迷子の少女と死神
「こ、ここは……」
どうして、こんな薄暗い路地のようなところに自分はいるのだろう? 何のために地上に降りたか、一瞬忘れたがすぐに思い出す。そうだ、自分は未練のある魂となって、その未練を果たしたくて地上にもう一度降り立ったのだった。
通常、未練ある魂は自信の未練を叶えるために還魂士に協力依頼を出すため、自動的に輪廻の外から協会前に降りることができる……の、だが。目の前は薄暗く、壁。誰がどう見ても路地裏と答えるような場所だ。何故、こんなところに降りてしまったのか。偶然とは言え不運としか言いようがない。
「どこですか!?」
「喧しい」
路地裏は声が響く。そんなことも知らないのか、と咎められるような声真後ろから聞こえた。振り向けば黒い髪に黒のロングコート、藍色のマフラーを身につけているその人物はほんの少し目を眇めた。いつから居たのか分からない。声がしなければ、気づかなかっただろう。
「え、あ、え????」
「ったく……何でこんな路地裏に到着してるんだ」
「あ、あの……?」
乱暴に髪を掻く人物は声の高さからして男であることは間違いない。しかし、何故こんな人が寄りつきそうもない路地裏に現れたのか。全身真っ黒、というその姿は完全に警戒心を最大限に高めるだけだ。
「行くぞ」
「ふぁい??」
溜息をついた男はそう言うが、一体何処に行くというのか。路地裏にほんの少し光が差し、降りたての魂の生前の姿が現れる。そこに居たのは、白と青のどこかの地方民族の衣装を身に纏った、薄茶髪の少女だった。男はその姿を確認するとまた溜息をついて、少女に近づく。
「あの、行くって何処に……」
「黙ってろ」
少女の答えを言わずして、男は彼女を担ぎ上げた。何の断わりもなく、いきなり。そのため、男の耳元で鼓膜を突き破るような声があげられたが盛大に顔を顰めただけで最早無視だ。じたばたと暴れる少女の抵抗虚しく、彼は路地裏から表通りに出る。少女の瞳に入った光は一瞬酷く眩しかったため視界が白に染まったが、すぐに瞳が慣れたのか元の視界に戻る。
「うわぁ……!」
「レンフォート王国、アグラルート街」
少女を担いだままの男はそう、呟く。残念なことに肩から降ろしてもらえてないのだが、彼女は担がれていることを忘れているようだ。というか、男の言った地名などその耳に入っていないようである。先程上げた歓喜の声に感情が釣られたのか、担がれた状態で周りをきょろきょろと見回している、そんな仕草をしているのが分かった。そんな彼女に何も言わない男はどこかに向かって足を向かわせるだけだ。
「お、死神の兄ちゃん」
「今日もまた迷子見つけたの-?」
街の人の声に一切反応しない彼はどうやら
「ま、迷子!?」
「……。」
少女の喧しい声にも無言。無言というか、先程同様に全くもって聞き耳持たず。先程から疑念に思う、この男は何者なのか。どうして自分を見つけたのか、さっぱり分からないまま。首を傾げる手前、とある建物が目に入る。少女があ、と気づいた時には彼はその建物の前で足を止めていた。白く大きな、
「ここまで来たら、もういいだろ」
「え……?」
今まで感じていた浮遊感が地に足がついたことでなくなった、というか浮遊感があったことすら忘れていた様な顔で男を見る少女はようやく現在の状況を理解したらしい。
「し、死神さんはもしかして私を協会まで連れてきてくれたんですか!?」
少女が教会ではなく協会だと分かったのはあのエンブレムだ。生前にどこかで見たことを思い出したから、すんなりと協会と出てきた。対して男は、またも溜息をつく。
「その名前はやめろ」
「え?」
そもそもこの少女、拉致されたとか攫われたとか考えなかったのが不思議で仕方が無いのだが今はそんなことを言っている時間はない。が、男が街で呼ばれていた名に関してだけは否を唱えたかった。その名の呼び方を許した覚えは毛頭ないのだが、確かに合っているから否定はできない。大方、その名の由来はこの黒づくめの姿なんだろうが。そして、自身の仕事の役割上、そう言われても仕方の無い仕事をしていることも。
「死神っていう名前じゃない」
「あ、失礼しました! えっと、じゃあ……」
「ランでいい……受付けまでは一人で行けるな?」
「はい!」
何故かそのいい返事が不安に聞こえるのだが気のせいだと思いたい。彼女が協会の中に入っていくのを見送ると、男・ランは先程とは違う大きな溜息を吐き出した。溜息をつくと幸せが逃げると言うがそんな気がする。目下の悩みである彼のパートナーがまたやらかしたらしい。加減をしろと、あれほど言ったのに。どうしてしないんだか、できるくせに。
「あの野郎……」
「なぁに?」
「てめぇ、またやらかしたな」
「何のことかなぁ?」
腹が立つ。すでに4年も一緒に過ごしているがこのパートナーの人を見下して喰ったような態度に頭痛が増す。最初の一年はこちらが死ぬんじゃないかというほどのスパルタだったのに、今ではこの有様だ。態度が違いすぎる。だからといって、あの頃には戻りたくはないけれど。
「てめぇのせいで仕事が増える……」
「いいじゃん、今はそんなに仕事多くないんだから」
そんな悠長なことを言っていた彼のパートナーだが、何かに気づいたように空を見上げて黙り込む。それは一瞬の出来事だったが、どうにも嫌な予感がしてならない。パートナーを見れば、何かを持っている。その正体は、できれば知りたくはない。パートナーも少々予想外だったのか、持っているものを一度確認して楽しげに手首を揺らす。
「それは」
「どう見ても依頼だよねぇ」
「だろうな」
溜めていた始末書は後回しでいいんだろうか。依頼が入るということは、優先順位が入れ替わるのだが、と思いつつパートナーに依頼を確認させるとこれまた楽しげに笑った。その笑顔は一日に何度も見たくない笑顔なのだが、と思うが仕方ない。パートナーから投げられた依頼書を見て、ランが顔を引きつらせたのは想定外の依頼だったからとも言える。ああ、本当に面倒な仕事だ。その仕事を選んだのは、確かに自分なのだが。
「――おい」
「うん?」
「支度だけしておけ」
「お、今度は何処行くのー? また砂漠? 今度は深海樹林?」
「何でそんな物騒なところばかり出すんだ……」
パートナーの出した地名は割と依頼書に載りやすい場所だ。代わりにかなり物騒だが。依頼書に書かれていたのは、この国の辺境地で有名なところ。多くの人間がその名前しか聞いたことがない、閉鎖的な集落だと言われている。そんなところが今回の目的地らしくランは乾いた笑いを零すしかなくなった。
「カーフィエルト」
「どこそれ?」
「この国の、辺境の辺境と言われる滅多にお目にかかれない地域だ」
ランに依頼が来るとなれば、そこそこ厄介に決まっている。こういう面倒な依頼が回されるところに所属しているから文句も何も言えない。
左の胸元に白で周りが縫い付けられた蒼穹の五方星の中に羽が一枚散っている。その羽に覆い被さるように落ちる薄紅の紗が、微かに揺れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます