第14話 君、見えん
見た目にも魔法少女が魔法を失ったのは明白だった。加えて、魔法だとはっきり分かる感覚に触れた累には、目の前の少女から同じ魔法の力がはたりと消え失せた事実もまた、明瞭に感じられた。先ほどまで、触手を内側から破らんと力をこめ続けていたダブルセイバーだが、もはやそこまで強い抵抗の意思は感じられない。魔法少女とは、つまり魔法とは、少女にそれだけの力を与えるものだった、というわけだ。
握り潰してしまわないように、締める力を緩める。
累は魔法足る指輪を触手から受け取った。……触手は累の一部なのだから、その行為は右手から左手に持っているモノを移すに近いのであって、“受け取った”というほどに他者が介在しているわけではないのだが、ともあれ、魔法少女を生み出すほどのマジックアイテムはついに、累の右の手の平に置かれた。
「こんなものが、ねえ?」
肩透かしを食らって、累がぼやく。晴天にかざしてみても何が変わるわけではない。ワンプは、見た目には単なる銀色の輪っかでしかなかった。
そう、指輪ですらない。模様が掘ってあったり、立体的な装飾が施されていたり、宝石を頂いたりしていれば、そうした輪っかは装飾品なんだ、サイズからすれば指輪なんだと見分けることもできようが、魔法少女の体内から取り出された輪っかには一切の工夫がない。何か、機械の部品だと言われた方がよほど納得の行く外見をしていた。
【魔法少女の部品だけれどね】
声のどうでもいいトンチは無視する。その通りには違いなかったが。
「それで、この指輪はどうするんだ?」
【あなたが持っていなさい。他の魔法少女に取られでもすれば、新たな魔法少女を生んでしまうかも知れないわ】
「他にもいるんだな、魔法少女」
【そうね】
薄々予感していたことだった。ついに姿を見ることはなかったものの、グッドチャイルドとやらがダブルセイバーと話していた時点で、魔法少女は少なくとも二人。それ以上に魔法少女がいる可能性に考えが及ぶのも突飛ではない。そこへ、ワンプの存在が明らかになる。魔法少女の生命線。猛威を振るった魔法の力が外的要因によってもたらされていると知れる。
ワンプは魔法少女を生み落とす。なら、この二人も造られた魔法少女かも知れない。なら、この二人を生み出した魔法少女がいるかも知れない。
累にとっての初めての魔法少女はダブルセイバーでも、魔法少女界隈にとっての初めての魔法少女がダブルセイバーである保証はどこにもなかった。仮にダブルセイバーが世界初の魔法少女だったとしても、それはそれで、彼女が他に魔法少女を生んでいる場合へと話が変わっていくだけだ。
魔法少女は他にもいる。それもおそらくたくさんいる。大挙して襲い掛かって来る魔法少女たちに相対する未来を想像して、累は憂鬱になるのだった。
「いや、今はよそう。ともかく終わったんだ」
空を見上げる。累の顔はいつの間にやら治っていた。この現実でない空間も魔法によるものなのだろう。見渡す限りの大草原。吸い込まれそうに青い空。先ほどまでの血生臭い戦いなどどこ吹く風で、平和そうに緑の絨毯を撫でて駆ける春風。絵に描いた天国に入り込んだかのようなこの魔法の空間からも……。
「……魔法の空間? どうしてこの空間はなくなってないんだ?」
一転、冷や汗が伝う。
「この空間は魔法少女の……ダブルセイバーの魔法なんだよな?」
【ええ、そうよ】
「ええ、そうですわ」
声とダブルセイバーの回答が重なる。累は思わずダブルセイバーを見た。今まで力なくうな垂れ、話す素振りなど少しも見せなかった少女が、うつろに天を仰ぎ、何やらその身を震わせている。
「この時が来ましたのね。魔法少女のもう一つの可能性が」
「何を言っている? おい、ダブルセイバー!」
「魔法少女の歩く未来は二つ。生きてやつらを殺すのか、それとも」
じじじじじじじじじじじじじじじじじじじ。
電気の奔る音のようであり、布を引き裂く音のようであり、鼓膜をつんざく高音でなければ、腹の底に響く低音でもなく、しかし連続する音は異様な浸透力をもって累の身体を内側から揺さぶった。
いや、揺れているのは身体ではない。掴まれているのは神経だ。触手で握った裸の魔法少女を挟んで、累の前方の空間にひびが入っていく。魔法少女の背後の空と大地がひび割れていく。中空に一筋、真っ直ぐには定まらず無数の枝をつけながら、白い線で表されるひびが奔っていく。
じじじじじじじじじじじじじじじじじじじ。
「死んでやつらに喰われるか」
がこん。がこん。がこん。がこん。
空間が裂けた。ガラスが割れるのではなく、音はまるで“向こう側に向かって分厚い壁をぶち抜いたよう”であった。空いた側から、ぐぐぐ、と絞り出されるように何かが這い出て来る。
【あなたはとことん、ついていないのね】
呆れたような声。ついていないということは、きっと良くないことなのだろう。
【ダブルセイバーが最初に使った魔法は“模倣”なの。異空間に自分と対象とを引き込み閉じ込めるための時空魔法。通称“
ひびの向こうの世界から現れるのは何者か。その姿形、全容は知れないものの、たったの一部を見ただけで人ではないと分かる。いや、鏡のように凹凸がなく、無機質な銀色を鈍く光らせるフォルムは、もはや出て来るのが生物であるのかどうかも怪しかった。
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん。金属をひしゃげるような甲高い音を薄く乗せて、地の底から這い上がって来るように重く低い音。空間の割れる音なのか、それとも出ずる何かの呻く声なのか。過去の体験から似た体験を引っ張り出すにはあまりに、累の人生は平凡だった。
それは魔法少女以上に、常識の外だった。
【この世界に魔法を持ち込んだのは魔法少女じゃないの。魔法少女はあくまで
累はダブルセイバーをかばうように自分の後方、かなり距離を取ったところまで下げて、その触手を離した。ばさ、と草原の上に裸のダブルセイバーが落ち、座り込む。双眸はうつろに、累ではなく、かといって今も続々と異様な風体を晒しつつある何かでもなく、ただ開いている。
【それは時空魔法の
ばさ、と。
窮屈なサナギから殻を破って羽を広げる蝶のように。
空間の割れ目から出てきた何かは、陽光のように真白く、山景のように雄大な翼をはためかせた。
【
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