宇宙(そら)から来た青年1-4
「とォォォォォォッ!!!」
気合い一閃、凜々しい面持ちの黄金戦士が華麗な放物線を描いて舞い降りた。
その姿は、まるで獲物を狙って急降下するハヤブサのごとき美しさだ。
ここが戦場でさえなければ、それは見る者たちの目を否応なしに引き付ける、そんな魅力を周囲に拡散していたかもしれない。
されど、この場は紛うことなき戦場であって、眼下で彼を待ち受ける連中は、その姿に声援を送る観衆などではなかった。
地に降り立った戦士を目指し、軽く十人を上回る数のザッコスどもが奇声を発しながら襲いかかった。
それは、高度に統制された無駄のない動きだった。
少なくとも、戦いの素人に真似のできるようなアクションではない。
「雷牙ッ!」
徒手空拳の個人に挑む、連携の取れた戦闘集団。
そのあまりの無体を見て取ったシーラが、悲鳴に近い声を上げた。
易々と抵抗を粉砕され暴力によって踏みにじられる雷牙の未来を、ついそのまぶたの裏に思い浮かべてしまったからだ。
だがしかし、この宇宙刑事の実力は、彼女の想像をはるかに越える高見にいた。
雷牙の手足が鋭いひと振りを繰り出すたび、ザッコスどもはひとりまたひとりと打ち倒され、見る見るうちにその数を減らしていく。
高練度の自衛隊部隊を小細工なしに一蹴した、あのザッコスどもが、であるッ!
なんということだッ!
その現実に目を丸くしたのは、建物の屋上から戦場を見下ろしていたシーラだけではなかった。
それらを指揮していた「暗黒医師」ドクター=アンコックもまた、降って湧いたような驚愕を隠し通すことができずにいた。
無論のこと、彼とて標準的な宇宙刑事の戦闘実力は把握しているつもりだった。
その上でなお、配下のザッコスどもで十分対抗できるものと判断し、この者の制圧に臨んだつもりだった。
にもかかわらず、いったいなんだこのていたらくはッッ!
苦虫を噛みつぶしつつ彼は思う。
おのれ、たかが若造と侮ったのは失敗であったわッ!
此奴、その実、とんでもない手練れであったかッッ!
「ええい、何をしておるかッ!」
おのれの判断ミスから来る苛立ちを全身でもって表現しつつ、ドクター=アンコックはヒステリックに叫んだ。
「さっさと陣形を立て直せッ! もはや生け捕らずとも構わぬッ! 一斉射撃で、其奴を早々に始末するのじゃッッ!」
指示が下されると同時に、残存するザッコスども全員が一騎無双する宇宙刑事から距離を置き、そのまま密集隊形を構築した。
配置に就く各々が水平に筒口をそろえ、間隙のない射撃横隊の姿勢を取る。
一瞬ののち、甲高い発射音とともに火線が走った!
身を躱しうる空間などどこにもない!
先ほどの自衛隊部隊に続き、避けられない惨劇がふたたびここで繰り返されるのだろうかッ!?
敵の無慈悲な槍衾が、この黄金色の戦士をも貫き果てさせてしまうのであろうかッ!?
いや、そうはならなかった。
一体全体如何なる事態が起こったものか。
雷牙に向かって集束しつつあった無数の火線はそのことごとくが直撃コースを外れ、周囲にある建物、その壁面にぶつかって派手な爆発を引き起こしただけに留まったのであった。
「なんだとォ!」
直前まで自らの勝利を確信していたはずのドクター=アンコックが、目を見開きつつ叫び声を張り上げた。
そして次の瞬間、この醜怪な老人は、その根本原因たる代物をおのが視力で確認する。
対峙する宇宙刑事の手の中に、いつのまにか日本刀を思わせる細身の剣が握り締められていた。
そうだ! 間違いない!──ドクター=アンコックは得心した。
自分の目で見てもなお到底信じられないことだが、この宇宙刑事は、自身に襲いかかるすべての銃弾をその剣先によって片っ端から弾き飛ばしたのだッ!
「雷光剣ッ!!!」
背中のアタッチメントから抜き放ったその長剣を右手に携え、轟雷牙は風のように突進した。
敵陣からの防御射撃が、疾駆する彼めがけて情け容赦なく降り注ぐ。
だが、雨霰と打ち込まれた銃弾のうち、目標を捉え得たものはただの一発も存在しなかった。
雷牙の振るう刀身が、目にも留まらぬ早業でそれらすべてを斬り落としてしまったからである。
そして、ザッコスどもの形成した密集陣が中央からまっぷたつにへし折られたのは、まさしくその直後に起きた出来事だった。
猛烈な弾雨をひと息に潜り抜けた宇宙刑事が、黄金色の怒濤となって彼らのど真ん中に突入したのである。
透明感のある鋭刃が美しい煌めきを魅せるたび、全身タイツの戦闘員どもが悲鳴を上げる間もなく地に伏していく。
陣形が崩壊し戦列が粉砕されるまでに要した時間は、ただの一分にも満たなかった。
それはまさに、指揮者であるドクター=アンコックが音を立てて歯軋りするのも当然と言うべき結末であった。
「ぬううッ」
醜怪な老人が、数歩後退りながらついに切り札を投入する。
「機界獣タルタロスよッ! あの小生意気な若造に、おまえの力を見せてやるのじゃッ!」
「キシャーッ!」
身の丈三メートルを超える悪夢のような存在が、足音を響かせつつ前に出た。
ひとしきり天に向かって咆吼したのち、その口腔から真っ赤な火炎を放射する。
鉄をも溶かす摂氏三千度の業火炎だッ!
素早く上空へと跳躍した雷牙の足元、その一面を薙ぎ払ったそれは、一瞬にして路面のアスファルトを液状化させた。
火の海が広がり、路肩に駐車してあったクルマが次々と爆発炎上する。
身を翻して着地した雷牙は、しかしやられっぱなしではいなかった。
電光石火の早業で機界獣の懐へ飛び込むと、その肩口目がけ雷光剣の刃を打ち込む!
だが、その鋭い刃はタルタロスの全身を覆うごつごつした外皮を斬り裂くことができなかった。
驚くべき、というより信じられない耐久力だ。
さすがは戦車砲の直撃に堪えきるだけのことはある。
驚愕の故か一瞬だけ動きの止まった雷牙に向かって、タルタロスの左腕が外側から内側へと振られた。
サメの歯にも似たその爪が、小癪な宇宙刑事を抉らんと、唸りを上げて襲いかかる!
咄嗟にバックジャンプしてその一撃を回避した雷牙は、そのまま大きく後退し、機界獣との間合いを空けた。
雷光剣を携えたまま片膝を突き、眼前の敵を睨み付ける。
これを「手も足も出ず
「わはははは。無駄なことじゃ、無駄なことじゃ」
楽しげな口振りで彼は告げる。
「宇宙刑事よ。いかにそのオリハルコンの剣が切れ味鋭かろうとも、第三段階機界獣の肉体には傷ひとつ付けること適わぬわッ!」
雷牙の口元がふっと綻んでみせたのは、次の刹那のことだった。
彼は左手で雷光剣の刀身をなでながら、強い口調で言い放つ。
「プラズマブレードッッッ!!!」
言うが早いか、雷光剣の刀身が青白い光を放って輝き始めた。
膝を伸ばして立ち上がった雷牙が、その長剣をぶんと外へとひとしごきしたのち、弾かれたように大地を蹴る。
まっしぐらに向かった先は、タルタロスの真正面だ。
防御的な動きなど、そこには微塵も存在しない。
これは、万策尽きての特攻か?
なんの駆け引きもなしに直進してくる宇宙刑事に向け、機界獣タルタロスはふたたび火炎を噴射した。
まったく容赦のない摂氏三千度の炎が、雷牙の全身を瞬時にして飲み込む。
「雷牙ァァッ!」
シーラの悲鳴が響き渡った。
「莫迦めッ!」
してやったりとばかりに、ドクター=アンコックが嘲笑う。
「骨も残さず焼け落ちるがいいッ!」
しかし、その不愉快な笑顔が凍り付くのは早かった。巨木のようなタルタロスの両腕が突如として身体から離れ、音を立てて地面の上に落下したからだ!
肘の部分の切断面から緑色の体液を吹き出しつつ、苦痛の声を上げ悶絶する機界獣。
何が起こったのかは明白だった。
そう。
光り輝く雷牙の斬撃がタルタロスの強靱な外皮を断ち切り、その両腕を小枝のように切り落としたのである!
「そんな……」
ドクター=アンコックが絶句する。
「第三段階機界獣がこれほど易々と……」
続けざまに、雷光剣の切っ先が機界獣の土手っ腹に深々と突き刺さった。
黄金の鎧を煌めかせ、若き宇宙刑事が雄々しき声で宣告する。
彼は言った!
「ただ破壊と殺戮しか知らないおまえたち機界獣がッ、人間の優しさを知るこの僕に勝てるわけがないッッ!」
甲高い悲鳴とともに後退るタルタロスに合わせ剣を引いた雷牙が、その刀身を改めて構え直した。
額のクリスタルが紅く輝き、雷光剣の発する光がぐんぐんとその明度を増す。
「ライトニングッ! エクスプロージョンッッッッッッ!!!」
叫ぶや否や、宇宙刑事は頭上に構えた光の剣を勢いよく振り下ろした。
その切っ先が、空中に縦一文字の軌跡を描く。
機界獣タルタロスの頭頂から股下にかけて、ひと筋の煌めきが雷光のごとく発生した。
それはたちまちのうちに面積を広げ、遂に対象の存在を分断するにまで至る。
機界獣の肉体が左右に分かれて地に堕ちた。
そのそれぞれが、真っ赤な炎を噴き上げて爆発する!
「やったッ!」
手に汗握りながら戦いの推移を見守っていたシーラが、胸元で小さくガッツポーズを取った。
子供のそれにも似た喜びの色が、その丹精な顔付きの上にきらきらとした輝きを見せている。
機界獣タルタロスの最期、すなわち轟雷牙の勝利をはっきり認識したからだった。
だが、そんな喜色を笑い飛ばす者が現れた。
ブンドール帝国の幹部、「暗黒医師」ドクター=アンコックそのひとだ。
いつの間にかこの場より姿を消していた彼は、どこからともなく耳障りな高笑いを轟かせつつ挑発的な言葉を浴びせかける。
『ふははははは! その程度で勝ったと思うたか、宇宙刑事ッ!』
凄まじい地響きが直下から湧き起こったのは、その直後のことだった。
周囲の建物が歴史的な大震災を思わせる揺れとともに、次々と倒壊を始める。
屋上にシーラを戴くショッピングセンターもまた、その例外ではなかった。
階の半ばからみしみしとへし折れるように傾いた建物が、天辺に乗せた少女の身体を問答無用に振り落とす。
「きゃああッッッ!」
「シーラさんッ!」
地上から跳躍してきた黄金騎士が、抵抗空しく宙に投げ出されたシーラの身体を、まるで王女を守る勇者のごとく
いや少女から見てその立ち位置は、勇者と言うよりはむしろ王子のごとくとでも言い直したほうがよかろうか。
力強い雷牙の両腕が、彼女の背中に回されると同時に膝の後ろにも差し入れられている。
その体位は、シーラにとって初体験となる代物だった。
逞しい胸板に身体ごと抱かれた金髪碧眼女子校生の心拍数が、グラフの上でものの見事に急カーブを描いた。
それにともなって体温も上昇。
整った顔立ちが、たちまちリンゴのように紅潮する。
瓦礫の降り注ぐ空間を縫うようにして市街地を跳ね飛んだ雷牙が、その場から数百メートルほど離れたマンションの屋上に着地した。
それは、シーラがそんな自分をはっきりと認識した、ちょうどその瞬間の出来事だった。
無論、雷牙はそんな彼女に気付いてなどいない。
「大丈夫ですかッ、シーラさんッ?」
「え、え……あ、ああ、
「でもお顔が真っ赤です。もしかして、どこか怪我でもなさったのではありませんか? だとしたら急いで医者に──」
「い、いやいやいやいや、そんな心配ちっともいらないから! うん、いまのわたし、完全無欠に無傷だから! 全然心配しなくて大丈夫だから!」
どこか心許なげに顔をのぞき込む雷牙に向かって、シーラはしどろもどろの返事を寄越した。
心中の動揺を悟られないよう、意識して自分自身を叱りつける。
何よ何よ何よッ!
わたし、なんでこんな得体の知れない奴なんかにドキドキしちゃってるのよッ!
これじゃあ、上級生に浮き足立ってる中学生とかと変わんないじゃないッ!
身体を捻って恩人の腕から逃れ出た彼女は、ぷいっとそこでそっぽを向いた。
無意識に口先を尖らせつつ、さっきまで自分たちがいたあたりの方角へと視線を投げる。
その行動に、特段深い意味があったわけではない。
ただ単に、らしくないいまの自分を認めるのがどうしても嫌だったがゆえのリアクションだった。
う~、みっともないッッ!
少女は思った。
わざとらしく大きな深呼吸を二度。
いつもどおりの「雪姫シーラ」を取り戻そうと、内々に懸命な努力を開始する。
だが彼女の意図は、早くもその第一歩目においてつまづきを見せた。
その理由は、投げられた視線の先に、およそ
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