戦場は即売会!7-8

「きゃあああッッッ!」

「ラインハルトさまが変身なさったわッ!」

「なんて勇ましいお姿ッ!」

「撮りなさいッ! 撮るのよッ!」

「莫迦なこと言わないでッ! 網膜に焼き付けるほうが先よッ!」

 現状を理解しているとはとても思えない、そんな黄色い声を背中に受けつつ、宇宙刑事ライガは暗黒医師に言い放った。

 鋭利極まる眼差しとともに、人差し指を一直線に突き付ける。

「ドクター=アンコック! 平穏な祭典を襲いッ、人々の心を惑わしッ、あまつさえ罪なき創作者を悪の道へと導かんとしたその所行ッ……断じて許すわけにはいかないッ! 銀河を守護する宇宙刑事の名において、この僕がいまここでおまえたちを討つッッ!」

「ほざいたな、若造ッ!」

 黒いマントを翻し、ドクター=アンコックが反発する。

「やれるものならやってみるがいいッ!」

「言うに及ばずッ!」

「フハハハハ。言いよるわい。だが、貴様ごときがこの新型機界獣スクラトドンに勝てるとでも思うたか?」

 「やれッ!」という怪老の号令一下、機界獣スクラトドンは、ぎらりとその目を輝かせた。

 瞳の奥の水晶体が、すかさず目標をロックする。

 一瞬ののち、目映いばかりの光の帯が雷牙めがけて放たれた。

 強力無比な熱エネルギーの奔流だ。

 弾かれたように身をかわす黄金騎士のすぐ側を、煌めく殺意が通過する。

 不快な音を立てて空気が焼け、硬くコンクリートを打った地面に直径一メートルほどの大穴が生じた。

 とてつもない威力である。

 暗黒医師の言うとおり、この生体ビームに耐えられる装甲防御など、いまの地球上には存在しまい。

 それを目にした趣味人たちが、一瞬遅れて周囲に散った。

 巻き添えの危険を察したのだろう。

 幾多の悲鳴が噴出する。

 だが彼らは、そのまま逃げ去るという選択肢をあえて選びはしなかった。

 無論、それが賢い判断でないことは重々以上に承知している。

 それでもなお、箱庭世界の創造主たる数寄者たちは、この戦いの顛末を見届けずにはいられなかった。

 怒濤のごとき好奇心を振り払うことができなかった。

 湧き上がって来る膨大な恐怖を、別種の感情が間を置くことなく塗り潰していく。

 その断固たる意志の力は、この時、シーラや久美子を初めとする合理的見解の持ち主を数の力で圧倒した。

 「莫迦ッ! 逃げなさいよッ!」という金髪姫の叱責も、彼らの耳に届くことはなかった。

 踏み止まった人間の壁が、半径五十メートルほどのバトルフィールドを形成する。

 雷牙に向かって魔獣の攻めが襲いかかったのは、それからすぐの出来事だった。

「そらそらどうした? まだまだ行くぞ」

 暗黒医師の挑発に続き、不気味に動くその両眼が怪光線を乱れ撃った。

 驚異的なまでの厚みと密度。

 まるで、ビームが織りなす流星雨だ!

 宇宙刑事がそのことごとくを回避しているのが、まさに奇跡と言うべき状況と言える。

「くそッ!」

 防戦一方に追いやられた黄金騎士が、思わず悪態を口にした。

 抜き放った雷光剣を構えたまま、腰を落として高所の敵を睨み付ける。

 それは、これまでの彼が見せたことのない、はっきりとした受け身の姿勢だ。

 敵の猛攻を電光石火にかいくぐり、おのれの分野である接近戦へと持ち込む──それが雷牙得意の戦闘プランだった。

 素人目には時に無謀と思われることもあったが、彼は結果を残すことでその有効性を知らしめてきた。

 だがこの新型機界獣は、そうした雷牙の必勝パターンを一時的にしろ阻みきっている!

 ドクター=アンコックが誇らしげにするだけあって、その実力は明らかに従来の機界獣を上回るものであった。

「嘘でしょ!? あの雷牙が手こずってる!」

 眉根をしかめた金髪姫が、忌々しげに吐き捨てた。

 あからさまな戦況不利を、その目でしかと見て取ったのだ。

「認めたくないけど、敵の連射が凄すぎるんだわ!」

「ど、ど、どうなっちゃうのよ、この戦い?」

 そんな彼女を目の当たりにして、久美子は思わず質問を発した。

「まさかまさか、このまま轟さんが負けちゃうなんて展開はありえないわよね?」

「そう言い切れないのがつらいところですね」

 振り向きもせずシーラは答えた。

 意味深な言葉が、その唇を突いて出る。

「いくらアイツでも、このままじゃあ、いつか捉まる。このままじゃあ、ね」

「?」

「久美子さん」

 美少女は小声で女性記者へと告げた。

「わたしが合図したら、その鉄砲であの化け物を撃ってください」

「えッ、えッ」

「頼みますよッ!」

「えェェェッ!!!」

 一方的な頼み事をした金髪姫が、素早く移動を開始した。

 人混みを盾にしながら、巧みにその外縁を駆け抜ける。

 幸いなことに、敵の指揮者たるドクター=アンコックは、配下の機界獣共々、眼下にいる宇宙刑事にすべての意識を集中していた。

 おそらくだが、彼以外のすべての者を脅威と認めていないのだ。

 随分と他者ひとを舐めきった態度であったが、それも仕方のないことだろう。

 いまのところブンドール帝国に対抗できるだけの戦力は、この地球上には存在しないのだから。

 シーラの胸中に、とある悲惨な光景がまざまざと蘇ってきた。

 それは、かつて自らが目撃した蹂躙される自衛隊員たちの姿であった。

 音に聞こえた地球の精鋭たちであっても、宇宙から来た侵略者を前にしてはまったくの無力。

 それを目の当たりにしていたからこそ、彼女は暗黒医師の判断に憤りを感じたりはしなかった。

 憤りとは、言ってしまえば現状に留まる不平を言い続けるという意志の証。

 シーラは、そんな後ろ向きの選択肢をあえて選ぼうとは思わなかった。

 ムカつくときは行動あるのみ!

 それが彼女の真骨頂だった。

 見てらっしゃい──反骨心をむき出しにしてシーラは呟く。

 いまその増上慢に、たんまり吠え面かかせてあげるんだからッ!

 軽やかな跳躍を果たし、金髪の美少女は建物の上へと飛び乗った。

 無駄な動きはいっさいせず、最短距離で敵の死角に回り込む。

 衆目の視線が、否が応にもそんな彼女に集中した。

 暗黒医師が異変に気付いたのは、まさしくそれが理由であった。

 背筋に違和感を覚えた怪老と魔獣とが、はたと背後を振り返る。

「おのれ小娘ッ!」

 シーラの存在を見て取ったドクター=アンコックが、吐き捨てるがごとく言い放った。

「その細腕で我らの背中を討とうてかッ! ちょこざいなッ!」

「はんッ! その小娘相手にこうも容易く後ろを取られる、そんなへっぽこ老人に面と向かって言われたくはないわねッ!」

 暗黒医師の吹き出る殺意を受けてなお、少女はひるまず言い返した。

 気後れしている素振りなどいっさい見せない。

 それは、大した、という枕詞を遙か彼方に通り越し、手を叩いて賞賛したくなるほどの胆力であった。

 およそ、衆のレベルを超えている。

 「シーラさんッ!」という、その身を案じる雷牙の叫びを右から左に聞き流し、彼女はなおも挑発を続けた。

「地球の女を舐めるんじゃないわよ、このコスプレ爺ッ! 地球の女はねッ、根性なしの男たちと違って、ヤルと決めたら一歩も退かないんだからッ!」

「小賢しい小娘がッ! 言いよるわッ!」

 怪老が、ばっと大きく右手を振った。

「ならばその蛮勇に免じ、舐めることなく心を込めて灰にしてくれようッ!」

 その発言が終わるのを待たず、機界獣スクラトドンがひと声鳴いてギロリと目を剥く。

 巨眼の奥の水晶体が金髪姫を指向した。

 ビーム発射の兆候だ。

 そしてシーラが令を発したのは、まさにその瞬間の出来事だった。

「久美子さんッ! いまよッ!」

「ラッ、ラジャーッ!」

 片目をつぶってじっと照準を合わせていた久美子が、ファイヤーマグナムのトリガーを引き絞った。

 両手で構えた大型拳銃の銃口から、轟音に続いて一発の銃弾が飛び出していく。

 爆発音が響き渡ると同時に、スクラトドンの頭部側面に目映い火球が出現した。

 ファイヤーマグナムの爆裂徹甲弾が、狙い違わず目標を捉えたのである。

 ただしその一撃は、機界獣の肉体に致命傷を与えるまでには至らなかった。

 いや、それどころか血を流させることすらできていない。

 傍目には、まったくの無傷であるようにすら見える。

 しかしながら、その攻撃が完全に無駄だったというわけでもまたなかった。

 突如としておのが側頭部を叩かれたスクラトドンは、予期せぬ奇襲にわずかだが、そうほんのわずかであったが、確かにその動きを止めたのである。

 それは、たかだかコンマ数秒しかない、小さな小さな隙であった。

 だが同時にそれは、シーラにとって求めた以上の間隙でもあった。

 いまッ!

 針の穴ほどの好機を利し、瞬時にして間合いを詰めた金髪姫が、裂帛の気合いとともにエネルギーブレードを一閃する。

「えェェェィやァァァァァァッ!!!」

 抜き放たれた光の刃が逆袈裟斬りに跳ね上がった!

 輝く軌跡がスクラトドンの左眼に重なる!

 柔らかい急所をばっさりと切り裂かれ、魔獣は悲鳴を上げつつ上体を仰け反らした。

 されど、シーラの表情に歓喜はない。

 手応えの軽さが、奇策の不首尾を彼女に伝えてきたからだった。

 しまったッ!

 浅いッ!

 唇を噛み締めシーラは思った。

 苦痛のうめきをもらしながら、スクラトドンが右手を振る。

 やはりというか、動きのキレに衰えはない。

 慌てて下方に身を沈める金髪姫のすぐ頭上を、鋭い爪が通過した。

 黄金の髪をなびかせて、彼女は一気に間合いを離す。

「小娘ッ! 女の浅知恵とは、まさにこのことよのォッ!」

 暗黒医師の嘲りが、そんなシーラを追撃した。

「もっとも、いかに稚拙な奇襲とは言え、この新型機械獣スクラトドンに一撃与えた実力は評価せねばなるまい。その事実をおのが一生の誉れとして、この世に別れを告げるがいいッ!」

 スクラトドンの残った右眼が、シーラの姿を捕捉した。

 瞳孔が凝縮し、ビーム発射の準備が整う。

 その瞬間、死への恐怖が少女の背筋をぞくりとなでた。

 しかし彼女はひるまなかった。

 腰を落とし、じっと意識を集中させる。

 兆しだ。

 攻撃の兆しさえ掴み取れれば、それを避けることは難しいものではない。

 剣士としての乙女の自制が、湧き起こる戦慄を心の端に押し込んでいく。

 だがこの時、そうした息詰まる硬直を打破した者は、当事者たる両名の、意識の外より現れた。

 戦乙女と対峙する暗黒医師と機界獣、彼らの真後ろ上方めがけ、その者は──凜々しき姿の黄金騎士は、掛け声とともに跳び上がったのである。

 時間差の奇襲!

 おのれの策を受け継いだ宇宙刑事の英断に、雪姫シーラが喜悦の声を張り上げる。

「雷牙ッ!」

 そしてその一瞬後、遅れて気付いた怪老が「しもうたッ!」と自責の声を上げる間もなく、青年は構えた刃を落下しながら振り下ろした。

「プラズマブレードォッッッ!!!」

 青白く光をまとった雷光剣が、スクラトドンの残った右眼を上から下へと斬撃した。

 迎撃のために振り向いたことが、魔獣にとっての災いとなった。

 されど、雷牙はそれを哀れんだりしない。

 雄叫びとともに、鋭利な切っ先が魔獣の腹部に突き立てられた。

 黄金の鎧を煌めかせつつ若き戦士が宣ったのは、まさにその直後のことだ。

 彼は叫んだ!

「ただ破壊と殺戮しか知らないおまえたち機界獣がッ、創造の楽園を知るこの僕に勝てるわけがないッッ!」

 甲高い悲鳴とともに後退るスクラトドンに合わせ剣を引いた雷牙が、その刀身を改めて構え直した。

 額のクリスタルが紅く輝き、雷光剣の発する光がぐんぐんとその明度を増す。

「ライトニングッ! エクスプロージョンッッッッッッ!!!」

 叫ぶや否や、黄金騎士は頭上に構えた光の剣を勢いよく振り下ろした。

 その切っ先が、空中に縦一文字の軌跡を描く。

 機界獣スクラトドンの頭頂から股下にかけて、ひと筋の煌めきが雷光のごとく発生した。

 それはたちまちのうちに面積を広げ、遂に対象の存在を分断するにまで至る。

 機界獣の肉体が左右に分かれて地に堕ちた。

 そのそれぞれが、真っ赤な炎を噴き上げて爆発する!

 機界獣スクラトドンの最期だ!

「よしッ!」

 黄金こがねの髪の美少女が、ぐっと拳を握りしめた。

 満面に浮かべているのは、見るからに「してやったり」といった表情である。

 しかし、そんな彼女に雷牙が放った第一声は、ストレートすぎる叱責だった。

「シーラさん! あまり無茶をしてもらっては困ります!」

 堅物教師の口振りで、宇宙刑事は少女に告げた。

「そんなことをしてもらうために、あなたに力を預けたのではないんですよ!」

「いいじゃない。終わりよければすべてよし、よ」

 だが、シーラの答えに悪びれた様子はなかった。

 堂々と自分の行為に胸を張り、宇宙刑事の顔を少女は見上げる。

「それよりもさ、どうせまだ終わりってわけじゃないんでしょ?」

「おそらくは」

 怒濤の地響きが鳴り響いたのは、ふたりがそんな会話を交わした、そのすぐあとの出来事だった。

 趣味人たちの足下がぐらぐらと揺れ、打たれたコンクリートの至る所に、無数のひび割れが発生する。

 即売会会場となっていた産業展示館自体も、激しい振動に耐えきれず見る見るうちに倒壊を開始。

 逃げ惑う皆々の頭上に、大小様々な瓦礫を降らせた。

「みんなッ! 急いでこの場を離れてッ!」

 白銀の戦乙女が大音量で命を発した。

 崩れ行く建物から素早く飛び降りつつ、大きく利き手を外に振る。

 それは、有無を言わせぬ上から目線の言いようだった。

 が、なんといっても状況が状況である。

 その発言に反する者は誰ひとりとしていなかった。

 彼女の言葉を起爆剤として、老若男女のひとの群れが、水面みなもに生じた波紋の動きで現場に対して踵を返す。

 彼らは半ば信じていた。

 ここからの待避が終われば、ふたたびいつもの日常が帰ってくるものだと。

 しかしそれは、趣味人たちの意とは異なり、事象の終わりではなく新たな事象の始まりに過ぎなかった。

 しゃがれた声が彼らの後頭部を打ち据えたのは、まさしくそれからすぐのことだ。

 発言者は、ブンドール帝国の幹部、「暗黒医師」ドクター=アンコックだった。

 いつの間にかこの場より姿を消していた彼は、どこからともなく耳障りな高笑いを轟かせつつ挑発的な言葉を浴びせかけた。

『ふははははは! 本番はこれからじゃぞ、原住民どもッ!』

 予期せぬ異変が起こったのは、その直後のことであった。

 すでに半壊していた産業展示館の建物が、直下から吹き上がった多量の土塊によって文字どおり木っ端微塵に粉砕されたのだ。

 それはまるで、土砂が織りなす間欠泉の再現だった。

 いやむしろ、火山の噴火にすら近い。

 大爆発に匹敵する何かが、あたりの空気を激震させた。

 その衝撃に襟首を捕まれた面々が、逃げるのを止め肩越しに振り向く。

 彼らの視界に想像を絶する異形が現れたのは、まさにその瞬間の出来事だった。

 それは、ギラギラと怪しく輝く三つ目を持った、直立する猫の化け物であった。

 否、猫と言うには余りにも禍々しすぎる。

 その身長は五十メートルを下るまい。

 地表の瓦礫を直下より蹴散らし出現したそれは、身体を激しくよじらせながら天に向かって吠え声を上げた。

 総身を覆う無数の体毛が、それぞれ別種の生き物のごとく不気味なダンスを踊ってみせる。

「悪夢だ」

 趣味人たちのほとんどが、そう呟いて立ちすくんだ。

 圧倒的な異様に晒され、おのれの寄って立つ現実感というものを完全喪失してしまったのである。

 だが、その醜態を責めることはできまい。

 人類ひとは、見知している獣の類と遭遇しただけでも、場合によってはその身を固めてしまうような生き物なのだ。

 およそ空想世界にしか存在し得ない魔の存在と対峙して、なお正気を維持しろと求めるほうに無理がある。

『恐れ入ったか、原住民ども! そして、身の程知らずの宇宙刑事!』

 おのれを見上げる無数の恐怖を自己肯定の証と受け止め、暗黒医師は居丈高に吼え猛った。

 魔獣の頭部に設けられたコックピットの奥で、その醜怪な老人は大笑しながら勝ち誇る。

『このスクラトドン=ギガンティックはのう、対翔龍機神をも視野に入れて調整された、この儂自慢の最新作ぞッ! その三眼より放たれる摂氏百万度の熱光線は、ありとあらゆる物質をたちどころにして気体に変えるッ! さあ、若造! おぬしに勇気というものがあるのなら、おぬし自慢の使い魔どもをさっさと召還してみてはどうじゃッ!』

「面白い。だが断言しておく。結末は、そっちの思うとおりにはならないぞ!」

 より一層目を険しくした雷牙が、裂帛の気合いを込めて叫んだ!

「ドラゴニックブラスターァァァァァァッッ!」

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