第13話 君、取り出さん

【だってエクストラ……いえ、ミックスに会ったのは初めてだもの。あなたがどうやって魔法を奪うかなんて知るわけがないでしょう?】

 なるほど。もっともである。エクストラだのミックスだの、魔法少女はまだしも、耳にして連想のできない単語が出てきているのには目をつむるとして、確かに累は、頭の中に聞こえる主なき声とは既知の仲ではなかった。声色や口調だけでそうと断じて良いかは怪しいものの、累にはこれほどに気怠く気安い“女声”に覚えはない。

 もともと女っ気のある方でもなかったわけだし。だがそうすると疑問が生じる。

「初めて会うやつが、どうして魔法少女の魔法を奪えると思ったんだ?」

【あなたに寄生しているソレ、天使アンヌって言ってね。魔法少女の敵であり、魔法を奪えるのよ】

 魔法少女の敵。累は自分の左手から生え、今はダブルセイバーまほうしょうじょを縛り、その小さな口を塞いでいる触手に目をやった。

 魔法少女の敵。すんなりと納得のいくフレーズじゃあないか、と累は嘆息する。

 こんな見た目のぬるぬる触手が正義の味方である世界線などひっくり返ったってないだろうという納得であり、魔法少女が急に襲い掛かって来たのは自分自身が化け物だったからと納得し。

 そして、魔法を奪えるとすればきっと、このアンヌとかいう触手に為せる業なのだろうとも、納得した。

「ワンプは喉にあるんだったな」

【ええ】

「好都合だ。今突っ込んでる触手を喉まで滑り込ませれば何とかなるか」

【恐ろしいわ】

 声の白々しい反応は、そのままダブルセイバーの心の声だった。彼女が目を見開いて浮かべた絶望は、魔法を奪われる未来に対してなのか、触手に咥内に止まらず更に奥まで辱められる事態に対してなのか。累には判断がつかなかったが、ダブルセイバーとしてはそのどちらも、というのが正解だった。ぬるぬるがぬるぬると身体の中に入り込んでくる。想像しただけでもおぞましい。まさしく恐ろしい。

「それじゃ」

 始めよう。累は触手の塊をダブルセイバーの口の中に突っ込んだまま、先端をそろそろと喉へと伸ばす。ワンプを取り出すとして、一体何から手を付ければ良いのやら。累はともかく、喉に触手を当ててやらねば始まるまいと理由をつけ、触手を動かした。

 当然だが、外見には何が起こっているのか全く分からない。ダブルセイバーの咥内・喉内でどれだけ触手がうごめき、ねばつくのにまとわりつかないという変な性質の粘液を体内に擦りつけ、何の抵抗もなく滑り込んでいこうとも、来たす変化を伺い知ることはできない。それは、自身の咥内・喉内でもぞもぞと触手がうごめき、ねばついているくせにさらさらと喉を流れて胸中に落ちていく変な性質の粘液を体内に残し、何の抵抗もなく滑り込んでいくのを無力に眺めているしかできないダブルセイバーが、一体どんな心地でいるのかも同様だ。

【ねえ。女の子のナカに触手をねじ込んだ気分はどう?】

「その魔法ってのは、例えば暖かかったりするか?」

【ええ、まあ。女の子の中は暖かいでしょうね、それは】

「そうかい。ならこいつが当たりなんだろう」

【当たったの?】

「だあ! いちいちうるさいやつだな!」

 触手には神経が通っている。それは累の感覚と共有されている。感度としてはほとんど自前の指と変わらないが、それが柔らかく、細長く、関節にとらわれず自由に曲がり、常に粘液に包まれているというのはなかなか不思議な体験だ。

 声のわざと意図を外した答えは、しかしその通りでもあって、指の延長のような触手で臨む少女の咥内は暖かかった。きゅうと喉全体で指を締められている。人の身体の中なのだ、当たり前と言えば当たり前だろう。中でも一際の熱源を、触手の先は早々に探り当てていた。外から見れば首のおおよそ半分ほどの位置。まさぐってみても物理的な違和感はないものの、喉の中間には異様な熱が溜まっていた。それは物理的な高温であり、同時にもっと形のない、精神的で感覚的な、言うなれば。

「魔法の力、魔力か」

 ダブルセイバーは、両手を血が滲むほどに握りしめている。彼女が今、小さな身を震わせ、この瞬間にも耐えている苦痛の数は、大きさは、さてどれほどのものだろうか。味わわせているのが累だとは言え、彼当人にもダブルセイバーをかわいそうだと思う気持ちはあった。何度殴られたか知れないが、怯えた顔を見るにダブルセイバーはやはり子どもだ。それも相当に可愛い少女ではないか。道端ですれ違った性的倒錯者ロリコンがふっと罪を犯してしまいかねないような魅力が、ダブルセイバーにはあった。ウェーブのかかったロングブラウンと、少女的な可愛さの中にどうしたって隠せない大人びた気品のある顔つきと相まって、魔法少女は何やらファンタジーめいている。

「……ファンタジー、ね。これはファンタジーなのか?」

幻想ファンタジー虚構ファンタジーか、ってことなら、まあ前者よ。これは現実だから】

 あえて違いをつけるなら、主体が彼我のどちらにあるか。幻想は我にあり、虚構が彼にある。

「自分でどうにかしろ、ってことか。そういうことだ。頼むよ、触手。いや、アンヌって呼んだ方が良いのか?」

【アンヌは個体名じゃなくて種族名だからね。犬を犬って呼ぶようなものだわ。でも触手に固有の名前がいるのかしら】

「アンヌで良いってことか?」

【前柄累でも良いってことよ】

 感覚まで共有している仲では、さもありなんと言うべきか。だがそれは、腕を腕と呼ばず個体名で一緒くたにするのと同じである。どちらと是非はひとまず置いて、累は触手に意識を集中する。

 別に、触手操作マニュアルのようなものは閃いていないし、これまでの戦いの中で培えてもいない。ただそうすれば触手側の機能が使えるような気がする、というだけだった。感覚を共有するほどの仲である。その実は以心伝心、必要なのは理解ではなく信頼だ。できるはず、できるに決まっている、だからその力を引き出してやる。触手はすんなりと、累の願いを聞き入れた。

「――――――~~~~!!!!!!」

 今度は外からでも分かる変化。ダブルセイバーの身体が、ひきつったようにぴんと伸びて、かすかなうめき声と一緒に首から光が漏れ出す。電球に透明の袋を被せたようなぼんやりとした明かりで、その中央には……まるで喉まで透けているみたいにして、発光する球体が確認できた。大きさは二センチあるかないか。声の話した通り、指輪と言われればそれぐらいの大きさに見える。

【ビンゴよ】

 これでビンゴでなければどこを探せばリーチになるというのか。文字通り“魔法(物理)まほうかっこぶつり”をその身で体感してきた累には、なるほど、かの光こそダブルセイバーの行使していた超常、この世ならざる法則、虚構でしかなかったはずの魔法の根源なのだな、と一目に理解した。触手がそれを掴む、いや、“噛み付く”。伝わって来るのは焼き切れてしまいそうなほどの高熱に、実は備わっていた触手の歯に返って来る人工物めいた硬い感触。光の中にそれはあった。それが光を放っていた。ビンゴ。声の言葉は全て正しかったのだ。

 後は取り出すだけだ。咥内に溜めた触手を最低限だけ残して外に出す。最低限、というのはダブルセイバーに口を閉じさせないために、上下のあごを抑えておくのに必要な分だ。呪文を唱えられても、触手を噛みちぎられても適わない。強制的に開口された中から光の粒となっている指輪を取り出すと、同時に魔法少女の魔法衣装ジャージが、ぱん、と光の粒になって消えた。

「終わり、か」

 呆気のない。

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