第2話 出来る妹
羊皮紙の匂いと、僅かにカビ臭い匂いが充満する書庫に、一人レピオスは本を読みふけっていた。
窓はあるのだが、分厚いカーテンが光を閉ざしている。明暗がきつくなるので、逆に本が読みづらくなるからだ。
読んでいるのは、希少なエルフ語の書物だ。
加えてエルフは詩と寓意を好むので、文字や単語がわかっても、文の意味が分からない事もよくある。それにそもそも解釈が一通りではなく、幾通りもあるのが良い文章とされるのだ。
だから、一度読んでも、読み返して初めて意味が浮き出てくるような時もある。
精霊語にも通じるところがあるが、こちらはもっと気分屋で歌のように響きの美しさが大事だと言われる。
バタンと扉が開いて、来訪者のとたとたという足音が書庫に入ってきた。
クリクリとした愛嬌のある目がレピオスを見つけた。
「やっぱり、ここに居たのですね。レピオス兄様」
食事の時間ですよと、レピオスを呼びに来たのは、腹違いの妹リーネだった。
妾の子供ではあったが、幼少の頃から本邸で暮らしていた。
レピオスとは違って、伯爵家にふさわしく、マナに愛された少女である。
「また、難しいご本を読んでいるのですか」
「うん。でも、そんなに難しくはないよ」
「リーネ、全然読めません」
リーネが俯いて頬膨らませる。
リーネは、レピオスのように語学の詰め込みを受けていないから、当たり前と言えば当たり前だ。
その代わり普通の貴族と同じように、簡単な魔法を色々練習する事から始めている。
「リーネは本が読めなくても、魔法が使えるから大丈夫だよ」
「どうして兄様は魔法が使えないのですか?」
レピオスはズキリと胸が痛んだけれど、この純真な妹の頭を撫でて、首を傾げた。
「さあ、どうしてだろう」
リーネは物心ついた時から本邸で育っているので、自分が妾の子供である事を知らない。しかし伯爵家の正妻であるレピオスの母は、リーネに対して少し複雑な感情を持っていた。あからさまな態度には出さないが、どうしてもどこか余所余所しい。
そういう機微は、使用人たちの間にも知らずのうちに伝わってしまう。
そのせいもあってリーネはレピオスに懐いていた。
時折、書庫で本を読み聞かせることもある。
以前、精霊語の歌を詠み聞かせていたら、リーネが一緒に歌い始めて、風がそれに応えて部屋の中で吹き荒れてしまったこともあった。
火の精霊や水の精霊の歌だったら、悲惨な事になる所であった。それ以来、本をリーネに読む時は内容に気を付ける必要があった。
出来る妹を持った落ちこぼれの兄には苦労が多いのだ。
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