二の段其の幕合 大和朝廷と皇家の呪術師
魔法。幻術。魔術に仙術。 妖術。呪術に陰陽術。
そんなものなどありゃしない。それがこの世の常識だ。
科学の発展や技術の進歩と共に、かつては信じられていた神秘や怪異は唯物論と機械文明の下に当然のごとく否定されていった。
今では子供まで、そんなものを信じる人間を馬鹿よばわりする始末だ。
だが、歴史の陰でそれらの秘術が大きく関わってきた事は、闇の権力を操る者達には周知の事実であった。
アメリカの暗部。
軍産複合体を作りだすことになったのもユダヤ系企業を中心としたカバラ魔術の系譜を組む‘錬金術師’の結社の暗躍によるものだし、ソビエト崩壊の陰にもロシア帝国で暗躍した魔術組織の働きがある。
そして日本でも陰陽寮のような表向きの組織の裏で、大和朝廷を支える呪術師達の暗躍があった。
彼らの目的は唯一つ、朝廷の存続と利益の確保。
その為にマッカーサーと取引をし、薩長連合に錦の旗を渡し、天海率いる江戸幕府の陰と戦い、明智光秀を動かし、応仁の乱を引き起こし、源の直系を絶った。
‘農協’の存在が明らかになれば、彼らが敵対する事は目に見えている。
朝廷の権威の消失。
それは平成の世とは違い、この時代では皇族と公家の消滅を意味した。
‘農協’が朝廷の権威を否定し、農家の自律支配による社会を創れば、なんら生産活動を行わない朝廷も高位の武家も収入源を失い、消え去る事になる。
彼らに‘農協’に勤める職員として生きる道など考えもできない以上、‘農協’を徹底的に滅ぼそうとするだろう。
江戸幕府成立以降の朝廷と違い、この時代の朝廷はまだ権威も実働力も削られてはいない。
彼らが策謀すれば計画が遅れる事になる。
久遠はそう考え、彼らに‘農協’の情報を渡さない為の手を打っていた。
しかし久遠とて全能の存在ではない。
その手段を知らないはずの人間が彼の監視に気づこうとは思ってもいなかった。
「!?」
一条戻橋の上を通りかかった牛車の中で、一人の公家がどこからか自分を見ているような気配を感じた気がして、同乗した同僚との会話を止める。
男は表向きは陰陽寮に勤める下位の公家だが、安部晴明の流れを汲む裏の呪術師集団の長であった。
「国綱どの。どういたしました?」
「いえ、今、何かを感じたような気がしましてな」
同僚にそう答えて、辺りの気配を探っていた男は、既に消え去ったその気配が何だったのかを考えていた。
「そういえば、ここは一条戻橋。彼の方が式神を潜ませたという噂がありましたな」
それを感じ取るとはさすが壬生の国綱どのじゃなどと勝手に感心している同僚をよそに、国綱は今の気配が何だったのかを考えていた。
晴明の式神が一条戻橋の下にいるという伝説が真っ赤な嘘であることを彼は知っていた。
自分の手札をさらすような間抜けた人間は術師にはなれない。
力の誇示の為に示された話は、全て本当の力を隠す為の虚言で本当の力は常に潜ませるべし。
それが晴明の教えであると国綱は聞かされて育った。
そして一条戻橋になにもいないことは子供の頃に確かめている。
術を使った形跡はない。
そうすると今のは気のせいだったのか?
久遠が全能の存在でないように国綱も全知の存在ではない。
それがナノマシンで創られた‘先視’と呼ばれる虫型の生体ロボットの視線であるなどとは考えつかなかった。
「壬生国綱か。この時代にはまだああいった術者がいたんだな」
‘先視’からの情報を美亜を経由して受け取った久遠は驚きながらも、彼らに知られないようにする監視方法を考え始める。
「‘先視’自体は精霊魔術で動くものではありませんが、情報伝達に感応魔術を使用している為に察知されたのではないかと思われます」
美亜が支持されるより前に、監視網の問題点を指摘する。
「自分に向けられたものでない感応魔術を察知するか。精霊魔術師としては私より遥かに優秀なようだな彼は」
あっさりと相手が格上であることを認めた久遠は、対応策を指示する。
「この時代なら電磁波による通信が存在しないから、生体電流通信を増幅して使おう。一部の‘先視’を創り直し京都の監視にあててくれ」
一つの能力で劣っているなら別の技術でそれを代用させる。
人の能力など道具のようなものだという理念を自然に体現した久遠は、美亜に新たな作業計画を立案するように指示し、緊急用の医薬品の製造に戻っていった。
こうして裏陰陽寮と久遠の諜報戦は幕を開ける。
だがそれは物語に語られるような冒険の入る隙間などない存在を知られる事が即敗北へと繋がる地道な忍耐のみが試されるものであった。
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