宇宙(そら)から来た青年1-3

「くそッ! 撃てッ! 撃ちまくれッ!」

 敵兵接近の報告を受けた小隊指揮官が、大音量で配下の隊員たちを督戦した。

 もっとも、上官に言われるまでもなく彼の部下たちのことごとくは、すでに手持ちの火器すべてをもって絶え間のない射撃を継続している。

 だが、目の前にいる敵部隊は一向に止まる様子を見せていない。

 いったいいかなる種類のボディアーマーを身に着けているのだろうか。

 突撃してくる全身タイツの敵兵たちは、雨あられと浴びせかけられる五.五六ミリ小銃弾をものともせず、対峙する自衛隊員たちを機械のように打ち倒し続けていた。

 それは、絶望的な戦況だった。

 槍と刀を手に機関銃陣地への斬り込みを命じられたほうがまだましな結果を得られるのではと思われそうな、まさにそれほどの惨状だった。

 どこのものとも知れぬ、正体不明の敵戦力。

 当初それは、政治的な意図を持った武装テロリストだと思われていた。

 警察の特殊部隊で対応できると思われていた。

 しかし、それらが文字どおり鎧袖一触とされてしまったことで、政府・自治体は近隣に駐屯する自衛隊に対し、国家成立後初めての防衛出動を下令した。

 その戦力は不明。

 その目的も不明。

 何から何までさっぱりわからない敵勢力に対し、出動した自衛官たちは全力をもって立ち向かった。

 だが、優秀であることについては言を待たない陸上自衛隊の精鋭であっても、この謎めいた敵勢力を掣肘することはできなかった。

 火力と防御力の差があまりにも圧倒的すぎた。

 小銃弾をまったく受け付けない相手に対し、普通科の歩兵部隊が果たして何を成し得るというのだろうか。

無反動砲カールグスタフ、前へッ!」

 ついに小隊指揮官は、支援火器である八十四ミリ無反動砲の使用を決断した。

 前進してきた二名の兵士が射撃準備を整えるや否や、敵兵どものど真ん中に通常榴弾HEが撃ち込まれる。

 爆発と閃光。

 けたたましい轟音とともに、爆風を浴びた全身タイツの敵兵が数人まとめてなぎ倒された。

 敵兵の前進が止まった。

 それと入れ替わるように前面に出てきたのは、およそこの世のものとは思えない悪夢の中の存在だった。

 爬虫類の頭部を持った身の丈三メートルを超える怪物。

 それはひと声高らかに咆吼すると、その大きく開けた口の中から紅蓮の炎を吐き出した。

 摂氏三千度にも及ぶ火炎の噴射。

 まともな防御施設もなしに抵抗を続けていた自衛隊員たちは、その地獄の業火に飲み込まれ、逃げる間もなく一掃された。

 きりきりとキャタピラの音を響かせて一台の戦車が現れたのは、それから数十秒後の出来事だ。

 支援すべき対象がとうのむかしに失われてしまっていたにもかかわらず、彼は、健気にも自らに与えられた任務を全うすべく単独で敵勢力の前に立ちはだかった。

「てえッッッ!」

 戦車長の命令一下、砲塔正面に装備されていた百二十ミリ砲が、多目的榴弾HEAT-MPを発射した。

 目標は、数十メートル先に直立する異形の怪物。

 音よりも早く飛来する砲弾を、怪物は無造作に伸ばした左の掌でいとも簡単に受け止めた。

 その一点を中心にして、爆発音とともに黒煙が広がる。

 やったか!

 いや、そもそも生き物が戦車砲の直撃に絶えられるはずなどない!

 戦車長の期待は、しかしその直後になって完膚なきまでに裏切られた。

 もうもうたる煙の壁の向こうから、平然とした歩みであの異形の怪物が現れ出でたからだ。

 その外見は、まったくの無傷。

 少なくとも、目に見える手傷を負わせたようにはうかがえない。

「莫迦な……」

 それは、一般的な常識としては到底あり得ない現実であった。

 思わず茫然自失する戦車長を尻目に、異形の怪物は戦車めがけて襲いかかる。

 数秒後。

 両者の間合いを一瞬にして駆け抜けた怪物が、戦車の真正面に組み付いた。

 鷲掴みにした砲身を飴のようにねじ曲げ、全備重量四十トンをはるかに超えるその車体を実に軽々と横転させる。

 それはまさに、想像を絶する異次元の力だった。

「ふははははは」

 そんな自衛隊部隊の有様を一歩下がって見詰めていた人物が、あたかもその最期を嘲笑うようにして宣った。

「この惑星の兵器は、まるでおもちゃだな。機界獣どもの遊び相手にすらならん」

 それは、漆黒のマントを羽織う、醜悪な容姿を持つひとりの老人であった。

 どこか一般的なセンスの軌道を外した骸骨のようなヘルメットで、頭部から右目にかけてを隙間なく覆っている。

 彼こそが、この謎めいた軍勢の指揮官なのであろうか。

 老人は自らの短躯を意図して大きく見せようとしてか、わざとらしくも大げさな身振りで、杖を握った右腕を振る。

「機界獣タルタロスよ!」

 しわがれた声で彼は命じた。

「なんとも歯ごたえのない相手だが、もう少しだけこの惑星ほしの連中に付き合ってやるがいい! ここの原住民どもに、我らブンドール帝国の恐ろしさというものを刻み込んでやるのだッ!」

 そんな場の空気が一変したのは、まさにその直後のことだった。

 鋭く、かつ力強い一喝が、その醜怪な老人めがけて直進したのである。

「そこまでだッ!」

 それは、若い男性の声だった。

 はっと顔を上げた老人と戦闘員たちの目線の先、そう、いましがた異形の怪物が横転させたばかりの戦車の向こう側数十メートルのあたりに、いつの間にか精悍な若者がひとり、その姿を現していた。

 轟雷牙だった。

 途中のどこかで乗ってきたスポーツカーを降りたのだろう。

 いまや戦場の一角と化した街中にすっくと仁王立ちする彼は、右の人差し指を突き付けつつ、眼の前にいる暴力集団に堂々たる啖呵を切った。

「ブンドール帝国の大幹部、『暗黒医師』ドクター=アンコックとその手の者たちだなッ。これ以上の狼藉は、たとえ神が許しても、この僕が絶対に許さないぞッ!」

「ほう」

 その見事なまでの態度を目にした老人が、短く感嘆の息を漏らした。

「この儂を知っておるということは、貴様、この惑星の原住民ではないな。おおむね、宇宙刑事警察機構から派遣されたエージェントのひとりといったところか」

 雪姫シーラが息を切らせて雷牙のあとに続いてきたのは、ドクター=アンコックと呼ばれた醜悪な老人がほくそ笑んだ、そのすぐあとの出来事だった。

 両手を膝に激しく呼吸を乱しながら、彼女は傍らの雷牙に向かって問いかける。

「これ……これが、あなたの敵……?」

「シーラさんッ!」

 彼女を庇うように右手を広げ、雷牙は叫んだ。

「どうしてついてきたんです! ここはもう危ない。急いでもといたところまで下がってくださいッ!」

「莫迦言ってんじゃないわよ! あなたも逃げるのッ!」

 眼前に差し出された腕を掴み、叩き付けるようにシーラが言った。

「あんな鉄砲も効かないような化け物相手に、武器も持たずにいったい何ができるっていうのよッッ!」

「戦いの場に女連れとは悠長なものだな、貴様」

 ドクター=アンコックが雷牙に告げた。

 続けざま、おのれの側にいる全身タイツの戦闘員に聞き間違えようのない指示を発する。

「ザッコスどもッ! いますぐ、あのふたりを捕らえるのじゃッ! 生きたまま本部に連れて帰り、この儂が直々に、その身体から情報を引き出してくれるわ!」

 命令が下されると同時に、雷牙たちの左右からそれぞれひとりの戦闘員──ザッコスどもが戦意もあらわに飛びかかっていく。

 どちらも銃を手にしていない。

 素手による白兵戦を挑むつもりなのだ。

 ザッコスは、雷牙の側より早くシーラの側へと襲いかかった。

 「きゃああッッッ!」と悲鳴を上げる彼女に対し、その右腕を鷲掴みにするや否やおのが懐へ引き寄せようとする。

 だが次の瞬間、そのザッコスが、身体ごと勢いよく宙に舞った。

 もう一方の、雷牙めがけて組み付かんとしたザッコスもまた、たちまちそれと同様の運命を辿る。

 何が起こったのかを当のシーラが察し得たのは、それから数秒あとのことだった。

 あろうことか、自らの横に立つひとりの青年が、その長い手足による一撃で、あの銃弾すら受け付けなかった黒ずくめの戦闘員どもをものの見事に退けたのである。

 それは彼女にとって、まさに予想外と言える出来事だった。

「嘘……」

 そんな信じられない光景を目の当たりにした少女が思わず我が目を疑っているさなか、青年は曲げた左腕を力強く前方に突き出し、雄々しくも逞しい声で咆吼する。

 彼は叫んだ。

「龍神変ッッッ!」

 次の瞬間、雷牙の額中央、その一点が目映いばかりの光を放った。

 青白い輝きが周囲を包み、それはたちまちのうちに球体の形に集約する。

 雷牙とシーラ、ふたりの身体を飲み込んだその光球は、慌てて群がり寄るザッコスどもを即座に蹴散らし、続けざま弾かれるように上空へと跳び上がった。

 跳躍した先は、近くに建つショッピングセンターの屋上だ。

 輝ける光の球はそこで消失。

 おのが胎内に抱え込んだひと組の男女を、その場において解放した。

「痛ッ!」

 不意に宙へと投げ出されたシーラが、着地に失敗して尻餅をついた。

 「う~、何が起こったのよォ」と、ヒップのあたりをさすりながら顔をしかめる。

 されど、彼女が自分の境遇に気を留めていた時間は、それほど長いものではなかった。

 無意識のうちに前方へと向けられた視線が、たちまちそこで硬直する。

 シーラは見たのだ。

 目の前に降臨した、黄金色の鎧をまとう凜々しき戦士の後ろ姿を!

「何者だッ、貴様ッ!」

 はるか眼下で誰何してくる老人を悠然と見下ろし、その黄金戦士は、全身で大見得を切りつつ大音量で名乗りを上げた。

「宇宙刑事ッッ! ライガァッッ!」


 ◆◆◆


 解説しよう。

 轟雷牙がバトルスタイルに龍神変するタイムは、わずか百分の五秒に過ぎない。

 では、その変身プロセスをスローモーションで再現する。


 ◆◆◆


「龍神変ッッッ!」

 曲げた左腕を突き出しつつ青年がそう叫ぶと同時に、彼の額に埋め込まれた宇宙刑事の力の源・ドラゴクリスタルが共鳴を開始。

 銀河中央で宇宙刑事警察機構を統括するミラクルコンピュータ・ギャラクシーと、時間差なしでのリンクを果たす。

 地球最高の電子頭脳が一兆年かかる計算をコンマ一秒以下で完了するそれは、完璧なリアルタイムでもって状況を把握。

 彼我の戦力を瞬時に判断・分析し、封印された雷牙の力、その解放要求をためらうことなく受け入れた。

『承認。ぶーすとあーまー、戦闘もーど起動シマス』

 一瞬も間を置くことなく、ギャラクシーからの認可を得たドラゴクリスタルが異次元スペクトルによるフィールドを形成した。

 フィールド内部を亜空間と直結させることで、平衡時空に待機している装甲強化服・ブーストアーマーを使用者のもとへ召喚するためだ。

 強力な力場の発生が青年の着衣を分子レベルで粉砕!

 空間を強引に引き裂きつつ出現した無数のプロテクターが、全裸となった雷牙の肉体を覆い始める!

 青年の額に輝く青白い光が赤い宝石状の物体となって凝固!

 その直後、閉じられていたまぶたが音も立てよとばかりに見開かれる!

 そして次の刹那、その精悍な眼差しで眼下にたむろう悪の心魂を射貫きつつ、轟雷牙は裂帛の気合いとともに雄々しく名乗った!

 それこそが、銀河系の平和を守護する宇宙刑事の、何物にも代えること適わぬ決意と矜恃との証であったからだッッ!


 ◆◆◆


「変身……したァ?」

 思いも寄らなかった現象を直視したシーラが、思わずその目を瞬かせた。

 その場で無様に座り込み、ぽかんと口を開けたまま、屹立する黄金騎士を無言で見上げる。

「宇宙刑事……って」

 ごくんと息を飲んでから、彼女は呟く。

「オタクの妄想か何かかと思ってた……信じられない。こんなことが、本当にありえるだなんて……」

 一方、堂々たる名乗りを真正面から叩き付けられた「暗黒医師」ドクター=アンコックは、さもありなんと頷きつつもその口元を醜く歪める。

「なるほどのう。貴様、宇宙刑事警察機構の宇宙刑事バトル・エージェントであったか! この儂としたことが、完全に見損なっておったわッ!」

「ドクター=アンコック!」

 湧き起こる義憤に拳を小さく振るわせつつ、轟雷牙は獅子吼した。

「平和な街を襲いッ、破壊の限りを尽くしッ、あまつさえ罪なき人々を殺めんとしたその悪行ッ……断じて許すわけにはいかないッ! 銀河を守護する宇宙刑事の名において、この僕が、いまここでおまえたちを討つッッ!」

「ほざいたな若造ッ!」

 その台詞を耳にしたドクター=アンコックが、胸を張りつつ開き直る。

「やれるものならやってみるがいいッ!」

「そちらに言われるまでもないッ! 行くぞッ!」

 あからさまなその挑発に真正面から応えた雷牙が、揺るぎない決意とともに言い放った。

 そして、その背に向かって心配そうな眼差しを送るシーラに対し肩越しにこくりと頷いてみせた直後、この若き宇宙刑事は、眼下に集う敵の只中へと勢いよくその身を躍らせたのである!

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