戦場は即売会!7-9

 最初の変化が生じたのは、この地よりはるか離れた海の底でのことだった。

 いわゆる「七つの海」と呼ばれる大洋の深み。

 その深淵で、長きにわたって沈黙していた鋼鉄の意志が、それぞれ同時に目覚めの刻を迎えたのだ!

 それは、神話で語られし名を持つ合計七体の「巨人」たちであった。

 大西洋からは「ファフニール」が、

 地中海からは「レビヤタン」が、

 カリブ海からは「ケツアルクアトル」が、

 メキシコ湾からは「ウンセギラ」が、

 太平洋からは「オウリュウ」が、

 インド洋からは「ヴリトラ」が、

 北氷洋からは「ミドガルズオルム」が、

 波打つ海面を突き破り、秒速三十万キロの光の帯となって上空高く駆け登って行く!

 秒を経ずして、それらの「巨人」は、おのが主轟雷牙の膝下に集結。

 次々と合体変形を繰り返し、我が身をもってひとりの「巨神」を形作った!

 逞しい腕。

 太い脚。

 重厚な胸板と引き締まった腹部。

 その形容は、戦う「おとこ」、「戦士」のそれを模したものだと断言できる!

 雄々しい表情を湛える「巨神」の頭部。

 その額には、エメラルドカラーのクリスタルが燦然とした輝きを放っていた。

 それを認めた宇宙刑事が、掛け声一閃、大地を蹴る!

 軌跡を残して飛び込む先は、煌めく宝珠の中心だ!

 クリスタルから伸びる導きの帯が、彼の身体を胎内に誘う!

 融合が完了!

 透明感ある緑の光がルビーの赤へと一変した!

 上部に伸びた一本角が扇のごとく左右に展開!

 フェイスガードが勢いよくクローズ!

 後頭部に燃え上がった紅蓮の炎が、深紅のたてがみとなって風にそよいだ!

 両の拳を腰の高さで不敵に震わせ、はがねの武神が天に向かって轟吼する!


『翔龍機神ッ! ゴゥッ! ラィッ! ガァァァァァァッッ!!!』


 ◆◆◆


「マジかァァァッ!」

「あり得ねェェェッ!」

「やっぱCGじゃなかったんだッッッ!」

 奇怪な魔獣と対峙する、勇壮無比なくろがねの城。

 その頼もしい姿を直視した男性陣の口々から、さまざまな感想が言葉となって迸り出た。

 それは、半ば沈黙状態を確立していた女性陣の反応とは、まったく対称的な姿である。

 もっとも、そんな女性たちであっても、眼前に轟臨した鋼鉄の武神に対してなんの感情も抱かなかったわけではない。

 その輝きを増した双眸が、そうした事実を何よりも雄弁に物語っていた。

 救世主の来援。

 英雄の推参。

 虚構の世界にしか存在し得なかった夢物語の展開が、いままさに現実のものとなっているのだ。

 どれほどリアリストを自認する女性であっても、心揺さぶられぬはずなどない。

 魔獣の威容に気圧されていた反動が、至る所で爆発した。

 黄色い声援が、あたり構わず炸裂する。

 世界的アーティストの訪れであっても、これほどのリアクションは得られまい。

 それほどまでに彼ら彼女らの「目」が、「耳」が、「肌」が、「神経」が、「細胞」が、「あの者は強い」「あの者は味方だ」と最大デシベルで訴えていた。

『くっくっく……現れおったなゴーライガー』

 だがそんな敵手と向かい合ってなお、ドクター=アンコックはおのが口元をにやりと不敵に綻ばせた。

 いったいどれほどの自信があるのだろうか、嫌らしい笑い声が、断続してその喉奥から漏れ出してくる。

 頭部にあるコックピットの中、操縦桿を握りしめつつ彼は告げた。

『貴様にはこれまで散々煮え湯を飲まされてきたが、それも今日までのことじゃッ! この儂自ら手塩に掛けた改良型の機界獣スクラトドン=ギガンティックで、見事引導を渡してくれようッ! 古き者がより新しき者の手で淘汰されるのは、宇宙開闢より連綿と続く揺らぐことなき不動の宿業さだめッ! 身の程知らずの若造めッ! もはやこれまでと観念し、避けられぬ未来を受け入れるがいいッ! 見よッッッ!』

 暗黒医師が言うが早いか、天を仰いだスクラトドン=ギガンティックは三つの眼からビームを放った。

 目映く輝く光の柱が、空に向かって屹立する。

 積雲の中心を貫いたそれは、数瞬ののち、真っ白な閃光となって空一面を覆い尽くした。

 吹き降りてきた熱風が、台風並の圧力をもって趣味人たちの顔を打つ。

 「きゃあッ!」という悲鳴が、主として女性たちの口から飛び出して来た。

 これほどの風量を発生させるとは、とんでもないレベルの熱量だ。

 そうでなければ、膨張した大気がこれほどの勢いを持つわけもない。

 百万度の怪光線とやらが保有するエネルギー量とは、かくも膨大なものなのだろうか。

 無論、破壊の効果は明らかとなっていない。

 いま大空に展開した光景は、いわば巨大なデモンストレーションであったからだ。

 されど、それが与えた心理的効果は図抜けたものだと断言できた。

 直接目には見えずとも、想像できる未来はある。

 あんな攻撃を叩き込まれたら、いったい自分たちはどうなってしまうんだろうか?

 そんな不安に押し寄せられた観衆たちは、シーラを含めたほぼ全員が、まんじりともせず天空を見上げることしかできずにいた。

 「心臓を鷲掴みにされた」とは、まさにこの状況のことを言うのだろう。

『若造よ、よく聞けッ!』

 そんな観衆たちを尻目に、勝ち誇るがごとく怪老は言った。

『いまおぬしが目にしたスクラトドンの殲滅砲トライデントフレイムは、翔龍機神の装甲防御を五割増し計算で撃ち破るッ! その威力に恐れおののき、身をかわしたければ好きなだけかわすがいいッ! じゃが、おぬしがその身を翻せば翻すだけ、目標を失った殲滅砲トライデントフレイムが原住民どもの居住地を焼き払うことになるがのう』

『なんだとッ!』

『ひゃっひゃっひゃっ。何も驚くことはあるまい。左様な現実は、少し考えれば十分わかる事柄じゃろうが。摂氏百万度の熱光線。そんなシロモノを受け止めた原住民どもの居住地は、さながら地上の溶鉱炉と化すじゃろうな。生き残る者など、ひとりたりともおるまいよッ!』

『いいだろう』

 真っ直ぐ前に左手を突き出し、鋼の巨神は言い放った。

『ならばその熱光線、このゴーライガーが受け切って見せようッ! それも、この左手のみで、だッ!』

『言いよるわ』

 暗黒医師が鼻で笑う。

『大言壮語も、そこまで来れば立派なものじゃ。褒めてやろう。なれば、おのが発言に殉じ、この現世から去るがいいッ!』

 スクラトドン=ギガンティックが三眼から怪光線を放ったのは、次の刹那の出来事だった。

 その口腔から鋭い奇声を放ちつつ、眼前の敵へ目映いビームを浴びせかける。

 くろがねの巨神は、瞬時にして光の濁流に呑み込まれた。

 物体が焼ける耳障りな音波が、怒濤となってあたりを震わす。

「雷牙ッ!」

 両目を見開きシーラは叫んだ。

 無敵を誇った翔龍機神もさすがに無事では済まないと、本能的に悟ったからだ。

 だが、それはまったくの早計だった。

 百万度の熱光線がその輝きを失った時、彼女の視界に存在したのは、完全無欠に健在なゴーライガーの姿であったからだ!

『ば……莫迦なッ! そんな莫迦なッ!』

 驚愕の余り、暗黒医師の顔が引きつる。

殲滅砲トライデントフレイムをまともに受けて、なぜ貴様は無事でおられるッ!? なぜ立っておられるッ!? なぜ平然としておられるのじゃッ!? 殲滅砲トライデントフレイムの威力係数は、過去数百年間に投入されたすべての翔龍機神、その戦闘データを遡って勘案し、くどいほどの試算を重ねた上でようやく定められたシロモノじゃッ! なのに、なのに……なぜ貴様にはそれが通じぬッ!? なぜそれが貴様を打ち倒せぬッ!? なぜじゃッ!? なぜじゃッ!? なぜなんじゃッ!? 貴様は翔龍機神ではないッ! 翔龍機神であるはずがないッ! 貴様はいったい……いったい、何者なのじゃッ!?』

『答える義務はない』

 錯乱する怪老の問いを、ゴーライガーは冷たく拒んだ。

『だが、どうしても知りたいとあれば、伝えられる言葉はある』

『なんじゃ、それはッ!?』

生命いのちを賭して託された想いは、おまえたちのような輩に汚されることはないッ! 断じて……断じて汚されることはないッ! この僕が、それを証明し続けてみせるッ! 永遠にだッ!』

 鳩尾の前で向かい合わせたゴーライガーの両の掌。

 その中間に、突如としてバチバチという破裂音をともなう電光が出現した。

 瞬く間に抱えきれない大きさへと成長したそれを高々と頭上に掲げ、ゴーライガーは雄々しく叫ぶ!

『ジュラシックサンダーァァァァァァッッ!』

 全身を躍動させながら、巨神の両手がその電光を投擲した!

 目映いばかりの光の槍と化したそれが魔獣の腹を真正面から貫く!

 スクラトドン=ギガンティックのコックピット内部におびただしい量のスパークが走り、それを受けたドクター=アンコックの喉の奥から『ぎゃああッ!』というわめき声が迸った!

 だが、ゴーライガーは追撃の手を緩めない!

『雷神剣ッッッ!!!』

 真上に向かって突き上げられた鋼鉄の拳から、光の球が天空高く放たれた。

 時を経ずして上空に濃密な黒雲が巻き起こる。

 黒雲はすぐさま重厚な雷雲へと変化。

 地上にいる巨神めがけて目も眩まんばかりの轟雷を降らせた。

 そのいかづちを受け止めたゴーライガーの手中に、一本の長剣が現れ出でた!

 剣というにはあまりに分厚く大雑把すぎる、見てのとおりのはがねの塊!

 そんな鉄塊を肩口に構え、魔獣めがけてゴーライガーは突進したッ!

『おおおおおおおおおおおおォォォォォォッ!』

 雄叫びを轟かせ、鉄の巨神がおのれの剣を振り下ろす!

『ファイナルッ! エクスプロージョンッッッ!!!』

 斬ッッッッッッ!!!

 すれ違いざまに落下した雷神剣の切っ先が、勢い余って地表を穿った!

 スクラトドン=ギガンティックの体表に、輝くひと筋の線が走る!

 次の瞬間、超新星の光が煌めき、小山のような機界獣の巨体が跡形もなく消し飛んだ!

 面積を急速に増した光の筋が、内側から噴出するエネルギーの奔流をいざなったのだ!

 轟音とともに真っ赤な火柱がそそり立つ!

 熱風がッ!

 圧力がッ!

 閃光がッ!

 それらすべてがあたり一面を鳴動させ、同心円状の衝撃波を大地の上に出現させた!

 スクラトドン=ギガンティックの最期だ!

 その凄まじいばかりの衝撃波を、鉄の巨神ゴーライガーは、おのが背中で受け止めた!

 紅いたてがみが激しくなびき、風切り音が容赦なく鳴り響く!

 だが、逆手に持った雷神剣を地に突き立てたまま仁王立ちするゴーライガーは、その勇姿を微動だにすらさせない!

 それはまさしく勝利を掴んだ武神の偉容ッ!

 この惑星ほしの守護神たるに相応しい、堂々たる風格そのものであったッッ!


 ◆◆◆


 そんな巨神の背後に太く濛々と立ち上る黒煙の柱。

 その只中から一機の飛行物体が飛び出していったのは、爆発による衝撃がひと段落したと思われた、まさにその瞬間の出来事だった。

 それは、スクラトドン=ギガンティックに搭載されていた小型の脱出機であった。

 戦いの敗北を悟ったドクター=アンコックは、おのが身の安全をその小さな航空機に委ねていたのである。

「おのれおのれ、ゴーライガー……」

 醜怪な老人は手前の操縦桿を巧みに操りながら、その場で激しく地団駄を踏んだ。

 狭いコックピットの中で醜い顔を歪ませつつ、憎悪もあらわに呪詛の言葉を吐き捨てる。

 忌々しげに彼は叫んだ。

「おぼえておれッ! この屈辱は忘れんぞッ! 次に会った時こそ、儂が調整した新たな機界獣で、貴様を地獄に送ってやるッ!」


 ◆◆◆


 午後十時。

 そのリムジンが到着したのは、市街地の外れに立つ立派な邸宅の真ん前だった。

 漆喰の塀で囲まれた、趣のある純和風建築。

 それも、かなりの年代物だ。

 文化財級の武家屋敷と言っても、あるいは通用してしまうかもしれない。

 後席のドアが開いた。

 降り立ったのは、ひとりの初老の男だった。

 緑色オリーブドラブの制服で一分の隙もなく身を固めている。

 軍人なのであろうか。

 ソリッドな印象を与えるその姿が、場数を踏んだ武道家を連想させる。

 男はリムジンの運転手に別れの挙手を済ませると、踵を返して門を潜った。

 「ただいま」とひと声掛けて玄関に入った彼を、「おかえりなさいませ」と和服の女性が出迎えた。

 一見したところ、彼女の年齢は男のそれと大差ない。

 おそらくは、この男の妻なのであろう。

 男の手から手荷物を受け取ったその女性は、どこか嬉しそうな表情を浮かべつつ、男に向かって声を掛けた。

「お仕事ご苦労さまです。お食事とお風呂、どちらからになさいます?」

「君の手料理を食べるのも久し振りだからな。まずは食事をいただくとしよう。献立は何かな?」

「もちろん、あなたの大好物でそろえてありますわ」

「ありがとう。君には本当、苦労掛けるね」

「いいえ。そんな貴方に養っていただいているのですもの。妻として、それぐらいの苦労は当然のことですわ」

「そういってもらえると僕も嬉しい。ところで──」

 男が話題を切り替えたのは、彼が脱いだ上着を妻に渡した、ちょうどその刹那でのことだった。

「七海のほうはどうしてる?」

「帰ってくるなり部屋にこもって、何やらいろいろ頑張ってますわ」

「また漫画を描いているのか」

 仕方ないなとばかりに、男はふっと苦笑いを浮かべた。

「もう年頃なのだから、彼氏のひとりでも紹介してくれるようだと父親としては嬉しいのだがね」

「あらあら」

 そんな夫に妻が応じた。

「娘の結婚式に、人目もはばからず号泣してしまいそうな貴方の台詞とは思えませんわ」

「いろいろと複雑なのだよ。男親というものはね」

 やがて、夫婦水入らずの食事を終え入浴も済ませた彼は、自宅の二階にある娘の私室を訪れた。

 コンコンと扉をノックし、部屋の主の反応を待つ。

「七海。起きているか?」

 返事はなかった。

 眠りに就いているのだろうか。

 そう思いつつドアノブに手を掛けた彼は、そのまますっと扉を開けた。

 部屋の灯りは点いたままだ。

 やや広めの室内で目立つのは、ぎっしりと書籍が詰まった本棚と、壁際に置かれた作業机ぐらいか。

 机の周辺には、様々な資料本や画材の類がかなり乱雑に散らばっていた。

 とてもではないが、少女の私室とは思えない様相である。

 そんななか、机上に身体を突っ伏しながら、彼の娘は静かな寝息を立てていた。

 口元から垂れたよだれが、小さな池をこしらえている。

 正直な話、同年代の異性には見せることのできない寝姿であった。

 漫画を描いているうちに力尽きたか──…

 男は優しげに口元を綻ばせると、床上に落ちている書きかけの原稿を拾い上げた。

 愛娘の描いている作品に素朴な興味が湧いたからである。

 その内容は、ひと言で言うと「空想科学作品」とでも評すべきものであった。

 宇宙からやってきたヒーローが悪の帝国と対決するという、大人視点からするとなんとも幼稚なストーリー。

 登場するキャラクターも、怪人・怪獣の類や巨大ロボットなど荒唐無稽なものばかりだ。

 だが、その内容をじっくり読み進めているうちに、男の表情はみるみる険しいものへと変わっていった。

 なぜなら彼は、そこに描かれている非現実的存在が実は架空のものではないということを、職務上、知り得る立場にあったからだ。

 それはむしろ、最高機密トップシークレットにすら属する代物だった。

 自国政府や彼の属する公的機関が必死になってその対応に苦慮している、そんな現実の中枢に関わる内容なのだと断言することさえできるほどだ。

 娘の原稿をひととおり読み終えた時、男は深刻な顔付きでもって大きくふーっとため息を吐いた。

 状況を咀嚼し、腹の底へと嚥下する。

「そうか……」

 そして彼は──日本国自衛隊統合幕僚長である衆道しゅうどう洋介ようすけ陸将は、半ば感情を失った声でもって呟いた。

「あのロボットの名は、ゴーライガーというのか……」

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