4-2
翌日。
いつも通り、芽依を起こして、二人で登校する朝の通学路。
右へ左へと、視線が落ち着かない天音に、俺は声をかけた。
『どうしたんだよ、やけにそわそわしてるな』
『主殿、霊視の強化を……』
言われるままに、さらに目に意識を集中させる。
じんわりと目の奥が温かくなり、普通では見えないものを視る準備が整った。
――と
「なんだ、これ……」
「ん? どうしたの陽ちゃん」
しまった、つい声が出てしまった。
「い、いや、なんでもないよ」
なんでもなくなんかない。自分の声が上擦っているのが分かる。
だって、ありえない光景が、目の前に広がっていたから。
『天音、これは、どういうことだ?』
眼前に、背後に広がっていたのは、日常の完全崩壊だ。
そこかしこに、目玉を巨大にしたエイみたいに浮遊する物体や、毛むくじゃらな毬藻、翁みたいな能面をかぶった頭のでかい小男、青白い人魂など。
およそ妖怪と思しき姿形をした、怪異と呼ばれる存在が、確認できるだけでも十体以上はいることが分かる。
『恐らく、玉藻の妖気に惹きつけられて来たんじゃろう。この地は古くから怪異が好む土地じゃったからな。幸い、まだ人に害を加えるようなことはない雑魚しかおらんが、あやつの存在を長引かせれば、やがては鬼どもも涌いて出てくるやもしれん』
「お、鬼っ!?」
「陽一君、おはようございます」
突然、背後から声をかけられ振り返ると、そこには、永瀬の姿があった。
物騒なことに永瀬は、妖刀禍刈を抜き身で左手に下げている。
「う、うわっ、 と、永瀬!」
「陽一君も気づきましたか、この異変に」
下げた刀に、鬼気迫るような真剣な顔。
これが永瀬のハンターとしての顔なのだろう。普段がいかに少女をしているのかが対比でよくわかる。
こんな永瀬を前にしたら、きっと悪鬼羅刹もちびるだろう。
「あ、ああ。まさか、こんな事態になるなんて思わなかった」
「どうやら昨晩辺りから、徐々に集まりだしているようです。昨夜、鎌鼬にも手伝ってもらいながら、多少数は減らしたつもりでしたが……状況はあまり芳しくないようですね」
刀の柄を握り込みながら、永瀬は悔しそうに歯噛みする。
見れば、永瀬の目の下に薄っすらとくまが出来ているのに気づいた。
「ねえ陽ちゃん、さっきからなんの話してるの?」
「うわっ、芽依!」
しまった。冷静さを欠いて、芽依がいることをすっかり忘れていた。
「あら、おはようございます、天ヶ瀬さん。陽一君の陰に隠れてたから気づきませんでした。相変わらず今日も一段と可愛いですね、思わず頬ずりしたくなる愛らしさです」
「おはよう、しぃちゃん」
うん? しぃちゃん?
「あれ、二人って知り合いだったっけ?」
「うん。この前、しぃちゃんが颯爽と駆けてきてね、わたしのことを守ってくれたんだよ。かっこよかったなぁ」
「あらあら、天ヶ瀬さん、リボンが曲がっていてよ」
違和感のないごく自然な運びで、芽依の大して曲がっていないリボンの位置を直す。
「どうもありがとー」
完全に無防備な照れ笑いを浮かべて礼を言う芽依と、それを誰にも見せたことがないような女神の微笑で見つめ返す永瀬。
いきなり目の前で繰り広げられる、少女マンガみたいな乙女チックな展開に、ついつい呆然としてしまった。
二人の後ろに、ユリの花が咲いてるぞ……。
「っていうか、守ってって、まさか――」
「安心してください。それはただの口実ですから」
――え、口実? つまりどういうことだ?
まさかとは思うけど、俺の想像が正しければ(そんな想像が正解であってほしくはないけれど)、芽依に近づくため、その天然である性質を利用し、百合妄想全開ででっち上げた設定を、ドヤ顔で披露しながら芽依の心を奪ったっていうのか!
「お前、それが風紀委員のすることかよ」
「なにを言うんですか陽一君。風紀委員は全員女子ですよ? それが何を意味するかご存知ですか?」
なんの臆面もなく、さも当然のように永瀬が言ってのける。
風紀委員が全員女子。
学園の女子生徒は、永瀬のことを天川学園の白百合だと敬愛している。
さらに永瀬は百合。
この結果が意味するところ……。
「お、お前……神聖な学舎でなんて破廉恥行為を働いているんだ! それでも風紀委員なのか? 先祖の顔が見てみたいわ!」
お母さんなら何度か会ってるからな。ここは先祖でいいだろう。
「なにを想像しているのかは知りませんが、まあ、行為に至るようなことはないので安心してください。それに私、両刀なんで、陽一君でも、大丈夫ですよ」
言いながら、頬を染めて恥ずかしげに顔を逸らす。
刀を抱きながらもじもじする姿は、とても不気味に映る。
「またいきなりなんのカミングアウトだ! そんなしおらしい態度見せたって騙されないぞ。というか、芽依の前でそんな話をするのはやめてくれ!」
「りょうとうってなに、陽ちゃん?」
「ああ、それはですね天ヶ瀬さん――」
「お前は少し黙ってろ!」
可愛いものに飛びつくみたいに、興奮しながら芽依に寄り添う永瀬の顔を、片手で抑制する。
そして、なんにも知らない無垢なお嬢様に、諭して差し上げるのだ。
「芽依、こういう危険な人物は視界にいれちゃいけません。さ、学園に行こう。遅刻しちゃうから」
むすーとふて腐れる永瀬を置いて、俺たちは先へと進む。
すると後方から声が聞こえてきた。
「なら陽一君、お昼休みに、例の独房まで来てください。お話がありますので――」
まあ、今日くらいは芽依と鏡也と昼飯を食べよう。
最近はあまり機会がないからな。
……逃げようとしてるわけじゃない、嫌な予感しかしないけど。
「決して逃げないように」
最後に釘を刺された。
永瀬も、なかなか侮れない奴だ。
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