僕とクイズとデスゲーム

僕とクイズとデスゲーム 1



「――じゃあ、振るよ」

 サイコロを握りしめて、僕は怯える心に言い聞かせるように宣言した。

「任せたのじゃ、明久。あとたったの3、おぬしならばきっと――」

「…………明久なら決められる」

 秀吉とムッツリーニも、やつれはてたその相貌に最後の希望を託して、僕の右手を見つめてくる。

 あとたった3。それで終わる。ここまでたどり着くのに一体どれだけの犠牲を払ったか。

「二人とも。もしこれでもだめだったら――届かなかったら」

「何を言う明久! 自分を信じるのじゃ!」

「…………全ての人の願いが明久をここまで導いた。必ずできる」

「判ってる。判ってる……けど! もしダメだったら時は、どうか美波と姫路さんに伝えてほしい」

 真剣なまなざしで僕は二人に訴えかけた。

「――僕は無実だって」

「……。確かに請け負ったのじゃ」

「…………必ず伝える。だから頼む、明久」

 二人の誓いに背中を押されて、僕は掌の中でサイコロを振り始めた。

「出せる、出せる」

 呟きながら、ちらりと後ろを振り返った。青いブルーシートにくるまれたその中に――変わり果てた姿の友人が入っている。

「そう、これで終わらせるんだ。雄二を早く――人間に戻してあげなくちゃ」

 祈りを込めて、僕は手を開いた。

 虚空に、賽は投げられた。




 ことの発端はあのクソ婆、つまり学園長だ。

 なんだ、またか――。そう思う人が大半だろう。うん、またなんだ。僕だって同じ感想を抱いている。

 だけど、僕らは所詮生徒という名の奴隷でしかない。いい加減にしろよクソ婆――と叫んだところで、成績や内申や進級をチラつかされれば、どんな人の靴だって舐めなくちゃいけなくなるんだ。

「文句のない成績をとってりゃあたしも何も言わないけどねぇ……」

「成績だけで生徒を判断するなんて!」

「素行を加えたらあんたらは奴隷以下だよ」

 そんなわけで、いつもの2-F教室で、いつものメンツが、いつもと同じように学園長の無理難題に答える羽目になっていた。

 僕こと吉井明久。猿ヤンキーこと坂本雄二。美少女こと木下秀吉。エロカメラことムッツリーニ。今回は男性陣四人だけ。

「バカこと吉井明久、だろうがバカ」

「何度も言っとるがわしはれっきとした男なのじゃ」

「…………エロカメラは流石に罵倒が過ぎる」

「いきなり喧嘩すんじゃないよ」

 騒ぎ始めた僕たちを制して、ババア長が教卓の上に六角形の大盤を置いた。

 ずいぶんオカルトチックな、風水に出てきそうな代物だ。中央の球体の水晶も、実にそれっぽい。

「羅盤か?」

「良く知ってるじゃないか。そう、風水で使う羅盤さ。とはいっても本物じゃない。形だけさね」

「占いでもするのかの?」

「まさか。うちは学問の砦だよ。やってもらうことは勉強に決まってるじゃないか」

 ババア長から聞きたくない言葉が出てきてげんなりする。

 もう放課後だ。当然だけど勉強なんて気分じゃない。

 けれど、意外に珍しいなとも思った。ババア長が僕らに「勉強道具」を持ってくるのは初めてかもしれなかったから。

「とか言いつつ、どうせ何かの実験だろ? うさんくせぇ」

 呆れたように雄二が言った。

「否定はしないよ。確かに実験的な機能が加えられてる。だけどあくまで目的は勉強だ。大したことはないから安心おし。さ、ちゃっちゃとそっちに運びな」

 羅盤――とやらを抱えて、ちゃぶ台の上に移動させた。なかなか大きい。胸に抱えられるほどだ。

 車座になって見下ろす。

 球状の水晶が中央に設置されている。そこから六角形の辺に向けて、放射状にマス目が広がっていた。確かに風水道具そのものといった風情だ。

「こりゃぁ……」

「すごろく、かの?」

 秀吉のいう通り、すごろくっぽく見えなくもない。四方にはそれぞれ四つの円錐状の駒が用意されていた。

「でも、すごろくにしてはマス目になにも書いてないけど……」

「いいとこに気が付いたね。そう、そいつはすごろくさ。マス目には何も書かれちゃいないが、その上に止まると中央の水晶に文字が浮かび上がる仕掛けになってる」

「…………無駄にハイテク」

 古風なデザインに盛り込まれたハイテク。なかなか趣味が高じている。ババア長にしては凝っている。

「あんたらにはそのすごろくをやってもらう」

 六角サイコロをことりとおいて、ババア長が宣言した。

「たかがすごろくのために俺たちを呼んだのか?」

「ただのすごろくじゃないよ。勉強だといったろう。駒がマス目に止まると水晶に問題文が出てくる。それを解いていくのさ」

 僕らはげんなりした。勉強とかクイズとかそういう以前に、

「…………恵まれたハイテクからクソみたいな発想」

 そういうことだ。こんなの、テスト前みたいにお互い問題を出し合えば済むことじゃないか……。

「ま、やってみるがいいさ。これにはちょいと工夫がしてあってね、試験中のプレッシャーに耐えられるよう、うちの学校のシステムを使ってメンタルを鍛える――」

 とその時、ババア長の声を遮って呼び出しのチャイムが校内に流れた。

『学園長、学園長。至急学園長室までお越しください。繰り返します――』

 ちっ、とババア長が舌打ちする。

「なんだい、これからって時に」

「また何かやったんですかババア長」

「いい加減自首しろババア長」

「この生徒にしてこの教師あり……じゃな」

「…………婆になってまで校内放送で呼び出されるとかありえない」

「ただの業務連絡にそこまでいえるあんたらが恐ろしいよ。――ともかくだ。あんたらにはそれをやってもらう。ああ、今回は別に最後までやらなくてもいいさね。ちょいと顔を出してくるから、戻ってくる頃に感想を聞かせてもらえれば充分さね」

 ババア長はそれだけ言い残して教室を出ていった。僕たち四人は互いに顔を見合わせて肩を竦める。

「――ま、最後までやらなくていいってのは好都合だ。一、二回サイコロ振って、あとは適当にサボろうや」

「雄二に賛成」

「同感じゃな」

「…………順番は?」

「このままでいいだろ。明久からだな」

 今机を囲んでいる形のまま、つまり僕、雄二、秀吉、ムッツリーニの順になった。

 僕はサイコロを掴んで振り落とす。4。上々の出だし。

「何か工夫がしてあるって言ってたしな。嫌な予感がするが俺たちの切り込み隊長が何とかしてくれるさ」

「さりげなく先頭にされた!?」

「…………気づくのが遅い」

「判ってたなら言ってよね!」

 ともかく言葉通り賽は投げられた。と、磁石でも仕込んでいるのか、僕の駒である青い円錐がするすると自動的にマス目の上を進んでいった。ぴったり四マス目で停止する。と、水晶の中に煙が充満していき、やがて縒り集まって文字をなし始めた。

 やっぱり無駄にハイテクだ。

「えーっとなになに?」

 問い。半径10センチの球体の体積を求めよ。

「ははっ無理」

「お前これ中学の範囲だぞ……」

「まったく明久は中学生以下じゃの」

「…………これくらい誰でもわかる」

「じゃあみんな。答えは何さ」

「お前が解くんだよ明久」(ぷい)

「この問題くらい明久なら解けるのじゃ」(ぷい)

「…………」(ぷい)

「わからないくせにひどい言い草!?」

 ともあれ僕は不正解になった。落ち着いて考えればできるんだよ? だけど水晶の中に制限時間が表示されて、カウントダウンが進むとまったく集中できなくってね?

「次は雄二の番だね、はいサイコロ――」

 言いかけて、水晶の文字が揺れて別の形になるのに気づいた。

 風船。

 そう表示されていた。

「……なにこれ?」

「ふむ、そういうことか。明久、隣を見てみろ」

 何故か耳をふさいだ雄二に促されるまま、僕は横を見た。

 そこにどんどん膨れ上がっていく風船があった。

「ちょ、これっ……!」

「罰ゲーム付きってことかのう」

「…………召喚獣用のVRを転用した?」

「ずるい! 耳をふさぐなんて!」

 そして風船は僕の心の準備が整う前に破裂した。耳元で大きな音が鳴って、うぎゃぁ、とみっともなく叫び声をあげてしまった。みんなが失笑する。僕はこういうのに結構弱いんだよね……。

「制限時間内に答えられないか、おそらく間違えた場合も罰ゲームってとこだな。試験中のメンタルを鍛えるとか言ってたが……」

 やっぱり発想がナナメ上な気がする。

 現実味のあるVR技術はすごいけれど、ゲームそのものは単純明快、そんな大それたものじゃなさそうだ。風船にはビビってしまったけど。

「はい、雄二」

「一回くらいやっとかねぇとダメか」

 投げやりな様子で雄二もサイコロを振った。2。赤色の駒が進む。

「えーっと。初速60m/s、仰角60度でボールを投げた場合――」

「物理の問題だね」

「明久の時と比べて面倒くせぇじゃねぇか!」

 雄二はしぶしぶノートを取り出して解答を始める。

 よくある、放物線を描くボールの飛距離とか時間とかを求める問題だ。黒板にそんな図が書かれていたのは覚えている。場合によってはバウンドさせたほうがランナーを刺しやすいんですと抗弁したら鉄人に殴られた記憶もある。こういう問題、どうにも現実的なあれこれが思い浮かんでしまうから僕は苦手だ。空気抵抗は0とするとか書かれてあっても、でもでも東京ドームのドームランとかは違うよね、理論値とか役に立たないよねとか、そういう風に思ってしまう。

「って雄二……」

「なんだよ、今考えてる――ってうおっ!」

 雄二の背後に現れたソレを指さして教えた。振り返った雄二が小さくのけぞる。

「投石機……か?」

「三国志のゲームとかで見たことある。城門崩せるやつだ」

 そう、そういうタイプの投石機が、ミニチュアのささやかな大きさだけれど、石を引き絞って雄二の頭に狙いを定めていた。放物線の問題に引っかけたのだろうか。

「緊張感を高める演出かのう」

「…………地味に怖い」

 所詮VRとわかっていても、狙われているとなると恐怖感がある。ババア長の思惑通り……というのがちょっと癪に障った。

「ったく、これでどうだ!」

 雄二が解答を述べる。ノートには複雑な式が並んでいて、頭が痛くなりそうだ。

 どうやら正解だったらしい。雄二の背後の投石機がすっと消えた。正解すると罰ゲームはなし。当たり前だけどほっとする。

「ふう。ほれ、次は秀吉だ」

「簡単な問題だといいがのう」

 サイコロの目の通り、緑の駒が動いて止まる。秀吉の出した問題もまた物理だった。重さ5キロの鉄球を2メートルの高さから自由落下させる――。

「着地の時のエネルギーを求めよ。……のう、エネルギーってなんじゃ? カロリーとは違うのかの」

 一見まともそうに見えるけれど、秀吉もれっきとしたFクラスだ。答えられるわけがなかった。

 あれこれエネルギーの概念について頭を捻っているうちにタイムアップになった。何となく予想をつけていたのか、秀吉の頭上にみんなが視線をやった。期待通り鉄球が現れて自由落下を始める。

 秀吉がとっさに身を引いた。ドスン、と鈍い音を立てて鉄球が畳に食い込んだ。

「秀吉もビビってるじゃないか!」

「…………明久を笑えない」

「仕方ないじゃろ、VRと判っていても身体が勝手に反応してしまったのじゃ!」

 ちょっと恥ずかしそうに秀吉が口を尖らせる。人がびっくりする姿を見るのは意外に楽しい。これ、パーティーゲームとしてはアリなんじゃないか?

 そんなことを考えていると、雄二が深刻な顔で鉄球を見下ろしているのが目に入った。

「…………次は俺。平常心になら自信がある。ビビらないところを見せてやる」

 ムッツリーニは雄二の様子に気づかず、自信ありげにサイコロを握りしめた。

「間違えるの前提なんだ……。ところで雄二。どうしたのそんな顔して」

 雄二は鉄球に手を伸ばし、掴み上げると、いよいよ渋い顔になって言った。

「鉄球は、なんで畳に食い込んだんだ――?」

「そりゃ鉄球だし……」

「VRのはずだろ? だがこいつは触れる。つまり、ただのVRなんかじゃない」

「……」

「――ムッツリーニ、サイコロは振るな」

 が、雄二の制止は一拍遅かった。すでに盤の上をサイコロが転がっており、6の目を出した。

 それとほぼ同時に、『ゲーム』の開始を告げる絶望の校内アナウンスが流れ始めた。

『緊急放送緊急放送。召喚システムにトラブル発生。物理干渉能力がすべてに付与されているため、全校生徒は絶対に召喚獣を出さないようにしてください』

 蒼白になる僕ら四人の視線を背負って、黄色の駒がずりずりと動き出した。

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