第21話 君、話さん
死ぬのは怖い。こんなことになってなお、死んで投げ出す終わりだけはごめんだった。
生きんとする強さに誇りがあるわけではない。死なんとする強さに誇りがあるわけでもない。ただ怖いだけだった。
自分が今、こうして立っている理由の全てだ。それに尽きる。ノリノリで戦っていた? なるほどそうだろう。生きるために必死だったのだから。
魔法少女の敵であり、人類の天敵。
彼らはほとんど、死を超越していると言って良かった。もちろん、死にはする。限りなく死に難いだけの話であり、真に死の定めから逸脱しているわけではない。身体がばらばらになっても元通りになる驚異の再生力をいくら振りかざそうと、死神は容易に命を刈り取って行くというのだから、かえって死の絶対さを思い知るようだ。
そんなものとなぜ、魔法少女は戦っているのだろうか。
当然ながら、戦いは遊びではない。学校とは別に習い事をしています、なんて日常の断片を切り取ったような話ではない。
アンヌとの戦いでは平気で死者が出る。世界のどこかでは人間同士が戦争をしているだろう時代に、日本は素知らぬ顔をして平和な国で在り続けているが、はて、知らなかった世界を知ってしまえばそうではなかったと気付かされる。戦争や紛争ほどの死人は出ない。が、今の日本では少なからず、平和のために年端もいかぬ少女が礎となっている。
礎。犠牲。つまり彼女たちは平和のために身を粉にしているのだ。正義に殉じているのだ。世界の大半が認識さえ不可能な正体不明の侵略者と、魔法少女は日夜死闘を繰り広げている。現実でなければ単なる痛い子。それぐらいに
良くあることなんだろう。魔法少女が、そうでなくとも正義の何者かが、人知れず化け物と戦っている。良く描かれることなんだから。
前柄累が朝日と共に目覚め、側ですやすやと寝ている黒猫を目にして、冷たくて埃っぽい空気を肺いっぱいに吸い込んでげほげほと咳こみながら、彼は最初にそんなことを考えた。
これがもっと、むちゃくちゃに突拍子もなければ、ファンタジーだとばかにしただろう。いや、ばかにできたのだ。目で見たって信用せず直視もせずに済んだかも知れない。その結果、気が狂うのか引きこもりになるのかさっさと死ぬのかはともかく、何にせよ彼はそうはらなかった。
中途半端に
本当に現実なのかと問う猜疑心は、どこか浮ついている。肺を刺す痛みに引き戻されるぐらい、現実味がない。
心はそうやって弱っていても。
内臓のかすかな痛みを感知できるぐらいに、身体の調子はすこぶる良かった。全身が絶え間なく吹き飛ぶような戦いをしておいて、一晩寝れば少々の疲労も残っていない。痕もなく治ってしまう怪我は最初からないようなものなのだし、加えて疲労についてもこの回復力。疲れた、というのは行動の対価だ。証明だ。それがそっくりなくなってしまっては、昨日のことが丸々嘘のようだった。
嘘のようだったからこそ、自らを直視するはめになって、ああ現実だと納得するのだった。
過去と現在が一致しない。時間を飛ばしてしまったみたいだ。例えば、強くなるための時間を課金ガチャで買うように。
朝早く……時計はなく、課金ガチャをしようにもスマートフォンは壊れてしまって、時間は分からなかったが、ともかく日の浅い時間に、累は少し、自分の家の瓦礫を漁った。立ち並ぶ戸建てがなくなったというだけで、住宅街を縦横に区切る道路は残っていたし、表札は何とか“前柄”と読み取れる程度に残っていたし、見慣れた光景が影も形もなく皆平等に崩れていようが、彼が我が家へと迷わずに足を運ぶことはあまり困難ではなかった。
コンクリートの塊をひょいひょいと外へ投げる。宿主を化け物にし、その化け物の左腕に棲み付いた
「ふあ~……あぁ。おはよう、累。朝から運動なんて精が出るわね」
自分よりも大きなコンクリートが頭上を次々とかっ飛んでいく様子に驚きもせず、黒猫は気持ちの良いぐらいに大きなあくびをした。起き抜けの彼女の声は、いつにも増して気怠く、甘ったるく、艶やかだった。言葉を選ばなければ、平時のやる気のなさと胡散臭さに拍車がかかって、もうほとんど演技のようであった。
累はしばし、黒猫の皮肉なんだか素直なんだか分からない感想を無視して作業を続け、ふと、浮かんだ疑問を口にした。
「なあ、家が潰れたってのは見れば分かるんだよ。けど、人の死体がないのはどういうことなんだ? 血の一滴だってないなんて、さすがにおかしくないか?」
「それぐらい強い力だったんでしょ。人間の身体じゃちっとも耐えられないぐらいの」
「ちっともって、これじゃあ完全に消滅してるじゃないか。可能なのか、そんなこと」
「魔法だからね」
事もなく、黒猫が答えた。
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