5-5
霊格の高い先祖の霊を降霊する行為は、とても神聖な儀式だそうで。
永瀬は一人、再び念入りに禊をした後、先ほどとはまた違う華麗な巫女装束へと着替えた。
儀式前は他人と喋ることが赦されないらしく、ただ無言のまま俺たちの前を通り過ぎ、秘匿された本殿の中へと、朱魅さんとともに消えていった。
もしかしたら、早く儀式を終わらせて出てくるかもしれない。
そう思った俺は、永瀬が出てこないことには打つ手がないため、待っていようと天音に提案した。天音もそれに同意してくれ、先ほどの客間から見える見事な日本庭園を肴に、一緒にお茶を啜っている。
月明かりを反射する白砂が、まるで月光を浴びて煌く水面みたいで、昼とはまた違った趣を感じさせる。
もし、これが終わったら天音は……消えてしまうのかな。なんてことを、隣で縁側に座って足をぶらぶらさせるお狐様を見ながら、漠然と考えながら。
念話が可能なんだ。そんな俺の思いも、天音には当然筒抜けなはず。けれど、天音は特に何も言ってこなかった。ただ美味しそうに、用意されていた茶菓子を頬張っていただけ。
決戦前だというのに、妙に落ち着いている心を感じながら、そうしてもうすぐ、目安である五時間が経とうとしていた。
「遅いな、永瀬」
「少なくとも、と言っておったじゃろ。それだけ霊を説得し、その身に降ろすのは至難の業なんじゃ。英霊などと謂われておるくらいじゃからな。あの馬鹿娘のことじゃ、自惚れておるのかもしれんの。だとしたら、後で説教をくれてやらねばならんかの」
むすーとしながら、そんなことをぼやく。
話を聞いている限りでは、二人はとても仲が良かったのかもしれない。言葉の端々から伝わる感情は、お姉さんがダメな妹を面倒見るような、そんなニュアンスだった。
そうしてさらに三十分が過ぎたころ、天音が急に立ち上がって言った。
「主殿、とりあえずわしらだけで、敵陣視察に行くぞ」
「えっ、もう少しで出てくるかもしれないのにか?」
「少しでも情報を、後で紫音に、桜華にすぐさま伝えられた方がいいじゃろ?」
まあ、確かにそうだ。いきなり来て状況がよく分からないよりは、俺たちが少しでも見たものを、情報として簡潔に説明できた方がいいかもしれない。
天音は、永瀬が桜華さんを降霊出来ると信じているんだ。
俺もそうで、たぶんもうすぐ終わるだろうし、鳩羽も妖力を使い切ってるみたいだし、下手なことはしてこないだろうと思うから……。
「よし、なら行こうか!」
「おっ、張り切っておるの、主殿」
別に張り切っているわけじゃないんだけどな。ただ、死にたくはないだろ?
心の内を吐露したところで、用意されていた肌襦袢、長襦袢を着、さらに白衣を着て、その上に白袴を身に着けた。
着物なんて七五三以来着たことないから、もっと手こずるかと思ったけど。そういえばと、目の前に大先生がいることを思い出し、着付けを手伝ってもらって難なく着ることができた。
「……なんか、神職みたいだな」
着終わって、姿見の前でそんなことをポツリと零すと、
「似合っておるぞ、主殿。まるで七五三じゃな」
くすりと笑いながら、天音が言った。
それ、冷やかしなんじゃ……。
決して褒めてはいないよな?
「さて、着替え終えたところじゃし、さっそく行くかの」
念話をさらりと聞き流す。それは無言の肯定だと捉えろということか?
そうして俺は天音を伴い、着慣れない着物に落ち着かないながらも、永瀬家を後にした。
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