二の段其の壱幕 ‘式樹’と情報網
天道暦0003。
大友氏と大内氏の和睦は前世界と同様に進み、とりあえず北九州での戦乱は収まる事になった。
これは大友氏や大内氏と室町幕府の繋がりが、もたらしたものだ。
隼人族と呼ばれる縄文の血を引く氏族が多い南九州とは違い、大友氏や大内氏は渡来系の中でも中国朝鮮系の血の濃い大和朝廷の武家だ。
敵同士とはいえ、大和朝廷の臣である為に、調停者として幕府が出るというのは可笑しな話ではない。
大友氏と幕府の繋がりはこの後、緊密になっていくだろう。
それを考えれば京都での政治的な活動も必要だろう。
久遠はそう考えながら一つの生体装置を作っていた。
ナノマシンによる監視網を広げる為の中継装置となるその装置は、一見、ただの樹に見えるが、内部に‘先視’を多数収納し、携帯の基地局のように監視網を広げることができる。
久遠はこれを利用して日本全国を網羅する情報網を敷こうとしていた。
「久遠様。現在の私の処理能力では、中部地方までの情報網が限界だと思われます」
その敷設計画を示唆された美亜が、問題点を報告してくる。
情報網はできても、常時それを監視する者がいなくては宝の持ち腐れになる。
どうやら如何に膨大な処理能力を持つ美亜でも、一人で日本全土の監視は無理があったようだ。
「主要街道と人里に絞ってか?」
「それに加えて砦や港として利用可能な海岸線というところです。それで私の処理能力の92%が占有されます」
「…………情報網用の専用個体が必要だな」
「私の同系個体でしょうか?」
「いや、情報処理に特化した個体だ。‘式樹’を創ろう」
‘式樹’とは美亜の脳をつくる研究の過程で生まれた樹木型バイオコンピューター。
量子コンピューターを凌駕する処理能力をを持つ上に、育つ事で記憶容量や処理速度を増す成長する量子頭脳だ。
「‘式樹’の作成と監視網の‘中継樹’の作成を併行するのでしたら‘武士’の訓練などは私が引き継ぎましょうか?」
久遠の負担が増すのを
「いや。監視網の拡張は急ぐわけではないから、かまわない。それにそろそろ彼らも私の手を離れる」
しかし、久遠は美亜の気遣いを感じ取りながらも、その申し出を断った。
「それより、病院施設と薬剤の量産化施設の製造ペースを上げてくれ。早産に備えなければならない」
ナノマシンによる妊婦の保護は行ってはいたが、胎児の仙人化を防ぐために最低限の保護に止められていた。
今後のことを考えれば医療設備の充実は不可欠のものだった。
その気になれば現代医療の限界を超える治療も可能だが、その技術を表立って使うつもりは、久遠にはない。
奇跡の肯定は理性を麻痺させる劇薬であり、濫用は害にしかならないと知っているからだ。
「‘式貴’の作成を遅らせれば対応できると思いますが、外交活動計画が遅延することになります。よろしいでしょうか?」
美亜は瞬時に実務レベルの調整を行いながら久遠に計画変更の許可を求めた。
「かまわない。内燃機関の開発もしばらく先送りしても構わないので、医療設備を優先してくれ。次いで基本教育そして人材育成。他の優先順位はそのままだ」
通常ならどんな優秀な官僚組織を使っても数日は掛かりそうな作業の調整を、それだけの遣り取りで済ませた主従は早速、仕事に取り掛かった。
これは人間の限界を超えた美亜の思考速度とナノマシンがあっての早業だが、作業に係るのが実質、久遠と美亜だけだからできることでもあった。
多くの人間が係れば関わるだけ作業効率というものは低下する。
多数の意志を一つの目的に収束させるためには、伝達や意見調整の為のロスタイムが生じるためだ。
これは、単純作業の能力という意味では、人間は機械に劣るものだということを意味する。
いや、人間の能力を超えるために作り出されたのが機械だというべきだろうか。
しかし、当たり前の話だが、人は機械のように単純な目的を達成するための存在ではない。
人の価値を、他の誰かにとっての利用価値とだけみる社会では、人の価値とは機械に劣る場合も多いが、この時代にそういった価値観を持つのは、武家や公家などの一部の人間だけだ。
商人達によって作られた、‘ただ利のみを求める組織にとって有利な社会’が実現化した前世界で広まったその価値観が二つの世界大戦を引き起こし、人類を未自覚なまま破滅の道へ進ませていったことを、久遠は知っていた。
だから新しい世界の社会モデルとなるこの
人にとって能力の優劣などは、社会での役割の向き不向きでしかなく、様々な人の能力のなかで、忍耐や気遣いといった効率や欲望の充足とは無縁な能力も、平等に社会の維持には必要不可欠であることを、‘農協’の理念として明文化したのだ。
肉体的な能力が社会の存続に重要な意味を持つ農家で、心遣いが必要ではあっても、高い必要性を持たないことを判っていた久遠は、
その試みは久遠への信頼もあり成功し、人を超える能力を持つ機械の存在する社会は、能力の優劣が人としての優劣を表すものではないという当たり前の事実を人々に示すものとなる。
ただ科学技術を発展させ不老不死を得るという自らの目標を達成することだけではなく、その先をも見据えた久遠の心の内にどんな未来が見えているのか知る者はいない。
だが、それが前世界に追従するものでないことは確かなようだった。
それは運命の流れを知り、その中で上手に立ち回ることで利を得ようとするのではなく、まったく新たな流れを創ろうとする試みだ。
その試みに新たな一石を投じる人物との再会が直ぐに待っているのだが、流石に久遠もまだそのことを知る由もなかった。
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