<王国編> 1. リリアナの赴任

 聖ダビト王国の首都となる王都アルテア。

 聖ダビト王国の南端に位置し、ここより北側が王国の版図となっている。


 王国は安定した長い歴史を経て政治的な停滞が生まれ、王権があるものの、貴族議会が実質的な統治を行う議会政治に移行しつつあった。王族側も権力の挽回を試みてはいたが、代を追うごとに王族が増え、気がつけば王族に配分される年金だけで予算を逼迫し、貴族に対抗するどころではなくなっていた。


 王族側も定期的に王位継承権の低い一族ごと期限付きの年金を与える事で身分を臣下に降臣させ、スリム化を計ってはいたが、それでもなお、王位継承権の低い者は、餓死するような事は無いにせよ、平民と変わらないような生活を送っていた。


 そんな状況において、ある日、92箇所ある国内の神殿に一斉に神託が降りた。


 滅び近き世界に

 勇ましき神が治めし世界に住う勇者を

 優しき神の治めし世界に住う勇者を

 愛さるる神の治めし世界に住う勇者を

 嘆きの神の治めし世界に住う勇者を

 聖地の光の中に遣わす


 王族らこれを迎へ入れ

 迎えいれた王族を王と仰ぎ

 救世主とともに

 近き将来の滅びの運命より


 己が身を助けたまへ

 世界を助けたまへ


 世界が滅びに瀕しており、神が治める世界の勇者がこの世界を救いに聖地にやってくるという神託は、様々な形をとって伝えられたが、その内容はどれも同じであったため、本物だろうとはんだんされた。


 そこで、急遽、各神殿の神官長と王、有力貴族が集められた。

 これが後の世に言う「ダビト選王会議」である。


 会議では、以下のような採択がなされた。


1. 各聖地に王位継承権をもった王族を長とする迎賓部隊を派遣する

2. 聖地にて救世主を迎え入れ、王都に帰参する

3. 救世主を帯同した功を持って、王位継承者とする

4. なお、救世主が複数の聖地にて確認された場合は、全員が揃うのをまって、改めて次期王を選出するものとする

5. 王位継承権に関しては混乱を避けるため本会議内の機密事項とする


 この段階で一番の問題は聖地の数であった。

 現在確認されている聖地は92、これに合わせ聖地を祀る神殿が92ある。


 各神殿や貴族は、自分の権力の影響下にある王族を聖地に派遣しようと画策した。このため、国内は内戦寸前の状況にまでなったが、王自らがこの状況を憂い、92番目までの王位継承者に対して抽選を行い、すべての聖地に均等に迎賓部隊を送る事となった。


 そして、王の直系嫡子と嫡孫にあたる継承者8人と、12の王族から王位継承順に84人の合計92人が選ばれた。この中に、王位継承権で数えれば89番目に当たるヒメノ家の長女、リリアナ・ヒメノの名前があった。


 ヒメノ家の当主はガルセス。現在の王のまた従兄弟にあたる。ヒメノ家は、降臣対象の筆頭にあり、支給される年金額と降臣後の地位の調整が完了次第、臣籍になる事が発表されると噂されていた。


 その長女リリアナは、ガルセスが使用人に生ませた子だった。

 臣籍に降りる際、その一族内で王位継承権を持つものが何人いたかで年金額が変わるため、金を得るために産ませた子だとガルセスは周囲に揶揄されていたが、ガルセス自身はリリアナの母と普通に恋愛をしていたつもりであり、また正妻が産んだのが男の子2人だったという事で、女の子のリリアナを可愛がり、3人でいる時の姿は、誰が見ても仲の良い家族だった。


 だがガルセスの妻が妾との同居を頑なに拒んだため、リリアナはガルセスの子として認知はされたものの、母と二人で王家から少しはなれた市街区にある小さな家で生活する事になった。それでもガルセスが、しばしば二人の家へ顔を出しては、リリアナに十分な愛情を注いていたため、リリアナが、その境遇に不満を感じる事はなかった。


 リリアナが14歳になった際、母が流行の病で病死した。その後、ガルセスは一人で暮らす事になった娘に対して同居を申し出たが、リリアナは父に対し、騎士への道を歩みたいと打ち明けた。


 こうして、リリアナはガルセスが懇意にしていたシエラ男爵家に従士として預けられる事になった。そして、3年後……


「神殿に神託がおり、92人の王族が国内全ての聖地に派遣される事になった」


 突然のシエラ男爵の話にリリアナは戸惑っていた。


「それが私に何の関係が?」

「リリアナは、現在、王位継承権89位としての地位がある」


 いつの間にか、少し上がっていたらしい……そんな事をリリアナは考えていた。そもそも自分も王位継承者であるという自覚も無いため、リリアナには王族という意識が低い。


「そなたの父上と2人の兄上もそれぞれ聖地に向かわれる事になった。ただ、このため迎賓部隊の編成が3部隊となりヒメノ家ではこれ以上の負担が出来ないとの事から、リリアナには軍より迎賓部隊が編成される、それに帯同してもらう事になった」


 軍は王や貴族が持つ騎士団とは別に国防を担う国家直轄の部隊として編成される。

 最低限の給与が支給されるため、相続財産の見込みの無い下級貴族の次男以下の子弟の就職先となっていた。


「辞退は出来ないのでしょうか? 王位継承権が私にある事は認識しておりますが、正直、これまで生きていて自分が王族だと思った事は一度も無いのですが……」

「王と92の神殿の連名での指示のため、命令と考えた方がいいかもしれない」


 その言葉にげんなりする。


「さすがに王命という事もあり、そなたも王族の一員ではあるので、おかしな事態にはならないとは思が、万が一の場合は我が男爵家の名前を出しても構わないぞ。それが役に立つかどうかは自信が無いが……」

「お気遣いありがとうございます。出来るだけ自分の力で解決するようにいたしますが、いざという時はお力添えをお願いいたします」


 男爵に神殿に向かうよう指示をされ、リリアナは荷物をまとめ出発した。

 この世界を巻き込む激動の運命にこの瞬間から巻き込まれた事を知らずに……

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