9.回復

 ポーションの効果で痛みが引き、俺の体の震えも治まった。リリィは身体を離すと、


「傷を保護します。ちょっと待ってください」


 といってスカートの裾を大胆にたくし上げ、生地を破りはじめた。

 ロングスカートは、筋肉隆々な脚を隠していると、勝手な想像をしてすみません。とても綺麗な足ですね。


「パパさん、ママさんの所に戻ろう」


 ミントの声に、俺は頷く。

 腕の傷は、スライムが当たった場所を中心に肉が無くなっており、骨まで達してしる。一瞬触れただけなのに、ここまでのダメージを受けるなんて……急所をやられていたら、あっというまに死んでしまっていただろう。むしろ、この程度で済んで良かった……。


「おかげさまで痛みも耐えられるくらいにはなりましたので、とりあえず、進みましょう」

「そうですね。もう結界の内部ですし、このまま聖地に向かいましょう。ここでは治療も満足に出来ません」

「治療って、村にはこの傷を治すようなポーションってあるのかな?」


「ポーションには鎮痛や体力回復といった効果はあるのですが、怪我そのものを治すような奇跡を起こすような薬はこの世にございません。それに今回使ったものも神殿で販売されているものを10倍に薄めたものですので、効果はあまり良くありません」


 欠損部位を含めた完全回復を期待したが、無駄だったようだ。


「ポーションは神殿でしか作れず貴重なため、地方にはあまり出回らないのです」


 リリィが補足してくれた。


 ポーションで対処できなければ、自力で感染症を防ぐしかない。

 自宅へ戻れば消毒液や痛み止めがあるし、以前、病院からもらった抗生剤も少し残っていたかもしれない。

 

 最悪、腕を失う事になる……そのショックに、俺は一刻でも早く家に帰りたくなった。


 腕に負担がかからないように立ち上がる。そっとリリィが右側から支えてくれる。

 大丈夫、何とか上っていけそうだ。


----------


 ……リリィだけが時々、「大丈夫ですか? 痛みませんか?」と気を使って声をかけるが、それ以外はまるで葬送の列のように静かに登っていく。


 どれだけの時間が経っただろうか。

 

「タナカ様、着きました」


 リリィの声で我に帰る。どこからだろう。まるで夢遊病の様に階段を上っていたのか、途中から記憶が曖昧だ。リリィに声をかけられ、いつのまにか小屋の前まで来たことに気がついた。ドアを開け、そのまま中へ入る。


「この後どうされますか? 」

「ひとまず自宅に戻ります。今日の所は休ませてください……」

「本当にそこから戻る事が出来るのでしょうか?」


 カサルはやはり救世主という神託に疑念があるようだ。

 光のカーテンをぺたぺた触りながら、疑いのめをこちらに向ける。


「わかりました。タナカ様がそちらに入った事を確認した後、我々は村に戻ります。明日の午前中にまたこちらに様子をお伺いに来ます」


 その返事に頭を下げ、ゆっくりと立ち上がる。

 やはり激しい痛みに耐えたせいか、少しふらつく。

 それをみて、リリィが右側から支えてくれた。


「それでは失礼します。今から中に入りますので、じっくり見ておいてください」

「はい、しっかりと確認させていただきます」


 ゆっくり虹色に光る光のカーテンに近づく。リリィが、右側から支えてくれる。

 その時、


「パパさん、僕を忘れている!」


 ミントが、俺の足元をかすめて光の中へ飛び込む。そのため、俺は、リリィがいる右側によろけてしまい、つられてリリィがバランスを崩す。


 そのまま二人で光のカーテンに倒れ込む。


----------


 光のカーテンは二人を優しく受け止めたりせず、出てきた時と同じように何の抵抗も無く自宅の玄関へ突き抜けた。


 右腕が下になったため、手で支えようとした瞬間、その右腕を守るようにリリィが俺の腕を自分の胸に抱え込んだ。


 ドサ……


「いてっ」

「あっ」


 手で支えられなかったため体重を完全にリリィにかけてしまった。

 慌てて左手を床につき身体を起こす。

 リリィはそのまま俺の右腕の傷を庇うように胸元で抱えているため、腕には胸の柔らかい膨らみを感じてしまう。


 倒れたはずみだろうか、包帯代わりに巻いた布を作るために破った事で少し短くなったスカートが膝の上まで捲れ上がっている。


「あ、あれ。私、勇者の国に入ってしまった? あれ、なんで……」


 かなりまずい体勢だが、それよりもリリィは玄関に入れた事に驚いている。

 この世界の住人は、家の中には入れない……はずだったのに、なぜ?


「パパさん、ママさん起きていたよ」


 上を見上げる。

 ひとえが、こちらを見ている。


 下を見る。


 ……かなりまずい。リリィはキョトンとしている。


 もう一度、ひとえに視線を移す。顔から感情が読み取れない。


「へー、随分仲良くなったみたいね」

「あ、あ、違うんだ。これは。あ、み、見てくれ。腕が……腕を怪我したんだ。重症なんだ。それでリリィに支えてもらったんだけど、バランスを崩して……」


 慌ててリリィが抱えている右腕を引っこ抜き、巻いていた布を外して右腕を見せる。


「どこが?」

「え、あ、あ、あれ? え----!!」


 服は破れたままだったが、骨まで見えていたはずの右腕には傷一つ残っていなかった。


「な、治ってる。リリィ直ってるよ!」

「ほ、本当です。良かった、良かった……」


 二人で立ち上がって抱き合って喜ぶ。


「そうね。よかったわね。所で今から怪我をする分は治るのかしら?」


----------


 10分ほどかけて、ひとえに事情を説明して納得してもらった。

 さすがに骨が見えるほどの重症だった事は疑われたが、最終的には信じてくれたようだ。


「ひとえ、さすがに疲れたので、もう寝るよ」

「そうね。でも私はさっきまで少し寝ていたから……リリィさんはどうするの? こっちに入れたんだし、せっかくだからこのまま泊まっていく? どうせなら少しお茶でも飲みながらお話しませんか?」

「は、はい、奥様、喜んで」


 満面の笑みを浮かべて誘ったひとえに対し、青ざめた顔で返事をするリリィ。うん、ここは二人に任せて、先に寝ることにしよう。


「パパさん、外で3人がまだ待っているよ」


 ミントが一回外へ顔を出し、教えてくれた。

 慌てて顔を出し、右腕を見せて俺は3人に伝えた。


「お待たせしました。この通り右腕が完治しました。リリィはこのまま泊まっていくそうなので、お帰りいただいて結構です。では、また明日」

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