3-2
食べ歩きははしたない。楓先生ならきっとそう言うんだろうな。
朝食を摂る時間もなかったということで、芽依はトーストをかじりながら登校している。
通学路をしばらく歩き、赤信号の交差点に、人だかりがあることに気づく。
遠目に見ても一目瞭然。集団の真ん中、あの金髪に黒のカチューシャは、間違いなく美織さんだ。
しかし今日は珍しい。もうとっくに学園に着いているものだとばかり思っていたのに……。
どうやら、奏先輩も一緒のようだ。
一個集団を築く学生の群れの最後尾へ、俺たちが並んだ時だった。
「あら陽一さん、ずいぶんと遅かったようね」
美織さんに声をかけられた。
「おはようございます、会長。それに奏先輩も」
「ああ、おはよう陽一。今日も悪いね、芽依の世話頼んじゃって」
奏先輩は少し疲れ気味な顔をしてそう言った。
「いえ、もう慣れてますから。それより、どうしたんですか二人揃って。こんな時間に俺たちと一緒に登校するの、珍しくないですか?」
歩道の信号が青に変わり、集団が動き出したタイミングで聞いてみた。
「そうね、二週間ぶりくらいかしら」
「今日はニュースを伝えに、僕らは待ってたんだよ」
「ニュース、ですか?」
「そーちゃん、ニュースって何?」
「ほら芽依、口元にジャム付いてるよ、ちゃんと拭いて」
拭いて、と言っておきながら、奏先輩はハンカチを取り出すと、自らの手で芽依の口元を拭う。
「うぅー、陽ちゃんの前で恥ずかしいよぉ」
なんて言いながらも、芽依は特になんの抵抗もなしに、されるがまま。
そんな二人のやり取りを、保護者のような温かい目で見守りながら、美織さんが繋いだ。
「転校生が来る、というか、もう学校に来てるんだけどね――」
「転校生? 本当ですか? 女子ですか、男子ですか?」
「それは着いてからのお楽しみ。でなきゃ、楽しみが半減しちゃうでしょ? でもこれだけは教えといてあげるわ。なんと、陽一さんと芽依と同じ、一年五組よ――」
同じクラスかー。ちょっと今から緊張してきたな。
「にしても陽一さん、今の口振りからすると、女の子の方がご所望なのかしら?」
「え? いや、別にそんなことは……」
美織さんがなにやら目配せしてきたので、そちらへと視線を向けると……。
「じぃーー」
芽依と奏先輩が、兄妹揃ってジト目で俺を睨んでいた。
てかなんで先輩までそんな目で俺を見るんですか!
まったくこの人は、妹のことになると頭に血が上りやすいというか、盲目的というか、とにかくシスコンなんだ。
学園内では爽やかイケメンだのと呼ばれ、女子生徒からの人気を博しているのだが……。中身は重度のシスコンだということを、俺はよく知っている。
「ま、とにかく、学園に行けば分かるわよ」
そうして俺たちは(俺は芽依と奏先輩から、先ほどの失言をくどくどと背後から咎められつつ)、天川学園へと向かった。
ところ変わって、朝のホームルーム前の教室。
転校生がやってくるという噂は、もう既に周知の事実らしく。
ざわざわと騒がしい一年五組では、早くも転校生を待ち侘びてか、男か女かの予想や容姿の理想など、世間一般的な学生の会話らしきものが飛び交っていた。
残念なことに、鏡也は本日、欠席のようだ。どうやら風邪を引いたらしい。窓際最後尾である鏡也の席は、寂しげに空いている。
やがて、廊下の方で「すっげぇ美人だぞ」、という隣のクラスの男子生徒の声が聞こえた。
ということは、もうすぐそこまで来ているわけか。
正面を向き、その時に備える。
否が応にも緊張してきた。美人ということは女子確定だろう。
だからなんだというわけではないけれど。
そうして担任教師が一人、教室へと入ってくる。
廊下には待たされている人影が一つ。
「おーい静かにしろー。もうみんな知ってると思うが、今日は転校生を紹介する――」
自然と、クラスが静かになる。シンとして、息を呑む音が聞こえるくらいだ。
「入っていいぞー」
クラスの空気とは相反する、緊張感のない担任の声に促され、入って来たのは――
女の子だった。
『っ!?』
おぉー! という主に男子の歓声は、しかしすぐさま、おぉ? という全体の微妙な疑問のニュアンスへと変化する。
それもそのはず。少女の着ている制服に難あり。下は確かに、天川学園の黒色チェックのミニスカートだが、上はなぜかブラウスではなく半丈の黒い着物だったのだ。
とりあえず、事情によっては私服もOKとしている懐が深い天川学園だが、これだけアンバランスな着こなしをする生徒はいまだ見たことがない。
しかしそんな空気は一瞬で蒸発した。
先の男子生徒の言葉通り、少女の容姿は、この上ないほどの美人だったからだ。
流れるような金髪は梳く必要のないくらいにサラサラで、圧倒するような高圧的で切れ長の瞳は燃えるような真紅。黒い着物に包まれた体は、雪をも欺く白さだった。身長はたぶん俺より高いかな? くらいだから、たぶん百七十ちょっとってところか。
そしてなにより、視線を釘付けにするのはそのバスト。着物を押し上げ谷間を覗かせる、豊満な女性のシンボルは、男でなくとも魅入ってしまうものだろう。
まるで最近見たばかりの狐の、容姿に……、あれ?
そういえば、どことなく似てる、ような気がするのは気のせいか。
「じゃあ、自己紹介してもら――」
担任が言葉を言い終える前に、少女は振り返りチョークを手に取る。そしてカツカツと徐に、字を書き始めた。
すらすらと、滞りなく書き上げたのは、書道家のような達筆な文字、名前だ。
「鳩羽玉藻――」
短い、淡白な自己紹介。言葉を区切り、そして――
次の瞬間、なぜか俺はピンポイントで指をさされていた。
まっすぐに、逸れることなく、ぶれることなく、ただ一点、眉間を突き刺すかのように。
身動き一つ、出来なかった。
「お前を殺しにきた」
鳩羽玉藻と名乗った少女は、そう俺に、静かに告げた。
口元に、涼やかな不敵な笑みを浮かべて……。
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