第12話 君 捕まえん
胸。
頭。
左腕。
厳密に表すのならおそらく、心臓、脳、触手の三つ。累はこれらを、過保護なまでに攻撃に晒そうとはしなかった。
理由は一つしかない。この内のどれかが弱点なのだ。破壊すれば累を殺せる大当たりなのだ。
しかし、踏み込んで判断するにはそれが限界だった。当たりを正確に割り出すには情報が少なく、どこを壊すかは最終的には賭けとなった。賭けるのなら、最も
ダブルセイバーはほとんど即決で、触手に狙いを絞った。
前柄累は元人間だ。そうでなくなったのは触手のせいだ。だから触手を殺せば累は人間に戻って、その異常な再生力を失う。人間に戻った時点で殺すのか殺さないのかはさて置くとしても、累が魔法少女の敵、つまり人類の脅威でなくなるのは間違いない。諸悪の根源は累ではなく、累を化け物にしたやつらである。そういう意味では、累も化け物の被害者だった。同情はしないし、殺すことにもためらいはなかったが。
しかしながら、ダブルセイバーはその一見するとまともな持論の一部には、あまり自信を持っていなかった。前柄累が触手によって化け物になった、というのは間違いない。覆しようがない事実だ。だからダブルセイバーは彼の前に現れたのだから。
だが、触手が今も主導権を握っているのかとなれば話は別だ。今の累が化け物として扱っている異常な再生力は、果たして触手によるものなのか、累自身によるものなのか。人外の再生力が触手によってもたらされたことに疑問を挟む余地はないにせよ、触手は今もその再生力を持っていて、累の回復を触手の主導で行っているのかどうか。
……ノー、だと。
ダブルセイバーは考えていた。なぜか。
累を攻撃した時と触手を攻撃した時の再生の仕方には違いがある。累は即座に傷が治り、触手はそうではなかった。繰り返しになるが、触手の回復はおそらく、累に回収された後でしか発揮されないのだ。例えば出先で携帯電話が壊れてしまったとして、携帯電話には自己修復機能がついていないので、何らかの店に持参して修理してもらうか、スキルがあっても道具がないのなら自分で持ち帰って直すしかない。首尾良く携帯電話が直ったとして、それは携帯電話が自分で回復したわけではないだろう。あくまで持ち主に“回復してもらった”わけだ。
累と触手の関係も似たようなものである。触手は道具であり、自身に回復の機能はついていない。それを有しているのは累であり、触手は累にしか回復できない。触手の回復は“累によってのみ”行われる治療行為だ。異常な再生力を累にもたらしたはずの触手が、もはやそれを所持していない。
どこへ行ってしまったのか。言うまでもなく、それは累に宿ったのだ。触手が自身の再生力を、そっくりそのまま累に譲渡したのだとすれば、累と触手の間にある再生力の違いにも説明がつく。どうしてそんな判断を下したのかは分からないが、ともかく、触手は累に全てを託した。
前柄累という化け物の本体は、十中八九前柄累本人である。
だから触手の死が直接、前柄累の死に繋がるとは思っていなかった。それでもダブルセイバーが触手への攻撃を止めなかったのは、対するにはあまりに“厄介”だったからだ。
単純な話。ダブルセイバーが累を殺すにあたって、累の触手は最大の障害だった。油断をつかれ逆さ吊りの屈辱に遭い、地面に叩き付けられた私怨もある。何にせよ、触手を一時でも排せたなら、残るは死に辛いだけの生身の人間、事は難しくなくなる。
万が一そうでなかっとしても、“そうでなかった”ということは、触手が本体だったという場合である。それは累ごと死ぬのだから構わない。期待しなくて良い幸運を素直に受け入れれば良いだけだ。
……?
“右腕の再生には十秒”、だって?
「おまえ、何を呆けてるんだ?」
わたくしは今、何秒考え込んでいましたの?
ダブルセイバーがはっとして前を見ると、……目を離してなどいなかったはずなのに、倒れていた前柄累は既に起き上がっていた。破壊したはずの右腕は完治し、だが上あごから上を吹き飛ばされた頭の治療は終わっていない。……断面の中央から芽を出すように肉が伸び、追いかけて周囲の肉が盛り上がっていく。増幅し、積み重なり、累の顔が脳天に向かってできあがっていく。
例えるなら、透明なグラスに液体を注いでいるよう。そのグラスには液体が注がれた時だけ反応して絵が浮かび上がる仕掛けが施されているのだ。だから下から上に向かって、ワイプでもされているみたいに顔ができあがっていく。彼の再生は、冗談みたいに行われていた。
人間じゃない。ダブルセイバーの感想は今更であり、同時に的確でもあった。累の様子は、彼女が累と出会ってから今までで一番、非人間的であったからだ。
的も何も、人間ではないのだが。
ダブルセイバーはすぐにその場を離れようとし、しかし身体が動かなかった。もう触手が全身に絡みついて、腕も足も動きを封じられている。本当に……ダブルセイバーはそれを自分で目にするまで、自分が触手にがんじがらめにされていることに気づいていなかった。
「いつの間に――ぃっ!?」
触手がダブルセイバーを締めあげ、持ち上げる。今度は足どころの話ではなく、ダブルセイバーはほとんど簀巻きにされた。
「それで」
ダブルセイバーを睨みながら、累が話しかける。もちろんダブルセイバーにではない。
「魔法ってのはどうやって奪うんだ」
「魔法を……! あなた! 何を言って!」
「ああ、そうだ。塞がなきゃな」
「は? むぐっ!?」
触手が先端からダブルセイバーの咥内に入り込んだ。続々と吸い込まれるように溜まっていき、あっという間にいっぱいになる。
「魔法ってのは口に出して使うんだろ。おまえは二回、それをやっているからな」
最初の一回は初対面。二回目はドレスからジャージに変わった時。厳密にあれが“肉声”だったかはともかく、唇の動きと発せられた音が一致していたのを累は確認している。思い出せばそうだった、というだけの話だが、いかにも魔法の名前らしい文字列を口にした瞬間以外に大きな変化が起きていない以上、殴る蹴るではなく、もっと特別な魔法は言葉にする必要が……魔法少女風に言えば“呪文を唱える必要がある”のだろうと、累は推測していた。
【当たりよ。まあ、口の中があんたの触手でいっぱいってのは想像したくもないんだけど】
「……俺もいやだよ、そんなのは」
【男の触手プレイなんて誰も得しないわ】
「そこまでは言ってない! それより、魔法の奪い方だ。無事に捕まえられたんだからな」
お疲れ様。と、労いの声。何となく力なく聞こえるが、声にやる気が感じられないのは最初からでもあった。
【魔法少女はね。魔法を使うために“
「実質的な生命線。じゃあ、ワンプを奪えばイコール、魔法を奪えるか」
【イエス。ただ残念なことに、ワンプの取り出し方をわたしは知らないの】
「……は?」
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