、カメラマンは少しでも良い表情を捉えようとシャッターを切る。つまりぼくは押しも押されぬ大型新人として文壇にデビューするという訳だ。ぼくはそのための準備に取りかかった。スピーチである。授賞式にはスピーチが付き物なのである。ぼくはスピーチを考えるだけ考えた。えーえ、この度の受賞はほんとによろこばしくあります。この出だしだけでも20通りのやり方がある。単にえーえーという何でもない言葉に、手振り身ぶりを付け加えた。それに声色も、伸ばし方にもいろいろと考案すべき点が考えられた。服装ひとつとっても、それなりの考察はなされた。ネクタイの色とか模様。背広はバーバリーに新調すべきかどうか。それとも期待を裏切って、ジーンズにTシャツ姿ではどうだろうかとも考えた。
もしジーンズでノコノコ授賞式に出席したとなると、それこそ大センセーションではないか、と。マスコミが喜びそうなことではないか。これが逸話となって語り継がれたりすることを思うと、ぼくは一人でニタニタ笑わずにおれなかった。けれど何もそんな肯定的な想像ばかり、ぼくの頭を魅了したわけじゃない。ジーンズにTシャツ姿であるわけだから、会場の雰囲気にそぐわない。つまり追い返されることになるのじゃないか、とあらぬ不安が首をもたげた。ぼくのひょろっとした身体と、作家という固定化された偶像にみあわぬ風貌が、こんな出来事をしでかすのではないかと考えられた。それにぼくはあまりにも若いからだ。年齢よりもぼくはグッと若く見られがちなのである。
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