4-3
昼休み。
昼飯を一緒に食べよう。二人からのその誘いを断るのは、物凄く良心に響く。
罪悪感に苛まれる、と言っても過言ではないかもしれない。
そうして俺は、風紀委員が管理する独房、もとい反省部屋へと、昼飯を持参し馳せ参じた。
「永瀬、話って、急を要することなのか?」
まさか告白なんて甘酸っぱい展開を、期待しているわけじゃないけれど。
今朝のカミングアウトを聞く限り、改めて二人きりになるというのは、いささか危険な香りがするし緊張するものだ。
「陽一君、ことの緊急性をぜんぜん理解していないようですね。その頭はかなり平和ボケの花が百花繚乱していると見て、まず間違いないでしょう。刈り取るための処方箋は、みね打ちでどうですか?」
言って、刀袋から瞬時に禍刈を取り出し、居合いの構えをとる。
と同時に、すでに永瀬は鯉口を切っていた。
「うわっ、待て待て! そんなんで殴られたら気絶どころか、下手したら出血性ショック死であの世行きだろうが! 下手しなくても無残な撲殺体になっちゃうだろ!」
「みね打ちの危うさが、多少理解できる頭は持ち合わせていると……。いいでしょう、本題に入ります」
刀を床に置いたことを確認。
ホッと胸を撫で下ろす。
「それで、緊急事態ってのは、今朝のあれのことだろ? いったい何が始まるんだ? 妖怪大戦争か? そんなことより、鳩羽がなにも動いてないんじゃ、こっちも手の出しようがないって話じゃ?」
「私のターンなのに……。陽一君、少し黙っててくれませんか」
明らかにいらいらした様子で、永瀬は刀の鞘を強く握り込む。
「すいません」
ついカッとなってやった、なんて事態になる前に、謝っておいた。
そうして口を噤んで、なるべく喋らないよう心がける。
「鳩羽さん……九尾狐の動向ですが。昨夜、怪異退治ついでに街の見回りをしたところ、おかしな妖気を感じたもので、調べに行ってみたんです。妖気の出所は天川学園のグラウンドの桜の木、そしてプール、商店街と続き、その先は巧いこと気配を遮断したのか、妖気の残滓も感じ取れず、追跡は断念せざるを得なかったのですが。一つ、気がかりがあるんです――」
永瀬は顔色でも窺うように、話の合間にちらちらと俺に目配せしてくる。
「どうしたんじゃ紫音、続きを」
「あ、はい。妖気の残滓が濃いところを、改めて思い返してみると、ある共通項が浮かび上がってくるんです」
「共通項?」
「あ、ようやく喋ってくれましたね。まったく、あなたふざけてるんですか?」
「いや、黙ってろって言っただろ」
「それはそうですけど、相槌くらいしてくれないと、寂しいじゃないですか」
わがままな巫女さんだ。
「それで、共通項ってなんだ?」
「霊脈です」
「霊脈?」
また俺の知らない新しい単語が出てきた。別に退魔師になりたいわけじゃないんだけど、この場合、知らないことが多すぎるというのも問題な気がするし、とりあえず尋ねてはみたんだけど。
「要するに、簡単に言うなれば大地の気の流れです。地下水脈は水を、霊脈は霊性の大地の気を、百合乙女は百合っ子を運びます」
「いや、簡単に要約してくれたのは分かるんだが、最後のはなんだ! 百合乙女が百合っ子を運ぶ? コウノトリさんがーみたいなノリで言ってんじゃねえ! 妄想の中でやってろ。やっぱり意味が分からんわ!」
いちいち説明がぶっ飛んでて、やっぱりいろいろと普通の女の子じゃないと実感する。
「陽一君の妄言はさて置き。天音様――」
「なんじゃ?」
俺の突っ込みを華麗にスルーしてくれた。
どちらかというと妄言を吐いたのは永瀬だと思うんだけど……。
これは、正義と悪のどちらが正しいか? みたいな不毛な論争を生む原因になりそうだから、触れない方がよさそうだ。
相槌云々の話は、この際、聞かなかったことにしておこう。
「九尾の狐は、どうやらこの地の霊脈を確かめるような行動をとっているようです。学園でもおかしな所は特にないですし、行動していないものだとばかり思っていましたけど……」
「うむ。やはり何かしらの行動をすでに起こしていると、そう見た方がよさそうか?」
「はい。用心はするに越したことはないと思いますので」
ずずっ、と茶を啜る天音は茶碗をちゃぶ台に戻し、そして腕組をし、一息ついた。
「ふむ、まあ分かった。こちらもいつでも戦えるよう準備はしておこう。ご苦労じゃったな、紫音」
「いえ……。あ、あの、天音様?」
天音の礼を受け、永瀬はなにやら頬を赤く染める。
なにか嫌な予感が……。
「なんじゃ?」
「その、出来れば耳を触らせていただけたらなー、なんて。あと抱っことか、もふもふしたいんですけど――」
やっぱり! こいつは人も怪異も見境なく、可愛い女の子ならなんでも好きなのか。
以前頭を過ぎった疑問が、正に的中していたというわけだ。
「はいはい、そこまでそこまで。続きは鳩羽の凶行を止めてからだ」
咄嗟に間に割って入ると、永瀬はあからさまに邪魔くさそうに顔をしかめた。
こいつは……。
歴史ある神社の巫女さんがなんて顔をするんだ。
人を邪険どころか、邪眼で睨みを利かしてきやがった!
「まあ、低級の怪異しか現れておらんのは、まだ救いじゃな。主殿、これからは常に霊視状態強化で物事を刮目せよ。玉藻が動き出したとあれば、一時たりとて油断ならん。紫音――」
「はい!」
「お主は引き続き、雑魚処理を頼む。そして何か異変を感じたら、すぐにわしまで知らせよ」
「……分かりました」
本当に分かっているんだろうか、こいつは。
手をわきわきさせながら返事しても、まるで信用できないんだが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます