3-4

 遥か昔、とある狐の里に双子が生まれたらしい。

 金色の毛を持つ赤眼の姉と、銀色の毛を持つ青眼の妹。

 姉の玉藻は生まれながらにして強い妖気を放ち、妹の天音は霊気を備えていた。

 双子であるにもかかわらず互いの力は反発し合う。


 互いの存在が決して相容れぬものだと、災いを恐れた里の者は掟に倣い、妖気を放つ生まれたばかりの姉を里から追放した。

 本来、狐の里では双子の内、妖気を放つものは呪い子、忌み子として殺す慣わしが根付いていた。

 姉が殺されなかったのは、親狐がそれはやめて欲しいと鳴き頼んだからだそうだ。


 その後の姉の消息は不明。親狐はその罪により、けじめとして秘密裏に殺されたという。

 神聖な霊気を備えた妹は、里で大切に、立派な狐として過保護に育てられた。


 数百の年を重ね、人化の術を体得しやがて美しい狐へと成長した妹は、懐かしい妖気を都で感じる。

 それは生まれてからすぐに生き別れた、姉のものだった。しかし邪悪なまでに膨張した妖気は、人々を食い殺さん勢いの、呪いにも似た怨嗟の渦だった。


 聞けば、姉は大妖怪、九尾へと成長したというのだ。

 里を追放した一族への、自分を迫害してきた人間たちへの復讐のためだけに、姉は憎み、呪詛を唱え続け、力を蓄えてきたという。


 暴走の責任の一端は自分にある。もし自分が姉の立場なら、同じことをしたかもしれない。

 当時の天音はそれに深い自責の念を抱き、責任を感じ、そして被害が拡がる前に、九尾の狐を退治することを決意したそうだ。


 強い霊力を宿した人間、中でも夜坂の一族に生まれる退魔の巫女に白羽の矢を立て、噛み憑き、見事、姉を退治することに成功した。

 その時、毒を吐き続け、触れた者を殺す殺生石という名の石に、九尾狐は変化したそうだが。

 それも苦労の末、破壊に成功する。

 しかし同時に声が聞こえ、


「我が怨念を殺生六石に宿す。六度、合間見えようぞ。怨嗟の禍根は終えぬ。――怨み怨みて幾星霜、愛し憎しや、天の音張」


 砕けた殺生石は、全国各地に散らばった。

 それから三度に渡り、天音と九尾狐の死闘が繰り広げられたという話だ。



「てことは、今までで三度。だから今回が四回目ってことになるのか」

「まさか天音様と白面金毛九尾が、姉妹だったなんて……」



 神妙な顔で頷き、話を納得してみせる永瀬。

 だがその瞳は、本当のことなのかまだ信じられなさそうに揺れていた。

 自分の神社で祀る英霊が、それが退治した妖怪と姉妹だなんて、考えてみれば、そう簡単に納得できることじゃない。


「それで、それを話し終えたところで聞くけど、あの転校生ってやつは、やっぱり……そうなのか?」

「主殿、気づいておったのか?」


 意外だとでも言いたいのだろうか、天音は大層驚いていた。


「初めから気づいてたわけじゃないよ。今の話を聞いて、そして授業中のお前の様子と、俺ばかり監視するみたいに見つめてくるあの態度。どう考えても、そう捉えるしかないだろ?」

「――ってまさか、あの鳩羽さんが九尾狐、つまりは、天音様のお姉さんなんですか?」

「そうじゃ。旨いこと隠しておるが、極微量に漏れ出すあの妖気、そしてあの容姿、わしが見間違えるはずはない」


 申し訳なさそうに、天音は目を伏せた。

 まったく、こいつは本当に神様なのか?

 そんな迷惑かけてすまん、みたいな顔をするなよな。


「それで、俺はどうしたらいい? 力が借りたいって言ってたけど」

「うむ。しかし問題は、奴がどう動いてくるか、ということじゃ。四百年前と違い、この世は人の目に触れすぎる。町も石造りになっておるしの。昔のように術の応酬など、そう派手に暴れられるわけでもあるまいて。目立てば生き辛くなるだけだしの」

「確か文献によると、白面金毛九尾の体長はおよそ五十メートルだとか……」

「五十メートル? でかっ! ってことは、双子の妹である天音も、本性はそんなに巨大な狐なのか?」

「そうじゃ。わしもそれくらいはある」


 なんてこった。まさかそんなに大きいとは。

 というか、昔の人間はよくそんなのと戦おうと思ったな。

 俺なら尻尾巻いて逃げ……いや、天音に憑かれている以上、それは出来ないのか。

 ちらりと不安げに、天音が上目遣いで見上げてくる。

 俺は小さく首を横に振った。


「安心しろって、俺は逃げないよ。というか、鳩羽が俺を狙ってくるのは必然なんだろ? だったら逃げられないじゃないか。そんなことより、何か対策を練らないとな」

「奴がどう仕掛けてくるか、それが分かればいいんじゃがな……」


 みな一様にして考え込み、俯いたタイミングで、二時限目終了の鐘が鳴り響いた。


「――あ、授業が終わったみたいですね」

「では二人とも、くれぐれも油断ないようにな。特に主殿」

「俺かよ。って、お前が憑いていてくれるんなら、油断もなにもないんじゃないのか?」

「わしとて暇ではない。奴の動向には気を配らねばならんし、それに――」

「それに?」

「こうして封を解かれたんじゃ。少しくらい、この街を散策してもよかろ」


 打倒九尾の会は、三時限目の始業を告げる鐘の音と共に、これでお開きになった。

 そして同時に、家庭科以外の授業を、俺はこの時初めてサボった思い出の日となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る