第22話 君、話さん♯2
返す言葉もなく、累は作業の手を止めた。
そう、魔法だから仕方がない。瓦礫を撤去し切った先に、人体一片、体液一滴さえ見当たらない虚しい光景を説明するには、いかにもふざけた言い様で、理屈もへったくれもなく、およそ真面目な問答とは言い難かったが、故に堅い説得力があった。
魔法とは、つまり、即席で別世界を創り、そこに人を拉致するような尋常ではない真似を現実に行う力だ。人間を塵も残さず消し飛ばすぐらい、別世界を創るのに比べれば随分と簡単そうだし、きっとでこぴんでコンクリートを粉砕するように軽々とやってのけてもおかしくはなかった。比べていることの全部が超常に過ぎ、果たしてその比較が正しいのかどうかは不明だ。
そして、それもまあ、魔法だから仕方がないというわけだ。
「ん? だったらこの魔法で俺を殺せば良かったじゃないか?」
あの魔法少女、ダブルセイバーは、累を拉致し、タイマンで殴り殺すという方法を取っていた。あれでも累は死んだのかも知れないが、今、目の前に広がる惨劇を生み出した魔法の方がずっと簡単に、確実に累を殺せたのではないだろうか。これほどの広範囲に及び、かつ人体を完璧に破壊する魔法。今の累には避け切る術が思い当たらない。運を天に任せ、身体がそれでも耐えてくれることを祈るしかない。
黒猫は、うーんと両前足から背中、お尻までをぴんと伸ばしながら、ん~~~~無理だったんじゃないの~~~、と簡単に否定する。
「魔法なのに?」
「~~~~っ、ふう。大きな魔法にはそれなりの準備がいるの。ゲームでだって、大魔法には長い詠唱がつきものでしょう。同じなのよ、魔法少女の魔法も。その間は無防備で、殴られちゃったらしょうがない。きっとこの破壊は、ダブルセイバーと一緒にいたらしいグッドチャイルドの仕業だと思うけれど、そのグッドチャイルドが円滑に仕事をするために、ダブルセイバーはあなたを隔離した、そういう側面もあったのでしょうね。ていうか、そういう側面しかないのかも。何にせよ、直接の戦闘向きじゃないってことかしら、グッドチャイルドの魔法は」
累がゲームをやっていない可能性を全く考えていないのか。彼はそういえば、自分がオタク趣味であることをうっかりカミングアウトしていたな、と思い出す。それはそれで、オタクだからといってゲームをやっているとも限らないだろうに。
「詠唱、か。そういえば、ダブルセイバーも何か呟いてたな」
「魔法少女の魔法は“声”を通じて使うものなのよ。とにかく何か声に出さなきゃ、魔法少女の魔法は発動しない。空一つ飛ぶにしても、すごい速さで動くにしても、隔離するにしても、殴り飛ばすにしても。だからあなたの、ダブルセイバーの口を塞いだ案は絶妙だったわけ。あ、移動するわよ。ねぐらを探さなきゃ」
ひょい、と黒猫が道路に出る。累はその後について、会話を続けた。
「大きな魔法を使う度に喋っているってのは、見れば分かるからな。しかし本当に、ゲームか漫画みたいな話だ。技名を叫ぶようなものだろ、それ」
「その通り。だからといって、演出や雰囲気でやっているんじゃないのよ」
現実において、技名を叫ぶシーンには出くわさない。スポーツで格闘技をやっている人間などいくらでもいるが、彼らは決して技名を叫んだりはしない。路上の喧嘩でもそうだ。
だというのに、バトルモノの創作に慣れ親しんでいると、そういうものはそういうものだといつの間にやら刷り込まれている。だから何の説明もなく、登場人物たちが技を繰り出す度に技名を叫んでいても違和感を覚えない。アクションゲームなんかでは、そのお約束を逆手に取って声を頼りに反応する場合もあるぐらいだ。
疑問を挟む段階はとうに過ぎている。
無音じゃ寂しい、という作る側の意図もあるのだろうが、例えそうした打算が最初にあったとしても、結果的には文化として受け入れられ、物語を盛り上げる演出の一つとして広く浸透している。
現実の魔法少女にも、そのお約束は当てはまっている、という話だった。それっぽい理由付きで。
「魔法はハートで使うもの、って話はしたわよね」
「“いくら学んだって、どんなに鍛えたって、心が伴ってなければ真に魔法は得られない”……だったか?」
「物覚えが良いのね」
「アンヌのせいだよ、多分な」
脳みその性能が上がっていることを、累はダブルセイバーとの殴り合いの中で既に実感していた。放ったと思ったら打たれている、人間の限界を遥かに超えた少女の徒手空拳を見切っていた事実、“見る”という機能が格段に向上していた経験を取っても瞭然としている話だ。もちろん、従って眼球の性能も上がってはいるのだろうが……。
しかし、急激に頭が冴え渡ると世界の配色までビビッドに変わってしまって、累はいまいち落ち着かなかった。視力の悪い人間がメガネをかけた時の感動の、すごい版だ。
「声はね、魔法を使う上では技術の側の話になる。のだけれど、心の方に全く関係がないかと言えばそうでもないの。創作で技名を叫ぶのは、言ってしまえば読者のためでしょ? そうした方が盛り上がるし、読んでいる方も楽しいから」
ぶっちゃけたことを言う。
そのぶっちゃけが、魔法少女にも当てはまるのよ。と得意げに語るから、累は何も考えず、そうか、魔法少女にも読者のようなものが……ファンみたいなものがいるのか、と考えてしまったが、しかし、当てはめるのは読者云々ではなかった。
「魔法少女は表に出ないのだから、ファンも何もいないわ。そうじゃなくて、技名を叫ぶことが“自分の気持ちを盛り上げる手伝いになっている”って話よ」
「自分の気持ち……ああ」
なるほど。魔法は“
「特別な話じゃないわ。気合を入れる時にね、良し、と一人で呟いて気合を入れること、ない? スポーツでは声を出さないよりも出した方が良い結果になると言われているけれど、そういう人間の身体の仕組み、理屈を、魔法においても実践しているだけなの」
もちろん、ずっと直接的だけど、と黒猫。
スポーツにおける声出しの効能。これはシャウト効果と言って科学的に証明された話である。
アスリートが何かにつけて声を出しているという場面を、誰でも一度ぐらいは目に(耳に?)したことがあるだろう。テニスならインパクトの瞬間に、砲丸投げなら投擲の瞬間に。あの声出しにはきちんと理由がある。出さない時よりも筋肉の出力が上がることが分かっていて、他にも緊張をほぐしたり、邪念をかき消したりといった効果までが期待できるとされている。一般に“ただ声を出すだけで成績が良くなる”というのだから、それこそ魔法のような話だ。
「他にも、
科学的な話から少しずつ、うさんくさい自己啓発のセミナーみたいになってきたな、と累が顔をしかめたところで、黒猫が足を止めた。やれ、しかめ面を見られたかと身構えた累だったが、黒猫は累ではなく、空を見ていた。
空。あまり良い思い出はない。
「一つ、言い忘れてたわ。累、魔法少女は空から来るから」
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