戦場は即売会!7-7

「貴様は、轟雷牙ッ!」

 流れるような宇宙刑事の参上に、暗黒医師が目を見開く。

 だがその驚きは間を置くことなく収まりを見せた。

 理性的な判断が、直面した現実を当然のことと受け止めたからだ。

 苦々しげに怪老は吼える

「小娘だけではあるまいと思っておったが、やはり貴様もこの場におったかッ!」

「残念だったな、ドクター=アンコック!」

 そんな敵手の口上に、決然とした声で雷牙は応えた。

「おまえたちがいかなる悪事を企もうとも、この僕の目が黒いうちは、必ずそれを阻んでみせるッ! 罪なき市井の人々を、断じて傷付けさせたりはしないッ!」

 広く凜々しい彼の背中が芝居がかった見得を切る。

 そのキレと色気のある仕草は、会場にいる女性たちの女性たる所以を一瞬にして刺し貫いた。

 目の当たりにした「黒い剣士」の頼もしさフェロモンに、女性陣から無数の黄色い声援が飛ぶ。

「キャ~ッ! ラインハルトさまァァッ!」

「やっぱり素敵ィィッ!」

「こっち向いてェェッ!」

「写真撮らなきゃァァッ!」

 ただしそれは、この現状に相応しいアクションなどでは決してなかった。

 言うまでもないことだが、彼女らはいま「理不尽な暴力集団に我が身を拘束されようとしている」のである。

 この反応を見る限り、そんな自分の立場というものをわかってないにもほどがあろう。

「いいかげんになさいッ!」

 彼女らに向け鋭い一喝をかましたのは、「エルフの姫君・ジークリンデ」こと、雪姫シーラそのひとだった。

 透き通る美声が、皆の鼓膜を雷鳴のように貫通する。

「そんな風にきゃーきゃー騒いでる暇があったら、まず自分の身の安全を確保したらどうなのッ!? あなたたちみたいのがいくつになっても『いざとなったら誰かが守ってくれるはず』なんてお姫さま気分でいるもんだから、わたしたちオンナはねッ! 莫迦なオトコたちから、ひと括りにされて見下されるのよッ! 冗談じゃないわッ! 自分ひとりでお花畑やってる分には一向に構わないけどさ、そっちだけの勝手な都合で罪のないこっちを巻き込むのはやめにしてちょうだいッ!」

「何よ、あなたッ! ちょっとばかり自分が綺麗だからって偉そうにッ!」

 歓声を上げていた女性陣のひとりが、いらだち気味にシーラを睨んだ。

「どーせ日頃から、その大きなおっぱい目当ての低脳オトコどもからちやほやされちゃってるんでしょッ!? あたしたちはねッ! あなたみたいなオトコに媚びてるトロフィーオンナにいちいち指図されたくないのッ! こっちはそもそも自己責任でやってんだから、邪魔しないでほっといてくれないッ!?」

「あ、そう。だったらほっとく」

「えッ!?」

 戸惑いを見せたその女性を、シーラはあっさり突き放す。

「そこまで覚悟決めてるんなら、わたしも横から口出ししないわ。アリガト。余計な手間が省けちゃった。頑張ってね」

「えッ!? えッ!?」

 呆然とする彼女を尻目に、シーラはくるりと踵を返した。

 伸びてくる手を振り切るように、さっとその場をあとにする。

 久美子と七海が足早に駆けてきたのは、ちょうどそのタイミングでのことだった。

「シーラさん!」

「シーラちゃん!」

 金髪姫の名を口々に呼び、人混みを掻き分け走り寄ってくるふたり。

 背中越しにその声を聞いたシーラが、振り返りながら足を止める。

「七海ッ! 久美子さんッ!」

 爪先を転じて彼女は言った。

「ちょうど良かった。ふたりにお願いがあるの。悪いけど、少しの間だけ、わたしの手伝いをしてくれない?」

「手伝い?」

「そ」

 あっけらかんとシーラは告げる。

「雷牙があの連中ブンドールの相手してるうちに、ここにいるみんなを脱出させたいの。協力して」

「協力って、何をすれば」

「取りあえず、久美子さんにはコレ」

 言うが早いか少女の手から、黒い何かが久美子のもとへと飛来した。

 「わわッ」っとそれを受け取った眼鏡の女性の手の中で、投げ渡された直方体が別の何かに姿を変える。

 出現したのは超大型の自動拳銃だった。

 そのサイズは、はっきり言って標準的な彼女の手には余るほど。

 無骨なの感触が、久美子の頭部を一撃する。

「シーラさんッ! これ……これって、これってェッ!」

「雷牙から預かった宇宙刑事の武器、ファイヤーマグナムです」

 おろおろと挙動不審な久美子に向かって、あっさり口調でシーラが言った。

「七発しか弾がないから、十分注意して使ってくださいね。久美子さん、さっき言ってたなんとかガールズでブルーの役をやるんでしょ? だったらなおさら、その程度のことでうろたえないでくださいよ。一応だけど、わたしたちより年上の、オトナのオンナなわけなんだし」

「だけどだけどォ」

 幼女のごとく困惑しながら、久美子は目線をシーラに向ける。

「これ使っちゃうと、あたし、銃刀法違反で捕まっちゃうんじゃ──」

「つまんないこと考えてる暇があったら、つべこべ言わずさっさと行動ッ!」

 金髪姫が、キッとまなじりを釣り上げた。

 壁側の一角を指さしながら、問答無用に指示を出す。

「まずはあそこに一発撃って、みんなが外に出られるだけの突破口を開けてッ! そしたらすぐに、七海とふたり力を合わせて先導役を演じきるッ! わかったッ!? わかったのなら、いますぐ返事ッ!」

「イッ、イエス・サーッ!」

 ピンと背筋を伸ばした久美子が、慌てて敬礼姿勢を取った。

 果たしてどちらが年上なのか、首をかしげる光景だ。

 そんな空気をあえて読まずに、七海が会話に割り込んだ。

「で、シーラちゃんはその間、いったい何するつもりなの?」

「わたしはね~」

 不敵に笑って彼女は応える。

 二体のザッコスが奇声を発して迫り来たのは、まさにその瞬間の出来事だった。

 気配を察し、身体ごとそちらの側に振り向いたシーラが、待ってましたとばかりに台詞の続きを口にする。

「ああいった不届き者たちをねッ、この手でけっちょんけっちょんにしてやるつもりよッ! りゅーじんへんッッッ!」

 真上に高々と左手を掲げ、金髪姫は宣言した。

 きらきら輝く光の柱が立ち上がり、下から上へと少女の肢体を残さず飲み込む。

 そして数瞬ののち、消失するそれと入れ替わるようにして、白銀色の戦乙女が降臨した。

 長く綺麗なブロンドヘアーが、ふわりと周囲に漂い広がる。

「宇宙刑事シーラッ! なぁ~んちゃって」

 ザッコスどもと対峙しながら、余裕の顔付きをシーラは浮かべた。

 目を爛々と輝かせ、闘志の所在をあらわとする。

「恥ずかしながら、最近このスタイルにも慣れて来ちゃったのよね。ってなわけで、早速バチバチ行っちゃうわよッ! 覚悟なさいッ!」

 高出力エネルギーブレードを抜き放ち、彼女は一気にザッコスどもへと躍りかかった。

 セクシーな衣装に身を包んだ完璧バディの金髪娘が、異形なる怪人どもを相手にド派手な立ち回りを展開する。

 その光景は、日頃から二次元世界こそ日常だった一部の男性オタクにとって、まさにご馳走以外の何物でもなかった。

「おおおッッッ!」

「ジークリンデさまが変身なさったぞッ!」

「チチ、シリ、フトモモォッ!」

「撮れッ! 撮るのだッ!」

「莫迦野郎ッ! 網膜に焼き付けるのが先だッ!」

 正気の沙汰とも思えない男性陣の反応に、シーラが思わずぶち切れた。

 接近戦の真っ最中であるにもかかわらず、その場でくるりと振り向いて激しい怒声を口にする。

「キモイッ! キモイキモイキモイッ! アンタたちッ! そんな風に口から放射性廃棄物吐き出してる余裕あるんなら、さっさと逃げ出す算段なさいッ! 脳みそ腐ってるんじゃないのッ! これだからオトコって奴はッ!」

 久美子が受け取ったファイヤーマグナムを構えたのは、ちょうどその矢先でのことだった。

 シーラから指示されたとおり、壁面の一角に銃口を向ける。

「危ないからそこどいてッ!」

 叫ぶや否や、彼女はすかさず引き金を引いた。

 轟音とともに、真っ赤な火球が炸裂する。

 ファイヤーマグナムの一撃は、頑丈なコンクリート製の外壁に、大人が余裕で潜られるだけの大穴を一瞬にして形成した。

 銃そのものの大きさや発射の際の反動などから換算するに、それは想像を絶するほどの破壊力だ。

「みんなッ! ここから逃げてッ!」

 間を置かず、七海がみなを先導した。

 戦うふたりの宇宙刑事雷牙&シーラをあくまで鑑賞しようとしている一部の男女をこの場に残して、一団は整然とした秩序をもって会場の外へと脱出していく。

 緊急時に散見されるような集団パニックは、今回いっさい見られなかった。

 彼らの現実感が半ば麻痺していたことが、有利に働いた結果とも言える。

 殿軍しんがりを務める二名の男女が趣味人たちに続いたのは、それから間もなくのことだった。

 群がり寄るザッコスどもを蹴散らしつつ、黒い剣士と戦乙女の二人組は、集団の最後尾手前に鉄壁無比な守りを築く。

 力の差は歴然としていた。

 黒尽くめの怪人たちは、その障壁を前に黙って対峙することしかできずにいた。

 だが次の瞬間、そんなふたりの神経を強い不快感が走り抜ける。

 むき出しの殺意が、彼らの頭上より降り注いだのだ。

 ハッと顔を上げた青年が、一瞬早く警告の言葉を口走った。

「シーラさん、危ないッ!」

「キャッ!」

 雷牙の右手が、傍らの少女を有無を言わせず突き飛ばした。

 金髪姫が「何すんのよッ!」という抗議の声を上げる間もあろうか、彼女がそれまでいた空間をオレンジ色の怪光線が斜め上から貫通する。

 ジュッと大気を焼く音が、シーラの鼓膜を刺激した。

 それが尋常ならざる熱量を孕んでいるのは、素人目にも明らかだ。

 直撃すれば、ただで済むとは思えなかった。

 怖気を覚えた美貌の少女が、震える声で絶叫する。

「何よ、いまのッ!?」

「機界獣ッ!」

 見上げる雷牙の視線の先、この場を見下ろす会場の屋根に、その奇怪極まる存在はいた。

 異様なほどに巨大な目を持つ、二足歩行の巨大な猫だ。

 ただし、その姿見に愛らしさなど欠片もない。

 ギラギラと不気味に輝く双眼が、どこか昆虫類のそれのように無機質な眼差しを辺り構わず振りまいている。

 間違いない!

 雷牙の言うとおり、あれはブンドール帝国の誇る生物兵器、機界獣だ!

「ふははははッ! どうじゃ、宇宙刑事ッ! 機界獣スクラトドンの備えた生体ブラスターの破壊力はッ! 直にその身で受けずとも、おぬしなら十分それを感じ取ることができたじゃろうッ!」

 いつの間に移動を果たしていたものか、怪老ドクター=アンコックが奇獣の横で高笑いした。

 耳に不快な濁声が、問答無用に轟き渡る。

「スクラトドンはのう、この儂が手塩に掛けて調整した最新型の機界獣じゃッ! 此奴がその眼球より繰り出す摂氏十万度のブラスタービームは、この惑星に存在するありとあらゆる装甲板を薄紙のごとく貫き通すッ! まともに食らえば、いかに宇宙刑事とてひとたまりもあるまいッ! もはや観念するしかないようじゃなッ!」

「生憎だが、戯言に付き合ってやる趣味はないッ! 龍神変ッッッ!」

 曲げた左腕を力強く前方に突き出し、青年は雄々しくも逞しい声で咆吼した。

 その額中央から青白い輝きが迸り出る。

 濃密な光が瞬時にしてあたり一面を包み込み、やがてそれは球体の形へと集約を果たした。

 そしてその輝ける光の球は、自らの消失とともに、おのが胎内に抱え込んだひとりの男を衆目の前に解放した。

 趣味人たちが思わず息を呑んだのは、次の刹那の出来事だった。

 彼らは見たのだ!

 燦然と地上に降臨した、黄金騎士の凜々しき姿を!

「宇宙刑事ッッ! ライガァッッ!」

 その眼差しを堂々と背に受け、黄金に煌めく異星の戦士は大音量で名乗りを上げた。


 ◆◆◆


 解説しよう。

 轟雷牙がバトルスタイルに龍神変するタイムは、わずか百分の五秒に過ぎない。

 では、その変身プロセスをスローモーションで再現する。


 ◆◆◆


「龍神変ッッッ!」

 曲げた左腕を突き出しつつ青年がそう叫ぶと同時に、彼の額に埋め込まれた宇宙刑事の力の源・ドラゴクリスタルが共鳴を開始。

 銀河中央で宇宙刑事警察機構を統括するミラクルコンピュータ・ギャラクシーと、時間差なしでのリンクを果たす。

 地球最高の電子頭脳が一兆年かかる計算をコンマ一秒以下で完了するそれは、完璧なリアルタイムでもって状況を把握。

 彼我の戦力を瞬時に判断・分析し、封印された雷牙の力、その解放要求をためらうことなく受け入れた。

『承認。ぶーすとあーまー、戦闘もーど起動シマス』

 一瞬も間を置くことなく、ギャラクシーからの認可を得たドラゴクリスタルが異次元スペクトルによるフィールドを形成した。

 フィールド内部を亜空間と直結させることで、平衡時空に待機している装甲強化服・ブーストアーマーを使用者のもとへ召喚するためだ。

 強力な力場の発生が青年の着衣を分子レベルで粉砕!

 空間を強引に引き裂きつつ出現した無数のプロテクターが、全裸となった雷牙の肉体を覆い始める!

 青年の額に輝く青白い光が赤い宝石状の物体となって凝固!

 その直後、閉じられていたまぶたが音も立てよとばかりに見開かれる!

 そして次の刹那、その精悍な眼差しで眼下にたむろう悪の心魂を射貫きつつ、轟雷牙は裂帛の気合いとともに雄々しく名乗った!

 それこそが、銀河系の平和を守護する宇宙刑事の、何物にも代えること適わぬ決意と矜恃との証であったからだッッ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る